第4話 白雪姫

白雪姫














姉妹って、そんないいものなのでしょうか?


私には、わかりません。


夏が嫌いなんです。


それでも、憎めないんです。


夏の蝉の声が愛おしくて、私は、こんなことでも泣いてしまいそうです。





























私は二人姉妹です。私があとから生まれた方でした。姉は、とある病気のため、大きなストレスや衝撃がダメってことで結構大切にされてました。いや、それが姉が生きる上ではとても大事なことでした。私と姉の年齢差は大体七歳差くらいでしょうか。私の方が断然幼なくて、そのぶん、わがままでした。そして、利己的でした。一つ言い訳をしてもよろしいでしょうか。私は、ただ寂しかったんです。普通、年上に兄弟が新しくできて、親がそちらに構いっきりになって上の子がいじけてしまう、ということはよくあるでしょう?私の場合は少し違うのです。物心がある時から私はずっといじけていました。親は断然私よりも姉を構っていました。それは命がかかっていますもん。わかってますよ。わかってもいましたよ。けれど、辛いじゃないですか。私の事なんて忘れているのではないか……なんて思ってもおかしくはないですよね。少なくともそう思っていたかったんです。その頃の私に必要だったのは自己肯定だったんです。愛を求めることができないのならば、自分が自分を愛せばいいのです。さもないと、私は生きる理由を失ってしまいます。生きることは楽しくはありません。ですが、死ぬことはただ恐怖しかありません。私はエゴイストで自己愛者でした。幼い頃はまだまだそれは可愛いと思われるようなものでした。

例えば親戚などが来た時。

「おばちゃん、ねぇねぇ、私、一番可愛い?このワンピース、新しく買ってもらったの!!」

そう言うと、伯母は笑顔で頭を撫でて、

「そうねぇ。可愛らしいわ。彩ちゃんは世界で一番可愛いわ。ほらそのワンピースのピンクなんて、なかなか似合う人はいないのよ。なのに彩ちゃんはものすごく似合ってる。可愛いねぇ、ほんと。」

そう言ってくれました。その言葉に私は存在意義を探していたのかも知れません。そんな親戚が来ている時でも、姉は大抵寝室で寝ていました。普通に姉は話すこともできる上に、普通に学校も通っていました。なのにいつも親がつきっきりでした。こういう親戚が来る時でさえ、姉は親と一緒でした。親戚の相手をするのは私。別にそのことに関しては辛くもありませんでした。けれども、一般的に愛されると言われる親からの愛情を感じにくかったため私は親戚に撫でられても虚しさが募るだけでした。


















だから、私は姉と顔を合わせる度に優しくできませんでした。これは仕方がないことですよね?




















家族で私の七歳の誕生日の時のお話をします。その日、夜ご飯は近くのフレンチレストランですることとなりました。その日は姉と一緒でした。姉は薬をたくさん準備していました。だから言ってしまったんです。

「レストラン行くのに、なんで薬持ってくの?せっかくの誕生日なのに……しかも私の!!!薬がそんなたくさんあったら、めっちゃ不気味なんだけど!!」

そう喚きました。そのときはそう言って姉が苦しむ顔を見ることができてすごくせいせいしていました。けれどもそんな稚拙な言葉でさえも今となっては胸から離れません。姉は一瞬固まりましたが、どこか申し訳なさそうに

「ごめんね、彩ちゃん……。」

そう謝って、私の頭を撫でました。その行為ですら、私を苛立たせます。

「その手で触んないで!!!私はにいな姉に触られたくない!!てかそんな姉面しないで!!私からお母さんやお父さんを奪ってるのに!!」

そうまた叫びました。そして更に姉は困ったように私から目を逸らしました。そんな姉に変わって現れたのは母親でした。すごい形相でした。化粧をして、いつもよりキツイ目付き、冷たい唇。母親はまるで氷の魔女のようでした。

