プロローグ その十一 真夜中の訪問者


愛がこの世界に来て、二日目の夜になった。

ここの人達は日が昇ったら仕事を初めて、日が沈む頃に仕事が終わる。

元いた世界では、十一時頃になったら眠る習慣があったけれど、ここではその時間が分からなかった。

昼の間は太陽が昇っていれば時間がだいたい分かったのだけれども、夜は全く見当がつかなかった。月が出ていればいいのだけれどと思っても、今夜は月が出ていなかった。そもそも、元いた世界の様に月がある事さえまだ知らなかった。

でも今夜は、プラネタリュームでしか見れない素晴らしい星空が見えていて見飽きることがなく、今にも降ってきそうな綺麗な星空と、微かに見える海を見て満喫していた。

そして騒音のない中、微かに聞こえる波の音だけを聞いていると、異世界にいるんだなーてと、つくづく思っていた。



カリカリ


愛は、異様な音に気付いた。


カリカリ


ドアの外に何かいるのに、愛は気が付いた。

愛はもしもの為に、牛刀を持ってドアに近づいて行った。

動物の鳴き声らしきものが聞こえてきた。

もっと近付くと、その鳴き声は聞いたことのある動物の鳴き声だった。


「ミャー」

「猫がドアの外にいる」


思わず声に出た愛は少し安心をして、そっとドアを開けた。

そこには朝、地下で見た猫がいた。

開けた途端に猫は部屋に入って来て、愛の方を向いて一声ないた。


「ミャー」

「えーと。私は猫語が分からないんだけれど・・・。

どうして欲しいの?」


猫は、さっきまで愛が座っていた椅子に飛び乗ると、そこに座った。

猫は愛の方をずっと見ている。

愛が近寄ると猫は、彼女の座れるように少し端に移動した。

如何にも隣に座っていいよ、という動作だった。


「えーと。

私もそこに座ってもいいのかな?」

「ミャー」

「え。

私の言葉が分かるの?」

「ミャー」

「んー、微妙な返事だけど、横に座るね」


愛はゆっくりと猫の横に座った。

かなり横幅の余裕のあった椅子だったけれど、犬ぐらいの大きな猫と一緒に座ると、どうしても猫とくっ付いてしまった。

彼女は猫を飼った事がなかったけれど、友達の家に遊びにいった時に猫と遊んだ事があった。


「触ってもいいかな?」

「ミャー」

「本当に私の言葉が分かっているような?

じゃ、触るね」


愛は、頭から背中を優しく撫でてあげた。


「ミャー、ミャー」

「えーと、二回ないた?

違う所を撫でて欲しいのかな?」


友達が、喉の下辺りを撫でると喜ぶと言っていたのを思い出して、喉の下辺りを優しく撫でた。

今度は啼き声ではなくて、ゴロゴロと喉の奥から音が聞こえてきた。


「もしかしたら、これで当たりなの?」

「ミャーー」

「え?本当に?

私の言っている事が分かっているみたい。

名前がいるよね?」

「ミャ」

「アハハ。分かったわ」


愛は少し考えてから言った。


「えーとね、ナイトはどう?

意味はね、騎士で女性を守るという意味もあるのよ。どう思う?」

「ミャーー」

「本当に、これでいいの?」

「ミャ」

「アハハ。

一回で決まるとは思わなかったけれど、決まってよかったね。

でも、ナイトは大きいよね。元いた世界の猫はもっと小さいんだよ。

魔法の世界だから猫も違うんだね。

そう言えば、ジュリアが猫は誇り高いと言っていた。

どう言う意味なんだろう?」


愛は、右手でナイトを抱き抱えるようにして、喉の下辺りを優しく撫で続けた。

ナイトを抱いていたので段々と暖かくなって、彼女はいつしか眠りに落ちていった。


「ミャーー」


ナイトの強い声で愛は目が覚めた。

目を開けると、窓の外が明るくなっていた。

一晩中、ナイトの横で寝てたと気付いた。

しばらくすると、誰かがドアをノックする音が聞こえて来た。


「はい、どうぞ」


入って来たのは、朝食を持って来たマリサだった。


「おはようございます。

朝食を持って・・・?

