プロローグ その四 ディナーへの招待

マリサが突然、何かを思い出した様に言葉を発した。


「あ、そうだ」

「基礎レベルの高さの意味が分かったんですか?」


愛はとっさに聞き返した。


「すみません、違うんです。

ユリア王子からの言付けで、今夜ディナーへの招待を頼まれていたのを忘れていました。

重要な事なのに。最初に言うべきでした。

すみませんでした」

「 マリサが謝る事は全然ないわ」


そう言った愛は、少しこまった顔になった。

この国の正式なディナーのマナーも知らない。それに、今着ている服は、男女兼用の調理の為の服で、これでディナーには出られないと思った。でも、この国の王子の招待は断れないなと困ってしまった。

この国の事情を知っているマリサに相談してみた方が良さそうと思った。


「こちらの世界に来たばかりで、私のいた世界とずいぶんと違う。

こちらのディナーのマナーを知らないのに、王子様とディナーは気が引けます。

それに、この服は料理学校の生徒が着る服なので、ディナーには相応しくないと思うのです。

どうしたらいいでしょうか?」

「それはですね、えーと?」


マリサは返答に困った。

ユリア王子の要望には必ず答えなければならない。しかし、愛の言う事情も分かる。

マナーは予めユリア王子に言えば問題はないと思った。

しかし、この服はディナーに相応しくない。

彼女はジュリアお姉さんを思い出し、姉さんの服が合うかもしれないと思った。アンドリュー第一王子と会うために、王宮に滞在してる。

マリサは、姉が持っ来ている服を、頭の中で呼び出して、黒髪の愛に似合うか順に確かめた。彼女に似合いそうなのが見つかって、マリサの顔に笑みが戻った。


「 マナーの事はあらかじめユリア王子に言いますので、問題ないと思います。

服ですが、姉のディナー用のドレスが似合うかもしれません。

時間があまりないので、早速準備に取り掛かりたいと思います」


そう言うとマリサは、愛に会釈をして、軽い足取りで部屋を後にした。


ひとり残された愛は、ディナードレスをこれから着るのかと思うと不安になった。

今まで、ディナードレスを着た事が一度もなかったからだ。


しばらくすると、ドアのノックの音が聞こえた。

返事をすると、マリサともう一人の女性が入って来た。花と鳥で見事に装飾された木箱を床に置いた。


「愛、こちらの方を紹介します。

姉のジュリアです」

「初めまして。

宜しくお願いします」


姉のジュリアは青い目の美人で、薄い色の金髪を腰の辺りまで伸ばしていた。愛よりほんの少しだけ背が低かったけれど、体型は愛と同じ痩せ型だった。


「初めまして、ジュリアさん。

こちらこそお願いします」

「さんは要らないわ。

この三人の時や、二人の時は、お互い名前だけで呼び合いましょう」

「分かりました」

「早速だけれど、ディナー用のドレスを見てくれる?」


ジュリアはそう言うと、持って来た木箱から見事な黒のドレスを手に取って愛に手渡した。それは、絹の様な滑らかな手触りと、見事なまでの刺繍がなされていた。

愛は、これほど素敵なドレスを手に持つのは初めてで、自分に似合うのか全く分からなかった。


「このドレス、立派すぎて・・・。

私に似合わない様な気がするのですが?」



「ちょっと待ってて」


そう言うとジュリアは、ドレスを持って、愛の前に行ったり、後ろに行ったりして合わせてみた。

愛は心配そうな表情を浮かべている。


「マリサ、貴女の言う通り、このドレスは愛にはピッタリね」

「でしょう、お姉さん」


姉妹は、ニッコリとお互いに顔を見合わせて笑った。

でも、まだ愛は心配顔だった。

ふと、愛の頭の中で母の言葉が蘇った。


「人の親切を受け入れるのは、時には良いものです」


愛は深いため息をした。


「は〜〜」


この時がそうかもと思い、楽しそうに愛の周りを動いている姉妹に身を委ねた。

ふと見ると、コルセットらしき物を箱の中から取り出していた。


「あのー、その様な物を付けた事が無いのですが、大丈夫でしょうか?」


愛の心配顔をよそに、姉妹は装着の準備を始めている。

ジュリアが意味ありげな声で話した。


「これは食事用で、お腹を閉めないから、お腹いっぱい食べれるわ。

それに、これは胸を持ち上げる効果があるのよ」


しばらく身を任せていたら、マリサが愛の正面に来て精神を統一する様な仕草をした。そして、全身が映る鏡の様な物が愛の前に現れた。

少し向こうが透けているものの、黒いドレスを着た黒髪の、素敵な女性がこちらを見ていた。

胸は、先ほどのコルセットのおかげで大きく見え、肩から腰の部分まで密着しているドレスだったので、曲線美が魅力的に見える。髪は短くまとめられ、和風の奥ゆかしさが滲み出ていた。

黒のドレスのせいで、愛の肌の透明感がさらに引き立っており、口紅は赤で、顔の印象がよりハッキリと見えた。

まるで別人の様に見えた愛は、驚いた顔で二人を見回した。


「よかったわ。

その顔だったら成功ね」

「よかったですね、愛」

「それでは達も準備しますか?」


マリサは愛の方を見て話した。


「私達もユリア王子に招待されたのです。

最初は愛とユリア王子だけだったのですが、私達も一緒の方が話が和むとのお考えだそうです」

「ありがとうございました。

自分ではないくらい素敵にしていただいて。

とっても嬉しいです」

「それが、愛の持っている本当の自分よ。

これからが楽しみ」


そう言うとジュリアは微笑み、踵を返して部屋を出て行った。

マリサは愛に軽くお辞儀をして、同じく部屋を後にした。


一人残された愛は、鏡の前で初めて見る自分を見つめていた。

魔法の世界に来て、まるで生まれ変わった様に彼女は感じていた。






























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