プロローグ その十二 ダンの息子トニー


愛とマリサが厨房に行くと、ジュリアがすでに二人を待っていた。彼女の隣には筋肉質で大柄の男性が立っていて、愛達が近ずくとジュリアが彼を紹介をしてくれた。


「彼は、 ダンさんの息子さんのトニー。

トニー、こちらがさっき話した愛さん」

「初めましてトニーさん。

宜しくおねがいしますね」

「どうも、よろしく。

噂の愛さんに会えて嬉しいっす」


ジュリアがトニーに諭すようにいった。


「トニー!!

さっきも言った様に、もう少し丁寧な言い方をしないと騎士団には入れないわよ」

「あ、はい。

分かってはいるんですが、つい」

「もう、お父さんと同じ事を言うのね。

来年も騎士団の試験を受けるんでしょう。今度こそ言葉遣いには気をつけないと、また落とされちゃうわ」

「はい、気をつけます」


ジュリアに言われて、大柄なトニーが背中を丸めて小さくなった。


「ほら、また。

今度は姿勢。どんな時でも胸を張る」

「あー、はい」

「あーはいらない」

「はい」


そう言われて、トニーはシャキッと胸を張った。


マリサがクスクスと笑っている。

彼女が愛に、小声で彼の事を話した。


「トニーとは、幼い時に私達がここに来た時に、弟みたいな感じで一緒に遊んでいたんですよ。

彼が来年も騎士団の試験をすると聞いて、ジュリアが経験を生かして色々とアドバイスをしているんです。

今年の試験は、言葉使いが悪いので落とされたと聞いています」

「彼は、魔法騎士団の方を受験したの?」

「いえ、彼は魔法は得意ではなくて、騎士団ですね。

実技は問題ないと聞いています」

「それだったら、ジュリアに任せておけば大丈夫ね」

「はい。私もそう思っているんです」


ジュリアが、二人のコソコソ話を聞きつけた。


「そこの二人。

私の話をしていたでしょう?」

「え、それはー。

ジュリアお姉さんに、トニーの教育係を委したら大丈夫だよって話をしていました」

「もー。私はトニーの教育係ではないわ。

それよりも、今日はどんな計画で焙煎するの愛?」

「分かりやすいように、名前を産地ごとに決めました。

それから説明をしますね。

一番最初に焙煎したのは、酸味と独特の苦み、程よい香りがありました。これを・・・。

・・・、えーと、ここまではいいでしょうか?」


姉妹は、愛が一回試飲しただけなのに、この様な細かなコーヒーの評価に唯々感心するばかりで、彼女の長い説明は殆ど頭に入ってこなかった。

ジュリアが無いという素ぶりをして、愛は今日の予定を話し始めた。


「今日は、焙煎の深さを変えたいと思います。

昨日の焙煎は基準の焙煎でしたけれど、浅く焙煎するのと、もっと深く焙煎するのをしたいと思います。

これをする事によって、同じ種類でも香りと味が違ってくるので、コーヒーをより楽しめると思います」

「焙煎の度合いによって、香りと味が変わってくるの?」

「はいそうです。

具体的に言いますと、浅煎りは酸味が最も高くなり、深煎りは苦味が強くなりカフェインが少なくなります。香りはその中間の焙煎で最も高くなるんです」


ジュリアが聞きなれない言葉を愛が言ったので、すぐに聞いた。


「愛、そのカフェインはどう言う意味なの?」

「カフェインはコーヒー豆に含まれる成分で、眠気を抑える効果があります。

コーヒーを飲んで眠気が抑えられるのは、この成分によるものです」

「そうなんだ。

そうすると浅煎りの方がそのカフェインの方が多いのね」

「はい、おっしゃる通りです。

ミルクを多く入れたい方は、深煎りの方が美味しく飲めます。

浅煎りは、酸味とフルーティーな香りが楽しめますので、ミルクを入れない方がより楽しめます」

「それで焙煎の深さを変える訳ね。

コーヒーって奥が深いわね」

「コーヒーは、それだけではないんです。

コーヒーの入れ方によって香りと味が変わってきますし、好みによるのですがシナモンとかココアなど入れると味に深みが出て、より一層美味しくなります。

シナモンは、漢方では桂皮と言われています。ココアはカカオの豆から脂肪分を分離したものです。カカオ豆も漢方として使われています」

「桂皮とカカオ豆?

