第2話 マッチ売りの少女

マッチ売りの少女













私は全てを失った。孤独の状態に置かれてしまった。ここは世界と言えないようなところ。社会は存在するのだろうか、わからない。ここはまるで私の精神世界を示すようなもの。だからであろうか、ここには何も無い。闇すらない。無とはこういうことなのだろうか。そんなつまらないことを考えてしまう。何も出来ることはない。私は死んでいない。私は実質生きている。じゃあ、ゆうは?わからない。あの時、ゆうは車にはねられた。それを見て衝動的に出てしまった。私は救えなかった。私は元々の持病のためにこうなってしまったけれど、じゃあ、ゆうは生きているのだろうか?考えたって、それは愚問にすぎなくって。私は目覚めることはないから。もし私に実体があったなら今すぐにでも死ぬのに。でもそれはできない。こんな世界で私の生きる意味なんてないのに。なんで苦しまなければならないのだろう。私は何か悪いことをしただろうか。たくさん思い浮かぶほどってところがダメだったのだろうか。まるで自分が全否定されるようだ。いっそ狂ってしまいたいのに、狂うことすらできない。だって精神は私の中にないから。そして、この今私のいる世界に投影された私の精神は無だから。かなし、とか言って笑ってみる。言う、とか、考える、とか比喩的になってしまうのがとても辛い。実際隠喩となってしまう。これが夢ならばいいのに。夢でも嫌だけれど。








きちんと生きている時、私はとある夢を見た。

私は死んだらしい。そんな夢だった。私は透過したそんざいだった。声を出しても出ないし、人に触れても気づかれない。初めの頃は新鮮な感じでとても面白かった。こんな世界もありだな、とか思ってた。

空は白い雲が暑く広く広がっていた。雲は白い光を放っていた。どこか不思議な雰囲気をもたらしていた。優しくその世界が私を蝕んだ。すると、目の前にゆうが現れた。

『ゆう!!ねぇ、ゆう!!』

伝わらない。ゆうはいつも通りのんびりと歩き、目の前を過ぎていく。私は追いかける。

『ねぇ、私、ここにいるよ……』

当たり前だけれど伝わらない。ゆうなら伝わるなんて思っていた、それがさらに辛い。ゆうが意外と速くて辛い。ゆうもちゃんと男の子だなんて気づいて辛い。弱いままでも良かったのに。自分でも弱いって言って笑ってたのに。でもゆうは強かった。私なんかよりも少なくは。

ゆうは途中で止まった。ベンチに座った。バスを待つのだろうか。私も追いついてゆうのとなりに座る。ゆうの横顔は白くぼんやりとしていた。私は不意にとある考えを出してしまった。それは、ゆうにキスをすること。今しかできないと思った。現実では決してできないし、またこんな夢を見るなんて限らないから。私はゆうの目の前に立った。そして屈んでゆうの唇に私の唇をあてた。ゆうの目が見えた。光にあたって澄んでいた。目が合った。けれどそれは目が合ったとは言えないものだった。苦しい。ゆうの唇が少し開いた。だから舌を入れた。温かかった。優しかった。陽だまりにいるようだった。

目が覚めた。いつも通りの天井が見えた。








実際にそんな夢はそれ以降、二度と見なかった。









ゆうが前に私に恋って何?みたいなことを尋ねてきた。一瞬びっくりした。なんか、もどかしかった。それで慌てている自分も嫌だった。私って思っているよりずっと単純だなって思った。そんな私を知ったらゆうは軽蔑するのだろうな、とも思った。だから適当に会話を進めた。

私は普通でありたくなかった。普通だったら社会に溺れてしまうような気がして嫌だった。だから、道化師に憧れた。本を読んでたゆうに感化されてたくさんの本を読んできた。そうして私は道化師に憧れた。だから、何となくそんなふうに振舞った。人と話しても笑ったりヘラヘラとしたり。そんなことを繰り返したら友人なんて広がってもだんだん浅くなるばかり。そして、私は一人になった。ただ溺れたくなかっただけなのに。人は私を空気のように扱った。私はもはや喋らなければ、溺れているも同然であった。苦しかった。私を見ているのは、ゆうだけだった。

