4
***
フレンズの生活観察を行なっていた際、あるフレンズに奇妙な現象が確認されました。
敵対、あるいは自身の生命活動を脅かされる可能性が発生した場合、野生解放という動物的本能によって身体能力を活性化させることはこれまでの研究により発見されています。
野生解放状態において通常では考えられない活性化された身体能力は体内のサンドスターを消費していることが確認されています。サンドスターの消費によって得られた能力のため会話、自我の認識に影響がなくフレンズとはコミュニケーションが可能です。野生解放解除後は極度の疲労による栄養の補給を求めます。
今回の観察で見られた奇妙な現象は野生解放に酷似していますが、サンドスターの消費が確認されませんでした。会話や自我の認識も困難でありコミュニケーション不可能です。
またこの現象時、対象のフレンズは周囲のフレンズ、サファリ関係者に対して無差別に威嚇、攻撃を行い敵対行動を行いました。敵対行動の対象にはセルリアンも含まれているという目撃情報がありました。
対象のフレンズを管理センターの許可の元で捕獲し、観察したところサンドスターに異常が見られました。通常のフレンズの場合、輝きが確認されます。ですが、黒色に変化していました。再度サンドスターを摂取させる試みをしましたが、摂取したサンドスターが黒色に変化するのが確認されました。
対象のフレンズの経歴はジャパリパーク外で保護された動物が元になっていると判明しています。保護された経緯等の詳細はフレンズ特定の原因になるため省略します。なお対象のフレンズは治療行為、対処療法等の解決方法が判明しないため元の動物状態へと還元し、保護観察するためジャパリパーク外の施設へと移送することが決定されました。
我々、パーク関係者はサンドスターを希望の輝きと表現することがあります。もしフレンズ自身が、なんらかの精神的影響によって希望を損失した場合、輝きを失い、フレンズの状態でありながら野生動物的な行動を行います。フレンズであり、フレンズではない、動物であり、動物ではない状態に変貌すると仮定、対象を『ビースト』と仮称されました。
ここで私は一つの提言をいたします。
ビーストはパーク関係者、ならびにフレンズに重大な危険を発生させます。セルリアンも重要な問題ですが、このビーストも重要として発生防止に努めるべきです。これは人の役目だと思います。
<パークガイド ミライ>
***
夜の暗闇に稲光が走ると共に風が吹き始めた。徐々に強くなる風は窓ガラスをガタガタと音を鳴らした。木々が揺れてざわつくも次第に雨音にかき消されていった。
キララは自身の寝室にいた。部屋に設けた質素な机の前に白衣の着たままで座り、一冊の報告書を読んでいた。室内は机の上のランプ型の白熱電球の灯だけたった。灯りはキララが深刻な顔の相で何度も文章を目で追っている様と書類、書きかけのスケッチを照らす。報告書は夕刻前にポストマンをあしらった帽子をかぶった郵便の仕事も受け持つ輸送用ラッキービーストが届けた書類うちの一冊でった。
一日の仕事が終わり、就寝前に簡単に目を通そうと欠伸を噛み締めながら椅子に座った。届けられた封筒を取り出し順に書類をめくり始めた。新しくやってきたフレンズの情報、お客様向けの今後のイベント情報、定期会合の開催日時のお知らせといった極ありふれた連絡事項だった。時折我慢しきれなくなった欠伸を漏らしたり、首を回したり、風が強まる外の様子を伺ったりしていた。
そして『重要』と朱字で表紙に書かれた書類の番になった。仰々しい明朝体で『フレンズの異常行動に関して』と書かれている。
「流行病?」キララは医療スタッフとしての顔付きになり座り直した。
流行病や感染症といった類の文字が見当たらないことに胸を撫で下ろす。流行病や感染症は早期的な行動が必要になる。何が原因で、何をすれば感染を防ぐことができ、発症した場合はどうすればいいか、そして治療する手段がない場合は感染拡大を防ぐための処理が必要になる。キララとってこの仕事についた際に覚悟はしていても気が重くなることには変わりはなかった。
「精神的影響?」簡略した内容の報告書のその言葉がキララには引っかかった。そしてガイドパークであるミライの『人としての役目』という言葉もまた同じだった。