それが何か分からないわ。

マリサとトニー、何か知ってる?」


マリサは急に振られたので、声が小さくなった。


「え、それは・・、そのう。

聞いたこと一度もないので、分からないです」


トニーーは少し考えて、今度は丁寧な言葉使いで話した。


「桂皮とカカオなら知っています。

母が昔それを飲んでいましたので。

薬師のトニーさんから、漢方として処方されました」


ジュリアがトニーを見て、感心した様に言った。


「トニー、よく覚えていたわね。

それに、お母ちゃんて言わなかったのも凄いわ」

「ジュリアさん、からかうのは止めて下さい。

お母ちゃんって言っていたのは、こんなに小さかった頃までです」


そう言うとトニーは、右手を腰の辺りに持ってきた。

愛とマリサは二人の会話に、お互いの顔っを見てクスッと笑った。


「トニーさん、貴重な情報を有難うございます。

桂皮とカカオがあるのでしたら料理の幅も広がるので、これからが楽しみになりました」

「愛さんのお役に立てれて嬉しいです」

「ついでなんですが、アーモンドはご存知ですか?」

「アーモンドも知っています。

妹の好物で、母が市場でたまに買ってきます」

「本当ですか。

アーモンドがあると、ビスコッティがよりおいしくなるんですよ」

「質問をしていいですか?」

「はい。勿論です」

「先程からコーヒーと言っていましたが、あの不味いコーヒーのことでしょうか」

「そうですよね。

トニーさんはまだコーヒーを飲んでないんですよね」

「コーヒーを飲む事自体がよく分かりません。コーヒーは噛んで食べると思っていましたから。それに、父から今朝ここに行くように指示を受けただけなので、今日の仕事の内容までは聞いてなかったです」


それを聞いたマリサは、すぐにコーヒーと焼き菓子を取りに行った。

ジュリアがトニーの好みを聴き終る頃に、マリサが戻ってきた。

ジュリアが、トニー好みの黒砂糖少なめでミルクを少し多めでコーヒーを入れてあげた。


「はいどうぞ。

これがコーヒーよ」

「いい香りですね。

これが、あの不味いコーヒーなんですか?」

「そうよ。

早く飲みなさいよ。びっくりするほど美味しいわよ」

「はい」


トニーは恐る恐る、少しだけ飲んだ。


「本当ですね。

苦味と酸味、そして黒砂糖の甘みが加わって」

「これをコーヒーに浸して食べてみて」

「これをですか?」

「ええ、そうよ」

「それでは頂きます」


トニーは焼き菓子をコーヒーに少しだけ浸して食べた。


「そのまま食べるよりは美味しくなっています」

「あまり感動してないけど、何か気になることでも?」

「はい。

言いにくいのですが、何か物足らないのです。

コーヒーに比べると、この焼き菓子の味が単調すぎるので。何かをこの焼き菓子に加えた方が、より美味しくなるのではと思いました」

「例えば何を足すと美味しくなると思うの?」

「そうですね。

さっき話に出たアーモンドなどのナッツ類を加えて一緒に焼いたら、このコーヒーに負けない味になると思いました」


トニーの返答に、他の3人が顔を見合わせた。


「トニー、凄いわ。

今まで何人もこれを食べたけど、そこまで評価したのは貴方が初めて。さすがにトニーはダンの息子さんね。

それに、私達がさっき言ったビスコッティはアーモンド入りの焼き菓子で、コーヒーに浸して食べる専用の焼き菓子なのよ」

「本当ですか?

それは楽しみですね」

「アーモンドかー。

そうだ、明日市場が開くので、みんなで行きましょうよ」


愛はそれを聞いて少し興奮した。


「市場ですか?

是非行ってみたいです。

どんな食材があるか見てみたいです」

「じゃ、決まりね。

トニーは荷物係ね」

「え、荷物係?

あの勾配のきつい広い市場を、重い荷物を持ってまた歩くんですか?」

「騎士団の訓練だと思えばいいでしょう」


トニーは気の進まない返事をした


「はい」


トニーは半年前、姉妹に買い物を付き合わされて重い荷物を持って、クタクタになる程歩かされたのを思い出していた。


















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