プロローグ その十四 騒動
母の言葉が頭の中で聞こえてきた。
「常に周りを見なさい。気配で分かるものです。」
愛は気配を感じけれど、何の気配か分からなかった。危険な感じはしないんだけれど、私達の誰かを見ていると思った。
愛はみんなと歩きながら、自然に見える様な動作で気配のする方をチラッと見た。二人の人物がこちらを見ているのを確認できた。一人がジュリアを、もう一人が周りを監視していた。
何でジュリアを監視しているんだろうと不審に思ったけれども、彼女のシークレットサービスと分かって一安心をした。彼女が時期王妃様になられるので、王宮の外に出る時は必要で、質素な服装をしていて目立たない様にはしているけれど、もしもの為に居るのだと。
「・・・なのよ。
愛、愛、今の話聞いていた?」
ジュリアが聞いてきて、愛はハットなった。
周りに気を使いすぎて、ジュリアの話を全く聞いていなかった。
シークレットサービスの事はジュリアには言わない方が良いと思ったので、とっさに別の言い訳を考えた。
「え、あのー。聞いていませんでした。
マリサの言っていた宝石の事を考えていて、つい」
マリサがクスクス笑っている。今朝の事を思い出した様だ。
「宝石って?」
「マリサから宝石は四種類に分類されると、ジュリアが来る前に話していたんです」
「宝石かー。それも今回の買い物の目当ての一つね。
愛は宝石を持っていないので、ある程度は身につけておいた方が良いわよ」
「そう言えば、どの様にして宝石を身につけるんですか?」
「これを見て」
そう言うとジュリアは、付けているブレスレットを愛がよく見える様に近づけてくれた。
遠くからだと分からなかったけれど、宝石がいくつも埋め込まれ、それに合った模様が描き込まれていた。
「装飾師が、宝石に合ったブレスレットを作ってくれるのよ。
この透明な宝石がダイヤモンド。これはキャッツアイで、私にとっては相性のいい宝石で、倍以上の魔力を引き出してくれる。後の二つは守護の為の宝石ね。
指輪にしている人達もいるけれど、戦闘になったら指輪は何かの拍子に抜けたり、硬いものにぶつかって、ブレスレット以上に簡単に抜けたり砕けるのよね。だから、殆どの人達がブレスレットに宝石をはめ込んでいるわ」
「そうなんですか。
それで魔法なんですが、攻撃魔法を習いたいのですが、ジュリアは空いている時間がありますか?」
「愛なら喜んで教えるわ。魔法騎士団を辞めさせられてからは何もする事が無くて、退屈な毎日だったわ」
「ありがとうございます。
それで、トニーにもお願いしたいのですが?」
トニーは会話を聞いていなくて、突然自分の名前が出されたのでキョトンとした顔をした。
ジュリアが問い詰めた。
「トニー、また話を聞いていなかったでしょう」
「あ、すみませんで・・」
トニーが言い終わらない内に、マリサが言った。
「つい。でしょう?」
言った途端に三人が笑い出した。
トニーは、何故笑われているのか分からなかったので、またキョトンとした顔になって、それを見た三人は大笑いしだした。
愛が改めて言った。
「私は薙刀という棒術が少しだけできるので、トニーに教えて欲しいのです」
「自分は剣術なのですが、それでもいいのでしたら喜んで引き受けます」
「棒術の基本の動きは既に知っているので、試合形式でお願いします。
今朝、ナイトと試合をしたら一度も勝てなかったので強くなりたいと思いました」
「ナイト?誰でしょうか?」
マリサがまた笑い出した。
愛が少し謝った。
「ごめんなさい。分かりませんよね。
ナイトは私が飼っている猫なんです」
「猫?
猫と試合が出来るんですか?」
「私が箒を持って試合を今朝していたんですよ。
ナイトは素早くって、私の攻撃をことごとく交わして猫パンチで反撃までしてくるんですよ」
「猫と試合をした話は初めて聞きました。
あの素早いネズミを捕まえるんですから、面白い試合になりそうですね。機会があれば見てみたいです」
「ナイトは気まぐれなので、いつになるか分からないから期待しないでくださいね」
「はい。もちろんです。
猫を飼っている事自体が珍しい事ですから」
ジュリアがいきなり立ち止まった。
「みんな、最初の店に着いたわ」
ジュリアが止まった店は布を売っている店だった。
こうして、長い、長〜い一日が始まった。
買い物をしている時に、愛は嫌な気配を感じた。
殺意まではいかないけれど、人に何らかの害を加える気配だ。心を研ぎ澄ましてその気配の方向を確かめて、そちらに向いた途端に若い男が老婆のカバンを引ったくっているのが見えた。
そこから先は、まるでスローモーションを見ている様に愛は感じた。
若い男はカバンを持って、愛達の後ろを全速力で通り過ぎようとした。愛はとっさに店の机に立て掛けてあった天秤棒を素早く取って、薙刀の技で男の足に絡ませた。男は躓いて道に倒れ、愛がトニーに叫んだ。
「トニー、そいつを捕まえて」
トニーは素早い動きで、愛の指差す方向に男が倒れているのを見ると、若い力で動けない様に取り押さえた。
ジュリアとマリサは何事が起きたのか分からず、トニーと押さえ込まれた男を見た。
ジュリアが愛に聞いた。
「何が起きたの愛?」
「えーとですね」
愛がジュリアに説明をしようとした時に、先程の老婆がここにたどり着いた。トニーに近づくと、押さえ込まれた男が持っていたカバンを取り戻した。
愛の大声で、何事が起きたのかを見に野次馬が増えてきた。
「どうもありがとう。
お陰で、引ったくられたカバンを取り返せました。貴方のお名前は?」
「トニーです。
でも、自分が見た時には既に倒れていたので、押さえつけただけなんですが」
「それでも、カバンを取り返せました。
この男は警備の騎士団の人に引き渡しましょう」
人集りができていたので、警備の騎士団の二人連れが人混みを掻き分けて現れた。
「この騒ぎは何だね?」
若い騎士団の人が言った。
老婆が、最初から細かく説明をして、二人の騎士団員はトニーに礼を言って抑えつけている男を連れて行った。
老婆は別れ際に、もう一度トニーにお礼を言って、人混みの中に消えて行った。
ジュリアが尊敬の目でトニーを見ながら言った。
「トニー、やるじゃない」
「自分は愛さんが取り押さえろと言ったので、指差す方向に倒れている男を押さえつけただけなんですが」
「愛、何かしたの?」
愛は本当の事が言えなかった。
母の言葉が聞こえて来た。
「能ある鷹は爪を隠すと言います。愛の能力を見せびらかしてはいけません」
愛は、事実の一部分だけをジュリアに話す事にした。
「実は、お婆さんのカバンをさっきの男の人が無理に引ったくっているのを偶然に見たんです。それから、男が私たちの後ろを通り過ぎようとしたので、この棒で足に絡ませたら運よく男の人が躓ずいて転げたので、トニーに捕まえてもらったんです」
「そうだったんだ。
ナイトには通用しなかったけれど、人には通用するみたいね」
「あー、ジュリア。
それは言わないで下さい」
愛が言った途端に、他の三人が笑い出した。
愛は、これで良いんだと自分に言い聞かせた。
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