もう一度読み直した。次は『ジャパリパーク外で保護された』『保護された経緯』という言葉に目がつく。先ほどの安堵が徐々に引いていくのを感じた。曖昧に隠された部分に心がざわつく。より一層、外の雨風が強まる。普段であれば寝室の窓からフレンズたちは大丈夫か、と気にするキララであったが外の状態にも気が付かないでいた。何度も文章を読み直し、自分自身の心のざわつきの原因を必死で見つけようと文字を見つめた。
「ヒッ」室内の空気が震えるほどの大きな雷鳴と共にヌイの短い悲鳴が聞こえた。
「ヌイちゃん?」キララは報告書から顔を上げ、声が聞こえた方向を伺う。
「ご主人……」と震える声が返ってきた。
キララは簡単に書類を机の上に整えるとヌイの声が聞こえた寝室の扉に足を向けた。近づくと何度も「ご主人……ご主人…」と震える声が聞こえた。慌ててドアを引き開けると再び雷鳴が鳴り響き、キララよりも少し背の高い影が目の前に現れた。鋭い金色に光る眼光が二つ突然現れ、直視した驚きにキララが「ヒッ」と身を竦めた。
「吃驚した……」キララは深呼吸する。「アムちゃんがいるとは思わなかったわ。てっきりヌイちゃんだと」
「こいつが」アムが自身の腰付近を指を差した。無表情が多いアムだが、困惑した表情をしていた。
キララは体を斜めにしアムが指差したところを除くと、アムの背中に顔を埋めるかのように目を瞑りながら押し当て、耳はパタンと伏せ、尾を両脚の間に挟むように丸め、アムの腰回りに必死に抱きつき涙声で何度もご主人と呟くヌイがいた。
「どうすればいい」
いつも毅然としながら、言葉が短いアムだが今は少し戸惑いが見られる。キララはクスッと笑い、部屋の中に入れた。
「ヌイちゃん、今日は私のベッドでいいわよ」
アムは初めてキララの寝室内入るためか恐る恐る警戒心を出しながら室内を見渡すように歩いた。歩幅は体格の違うヌイの歩幅でゆっくりとした動きだった。ヌイは相変わらず震えていたがしっぽだけは振られていた。
アムがベッドの脇に立つと、ヌイは腰から手を離し飛び出すようにしてベッドの上にどすんと乗る。そしてブランケットを頭から被り身を丸めた。時折「ご主人の匂いがする」と先ほどとは違った安堵の声を呟く。
アムはその声を聞くと、溜息をついて自分の寝床がある一室に戻ろうと踵を返した。ギシッと床がなると同時に後ろに引っ張られることに気が付く。ベッドとブランケットの隙間から伸びたヌイがアムのスカートをぎゅっと握っていた。
キララは横目で二人の光景を見ながら白衣を脱ぎ、先ほど座っていた椅子の背もたれに掛けた。
「どうすればいい」アムは部屋の扉と自身が捕まえられているスカートを交互に見る。
「アムちゃんって優しいわよね」
「おれが優しい?」
「そっ。優しいわ。それもすっごく。とりあえず座ったら?」
アムは何か言葉にしようとしたが飲み込み、言われた通りにベッドの縁に腰を静かに下ろた。ヌイがスカートを掴んでいる手に片手を添えた。眉間には深い皺を作る。
「めっ」キララはアムの前に立ち、短い言葉共に頭に手刀打ちを軽くする。「いっつも思っていたけど、可愛い顔が台無しよ。表情筋が固まってるんじゃない。もう、マッサージしてあげる」
キララはアムのほっぺや眉間、目元や口元を丁寧に親指で円を描いたり、揉んだりした。アムは目を瞑り、首を反らしながら唸り、頬を紅潮させた。時折喉がなる音がした。
「あら、ごめんなさい。ちょっと調子に乗っちゃった」手をアムの顔から離した。「嫌だった?」
「……いや」アムはヌイの手に添えている逆の手を自身の顔に当てた。
「アムちゃん、たまにはお話しましょう」キララもベッドの縁に腰を下ろした。二人の間にはアムのスカートを握ったままのヌイの手があり、キララはアムの手の上に手を置いた。
「いつもヌイちゃんと遊んでくれてありがとうね」
「……別にこいつが」アムはしずかに振り返り盛り上がったブランケットを見る。微かだが寝息が聞こえた。「ボールを持って何かしてほしそうだったり、じっと見てきたから」
「嫌だった?」キララは穏やかに尋ねた。
「別に、ただ」アムは下を向く。「こいつ、初めはおれに怯えていた。それでも毎日ボールを抱えておれを見てた。ただ、それで、こいつが一人で遊んでて、たまたま転がってきたボールを投げ返したらさ、ありがとうって笑った」
