第5話 カエルの王子様

カエルの王子様






































おねぇちゃんが死んだ。


七歳の俺は衝撃を受けた。


当時の俺は半端じゃないほどのシスコンだった。


まぁ、一方的に好きだっただけだが。一応断っておくが、恋愛感情じゃない。慕う感じだと思われる。
















あれから九年。俺は今日、高校に入学する。

















通学路は桜並木で、この季節になると桜が満開だ。風が吹けば、俺にたくさんの花びらを浴びせる。



昨日の入学式は両親共々来た。俺がこれから通う高校はおねぇちゃんと同じところだ。両親にとってはきっといい思い出はないだろうな、と思う。おねぇちゃんは自分の部屋で死んだが、高校を見たらきっとおねぇちゃんを思い出したに違いない。たくさんの女子がいた。おねぇちゃんの制服姿を思い出した。



だがしかし、俺にはそんな回想をする余裕が今はない。なぜなら、今は八時五分。遅刻まであと十分。さすがにまずいものがある。初っ端から遅刻だと、目を付けられてもおかしくはない。全速力で漕ぐ。だが、散った花びらが朝露で濡れてすり減った自転車では危ないような気がしてそこまで速く漕いだら怖いような気がして、もどかしい。どうしたら……さすがに遅刻は避けたい……。

もういい!!とにかくめっちゃスピードをあげる!!コケたらコケたでいい!!そのときは遅刻は遅刻でも先生達は優しく俺を受け止めてくれるに違いない。


桜の花びらがビュンビュン当たる。

もはや、風情もなんもないな。

昔の人が桜に風情を感じていたのはきっと焦りとか恐怖、不安がなかったからだろう。

今、俺は、桜にイライラしている。




なんでもっと早く起きなかったんだろ、俺は……。













結論は……まぁ、はい、どうにか間に合いましたって感じ。先生達が歩く群れをかき分けてダッシュで教室まで走って、静まりつつある教室を勢いよくバーンと開けて、到着。任務達成、という訳だ。凄い目で見られたけど気にする必要はない。だって一応間に合っている。ほら涼しいではないか。急いでいたなら暑いはずだ。

「大河くんだよね。ハンカチ使うかい?すごい汗だよ。」

隣の人が話しかけてきた。隣に昨日、誰かいたっけ?俺の記憶が欠如しているのか?まぁ、いい。

「そんなに、かな?」

そう笑うと、

「そんなに、まではいかないか。」

と言ってそいつは笑った。

「なんで、名前知ってんの?」

そう聞くと、

「だって、今、名簿で座ってるじゃん。」

そう言ってケラケラと笑った。

「じゃあ、君は?」

「俺?俺は清水。清水のぞむ。のぞむ、もしくは清水って呼んでくれたらいい。」

そう笑顔で言った。清水くんの席に置いてあるプリントには清水希夢と書いてあった。

「希夢って漢字、カッコイイな。」

そう言ったら、清水くんははにかんだ。

「そうでもないよ。女子みたいじゃん。」

そう言って笑った。

「ところで、昨日、君はいた?」

そう聞いてみた。おかしい程に昨日見た記憶がないのだ。すると清水くんは少し困惑したように笑った。

「実はね、昨日、入学式のとき倒れちゃったんだよね。しかも始まる前に。体育館に席が準備してあって、来た人から座ってたじゃん?あの日、受け付け中に倒れてさ。さすがに自分でも笑ってしまったよ、ほんと。」

そう言った。

「なんかの病気?」

「いや、そんなのまでいかないよ。ただの貧血もちだよ。」

そう言って笑った。

確かに清水くんはどこか顔色が薄くって痩せぎみだし、どこか弱々しげな雰囲気だ。

「まぁ、今日は無事で何よりだな。」

そう言うと、清水くんは軽く笑った。

「あとで、保健室の先生に話に行くんだけど、一緒来る?」

そう言った。別に用事もないから、俺は承諾した。




なんか誘われたら、どこか相手に対して嫌悪感を抱くのは俺だけなのだろうか。別に相手のことは嫌いにはならない。ただ一瞬嫌悪感がもたらされるのだ。深く人と関わるのは御免だ。広い関係を持つことは好きだし、楽しいと思う。だが、深くしたいかと言われると、答えはノーだ。相手の嫌な部分が見えるからか、とけ聞かれるが、そういう意味でもない。ただ、面倒だからだ。相手でも相手といる時間でもない。面倒なのは自分の心のあり方だ。自分が誰かに精神的に依存している状況は作りたくない。なんか、将来的に自分が何かに囚われそうで嫌だ。まぁ、でも少しはちゃんとした交友関係も必要かもしれない。今回はきちんと清水くんについて行こう。






















