第2話 憂鬱少女は夢を見た

憂鬱少女は夢を見た


























朝、目がすぐに覚めた。寝たのは午前一時。そして今ほ午前五時。白い朝の光がふんわりと空を包み、窓にたくさんの小さな白い光をもたらす。夢は見ていない。いや、覚えていない?まぁ、わかるはずがないだろう。






中学生になって初めての五月。壁に掛けている制服はまだまだ綺麗なまま。小学校時代と違って制服があって、大人になったんだなって錯覚をする。だってまだまだ私たちの思考回路は小学校時代と何一つ変わっていない。ケーキがあればかけ出すし、人から怒られることもたくさんある。大人って遠いな。少し大人になることができるからという理由で、小学校を卒業して喜んだ自分に悲しくなる。いつになったら大人になることができるんだろう。





何もすることなくぼんやりとベッドの傍のクマのぬいぐるみを眺めていたが、それすらも飽きて、窓を開けてベランダに出てみた。初夏の風が吹いていた。五月の風は思っているよりも冷たい。朝焼けが遠くに見えた。グラデーションが綺麗だった。何色なのかわからない、そんな美しさだ。マンションの十階。近くの公園が見えた。緑がさわさわと揺れている。本当に初夏なんだと思う。最近までは白くふわふわした花びらで一杯だったのに。まぁ、私にとっては緑でいっぱいの方が好きなんだけど。




家にいても何もすることがないから、コンビニに行ってきます、というメモをダイニングのテーブルに置いて、玄関を出た。ダボッとしたシャツにショートパンツで出たら、ほんの少し冷えたが、いいやって思って玄関を閉めて鍵も閉める。空の色が薄い。薄く広がっている。ふわっと風がシャツを揺らめかせる。ほんとに、全てが新鮮だった。瑞々しい果物を齧る瞬間。そんな感じ。

階段を駆け下りると、コンクリートが響く。朝早い空気を揺らす。鐘を鳴らすように。残念ながら中学生から邪念を払うなんてことは無理なようだが。不思議な優越感が私を包む。面白いくらいに。優越していることなんて何もないのに。ショートパンツで来たせいか、足が徐々に熱を失う。目が更に覚める。いいことなのか……。




歩道に出たら、案外人はいなくて、気持ちを高揚させる。特に高揚する理由なんてないのだけど。蝉が鳴いていた。早いんだね。ゴールデンウィークだというのに。みんなお寝坊さんだ。せっかくの休日だというのに。でもお寝坊さんたち、私はあなた達に感謝してる。だってこんな素晴らしい世界を見せてくれたのだから。身の周りの風景に人間の群れなんていらない。閑古鳥が鳴く街の方がずっと美しいでしょ?栄えて賑やかなアーケード街よりも寂れてシャッターが沢山降りている商店街の方が好き。買い物とかする気は起きないけど。だって、ね、利便性がないから。美しいものに利用価値はない。逆に利用価値のあるものに美しさはない。あくまで私にとってはだけれど。




昔、よく公園に行っていた。楽しかったのかな、私。わかんないけど。桜が散ってしまって、もう花びらすら残っていない公園は緑が揺れていた。前はここで写真とか撮っていたな、とか思う。もうしなくなったけれど。目の前の小さな公園は寂れている。まぁ、ここら辺は都会でもないもんな、とか思う。だが、美しさなんてない。だって全てが眩しすぎる。明るすぎる社会を楽しむなんて私には出来ない。ほら、楽しげな笑い声なんてうるさいだけでしょ?






























遠くで叫び声が聞こえた気がした。猫の喧嘩かな、発情期の猫、うるさいもん。高い高い甲高い声。もはや人間の声じゃないもん。

























なんか、興奮した。





























公園には一人の少年が立っていた。黒いパーカーにジーンズ。身長は私よりも少し小さいくらい。遠目だからよく分からないけれど。少年は私の視線に気づいたのか、後ろを振り向いた。彼の目は朝日を透過させて、透明な焦げ茶色だった。ところどころ光が入っていた。綺麗な眼だなって思った。

「……おまえ、何か用でもあんのか?」

そう言った少年の声は高くも低くもない。声変わり中なのか。パーカーからはみ出た前髪がさらさら揺れていた。

「……特に何も無い。ただ朝早くから、こんなとこに子供がいるなんて、って思って……。」

そう言ったら、ふーんと言った。


「おまえ、口堅い?」


「まぁ、話す相手、いないし。」


そう言ったら、少年は私に手招きをした。私は軽く走った。














「ほら、これ。」

少年が見せたのはアラサーくらいの女性の死体。脚の付け根がグッサリと刺されていた。軽くカッターが六本くらい。両足で片足三本ずつといったところであろう。そのカッターと肉の間からじわじわと血が垂れていく。今はもう穏やかだから、きっと完全に死んでいる。

「これ、君がしたの?」

そう聞くと、少し胸を張った。

「まぁな。」

あまりにも純粋な答えだった。

「警察にバレたりとかは……」

面倒ごとは嫌なので聞いてみた。少年はポケットに手を突っ込んだと思ったら、カッターの刃を取り出した。

「おまえが言わなきゃバレないんだよ。」

そしてジリジリと近づく。私は逃げる気はなかった。たとえ逃げようとしても彼なら私を簡単に殺すことはわかっていた。

「言う気はないよ。ただ、面倒事に巻き込まれるのは御免だから。」

そう言うと、少年はカッターをほおり投げた。そのカッターは偶然にも女性の胸元に刺さった。血がじわじわと広がっていく。

「俺、疲れてるから、もう、何もしたくないんだよ。だから、よろしく頼むな。あと、このくらいなら簡単にもみ消すことできるし。」

そう自慢げに語った。

「小さいのに、凄いね。」

そう言うと、少年は少しムッとした顔をした。

「一応、俺、小六だし。」

「そう。」

そう頷くと、少年は満足気に笑った。




















































まさか、小学時代の殺人現場に現れた子が、俺の父親が仕えている夫婦の子供だったなんて知る由もない。だって、父親がとある国の専属スパイで確か茶色っぽい髪をしていたのに、とうの娘は母親に似て黒髪で黒い目だった。それは気づくはずがない。

俺の父親は彼女の両親の護衛として雇われていた。今もだ。その傍らで殺人鬼としても活躍している。裏の世界の人間を殺しているから別に悪いことではない、とか言っていたが実際のところは今もよくわからない。そのせいか、彼女の両親は娘に害を与えたくないということで俺の父親を近づけようとしなかったらしい。たぶん娘が殺人していることは今も知らないのだろうな。

だいたい、彼女の住んでいる区域はそんなセレブが住むところではない。分かりにくくすぎだろ。俺の父親は確か彼女が仕え主の娘だと知ったのは彼女が高校生になってからというし……。しかも父親の認識している彼女はとち狂った感じだし……。殺人現場で恍惚とした顔を見せるとか……。よくわからないやつだ。

その上、運が悪いことに今となっては高校の先輩だし……。迷惑だ。





























「田中!今日も殺るから、お父さんによろしく言っておいて!!」

また、来た。一体、どのくらい殺ったら気が済むのだろう。

「分かりました。」

「そう呆れた顔しないでよ。」

そう言って彼女は笑った。

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