憂鬱少女

藍夏

第1話 憂鬱少女は今日も笑う

憂鬱少女は今日も笑う




夕暮れ。私は眩しさに目を細める。春の穏やかな風と反比例するように夕日はだんだん鋭くなっているようだ。春風が吹き、夕陽を花びらに浴びせて、花びらはひらひらと揺らめき、光に浸っている。そんな春風は優しく私にも吹き寄せるが、憎くも私の背中まである結んでいない髪の毛を口元に寄せるだけであった。

ふと見たことのある制服を見たので立ち止まった。そこは小さな公園。昼間はきっと小さい子がたくさんいるであろう、そんな公園だった。幼い頃、私も親と遊んだっけ?少女一人の公園は地面の白い砂が橙にそまっていた。その少女は県内のトップ校の制服を着ていた。私なんかが通うようなところとは比べてはいけないような。少女はスクールバッグを膝に抱えて、スマホをいじる。左手はカバーを持ち、右手は本体を支えつつ親指で操作をする。カバーは黒い。そこに金色で装飾されている。だが、夕陽が酷い今はまるで銅のよう。少女は公園の隅のベンチに座っていた。もともと白いペンキが塗ってあったであろうそれはもはやところどころ茶色が見えた。

なんとなくぼんやりと見とれてしまった。見とれてしまうほど可愛さもないのに。いやそれは少し違う。その少女は可愛い。けれどもそれは女優さんとかモデルさんとかの可愛さではない。だからと言って癒しと言った感じの可愛さでもない。どこから来るのか分からない、そんな可愛さだ。ボブの髪はふわふわと揺れている。すっきりとした首はどことなく冷たさを示すようだ。制服はまだ冬服だが暑いのであろうか、セーラー服の袖を折り曲げている。ときおり手で扇ぐような仕草をして、ハッとして顔を赤らめてまたスマホに熱中した。


暫く私はぼんやりと眺めてしまった。本当は塾に行かなければならないが、行きたくなかった。サボる理由が欲しかったのだろう。私は目の前のケーキ屋さんに行って、小さなパフェを頼んで、外に設置してあるテーブルを借りて食べた。そうしながら塾のテキストを開いてぼんやりとする。英文が遠くに見えた。口の中は暫く留まったあと蝕むようにベトベトとした嫌悪感をもたらす。苺が救世主であった。

ふと公園の方を見た。彼女はスマホを耳に当てて何か口を動かしていた。そして落ち着いたように最後小さく口を動かしてスマホを耳から離した。そしてこちらに目を向けた、ようだった。そんなに近いわけではないので、よく見えなかったが、彼女は気だるげな感じであった。

そしてパフェを食べ終わった私は観念して塾に行く決意をした。テキストをバッグの中に入れて、席を立った。彼女は立ち上がる気配もない。まぁ、いいや、と思い、去った。きっともう会うこともないであろう。直感でそう思った。エリートにも何かしらの悩みがあるのであろう。だから誰もいない公園にいたのだろうな、そう思った。

近くに家があるのにまた遠くまで行って塾に行くのが辛かった。


夜10時。塾から直ぐに抜けた。あの環境がすごく嫌いだ。何かに取り憑かれたような人が沢山いるような、そんな所にはいたくない。自分まで狂ってしまいそうだ。勉強が大事なんて、どこかのお偉いさんが言ったからだろう。勉強が嫌いな人がトップに立ったら、きっとこんな世界ではなかったのではないだろうかなんて考える。

駅のホームに入った。直ぐに抜けた私は駅で一人だった。多分私の次に塾から駅に着く人は早くても十分後くらいであろう、そんなことを考えていた。すると人の足音が聞こえたので、振り向いた。そこにはスーツを着た男性が立っていた。男性の年齢はそんな見た目からは認識できなかった。どこか端正な顔立ちをしていた。カッコイイが普通で思い出せないような顔だった。彼はスマホを取り出して電話を始めた。

「ああ、ゆりちゃん。今から行くよ。

いやいや待っててよォ。俺が悪かったよォ。だから許してくれよ。

やったぁ。さすが俺の彼女だな。

どんな感じなんだ?ショートカット?

ボブか。わかったわかった。B高校の制服?そうかそうか、さてはエリートちゃんかな?まぁまぁそう怒るなって。可愛いなぁ、ほんと。ゆりちゃんは今どこにいるの?公園?夜遅く危ないなぁ。変な人に合わなかったか?いや、俺らが今からするんか、そうだったな。愛してる。後で会おうな。たくさんしてやんよ。」

そう言って彼はスマホをタップした。喋り方がどこか気味が悪かった。粘着質のあるような声。確かにイケボなのだが聞いていたら吐き気がしそうな声。電車が着た。乗ったのは彼と私だけだった。

電車は私と彼と数名を乗せて進んで行った。


駅を降りたら私は定期券をかざそうとしたら後ろからドンとぶつかった感じがした。

「ごめんねぇ、お嬢さん」

そう言って立ち去った男性は、同じ駅から乗った男性であった。


夜道は寒かった。まだ春だからなぁ、なんて思った。どこかライトもついているが薄暗い。


「おいおいおいおい、約束と違うじゃなああああああああぁぁぁa……ppteqcvhbjgっぐhfshは……」

前方から声が聞こえてきた。男の声だった。不気味だったが家へ帰るルートがそっちだったので怖かったが足早に進んだ。目の前にはケーキ屋さんと公園があった。ケーキ屋さんは暗かったが公園はライトで照らされていた。月がぼんやりと明るさを増させる。