「昨日、保健室行ったんだけどさ、初めて留年している人見た。」

そう清水くんが言った。

「そうなんだ。」

そう言うと、清水くんはどこかそわそわしだした。

「もしかしてタイプな感じ?」

少しからかってみた。すると清水くんは少し驚いたようだった。

「なんでわかった?やば。まぁいいんだよ。その人、女子なんだけど、今高三らしいんだよ。確か昨日聞いた感じでは高一を二回したらしい。」

「そんなこと初対面に聞けるのが凄い。」

そう言うと、清水くんは首を横に振って笑った。

「いやいや、自分から言ってた。木村先輩だって!!めっちゃ可愛いんだよ。ほわほわした感じ。なんか、どこか、浮いた感じがめっちゃいいんだよ!!」

そう手を振りながら話していた。そうかそうか、と頷くと更に話をし続けた。






「失礼します。」

清水くんがそう言って入ったから俺も適当に会釈して入った。保健室の先生は優しく、どうぞ〜と言ってた。

「清水くん、昨日は大丈夫だった?」

そう先生は聞いた。先生は少し茶色に染めたであろう髪をお団子にしていた。薄い化粧だが、目元ははっきりとしていた。

「おかげさまで、どうにか。」

と清水くんは笑顔で言った。

「よかったよかった。」

先生がそう言うと、後ろのベッドのカーテンが勢いよく開いた。

「やっほぉ!!清水くんじゃん!無事で何よりだよ!!」

そう飛び出してきた子は、気だるげな声で清水くんに手を振った。清水くんは少し硬直していたが、更に笑顔に花が咲いた。よほどタイプなのだろう。ポニーテールにした黒い髪と白い肌にどこか大人しげな雰囲気。そのくせ明るい雰囲気をまとってる。だが、どこか浮いていると言っていた感じが違和感ありありに感じた。

「清水くんの後ろの子、同じクラスの友達?」

そう木村先輩が聞いてきた。

「あ、はい。初めまして、大河っす。」

そう笑って答えた。俺は何もしていない。そうなのに、木村先輩はどこか顔が翳った。

「もしかして、だけど、兄弟いたりする?」

そう聞いた。もしかして、留年した年に俺と同じ苗字の人がいたのかもしれない。

「いました、ですね。でも年齢はすごい離れてて、俺と十歳差でした。」

そう言ったら、安心するはずなのに、更に翳りを見せた。


「もしかして、だよ。名前、ちひろさんとか言う?」


喫驚した。一驚した。驚倒した。驚愕した。呆然とした。

まさか、おねぇちゃんの名前が出るなんて思ってもいなかった。じゃあ、なぜ彼女が知っているのか。


「ごめんね……。やっぱり、そうなの?思い出させてしまって、本当にごめんね。」

そう謝られた。いや、先輩が悪いわけではない。

「いや、、驚いてしまいました。先輩はなぜ知ってるんですか。」

「私の姉と同級生だったから。」

そう言った。そして、どこかそわそわして、

「放課後、大河くん、一人で保健室来て……。ごめん、清水くん、大河くんを借りてもいい?」

清水くんに対してはおどけながら言った。

「どうぞ!!いつでも大河くんに用事がある時は俺を通してなんなりと!」

そう言って笑った。先輩もクスクスと笑った。


俺はただ、違和感しか感じなかった。


















放課後までが、すごく長かった。早く解放されて、先輩と話したかった。何か嫌な予感がするけれど、それでももやもやを晴らしたかった。
























放課後、俺は一人で保健室に向かった。夕日が滲む。窓から見える運動場では新入生と先輩が部活をしているようだ。重い手をあげて保健室のドアを開けた。悲しいほどにスムーズに開いた。

「あ、大河くん。お久でーす。」

そう言って手を振った。

「俺に、話ってなんですか?」

俺はただそれしか頭にない。すべてがどうでもよかった。姉の名前を聞いて、俺はまったく心が落ち着いてくれなかった。

「あの、お姉さんのことなんだけど、お姉さんが死ぬ前に、したこと、知ってる?」

目を据えて先輩は話し出した。

「確かに大河くんとは関係ないことだけど、私、もっと知りたくて……。はじめはただの事故だと思ってたの。あ、私の姉のこと。私の姉、高二のとき、事故で植物状態になって、同時に姉の幼馴染の男の子は死んじゃったんだけど。その、ね、当時はただ姉の事故ばかりに固執してたんだけど、色々調べるとね、その幼馴染の死因が、ね。所謂信号無視なんだけど、さ。とある子から逃げて仕方なくってとこあって。その幼馴染のせいで、姉は衝動的に飛び出したらしいんだけど……」

