第3話 ラプンツェル
ラプンツェル
ゆうくん。うちは全力でゆうくんを愛してる。だから、ゆうくん、うちね、『眠り姫』を盛大に活用させてもらうね。ゆうくんはもう嫌がれないんだよ。うちから逃げなければ生きることが出来たのにね。可哀想なゆうくん。たとえゆうくんを想定した機械だとしても過去の記憶や思考回路は全てがデータとなってこの中に入ってる。はあああ、ほんと、幸せ。ゆうくんが死んで正解だったかもね。だって、やっとゆうくんを手に入れることができたんだから。ゆうくんはどんな気持ちかな。まだまだロード中か、早く会いたい。おいでおいで。この『眠り姫』って形状も可愛いの。白くって角張ってなくて、手がついてるんだけど、まるでペンギンのおもちゃみたいな形。愛おしさがさらに増す。ゆうくんも生きている時にこんなふわふわした雰囲気だったら良かったのに。『眠り姫』の目はね黄緑色なんだよ。すごく綺麗。さすが『眠り姫』。この中で永遠に私と一緒に居ましょ。『眠り姫』ってね長くてもうちの寿命で終わりなの。所有者の生きている間しか働かないの。
まだロードが終わらないな……。 ペンギンのお腹みたいな所にずっとローディングとかいてある。早く会いたいな。
ドアがバターンと開いた。
「おねぇちゃん!!あそぼ!!」
七歳の弟だ。ものすごい可愛い。ふにふにしているし、顔立ちも将来端正になりそうな、そんな感じ。
「あらあら、すぐるくんじゃないですかー!!今日も可愛いねぇ。どうしたのかな?」
「おねぇちゃんそれなに?」
すぐるが指さしたのは『眠り姫』だった。
「これね、おねぇちゃんの宝物になるものなの。可愛いでしょ。」
「さわってもいい?」
すぐるはまだ七歳だ。何をしでかすかわからない。
「これはね、パパやママの指輪と同じくらい大切なもので壊したらダメなの!!」
そう言うと、どこか悲しげな目をして
「わかった……」
といった。うちは悪くない。悪いのは、すぐるだ。うちはただうちの愛してるゆうくんを愛でてるだけ。愛が常に家族にのみ向けられるっていうのは少しおかしい。うちはもちろんすぐるのことは好き。だけどゆうくんに比べたら全然及ばないっていうのは事実。なぜかって言われたらわからない。だって愛するのに理由なんていらないでしょ?
ゆうくんと初めて会ったのは高校の入学式。同じクラスだった。会ったっていうのは少しばかり違うけど、そう思っていたい。ゆうくんにとってうちがただのクラスメイトだとしても、うちにとってゆうくんは愛おしい存在だから。クラスの立ち位置でいうと、うちはパリピグループでゆうくんは謎な立ち位置だった。大抵一人で本読んでると思えば、人と話してる時もあるし、保健室や図書室に行くこともある。なぜここまでわかるかって?だってストーカーさせていただいたんだもん。ゆうくんは、めっちゃ可愛いの。うちの好み。ほんと、好み過ぎてヤバいんだって。塩顔だけど、ちょー可愛いんだって!初めて見た時、この人だって思ったんだよ。初めは友達と、きゃあきゃあ騒いでいたけど、ほかの人も「ゆうくん、可愛いね!」とか言っているのを聞くと、堪らないほどイライラしてしまった。なんでだろ……。推しだよね。とか言って騒いでた。でも、うちにとって推しではなかったのかも……。あ、好きなのかな。こういうことを好きって言うのかな。とにかくとても愛おしかった。愛してたんだ。二年になっても同じクラスになった。ああ、運命なんだ、と思った。だから更に攻めようと思った。そしたら、断られた。初めて話したのに、怪訝な顔をされた。断られた。なんで?意味がわからない。うちはとことん愛してるのに。愛が伝わらないんだって……。伝わらないなら愛じゃないなら、伝わるようにしちゃえばいい。だったらこれ以上にどんどん攻めちゃえばいい。でも、それでゆうくんは死んじゃった。意味がわからない。ほんと、自分勝手だ。でも、そんなゆうくんも大好き。
今思えば、ゆうくんは好きな人っていたのかなって不思議に思う。でも、一つ確かなのは、ゆうくんには親しく話す人がいて、その子は女の子で、確か、にいなちゃんとか言ったような……。なんで、あんな変わった子が好きなのか……。うちのほうがずっとあの子なんかよりも可愛いし!!化粧は毎日してきてるし、制服もスカートを上げてるし、香水も付けてるし。あの子なんかよりもずっとうちのほうがいいはずなのに!!うちは今まで何回も告られてきたし、付き合ったこともあるもん!!でも、自分から好きになったのは初めてだなぁ。まぁいい。でもおかしいじゃん!!