「彩!お姉ちゃんに謝りなさい!!せっかくのあんたの誕生日でみんなで祝おうとしたのに、、そんな態度はないでしょ!!」

その当時の私にはこの母親の言葉がとてつもなく響きました。そして怒りが爆発してしまいました。

「みんなでって!!私なんかよりもにいな姉の方がずっと特別なんでしょ!!お母さんにとって私なんてどうでもいいんでしょ!!レストランに連れていけばどうにかなるとか思ってるんでしょ!!」

そう言って泣き叫びました。母親は何も言いませんでした。姉はただ呆然と立ちすくんでいました。その後結局気まずいまま父親の車でレストランでご飯を食べました。何を食べたのか、それは覚えていません。覚えているのは泣いたあとのしょっぱい味だけでした。







その日、帰って、母親に呼ばれました。

「あのね、お姉ちゃんはね、私の友達のお腹から産まれたの。でもその友達はお姉ちゃんを育てる気が全くなかったの。だからお母さんが代わりに引き取ったの。お姉ちゃんはそれを知ってる。だから、あんたにあんなこと言われたら、辛いの。お姉ちゃんは泣かなかったでしょ。ずっと堪えてたんだよ。……あんたはだから少しくらい我慢しなさい。しかもお姉ちゃんは病気なのよ!!可哀想でしょ!」

そっか、と私は言いました。可哀想だと思う人が優先されるんだ、と思いました。今となってはそれが判官贔屓であるのだろうとか時々考えるのです。そう考える自分の姿に、今でも親のことを根に持ち続けているのだなぁと思って嫌気が差します。





















それ以降、だから私はわざとコケたりげがをしたりしていました。何も無いところでもつまづく、図工の時間でノコギリを使う時に指で軽く刃に触れるなどです。そんなことを毎日のように繰り返しました。最初の頃は

「最近あんた、ドジだねぇ。」

とか言われて笑われていました。それでも、構ってもらえるのに嬉しく感じていました。母親や父親はそう笑いつつも、優しく消毒をしてくれて、そして、絆創膏を貼ってくれました。







けれども、それはとあることを境に変化しました。それは小学二年生の時でした。クラスでクリスマスパーティーをした時のこと。家庭科室でケーキをみんなで作ろうということで、集まっていました。私はすごくワクワクしました。ここは怪我することがたくさんできるように思われたのです。まず、包丁を持とうとしたら、クラスメイトから、

「彩はドジだから包丁は持たないこと!!」

と言って笑われました。私も適当に笑いました。全く面白いわけではなかったのですが。だから、ケーキを焼くオーブンを見る係になりました。ここで何ができるかなぁとか考えていると、あることに気づきました。オーブンの上にはヤカンにお湯が沸かしてありました。確か、チョコレートを溶かすためのものか、もしくは紅茶のためなのか……あんまり覚えていません。私はそのヤカンが微妙にグラグラしていたことに気づきました。だから、立ち上がって注ぎ口の辺りに左腕が当たるように、立ち上がりました。私の予想通り私の左腕に注ぎ口があたり、私の左腕にお湯がかかりました。もはや熱さなんて感じませんでした。むしろ鋭すぎて温度すら感じませんでした。寒い空気が白く色づいているのを見て、あ、すごい暑いんだと気づきました。誰かが叫びました。それはなんて言っていたのでしょう。もはやわかりません。私はそのまま保健室に言って、お迎えを呼ばれて、そのまま病院に連れて行かれました。そしてそのまま病院でおろされて受付までしてくれた母親は

「お姉ちゃんが学校終わる頃だから。」

と言って私を置いていきました。ああ、結局怪我をしても、意味はないのだなぁと思いました。私は火傷をしていました。左手は包帯でぐるぐるにされました。お医者さんにどうしてそうなったのかと聞かれたので、オーブンを座ってずっと見ていて足が痛くなったから立ち上がろうとしたらこうなったと言うと、仕方がなかったね、と言って薬を塗ってくれました。

母親が迎えに来ました。夕陽がすぅーっと病院の待合室に入ってきました。母親はお金を払って、薬を受け取って、私を引っ張って行きました。そして、車に乗って前を向きながら聞きました。