こんなことを思って、恋してるなんて認めたくはなかった。私は普通にありたくなかった。いっそ感情を失いたかった。だけど片想いは捨てたくなかった。だって唯一の私の生きる理由だったから。












どのくらい時間が過ぎたのだろう。この世界に時間という概念はあるのだろうか?あったとしてもそれは意味をなさない。だって精神世界に私たちは抗う術を、知らない。


私が片想いを捨ててしまうことができないように。
























私は退屈を弄んでいた。なんであの社会は私を殺してくれなかったのだろう。


















転機は案外早く来た。




















「やぁやぁ、はじめまして、だよね?」

そう言って、知らない男性が現れた。ヘラヘラとしたような、そんな男性だった。年齢は大体二十前後くらいか。

「少なくとも私はあなたを存じませんよ?」

そう言って笑うと、

「そりゃあそうだよ。だって僕らがあっても認識するわけがないじゃあないか。」

そう言って笑い返した。

「なんでそう思うの?」

「だって、生きていたら今、君は二十七歳だろ?」

なぜ、そう思うのか?彼の存在が少し引っかかった。

「私は一応十七歳だと思っていましたが……」

「いやいや、君が亡くなって約10年経ったんだ。そして俺も死んだわけだ。」

そう言ってヘラヘラと笑う。

「じゃあ、なぜ、あなたは私を知っているの?」

なんかすごい嫌な気がした。

「だって、君が恨んでも恨みきれないような人が俺のおねぇちゃんだから。」

「あなたの名前は?」

「俺は大河俊。すぐるって呼んで……まぁ気軽く呼ぶなんて出来ないだろうけど。」

そう言って軽く肩をすくめる。

「さては、ちひろちゃんの弟くんかな?」

そう聞くと、

「まぁ、そんなとこ。」

どこか居心地悪そうにする。

「俊くんはなんで自分からちひろちゃんの弟くんって言ったの?」

「いや、なんとなく。しかも、申し訳なかったし。」

そう苦笑いする。

「おねぇちゃん、佐々木くんに申し訳ないことばかりしてきて……」

そう言った。でもそう言う俊くんはどこか目が遠くを見てるようで。

「さては俊くん、シスコンかな?」

そう言って茶化すと、一瞬黙ったが、直後にヘラヘラして、

「前は、ですかね。」

とか言って笑った。

「前はって意味深だなぁ。」

そう言うと、

「しばらく佐々木くんにぞっこんでしたから。」

「そう」

そう頷いて微笑んだ。結局私はゆうから見られていなかったのかな。ゆうはちひろちゃんとつきあったのかな。

「佐々木くんは、『眠り姫』でずっとおねぇちゃんに抵抗していたんだけど、おねぇちゃんは聞かずに……」

「……どういうこと?」

もし、俊くんが言っていることが正しければ、俊くんは死んでいることになってしまう。

「ねぇ、俊くん、ゆうは死んだの?」

「うん、一応そうだね。」

驚きで何も言えなくなった。

「まぁまぁ、終わったことは気にしない。それよりも君が嫌悪感を感じているのは『眠り姫』でしょ?」

そう言って微笑む。嫌な笑いだ。だけれども、それは、嫌味なものではなかった。純粋な問だった。

「いや、彼のことを私がなんだかんだ言う権利はないから。」

結局、ゆうは使用する側ではなく、使用される側となってしまった。『眠り姫』は実際は想定されるものであるから実際のものではない。虚しくないのかとか心でちひろちゃんに嫌味を吐いてしまった。こんな自分に嫌気がさす。