「おねぇちゃん!!『眠り姫』が目をピカーってしてるよ!!」
すぐるの声でビクッとした。なんと、『眠り姫』が黄緑色の光を放っていた。綺麗な黄緑色だった。萌葱色というのか?いやそれはいい。なんか、嬉しくて、興奮した。やっと、ゆうくんに会える。うちの願いが叶う。うちはゆうくんと一生を遂げられる。これ以上の幸せなんてない。
「すぐる!!うちのぶんのおやつも食べていいから、ちょっと部屋でてくれない?」
すぐるが少し邪魔だ。するとすぐるは目を赤くして
「だめ?」
と言った。
「おねぇちゃんね、今から大切なことするの。だから、すぐるはちょっと今ここにいたらダメなの。」
そう言ったら渋々出ていった。ごめんね。多分おねぇちゃんはすぐるにごめんねって思ってる。わかんないけど。てかそんな思えるほど暇はないけど。だってうちの優先順位はゆうくんがトップだもん!!当たり前やん。
「大河さん?」
「ゆうくん!!」
やばい……。ゆうくんの声だ。声まで似せるって神じゃん!!最高……。
「何してんの?」
少しキレ気味の声だけどとっても愛おしい。なんか、ほんとに、嬉しい。
「何してんのって、ゆうくんで『眠り姫』使ってみたんだ!!いいでしょお!これでずっと一緒だね!」
そう言うと、ゆうくんは黙って、
「なんでおまえが使ってんだ?」
と口を開いた。すっごく乱暴な口調。余程切れてたんだね。でも、うちはめっちゃ嬉しい!!
「だって愛してるから。」
「大河さんと話したいこと、僕にはないけど。」
「じゃあ、誰と話したいの?」
「にいな。」
にいな、その言葉にイラってした。意味がわからない。なんでうちじゃないわけ?
「二度とにいなって言わないで。」
「だって事実だから。」
「そうだとしても……なんで?」
最後は叫んでしまった。もう、耐えきれない。なんでこんな……。
「おねぇちゃん!!どうしたの?」
すぐるが駆け込んできた。
「どうもないけど、すぐる、どうしたの?」
「だっておねぇちゃんがさけんでた。」
なんなんだ……心配されたい人からは心配されないのに……。
「こいつがね、うちと話したくないんだって!!」
そう言うと、すぐるは呆然として、何も言えずにいた。
「すぐるくんっていうんだ。はじめまして!佐々木悠です。」
ゆうくんがやっとまともに話してくれた。ある意味、すぐるは使えるかもしれない。
「すぐる、いつでもこいつに話しかけてやっていいよー!おねぇちゃんの部屋自由に入っていいから。」
そう言うと、すぐるはぼんやりと、うん、と頷いた。
おひるに学校が終わった。おねぇちゃんはまだまだ帰ってこない。今なら……。話せるかな……。
おねぇちゃんの部屋を開ける。おねぇちゃんがいない時、開けることはない。だって、用がないから。
おねぇちゃんは少し前からおかしくなっていた。学校帰りも前よりも早くなった。どうやら部活をずっとサボっていたらしい。おねぇちゃんの友達もおねぇちゃんと遊んでいる時、おねぇちゃんが席を外してる間、付き合いが悪くなった、みたいなこと言ってた。いつもゆうくんゆうくん、って言ってた。昔より構ってくれなくなった。おねぇちゃんはあの日の夕方、パパに『眠り姫』について頼んでた。よくわかんなかった。まぁおねぇちゃんがそれで喜ぶならいいのかなって思ってた。でもあれ以降全くと言っていいほど構ってくれなくなった。悲しかった。なんでだろ……。佐々木悠くんって言ってたな。聞いてみたかった。佐々木悠くんにとっておねぇちゃんはどんな存在なのか。
「すぐるくんかな?」
佐々木悠くんが話しかけてきた。
「佐々木悠くんだよね。」
「佐々木くんでもゆうくんでも呼びやすいように呼んでいいよ。」
そう柔らかく言った。
「佐々木くん。じゃあ、おねぇちゃんって、佐々木くんにとってどんな存在なの?」
しばらく黙ったと思ったら話し出した。
「僕にとって、君のおねぇちゃんは大河ちひろでそれ以上でもそれ以下でもないよ。」
少し怒りが現れた。ぼくにはおねぇちゃんに愛されている佐々木くんが羨ましいのに。
「なんで、おねぇちゃんを泣かせたり怒らせたりするの?」
これでどう答えるかが知りたかった。