「クラスメイトが何人か、わざと怪我したって言ってたけど、どういうこと?」

その声は怒気がこもってそうでそうでない、呆れが含まれてそうでそうでない、そんな感じでした。

「オーブンの上にコンロがあったってわかっていたけど、初めからヤカンがグラグラしていたの……。」

そう言うと、母親は私を見ることも無く、そう、と頷いた。そんな母親の隣の助手席に座っている姉は寝ていました。母親はそれを見てか信号で止まった時、自身の上着を掛けていました。そっか、結局そうなのか、と思いました。

「心配してくれないの?」

そう言うと母は一息はいた後に

「……あんたは結局そんなつまらないことで怪我してたんだ。それ病気だよ?」

と言いました。その声はとても優しい声をしていました。姉に対してもそんな優しい声は掛けていませんでした。けれどもそれは鋭く私を刺しました。

「……にいな姉がいなければ、私はこうなっていなかったのに!!」

そう口に出ました。

「あんたって子は……信じられない!」

母親が激怒しました。母親は目の前の小さな本屋にすごい勢いで車を止めて後ろを振り向きました。

「そんな残酷なこと……よく言えるね!あんたはほんとに人間の子じゃない!!」

全否定されたような気がしました。頭から血が抜けていくようでした。じわじわと痛みが増していきました。目元が少しずつ熱くなってきました。

「泣いて済むと思ってるの?」

そう言われました。泣き出してしまいました。私が悪いって分かっていました。けれども辛かったんです。母親はもう何も言わず、車をまた走らせました。夕陽が滲んで更に眩しかったです。


「彩ちゃんが、辛かったら、私はもう捨てていいんだよ。」


どこか遠くで聞こえたようでした。母親は、そんなこと言わないで、と抱きしめました。もちろん抱きしめられたのは姉の方でした。


姉は振り向いて苦しそうな笑顔を見せました。


弱々しいものでした。
















それ以降、姉は私の目の前に現れなくなりました。自分の部屋から出てくることはありませんでした。朝早く学校へ向かい、夕方も早く帰ってきて、私とは顔を合わせませんでした。


姉は家から近い高校に合格しました。そして歩いて行くことも可能になりました。高校が中学より近いという不思議な感じですが、そんな感じでした。大抵は送ってもらっていましたが、たまに歩いていました。














私が小学四年生のころ、組体操をしたとき、身長が低い私は一番上になって落ちてしまいました。手は骨折、足は捻挫でした。だから、母親は私を送ることになり、姉は歩いて行くことになりました。



























姉は私が初めて送ってもらった日に事故にあいました。

















思い出すのは姉の弱々しい笑顔。















初夏の運動会は、私は休みました。
















































「なぁ、こんな話を俺にして、どうしたいんだ?」

困惑した声だが、ヘラヘラと大河くんは笑う。

「もう、十年経つの。親がね、もうそろそろチューブ取るって……。お願い……。私の代わりに姉を幸せに送って……。」


きっと姉は私を知らない人としているだろう。それは私のため以外の何物でもない。姉は私のために他人になることを決めた。私の稚拙な願いを叶えてくれた。


「はいはい、りょーかいっす。」

そう言って大河くんは機械を付けてベッドに横たわる。

「おまえの姉ちゃんのデータって……。」

私は大河くんに手渡す。

「準備はえーな。」

そう言って苦笑いする。

「私のこと、何も言わなくていいから。」

「わかってるって、そんじゃ。」


















大河くんが作ったのは、植物人間の人物の意識の中に、つまり、そんな人の精神世界に潜り込む装置。
























肉体から離れられない人間の精神はずっとこの世界に囚われている。孤独に。永遠に孤独に。肉体が死んだらそのままそんな精神世界も崩れるのだが、私は姉にそんなすぐにすることはできない。




















贖罪だ。


















私の贖罪が決して届かないことはわかっているけど。























だって私は姉に毒しか渡していないから。


























夏日が刺さる。


最後のお別れを、姉に。

















チューブを取るときを決めるのは私だ。























初めて両親に感謝した日。







































日差しはこれからだんだん鋭くなる。

そんな初夏の日。

姉は死ぬ。

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