なんかわかった気がした。もしかしてだが、メンヘラな姉を持ってしまったことに初めて後悔した。

「もしかして、その先輩のお姉さんの幼馴染って、佐々木悠っすか?」

そう聞いたら、先輩は目を更に開いた。

「そう!!あのね、単刀直入に言うね!!あなたに恨みはない。あなたのお姉さんにも。でも、私は私の姉について知りたいの。事故について知ってること

、ある?ただそれだけなの。」

どこかほっとした。女の人の恨みは怖いからなあ。

「姉が、佐々木くん、いや、佐々木悠の『眠り姫』を作ったんですよ。それでにいなさんのことは聞きました。彼、お姉さんのこと好きだったみたいですね。それしかわからないです。」

そう言うと、先輩はそっか、とため息をついた。

「先輩はお姉さんの『眠り姫』を作らなかったんですか?」

そう聞いた。すると先輩は驚いた。

「もしかして、知らない?『眠り姫』って植物状態の人には使えないの。大河くんのお父さんが確か開発に携わっていたって聞いたけど……。」

確かに父親は『眠り姫』がすごいとかは言っていたが……父親が作っていたなんて知らなかった。

「知りませんでした。父親のこと。」

そう言うと、先輩は笑った。でも先輩はどこか口元が引きつっていた。だから口が滑ってしまった。

「俺のこと、恨んでいいんですよ。」

そう言うと、キョトンとして、弱々しい笑みを浮かべた。



「そういう事じゃないの。私、何故か、姉に囚われてんの。」



俺は一瞬ドキッとした。先輩に惚れたんじゃない。俺の事を言っているような気がしただけだ。






















先輩の囚われてるという言葉に俺はずっと引っかかっていた。


















だから、父親に聞いてみることにした。

その日の夜。父親の部屋に言った。俺が生まれてから父親と母親は別の部屋にいる。夫婦の仲が悪いという訳ではなく、仕事云々の話らしい。だが、実際は、所謂、子供に性的なものを見せないためだろう。その頃は姉は小学生だったし。

父親の部屋のドアノブに触れる。

「お父さん、入るよ。」

そう言うと、父親は不思議そうにこちらを見た。

「なんか、あるのか?」

そう言って顔を上げず本を読んでいる。

「『眠り姫』のことについて聞きたいんだけど……あれって死んだ人にしか使えないんだ。」

そう聞くと、父親はふと顔をあげて、どこかを眺めて言った。

「今、研究中。」

父親の目は命が帯びていないようだ。漫画とかで目が黒く塗りつぶされているような、そんな目だ。

「そっか……じゃあ植物状態のひとにも使えるようになる?」

そう聞くと、首を傾げて、

「俺にはできそうにない。」

と断言した。

「そっか……。」

そう頷いて俺は部屋を後にしよう、とした。すると、待て、と父親が言った。

「もし興味があるならこれをやる。おまえがそういう研究がしたいなら、研究室の鍵をあげよう。ただ、その条件として大学へ行け。どこでもいい。社会的に認められる学歴を持ったら、おまえにやる。」

そう言って、鍵を見せた。鍵についたキーホルダーは金属製なのか錆び付いていた。父親にどこか疲れきった顔がよぎった。




























次の日の昼休み。ご飯を食べたあと、俺はまた先輩のところに訪れた。そして、例の父親との会話を伝えた。

「へぇー。いいじゃん。さすが、夢見る少年だねぇ。若さっていいね、ほんと。」

そう言って笑った。だから早速俺は先輩に最も伝えたい用件を言った。



「先輩のお姉さん、つまり、にいなさんを一番最初に使いたいんです。せめての罪滅ぼしです。」










昨日、何度も考えた。おねぇちゃんが確かに悪いかもしれない。だけれど、おねぇちゃんは完全な悪じゃなかった。ただ寂しかっただけだろう。

たぶんそれは俺の偏見がしれない。俺はとんでもないシスコンだったから。でも、こう姉に関してこんな悪いイメージが湧き上がるのがつらい。せめて俺が罪滅ぼしをしていたい。そう思った。






















先輩はしばらく黙った。静かな保健室は更に静まった。

「あのさ、じゃあ、条件出していい?」

やっと口を開いてくれた。

「はい!」

「私も携わりたい……。」

「もちろんです!!」

俺は勢いよく返事した。すると先輩はやっと顔をほぐして笑った。




































「へぇー。そんなことあったんだ。俺、知らなかったんだけど!!!」

「まぁまぁ、希夢も結局誘って今一緒いるわけだから許してよ。」

そう言うと、ぷくぅっと幼く頬を膨らませ笑った。

「俺だけ仲間はずれ感、あるんだけど!!!」

そう言ってゲラゲラ笑う。

「清水くん、ほんとに反応一つ一つが面白い。」

「彩さん、馬鹿にしてますかぁ?」

そう言ってまた笑う。

















窓を覗くと青空が広がり、桜がふわふわと上まで舞っていた。どこか古さを感じるビルの四階。桜の花びらが外で舞っていた。


早いなぁ。

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いつか、がたり。 藍夏 @NatsuzoraLover

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