「ひとつ訂正させてくれ。僕が泣きたいよ。僕はおねぇちゃんに対して恋してない。一方的に愛されてるだけだ。」
少し困ったようにそう佐々木くんは答えた。
「すぐるくんは、おねぇちゃんのこと、好き?」
ぼくは頷いた。
「すぐるくんがおねぇちゃんを好きなように、僕にもそんな人がいたんだよ。」
「もしかして、にいな、とか言ってる人?」
「そうだよ。なんでわかったの?」
「だって、佐々木くん、おねぇちゃんと喧嘩する時、毎回にいなって言ってる。」
ぼくはおねぇちゃんの声に敏感だ。泣き声も怒る声も。
「バレちゃったか。」
そう笑いながら言った。ぼくは興味があったから少し話そうと思った。
「にいなって、どんな人だった?」
少し黙って、佐々木くんは続けた。
「にいなは僕の幼馴染。」
「にいなって佐々木くんみたいに死んじゃったの?」
「わからない……。」
そう言った声は少し困惑していた。
「にいなはね、『眠り姫』に入るのがすごく嫌だったらしい。」
「そうなの?『眠り姫』って素晴らしい科学だって、パパが言ってたよ。」
「僕もそう言ったけど、にいなは違うって言った。」
なんかパパを否定されたような気がした。
「『眠り姫』ってパパが開発したんだよ!!だから凄いんだよ!!」
そう言った。
「そうなのかい?どうりで……。」
佐々木くんは驚いて言った。
「まぁ、話を戻そっか。にいなはね、話すことがすごく楽しい子だったんだ。話したらすごく楽しかった。僕もにいなと話すのは楽しかった。」
「そっか……」
ぼくは頷いた。
「おねぇちゃんのことは、だから、僕は愛せない。許してくれないかな?」
しばらく黙った後に佐々木くんは言った。
「いや、愛さないで。」
思わず言ってしまった。
「そっか……わかった。」
佐々木くんは言って、ぼくらは黙った。
おねぇちゃんのお部屋は夕陽に満ちていた。
あれ以降、ぼくは佐々木くんと話すことはなかった。
ある日、おねぇちゃんはまた佐々木くんと喧嘩してた。なんか、最後、静かになっておねぇちゃんの泣き声だけが聞こえた。
「大河さん、僕とこう話して、虚しくないの?」
ゆうくんに言われた。
「うちは、ゆうくんと話せたら満足なの!!わかんないの?」
ため息のような声が聞こえた。
「なに?」
つい怒ってしまった。
「いや、ただ、僕じゃなくて、愛してもらえる人を愛せばいいのにって。」
いや、そんなの妥協じゃん。やだよ。だって、愛くらいは妥協しちゃダメじゃん。
「妥協しろってこと?」
キレながら言った。
「いや、ただ、虚しいなって。僕だったら無理だなって。大体こんな器械と話して何が楽しいのかなって。」
なんで、そこをつくのかな?うちが直視したくないとこを!!!
「『眠り姫』の存在意義、わかってんの?」
「じゃあ、僕を全否定するの?」
全否定なんてしてないのに。意味わからない。
「少なくとも本当な僕は死んでいる。だけど、今あるのは想定される僕の姿。君は本当の僕を愛してないのかな、今の僕に溺愛してる君は?」
うるさいうるさいうるさい。
「じゃあうちのために死ねる?」
死んでうちのために。死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
これでうちもあんたも解放されるんだよ。
いや、うちだけ囚われてたのかな。
知らない。
愛を求めてただけなのに。
理想が高すぎた。
パパとママがおねぇちゃんの部屋に入った時、おねぇちゃんの部屋は凄いことになってた。部屋中が真っ赤かだったらしい。近くには綺麗なサビのないカッターが落ちていたらしい。
おねぇちゃんは最後、『眠り姫』を抱きしめていた。
大河くんは出会った頃、ピエロみたいだなって思った。にいな姉に、似てた。
懐かしさに胸が……締め付けられる。
ああ、にいな姉、私はあなたが羨ましかった。
クーラーの効いた部屋から出てきた夏の空気が心地いいように。
私はにいな姉を思い出す度、胸が蝕まれる。
自業自得だなぁ、私。
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