ほら、やっぱり綺麗

空飛ぶこんにゃく

ほら、やっぱり綺麗



 ザクロの実。

 それは赤く、丸いトマトが割れているような外見を持つ木の実だ。私はどことなくその実がすきだった。


 同級生の明美と歩く通学路。いつもの愚痴を聞きながら、車ばかりとすれ違う田舎の日常的で見飽きた光景の中で、唯一私が興味を持ってならないものが頭のなかでずっと反芻していた。愚痴に対する返答は相槌のみで、ただうなずくか同意を示すか、まるで肯定ロボットのようだ。私の意識は明美のどうでもよい愚痴よりも、すぐ先の道を左に曲がった先にある。


「明美、じゃあね」

「えぇ~? アンタの家もこっちじゃん。いつもいつも、なんでそっちに行っちゃうかなあ」


 口を尖らせて不満を言う明美に苦笑しながら、手を振り終えて歩みを進めた。最初のころは最後まで帰ろうとしつこくごねなれたりしたが、何度も断っているうちに彼女もあきらめて深く追求しなくなっていた。私は歩く。あの木々を、いいや、あの果実を見るために。

 そして、たどり着いた。青いネット越しでも分かる、赤い破裂したような傷口を持つ果実を。


「――」


 嗚呼、素晴らしい。好きだ。

 心が躍ってしまう。これを見るだけで現実の嫌なことすべてがどうでもよくなり、明日が楽しく思えてくる。思わず畑と道を区切る錆びた有刺鉄線を一心不乱に掴み、あの神々しい果実を一目でも詳細に見ようと身を乗り出した。何度見ても美しい。一つ一つもぎ取って部屋に飾りたいぐらいだ。歓喜のあまり目の中に入れても嬉しさは痛みを凌駕するだろう。

 気づけば日が沈んでいた。これでは暗くてザクロの実が見えないではないか。私は気を落として帰ろうと身を引いた。興奮のあまり無意識のうちに握っていた有刺鉄線から手を離すと、どこか冷たいものが固まっていた。疑問に思ってそれをまじまじと見てみると、恐らく有刺鉄線のトゲが刺さってしまったのだろう。2,3点に赤黒いカサブタがこびりついていて、その辺りにはかすれたような血の跡が固まっていた。それを見た私はどこか近親感を得て、帰ろうとしていたのにも関わらず、ただただじっと見つめる。それは赤い。赤。目の前に広がる木に実るザクロの果実よりも、ずっと、この薄暗い中でどす黒く輝いているように見えた。それは私を世界から乖離させる。ここはどこだろう。無意識だ。本能ともいえるのか。私は両手のカサブタを舌でなめた後、歯をつかってそれを引きはがした。そこから僅かながら鉄の味があふれ出る。それをなめ切ると、心に穴が開いたような気がした。何かを失ってしまった気がする。――ふと、掌を見た。それは綺麗な手だった。カサブタは剥がれ、そこには肌色よりもきれいな桃色が点々としている。

 私は寄り道をしていこうとこの時決めた。





 『BORDER』というSNSで明美を呼び出して10分後。制服姿で私の目の前に姿を現した。未だにカバンを背負ったままの私に、彼女は眉をひそめた。


「どうしたの? まだ家に帰ってないの?」

「……明美さあ」


 私は叔父の家から無断で借りてきた猟銃を、隠すように後ろへ持っていた猟銃を、足を踏み込んで明美と距離を詰めると、一気にその矛先を明美の口内へぶち込んだ。それから口径を無理やり斜め上に向ける。



「が――ッ」

「明美の口からは汚い言葉しか出ないよね。口から出てくるものが汚いのなら、口の中にあるものも汚いと誰もが思うじゃん。でもきっと、本当は違うんだ」


 パン。残響が辺りに響き、鳥の羽ばたきが聞こえる。

 私は猟銃を投げ捨てると、口内から脳天まで貫通して、まるでザクロの果実のように割れた『彼女だったもの』の頭を見て、もっと近くで見ようと思わず身をかがめた。


「ほら、やっぱり綺麗。素晴らしい内側がヒビから見えるよ、明美。貴方は綺麗だわ」


 ザクロの果実よりも魅力的なもの。私は満足して帰路についた。

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