第3話 憂鬱少女は屋上で華を見た

憂鬱少女は屋上で華を見た














それはいつのことだったか。記憶なんてだんだんとアバウトになっていって、いつの間にか無かったものになる。もしくは記憶というものを軽々しく捏造してしまう。あくまで私のイメージなのだが。

はじめて記憶を捏造したのは小学時代の修学旅行のときだった。あの日、朝早く目が覚めてしまって、ホテルの同室のクラスメイトとはしゃいでベッドをトランポリンのように扱って、ぴょんぴょん跳んでいた。気持ちよくって、でもどこか気分が悪くて。でも、そんな風景や感覚ももはや自信がない。なぜなら、そのあと私は顔を壁にぶつけてしまった。右頬が直撃した。痛みはもはや感じることすら出来なかった。同室にいた子は直ぐに駆け寄ってきて、大丈夫?と聞いてきた。だから私は頬を隠して、笑って、大丈夫といった。たしか。これも私がつくりあげたものなのか?

これを親が知ったらきっと怒ると思った私はとあるストーリーを思いついた。それは、男子の殴り合いの喧嘩のせいで近くにいた私の頬に彼らのうちの誰かの手が私に当たったというもの。そう。それは帰る日の朝。とあるテーマパークに行く予定だったが、一つの男子のグループが朝から食事会場で喧嘩をしていた。あのジェットコースターから乗りたい。いやいや、まずはお化け屋敷だろう。とか。所詮小学校の修学旅行なんて時間が限られてほぼ何も出来ない。そのせいか、かなり彼らの喧嘩はヒートアップしていった。そんな中、友人と食事会場に入った私の頬に一人の拳が当たったという訳だ。ズキズキと痛んだ。彼らはそれでも気づかない。私も彼らに苦情を言う気は無い。朝日はカーテンをキラキラとさせていた。そんな捏造。今も目を閉じたら思い出せるような、そんなもの。

















「ねぇ、田中ァ。めっちゃ暑い。」

そう田中に言うと、すごく迷惑そうな顔をされた。

「だからどうしろというのですか?俺にできることなんてなんもないっすよ?」

最近は気候がおかしい。そんな長く生きていない私でも違和感を覚える。まるで遺伝子がそう仕組んでいるように。

「もうそろそろ夏休みじゃん。私、花火見たいんだよね。」

そう私は言ってみた。ただ、暇だから田中と話していたいだけなのだが。

「それでどうしたんすか?俺、あなたと花火なんて絶対、嫌っすよ。」

そう言って田中は怪訝そうに見る。

「あのさぁ、私、田中とか他の人と行くつもりなんてさらさらないんだよ?」

そう言って大袈裟に呆れたように首を振ると、田中は苦笑いした。

「でしょうね。で、どうしたんですか?」

「つまりね、、穴場教えて。」

そういった。誰もいない所で、花火を一人で見たかった。なんか、自分の世界だけで見る花火は絶対素晴らしいと思う。

「例えば田舎行けばいいのでは?」

「違う違う。田舎はあまりにも美しすぎる。汚れた都市で見たいの。まぁこんなところを都市と言っていいものかわかんないけど。」

田舎のような、自然に溶け込めそうなところに美しさを見いだすなんて間違っている。だって当たり前だもん。美しさはもとからあるものや一般論からではなく、なんて言うか、自分の世界から見出すものだと思う。分からないけど。

「じゃあ、マンションの屋上とか、どうっすか?」

「いいね。そうしよ。」

そう頷いたら田中はほっとしたように笑った。



















夏休みは思った通り、退屈を極めていた。蝉の声は新鮮だが、いつも聴く好きな曲をヘッドホンで鳴らすと、蝉の声もそんな曲も、私の心を満たさない。私に残ったのは、焦りと退屈感。宿題はやる気が起きない。多分、優等生面している私は、真面目に終わらせるために最終週は何回か徹夜するだろう。そうわかっているのに、宿題なんて今はする気が起こらない。暇すぎて初めの週はずっと田中にスマホでメッセージを送りたくっていた。すると、田中は最初は、はいはいと頷いていたにもかかわらず、最後の方では心配されてしまった。

『先輩……あなたは本当に、大丈夫ですか?』

『私は通常運転だよ。』

『……少し休憩をされたら……』

『暇。』

『……最近ずっと部屋にこもってるんでしょ?』

『当たり前じゃん。』

『しばらくは殺らないんすか?』

『……特に気力がない。無気力なう。』

『……まずは休みましょう。おやすみなさい。』

『まだ昼だよ!!太陽が室内にも入るくらいに!!』

『あなたには休養が必要です。おやすみなさい。』

こんな感じだ。まぁいい。ずっとゲームを入れたり消したりした。ネットサーフィンをとてもした。ネット漫画やネット小説をあさった。動画を見まくった。そして今の私にあるのは、虚無感。