「うん、それで」
「それから、こいつ怯えなくなったんだ」アムは片手で頬を掻いた。「ただ、それだけ」
「ヌイちゃんね、その日ですっごく喜んで私に話てくれたの覚えてるわ」キララは目を輝かせて楽しそうに話しかけてきたヌイを思い出した。
「……なんでこいつがヌイで、おれをアムっておまえは呼ぶんだ?」アムはキララに顔を向けた。「こいつはイエイヌでおれはアムールトラだろ?」
「えっ? それ今更聞く?」目を丸くした。そして天井を見上げ、足を静かにばたつかせる。「イエイヌやアムールトラっていうのは動物、種類の名称。それだとどうしても他人行儀っていうか、親しみがないじゃない」
「たにんぎょうぎ?」
「気軽に呼び合える友達じゃないってこと」苦笑いする。「でね、私ね、ネーミングセンスないのよ。で必死で考えてイエイヌ、イエイ、ヌイ……って考えてたらヌイって響きが短くて可愛い、って。アムちゃんもトラは勇ましいし、アムール、アムールって考えてアムって可愛い、って」
「なんだそれ」呆れるようにアムは呟く。「気軽に呼び合える友達……」
キララは静かに立ち上がり、壁にかけられた時計を見た。そして一度背伸びをする。時刻は零時を過ぎた。外は未だに稲光が走り、雨も風も止まない。
「短い乾季もそろそろおしまいね。アムちゃん、ゆっくりして行きなさい。ここで寝てもいいし、夜行性で起きているなら付き合うし」
「いや、こいつと遊んで疲れた。寝る」アムは体を倒し盛り上がったブランケットの横に体を添えた。「……おれを治してくれてありがとう」
「どういたしまして」キララは椅子にかけられた白衣を手に取る。
「……なんでカプセルをつかわなかったんだ……」語尾がだんだんと小さくなり、瞼が落ち始める。
アムは処置室の奥に備え付けられたカプセルについて尋ねた。アムがその存在を知ったのは医療センター内を歩き回れるようになった際に触らないこと、誤って入らないこと、とキララは注意されたからだ。使用目的も治療用だとその際に話していた。だが、キララは一切カプセルを使用することはなかった。軽度な症状の患者ならともかく、重篤な患者も自身の手で治療していた。
「……アムちゃんの怪我は酷くなかったからね」キララはブランケットの代わりにアムに白衣をかけた。顔を覗き込み目が閉じているか確認する。「あれは治療用だけど、違うのよ。フレンズに戻す、フレンズに治療する機械なの。以前と同じように見える別のフレンズにする、ね……」
キララは椅子に座ると額を押さえた。
「姿形が戻っても、記憶が全くないじゃ治療じゃない」キララは静かに呟く。「アムちゃんは忘れているかもしれないけどね、初めて会った時、ひとりは嫌って呟いたのよ。誰もが覚えていない、誰かが話す自分は別の自分。助けられるのにカプセルを使えば私は私の職務を放棄することになる」
天才のカコ博士が作った奇跡の機械。絶滅した動物ですらフレンズに変える奇跡の発明。人々は口々に奇跡だと称賛した。だが、その発明に至るまでの努力、思いは並大抵のものではなかった。事故で亡くなった両親に会いたい、という隠れた思いも。
「……奇跡の技術」キララは背をもたれ外を眺める。「奇跡なんて起きないから奇跡なのよ。誰かがそれを目指し、努力し、その成果、結果なのよ。それをただ奇跡の一言で表現するなんて悲しいわね」
キララはベッドを見つめる。いつのまにか顔を出していたヌイとアムが手を繋いで寄り添うように眠っていた。二人とも穏やかな寝顔だった。
「ヌイちゃんも、アムちゃんも、こうありたいって頑張った結果だもんね」
キララは椅子の向きを変え、机の引き出しから鉛筆を取り出し、スケッチブックを手にして新しいページを捲った。
***
追伸
読んでいただき誠にありがとうございます。長々と駄文を書き連ねて序章だというのになんの展開もなく申し訳有りません。
本業の修羅場は終えたのですが、言葉選びで少々難儀しております。行き当たりばったりで書いておりますので更新、少々お待ちください。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます