第17話 もう一人いた
海底散歩のVRを見させられている、この “体を包み込む部屋” 。
秀太は途方にくれていた。
何しろ目の前の映像の終わらせ方、この部屋の “脱ぎ方” が全く分からない。
表示は相変わらず、進行方向を示すらしい矢印のみ。
だが・・・とうとう、その矢印表示が霞んで見えるようになってきた。
もう、疲れすぎてしまって、体に力が入りようが無い極度の脱力感。
目は開いているのに・・・何も見えなくなってしまった。
立ち眩みにしては長すぎる。 どうしたらいいか考える事も・・・
そのまま、秀太は膝からゆっくりと崩れ落ちた。
一方、犬小屋型PC端末のある部屋では、何かのアラーム音が鳴っていた。
しばらくすると、“体を包み込む部屋”から搾り出されるように秀太の体が排出。
倒れたまま動かない秀太の両腕を掴み、引っ張り出そうとする、か細い手。
どうにか全身が出た後、静か過ぎるこの部屋にもれる、息切れする吐息の音。
( ・・・・・・・・・・ )
犬小屋型PC端末の屋根部分に配置してある画面には、“UWAAA”と表示。
か細い手が、その画面に触れると、画像が切り替わった。
3機の飛行船のような形。
そのひとつの最後尾(?)に光の点滅が現れた。
( 朝・・・? )
周囲は明るいが、濃霧に包まれているように見える。
目の前にはテーブル。 秀太は椅子に座って何かを待っているらしい。
いつの間にか、ウェイトレス(?)が現れ、目の前に何かを置いた。
赤みがかったルーのカレーライス。 それと、スプーンだった。
頼んだ覚えは全く無かったが、秀太はありがたく頂戴する事にした。
「君・・・ お名前は?」
そう呼びかけても返事は無く、視線も合わそうとしない、その少女。
パッと見の感じ、白人系で赤に近い茶髪なのはわかったが・・・。
付けている名札は『 O 』の、たった一文字だった。
アルファベットのオーなのか、数字のゼロか、全く異なる読み方なのか?
・・・そんな事より。
今の秀太は極度の空腹状態で、そんな事を疑問に思う余裕は無かった。
( そういえば、カレーの味って・・・どう美味かったんだっけ? )
と、最後の一口を終えようとした、その時だった。
( ・・・・・!!? )
口の中のただならぬ異変で『目を覚ます』秀太。
そして、( 差し出された )コップの水を思い切り飲み干した。
「え・・・?」 右手にスプーン。 左手に空のコップ。 目の前には、ルーの跡が少し残っている皿。
すぐそばに状況を理解できる物があった。 封を切ったレトルトパックには、
{ ご注意! 超激辛!! ブートジョロキアカレー } と、あった。
驚きすぎて固まっている秀太に、またも “ 声無き声 ” の呟きが。
『・・・ それにしても、寝ながら食事が取れたとは ・・・ 』
『・・・ でも、これで味覚は復活したようだ ・・・ 』
『 ・・・ 左手もちゃんと動くようになったみたいだし ・・・ 』
『 ・・・ 後は定期的にバランスの取れた栄養を摂取する事 ・・・ 』
『 ・・・ 彼女には感謝しないといけないな ・・・ 』
「ん・・・? 彼女??」
秀太は目の前の皿から視線を外してみた。
目の前には、立ってこちらを見ているウェイトレス・・・ではなく、少女。
夢で見たまんまの顔つきだったが、着ている服が違っていた。
袖の無い(サーファー)Tシャツに、トランクスのような短パン。そして裸足。
赤に近い茶髪は胸の辺りまで伸ばしっぱなしで、癖のように髪を掻き分けている。 秀太が唖然として見ていると、その少女は新たに別のコップを差し出してきた。
カスタードクリーム色の液体が入っている。
その少女は、秀太を見ながら片手で飲む仕草をした。
「え・・・? 飲めって?」
秀太は自分のいるテーブルの端っこに、ある物を見つけた。
それは、握りつぶされた いちごミルク の紙パックだった。
( もしかして、この子のだったのか? )
「ごめんよ・・・勝手に君のいちごミルク飲んじゃって・・・」
それに対し、少女はもう一度飲む仕草をした。
「分かったよ・・・ 飲めばいいんだろ?」
秀太がそのカスタードクリーム色の液体を口に含んでみると・・・
「あ・・・これって・・・?」
独特のトロ~っとした感じに、ある記憶が甦った。
特別養護クラスで、英語のイングリッド先生がしきりに勧めていた飲み物。
『シュータくん! これ飲んで栄養補給よー!!』
プロテイン系の栄養補助ドリンク、『 XXXーメイト・スーパー 』・・・
味覚を感じなくなってから、薬のような、半ば強制的に飲まされた感はあった。
だが・・・今、改めて飲んでみると、ほのかに甘い味だと分かった。
何故か、イングリッド先生の顔と姿を思い出している秀太をじっと見ている少女。 飲み終わるのを待っているようでもあった。
しばらくして・・ ズズン・・・と、一際重低音な振動が部屋中に響き渡ったが、
すぐに静けさを取り戻した。
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