あーあ、なんか楽しいことないかな……。

スマホの通知がピコンっとなった。覗き込むと、田中っと書いてあった。

『花火大会、明日っぽいですよ。』






















夕暮れ。と言えどもまだ午後七時。橙色の夕日ではなく、夕日は赤と藍のグラデーションのようだった。マンションの部屋を出て、下を見たら人々は外にちらほら出ていた。私は彼らとは違う方向にすすんだ。マンションの階を上がる。カツンカツン言う。響くなぁ、とか思う。なんか息が上がった。こんな風景、見たことありそうだった。こんな夕日。私は知ってる。この少し薄汚れた壁も知ってる。既視感か?わからないが。そして目の前に壁が現れた。こうなることは分かっていた。だから、私は鍵を出す。屋上への鍵。なぜかリビングにいつもかけてある。大抵そこの鍵があればなんでもできる。もしうちに泥棒とか入ったら大変だなぁとか思う。カチャカチャ音を立てる。だが、それはほぼガチャガチャっと言った感じだった。あんまり開けられないのだろう。私の前は誰が開けたのだろう。それにしては、音の割に鍵穴にはするっと鍵が入ったなぁとか思った。そしてドアを開けた。重かった。空気が邪魔をするようだった。そして見えたのは、街の夕暮れ。綺麗というよりも不気味だった。薄気味悪いとかそういう類ではなく、見ていたくないといった純粋な感じ。



























「ねぇ、あなたも死にに来たの?」


声がどこからか聞こえた。前に人影はないのに。鈴のように澄んだ声。まるで人形を連想するような声だった。

「左だよ。」

そう言われて振り向くと、そこには私よりも幼いくらいの少女がいた。

「屋上来るなんて、飛び降りくらいしかない、よね。しかも、学生ならなおさら、だよね。」

そう言って微笑んだ。私はよくわからない状態に黙り続ける。

「私よりも大人にみえる。高校生?っぽいな。私、死にたいけど、一人じゃ自信なかったから。安心した。」

そう言って彼女は笑った。私はだから寂しがり屋の彼女と話す決意をした。


「本当に、しっかりと、死にたい?」


私はそう言って微笑んだ。彼女は一気に顔を引き攣らせた。

「いや、死にたいけど……。どゆこと?あなたは死ぬ気がないの?」

そう言って私を見る。縋ってるのか、この子は。

「私は死ぬ気がないの。ただあなたを殺すことはできるよ。お手伝いしてあげましょうか?」

そう答えると、彼女は呆然としていた。だから、私はゆっくりと彼女に近づいて行った。


「軽々しく死にたいとか言ったらだめだよ。」

そう言うと、彼女は顔を真っ赤にした。

「軽々しくなんて、ない!」

そういった。そう言いつつも、後ろに下がっていってる。

「大体あなたに、死ぬ覚悟なんてないでしょう?」

そう言うと、さらに唇をわなわなとさせた。

「あなたに、わかるわけがない。」

そう言って、私を睨む。めんどいなぁ、ほんとこのタイプ。

「そう。今日花火大会だねぇ。あなたも花火と散ってしまえば?」

そう言うと、手を震わせた。

「あいつらの楽しみを崩してしまいたかったの!!気分を最低にしてやれたらもうどうでもいいの!!」

そう言って目を光らせる。泣いてるのか?全く。多分恋人とか想い人とかその類か……。

「あなた一人死んでも何にもならないよ。」

「うるさいうるさい……。」

そう言って嗚咽を零した。意味がわからない。


身体に思い振動が伝わる。耳の鼓膜が弾けそうだ。

「……あ、花火……。」

そう言った彼女は私から目を離して、花火を見つめた。

「さっき、軽々しく言うなって言ったでしょう?ごめんなさいね。」

そう言うと彼女はへらっと笑って

「いやいや。私も取り乱しちゃったから。」

と言った。

そして、私は彼女の背後から抱きしめた。彼女は固まった。驚いて声すらも出ていない。だから私は彼女の首元にすぅーっとカッターで線を引く。

「……え、どゆこと?」

彼女はまだ理解していない。

「あなたに忠告したよね?軽々しく言うなって。私、久しぶりに、今、殺る気に満ち溢れてるの。心から満たされてるの。」

彼女は息しかできていない。叫びたいだろうけれど、ひゅーひゅーとしか音が出ていない。私は一気に頸動脈をグサッと刺す。びゅぅーっと血飛沫が夜空をまう。ほら、あなたの見とれた花火と一体化出来たでしょう?













私は少女をそのまま寝かせる。それでも血の勢いは止まらない。私の顔や服や手足が血で汚れてしまった。

『田中。屋上。』

そうメッセージを打つ。

『お久ですね。』

『あと着替え。濡れタオル。』

そう打った。田中からの返信は、困った顔をした熊のスタンプだった。












また、ドォーンと花火が上がる。

夏が、終わっちゃう。




















夏の既視感のオンパレードは、捏造したものなのか、それとももともとのものなのか。

















でも一つ確かなことは、彼女の死も私の記憶から消え去っていく、ということ。

それでも彼女の死が私に既視感を生むのだろうな。

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憂鬱少女 藍夏 @NatsuzoraLover

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