「でも、好きな人にくらいは純粋であってもいいと思うけど、な。」

そう言って笑う。

「でも普通に恋するなんて、やだなぁ。」

「じゃあ、普通じゃない恋って何?」

そう言ってヘラヘラと笑う。わかっていたらこんなに、困ってこなかったよ、なんて思っていた。本当に自分が嫌になる。私がもっとしっかりしていたら良かったのに、なんて。

「まぁ、今更になって後悔するなんてくだらないなんて思ってるんだろ?」

なんなのかな、この子。

「おませさんだね、ほんと。」

そう言うと、唐突に俊くんは尋ねてきた。

「さぁて、問題です。おませさんとおしゃまさんの違いはなんでしょうか?」

そう言って笑った。

「急に話を変えるねぇ。」

「最初に話を変えたのはにいなちゃんのほうだろ?」

「私はおませさんだってからかっただけなのに。」

そう言って笑った。ずっと気になることが俊くんにあった。だから、私は何となく俊くんに尋ねてみた。

「ねぇ、俊くん。あなたはチャラさはおねぇちゃん似だけど、性格はなんか違うね。」

そう言うと、ヘラヘラしながら俊くんは続けた。

「そうかな?俺は意外とおねぇちゃんに似てるよ、嫌な程に。唯一違うのは、俺は行動に移さない。ただそれだけだよ。」

そう言って手を振ったようだ。

「そっか、そうなんだ。」

そう言って笑った。




「ねぇ、にいなちゃん、遊ばない?」

そう俊くんは言った。

「ここで何して遊ぶの?」

そう聞くと、

「幼い頃、佐々木くんが俺に教えてくれたんだよ、にいなちゃんは話して遊ぶことが好きなんだって。」

「それはゆうじゃない。私の知ってるゆうじゃない。」

「それでも、佐々木くんの記憶は確かだよ。佐々木くんが死ぬ前までのデータは確かだからね。」

そう言った。

「そっかぁ、わかった。私、反駁しかしないよ?」

そう言うと、

「面白いじゃないか。最高に楽しみだよ。」

そう言うが、それが無理してるのかな、とか思ってしまう。

「今更になって思うんだ。私の趣味ってね、くだらないお喋りと読書だけだった。」

「でも、それは少し違うと思うな。」

「どういうこと?」

「にいなちゃんはただ、佐々木くんといるからこそ、会話や読書がが好きだったんだよ」

そう笑った。

「そんなこと言うから、俊くんはおませくんなんだよ。」

大体軽々しくそんなこと言わないで欲しい。だって認めたくないから。断固として認めるのは嫌だから。

「そっかぁ。そんな変わらないのにね。」

「いやいや。もし生きていたら私の方が歳上だから。」

「たかが十歳差だよ。」

「されど十歳差だね。」

くだらない。はっきり言ってくだらない。だけど、こんなことしてると、ゆうの姿がうっすらと見えるようだった。

「ねぇ、しばらくの間、会話してもいい?」

そう言うと、やはり俊くんはヘラヘラして、

「ここで、それ以外何するの?」

と笑った。




「にいなちゃんは兄弟いた?」

唐突に聞いてきた。

「いや、一人っ子。」

「へぇ、羨ましいな。」

そう言って肩を竦める。

「兄弟がいても、寂しさは紛れないんだよ。」

「寂しかったの?」

「いやいや、そんなわけない。」

「だって、寂しいって……」

「有名な話、兄弟いないと寂しいって言う人多いじゃん。」

そう言ってまた笑う。

「私はそんな寂しくなかったよ。」

「そっか……」

そう言って微笑んだ。
































「にいなちゃん、にいなちゃんはなんで夢ではあんなことしたのに、現実ではできなかったの?」

俊くんの言葉に驚いて声が出なくなってしまった。

「どういうこと?」

「つまりそういうこと。」

そう言って笑った。

「なんで、知ってるの?」

「だって、にいなちゃんはこんな世界を俺に見せてくれたから。」


俊くんが指をパチンと鳴らす。

目の前が広がった。景色が見えた。空気を認識できた。目の前にはハッキリと実体を持ったような俊くんが見えた。茶髪の白いメッシュをひと房入れた髪。目元はちひろちゃんそっくりだけど、どこか憂いを帯びている。でも、なにより驚きだったのは、雰囲気が私の憧れた道化師にそっくりだったことだ。

どういう、こと?