あーー、猫が居る。

その猫、どうしたんですか?」

「ナイトは昨日地下ですれ違ったんだけど、呼んだ覚えがないのに夜中にやって来て、そのままここに居るのよね。

今でも不思議なくらい」

「その猫、ナイトって言う名前なんですか?」

「それがね。ナイトの意味は騎士で女性を守るんだよと言ったら、この名前を気に入ったみたい。

一つ返事でOKしてくれたわ」

「一つ返事ですか?」

「ウフフ。

どういう訳か私の言っている事が分かるらしく、ミャーと一回ないたら賛成みたいなのよね。

だから、一つ返事でOKしてくれた訳」

「凄いです。

猫が、人の言っている意味を理解していると言う人達は殆どいなかったけれど、愛の話を聞いたら信じられます」

「ナイトが来るまでは私も信じなかったかもしれない。

でも、間違いなくナイトは理解していると思う。

ナイトもそう思うよね」


ナイトは、愛を見ながらないた。


「ニャーー」

「ほら、やっぱりそうだ」

「アハハ。

とっても可愛返事です。

ナイト、私も撫でてもいいかな?」


ナイトは窓の外を向いて、マリサに返事をしなかった。

彼女の期待がはづれて、がっくりと頭を垂れた。

愛が助け舟を出してあげた。


「ナイト、お願いがあるんだけれど。

マリサがあなたを撫でたいんだって、いいかな?」


ナイトは愛の方を向くと、低い声で嫌そうに一回だけないた。


「ミャーーー」


愛はその声を聞いた途端、ナイトの気持ちが分かった。

ナイトの複雑な気分がこっちにも伝わって来て、私以外の人に撫でられるのは嫌みたいだった。

でも、ナイトは彼女の頼みだと、仕方なく、嫌だけど、許すって感じだった。

彼女は心の中でナイトに謝って、言葉で感謝をした。


「ありがとう、ナイト。

マリサ、少しだけならいいみたいよ」

「本当ですか。

ナイトありがとう」

「えーとね。

喉の下を優しく撫でるのよ。

こんな具合に」


愛は手本を見せてあげて、席をマリサに譲った。

マリサが座り、ナイトを優しく撫でた。

しかし、愛の時はゴロゴロと喉の奥から聞こえていた音が全く聞こえてこなかった。

ナイトが我慢しているのが、それだけで愛には分かった。

ナイトの気持ちを考えて、目先を変える事にした。


「お腹が空いているから、朝ごはんにしましょうよ」


ナイトは、今度は高い声でないた。


「ミャーー」

「ナイトは、愛の言葉が本当に分かるんですね」


そう言ってマリサが立ち上がり、朝食の準備を始めた。


マリサは、昨日試作したコーヒーを持って来ていた。

彼女がコーヒーを入れるときに、コーヒーのいい香りが漂ってきた。

愛はカフェオレが好きだったので、ミルクをたっぷり入れてもらった。

朝食のメニューはベーコンと固茹での卵、それと色々な野菜を炒めたものだった。

色とりどりの野菜は見るから美味しそうだったけれど、塩味と胡椒だけで味付けがされていたので、単調な味だった。

愛がベーコンを切って口に入れようとした時、ナイトがおねだりする感じでないた。


「ミャ〜〜」

「分かっているわよ、これが欲しいんだよね」


愛は、ベーコンを口に入れずに、ナイトの方に投げてあげた。

ナイトは器用に、そのベーコンを空中で回転しながら咥えて着地した。

床に落ちたベーコンを食べると思った愛はびっくりした。

体が大きいのに、機敏な動きだったので思わず言った。


「ナイトって、凄いね」

「ニャーー」

「えーと、もっと欲しいのよね?」

「ニャ」

「はいはい。

ちょっとまってて」


愛は残りのベーコンを切ってナイトにあげていたら、半分くらいになったらナイトが二回ないた。


「え、もういらないの?」


愛は少し考えた。


「私がまだ食べてないからもういらないのね」

「ニャー」


それを見ていたマリサが言った。


「本当に愛の言った事が分かるんですね。

それに、食べ物を半分ずつに分ける知能はかなり高いですね」

「私もそう思うのよね。

四歳児ぐらいの知能はあるみたい」

「この事を、猫嫌いな人に言っても信じないでしょうね。偶然だよ、とか言って。

頑固な頭の持ち主は大勢いますから」

「あ、そうだ。ジュリアは?」

「ジュリアはアンドリュー王子と朝食をとっています。

アンドリュー王子は少しずつですが、一日毎に良くなっていると言っていました。

今朝は気分がとてもいいので、ジュリアと久し振りに朝食をどうですか、との誘いがあったので喜んで行きました」

「そうなんだ。よかったですね」

「それと、焙煎の時間には下に降りて手伝うそうです」

「無理しなくてもいいのにね」

「ジュリアはあの様に見えても照れ屋なので、一日中アンドリュー王子とはいれないと思いますよ」

「本当に!

あのジュリアからは想像もつかない」

「ウフフ。そうなんですよ。

それとユリア王子からで、コーヒーがえらく気に入ったみたいでした。

あと、魔法騎士団の人達の希望で、もっと大量にいるそうです。

夜警だけでなくて、日中にも飲みたいという希望が多かったそうです。

それに、騎士団の方にも持ってきてくれとの事でした。どうやら魔法騎士団員から噂を聞いて、試飲してみたいようですね。

それで、もう一人若い人を手伝わせるとユリア王子が言っていました」

「もう一人?」

「そうなんですよ。

まだ誰だか決まってなかったようですが、石臼を回すので若い人がいいね、とは言っていました」

「楽しみだね。誰が手伝いに来てくれるんだろう?」

「ニャー」

「え、ナイトには少し無理かな」

「ニャー、ニャー」

「え、違うって。

何かをして欲しいんだよね?」


愛がナイトを見ていたら、ドアの方を向いてから愛に向き直った。


「もしかして、外に出たいの?」

「ニャー」

「そっか。

あれだけのベーコンだけだと足らないよね」


愛がドアを開けると、ナイトが足早に外に出て行った。

ナイトはこの日から毎夜、愛の部屋で一夜を過ごした。
























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