目の前に広がっていたのは赤だった。赤い血溜まりの上には花びらがひらひらと浮かんでいた。近くから足音が聞こえた。

「あらあら、夜道は危ないですよ。高校生でしょう?私もだけど。危ないですよ、ここ。人が死んでいるようなとこですから。」

そう言って現れたのは、ボブの例の夕方の少女だった。私と背丈は同じくらいだがどこか大人びていた。だが、もっと驚いたのは、彼女の制服の紺色のはずの所までも赤い斑点が散らばっている。

「その、制服の赤い染みは?」

恐る恐る聞くと、ふんわりと微笑んで、口を開いた。

「花びらはね、咲いて時間が経つと色に赤みが帯びるんですって。」

そう言って優しく、ふふっと笑った。

「この男性は?」

足が震えて声までも震えた。

「彼?知らないかしら。彼はね、中学生や高校生を襲う狼として有名な方なの。」

「じゃあ……なんで死んでるんですか?」

そう言うと、どこか遠くを眺めるように目を遠くに向けて、

「私が殺しましたよ。」

笑顔で言った。

「警察は呼ばなくてもいいからね。だって警察さんは黙認しているから。安心していいよ、在原真理さん。」

そう言った。

「なんで……私の名前……」

「だってあなたは……生徒手帳落としていったでしょう?確かめてみたらどうかしら。」

そう言われてバッグを探る。暗くてよく見えない。そしてそのまま落としてしまった。私は直ぐにしゃがみ込んだ。

「あらあら、大変ね。でも大丈夫。生徒手帳はここにあるから。」

少女はしゃがみこんでひらひらとそれを見せる。

私は恐怖で彼女から目をそらす。そして映った景色は男性の死骸だった。その男性は駅で見た人だった。

「じゃあ、あなたはゆりでしょ?」

そう尋ねると、彼女は首をゆっくり振って、

「彼との会話、聞いてたの?」

と言った。

「いや、聞こえたというか……」

「ゆりはとあるゲームの私の使ってる名前。いや使っていた、だね。もうする意味、ないから。」

そう言って微笑む。

「あなたは……一体何者なの?」

「私?」

そう言って手を胸に置いたので、私が頷くと、

「私は、B高校の2年で、職業は一応殺人をやってます。一応公認ですよ!公認の殺人鬼です。」

そう言って笑った彼女は楽しげだった。


それじゃあ、と言って彼女は去っていった。

「気をつけた方がいいよ、在原真理さん。じろじろ見ていると怪しまれますよ。」

そう言って手をヒラヒラさせた。ぼんやりとしてしまった。彼女は、可愛かった。













やってらんない。つまらない遊びは面白くない。じゃあ面白くすればいい。

「ねぇ田中、後始末やってくれた?」

「やりましたが酷すぎですよ!!だいたい、あなたは何度言ったらわかるんですか?誤魔化すのにものすごく苦労してるんですよ、こちらは」

そう田中は怒った。

「だいたいあんたは何もしてない普通の高校生でしょう。色々やって下さってるのはあんたの親御さん。違うの?」

「て、手配してるのは俺ですから。」

そう言ってヤレヤレと呆れられた。

「学校だから、敬語やめてよ。」

そうおどけると、

「あのですね、俺、一年っすよ?バレたらほかの先輩に怪しまれますよ?」

と言って困惑した表情を見せた。

「いいよ。だって私、空気みたいなものだし。」

「でもB高校の首席合格で名前は通ってるじゃないですか!!」

「初めはね、今はそんなの忘れられてるよ。」

そう言って笑うとさらに呆れられた。

「そう言えば、茜さん。昨日誰かに見れれたんでしょ!大丈夫なんですか?」

いやいや、私の知ったところではないだろう。そう思いつつ、

「あんな純粋な子は単純だから。」

そう言って笑うと

「意味がわかりませんよ。」

と苦笑いされた。私は一応プロだ。軽く脅すに決まってる。


そう。帰る前に少し毒を刺した。手を振ったあと、後ろを振り返り彼女にゆっくりと近づく。彼女はどこかぼんやりとしていた。

「ねぇ、退屈よね。こんな世界。」

そう聞くと、

「たまにある幸せで楽しんでると思い込まないとやってられないですよ。」

そう言って苦笑いする。

「ねぇ社会って何でできていると思う?」

しばらく黙った後に口を開いた。

「……勝者の優越と敗者の劣等」

「そう」

そう頷いて、私は彼女の頸動脈を片手に持っていたカッターで刺した。

まるで噴水。

そうよね。社会は悲しいことに勝者の優越と敗者の劣等でできている。だから、どちらにもなった事のある私にとって、この社会はとてつもなくつまらないもの。だから刺激を求めていた。求めないとやっていられないもの。生きていてもつまんない。でも死ぬ勇気もないから。じゃあ、そのまま遊びに暮れるしかないよね。中途半端で宙ぶらりんに生きよう。宙ぶらりんでおどけよう。

私が勝者であるゆえん。それは裕福な方だから。

私が敗者であるゆえん。それは希望も夢もないから。


憂鬱な日々にサヨナラを告げたいけれど、無理だなぁとか思う。


そんな中、田中と出会った。いや正確には田中のお父さんと出会った。出会いは、最悪だった。田中のお父さんが殺している場面に遭遇した。彼は私と目が合うとにたぁと笑い、

「お前もこいつと連れて行ってやんよ。」

そう言ったから私はわざと恍惚そうな顔をして死体に近づき、言った。

「ねぇ、素晴らしいと思いません?人の死ってとても美しいですね。」

そう言って微笑むと、彼は気味が悪そうにして、

「そんなに、殺したいんか?」

そう聞かれたので、笑顔で答えた。

「はい!」


そして今に至るという訳だが。何故彼が協力してくれたのかわからない。

まぁ殺人は麻薬のようだ。した直後はすごく高揚するけれど、しばらくしたら鬱々となってしまう。


あぁ、楽しいこと、ないかな?

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