第46話 声が出せない理由
秀太には、少女に関して気になる事がもうひとつあった。
何しろ、出会ってから彼女の声を聞いた事が無い。
何故なのか・・・ 直接、訳を訊きたいところだが・・・
とにかく、とても気難しいと感じさせる雰囲気が秀太を躊躇させている。
( けど、モヤモヤしたままでも嫌だ・・・! )
もう、最悪、追い出されて野垂れ死にするか、運良く救助されたとしても
半死半生で、残りの人生をベッドの上で過ごす羽目になっても・・・
もう、いいや! と、半ば自棄になった決断を下すまで、かなり時間を要した。
「あのさ・・・ 君と話がしたいんだけど・・・ ダメかな?」
顔から火の出る思いで、口に出した言葉だった。
( はあ・・・ ついに言っちまった・・・ )
どうせ無視されて、何事も無かったかのように、先生からのミッションをこなして
ほしい・・・みたいな。
しばらくすると、いつものやり取りのような平仮名メッセージが表示された。
・へやに きて・
「・・・・・・」
来るべきものが、ついに来たか・・・と、思った秀太。
体を包み込む形のコックピットはロックされていない。
左手元にある{〇}印に手を翳せば、体が搾り出されるように出られるのは
すでに覚えていた。
言ってしまった以上、すごく気まずい思いの秀太だが・・・
とにかく。
少女と向き合って話をしなければ事態は進展しないんだ、と無理やり自分に
言い聞かせる。
それに、せっかくのお招きなんだし・・・
無視をして関係をこじらせてしまうのも良くない。
ここは覚悟を決めて、ぶっ飛ばされに行くか!
そんな、彼なりの決意で少女のいる部屋へ向かう秀太。
いつものように犬小屋型PCの画面に向かい、指で払う動作をしている少女。
秀太を見ると、少女は両手で手招きをした。
特に、怒っている様子は見受けられない。
そろりそろりと、遠慮がちに少女へと近づく秀太。
すると、少女はペタペタと床を軽く叩いて見せた。
( 座れってことか・・・ ) 確かにそうだ。
面と向かって話すには、自分が見下ろす形ではダメで、ちゃんと彼女の目線に
合わせなければいけない。
自分が車イス生活の時は、元クラスメイトの大原留美、イングリッド先生がそうしてくれたように。
全然知らない外国語だっていい。 とにかく、生の声が聞きたい。
そんな思いで、少女の前に座る秀太。
ところが・・・
少女は天井を向き、自分の喉もとを指差した。
「あ・・・!?」
それは、ピンク色をした小さな十字架のような・・・
どう見ても、手術の縫合跡だった。
「・・・・・・・」
何も言えず、下を向いてしまう秀太。
ポンポンと、秀太の背中を軽く叩く少女。
秀太は、少女と視線を合わす事ができず、トボトボとコックピットへと戻る。
「・・・なんていうか・・・ホント、ごめん・・・」
しばらくして、(いつもの通り)文字だけの返答があった。
・きにしていない・
・それより いんぐりっど のこと・
・すこし ごういん だけど・
・どうか ちからに なって ほしい・
( 何なんだ、この子は? 俺なんかよりずっと精神年齢が上じゃないか! )
(それに比べ、この俺ときたら・・・先生の一方的なお願いに対し、中学生の
時と同じように、反発しようとしている・・・)
( ん・・・? イングリッド先生の事・・・? )
「そうだ、思い出した! 君は先生から・・・イングリッド先生から何て名で
呼ばれていたか?なんだ! 君にも名前があるはずだよ!?」
(文字での)返答があるまで、さほど時間はかからなかった。
・いんぐりっどは わたしに なまえを つけようとした・
・けど わたしが それを きょひ した・
・ほかの だれかを よんでいる みたいで いやだった・
「え!? 君はイングリッド先生の子供じゃないの!?」
・いんぐりっどは ははおやがわり・
・けんきゅうじょで しにそうな わたしを たすけてくれた・
「え!? 研究所って?」
・くわしくは わからない・
・きがついたら わたしは そこで くらしていた・
・きょうは もう やすむ・
そう言えば、そんな時間帯だったのだろうか。
確かに、深海は時計を見なければ、いつも真夜中みたいな所だが。
「・・・どうしてるかな・・・」
イングリッド先生、大原留美を思い出し、無性に会いたくなった気持ちが
込み上げてくる秀太だった。
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