「純粋に世界を見ようとした、ただそれだけじゃないかな?」

空は白い白い、それは真っ白い雲で覆われていた。

「にいなちゃんはこの空が嫌いだったんじゃない。好きだからゆえに受け入れたくなかっただけ。違うかな?」

そんなこと、わかっていたら私はこんな苦労していない。

「そんな、単純じゃない、と思う。」

私の生きていた時間を返してよ。全てをもう一度やり直すんだから。私を十分に知ってやるんだから。

「でもにいなちゃん。君はもうやり直せないことを知ってるんだろ?」

やめて、直視したくないんだから。私は何も知りたくないんだから。

「でも、にいなちゃんは俺に会ってしまった。」

何それ、まるで厨二病みたい。

「まぁ信じるか信じないかは個人の勝手だけど。俺は彷徨い続ける旅人だよ。」

え?俊くんは死んだんじゃなかったっけ?

「んー実際は違うんだけどね。まぁ、そんな感じでいいよ。てか言うならにいなちゃんもまだ死んでないよ。」

そうだね。確かに。じゃあ、私も旅人だよ。

「いやいや、ちょっと違うんだよね。難しい話はさておき、にいなちゃんにプレゼントをあげようか。」

なにそれ。こんな世界にプレゼントなんてないよ。

「じゃあ、いらないのかい?」

いらないとは言ってないじゃん。なんなのか、とても興味があるんだよ。

「じゃあお手を借りますよ、お嬢さん。」

ていうか、私、お嬢さんって歳じゃない。

「でも、この世界じゃまだ十七歳だよ。安心して子供の振りしてたら?」

だからおませさんなんだって。

「じゃあ、いらないのかい?」

そう茶化さないでよ。あのさ、俊くんがまるで私の憧れた道化師にそっくりで驚いたんだけど。

「突然なに?」

そう笑わないでって。ほんとに私の憧れた雰囲気してる。

「そんなに道化師の雰囲気に憧れたの?」

なんか、私は道化師になりたかった。なりきれなかった。

「まぁ、それでも、いいんじゃないかな。だって、そんなもんだろ?」

よくわからない。

「でもにいなちゃんにそんな道化師の要素はもう必要ないよ。」

なんで?

「だってもうすぐで出会えるから。」

出会えるって誰に?

「わからないのかい?」

わかるはずがない。

「まぁね。想像したら?」

想像、か……。想像したら、いけないような気がする。

「まぁいいんじゃないかな。

もう、着いたよ。ほら、見てご覧。」

























目の前に光が見えた。これは私の心象風景なのか?わからない。


「ねぇ、なんで、ゆうがいるの?」


そこにはゆうがいた。

「なんでかは分からないよ。僕らがつくりだした世界だから。」

「深層心理ってもの?」

「さぁね。」

そう言って笑いあった。ゆうの姿が滲む。

「泣かないでよ……」

私は泣いていない。なく理由がないから。

「泣いてない。」

「そう言いながらまた頬を膨らませる。」

そう言って笑った。

「前よりも距離感が近いね。」

そう茶化すと

「にいなもじゃん」

そう言って笑った。

「にいな、行こ。」

どこに行くかわからない。私に世界が用意されているかわからない。これからどうなるかわからない。けれども私は今が幸せだからどうでもいい。


さよなら、道化師さん。








































また一人行っちゃった。知っている人だったから少し怖気たけどしっかり任務は出来たからいい。

俺は道化師じゃないんだよな。俺も道化師もどきなんだけどな。

人に幻想を見せるふりをする。ただそれだけなんだけどな。






目を覚ます。正面には殺風景な天井。

「お疲れ様です。大河くん。今回は比較的長かったですね。」

木村彩。俺の同期で共に研究をする仲間。そして……

「おまえの姉貴に会ってきたぞ。一人っ子って、言い張っていたけどな。」

そう言って笑うと、彼女は寂しそうに笑った。

「やはり、そうですよね。大河くん、私の代わりにありがと。」

「今度はお前がやれよ?」

「はいはい、、わかりました!!」

そう言って巫山戯て敬礼ポーズをする。



俺らの仕事は人の、精神と生と死を研究すること。
























自分が報われないなら、せめて誰かを助けて、その誰かに認められたい。


たとえ捨てられるマッチになってしまうとしても。

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