第1章⑤ 魔法の変遷

 科学技術と工業化が発達し、魔法技術の軍事的有効性が低下するにつれて、魔法教育の必要性や不要論が首をもたげる様になっていた。原始時代や古代・中世の様に、魔法が戦争と戦闘の中心であった時代は、終わりを告げた。


 近世後期の時代に於いて、戦場の主役はマスケットであり、大砲であり、戦列艦であった。高度且つ高額な専門の魔法教育を施さなくても、数週間程度の軍事訓練で速成した、民衆の兵士、農民の兵士が、魔法技術の汎用性と有効性を凌駕する様になって、随分と経った。


 それでも、貴族と士官は、己のアイデンティティに魔法を見出している。それはまるで、騎兵と白兵戦に拘ったヨーロッパの騎士の様であるし、マムルーク朝の軍事奴隷階級の様でもあるし、あるいは日本の武士階級の様でもあった。


 魔法の軍事的な有効性が低下しているとは言え、やはり士官と貴族たる者、魔法能力があるべきという考えが、依然として支配的だった。本来、幻獣や他種族に対抗する為の有力な手段であった魔法は、人間が支配領域を拡大していく中で、使用する機会が少なくなっていた。


 竜や一角獣の様な幻獣や、エルフ族やドワーフ族などの種族は、人間の人口爆発と強力な領域支配によって、減少する一方で、一部の種は絶滅の危機にある。即ち、魔法能力という、人間を過酷な生存競争から守ってきた技術は、時代の変化と共に、その役割を終えようとしていた。



※※


一般士官学校:第4実習場


 主に、魔法教育の訓練として使用される第4実習場は、要塞外に置かれた実習場の一つで、見渡す限り、平野がどこまでも続いていた。実習場の一部は、中隊対抗演習でも使われる。


 実習場と言っても、それと分かる様に区切られてはおらず、専用の施設は、細長い建物がぽつんと置かれているだけだった。第一学年は、魔法学入門の一環として、上級生の魔法実習を見学する運びとなった。


 二列横隊を組んだ第4学年の学生隊は、無手で前方に構えると、眩い光線が実習場の的を襲った。射程は、300m前後といった所だ。


 次に第4学年は、胴や腰に差した短杖(約30cm)を取り出して、無手と同じように構えた。公国の魔法技術の粋が詰められた短杖は、その先から弾丸と同じ幅で光線を射出した。無手の時よりも射程が長く、900m以上はあるだろう。


 その光景を見学した第1学年は、中隊対抗演習に参加した時の様に興奮を覚えた。マスケットを構えた戦列歩兵よりも、迫力があるし、戦場ではマスケット兵よりも活躍するのではないかと思わせた。


 しかし、魔法というものは軍隊にはあまり向いていない。いや、正確に言えば、集団行動が必要な軍事作戦には向いていない。魔法教育によって、そこら辺にいる凡人や浮浪者でも魔法を扱える様にはなる。


 だが、武器の汎用性という点では、科学技術に劣るのが現状だ。人間には、魔法の素質があるから、国民の全て、兵士の全てを魔法使いに育成する事もできなくはない。


 しかし、魔法能力には、教育で埋められる格差と埋められない格差というものが依然として存在する。体系的な魔法教育を施せば、魔法を使える様になるし、一定の水準にまでは誰でも到達できる。


 それでも、個人差や才能といったものも確かに存在するのだ。個々人によって、できる範囲というものが限られてくるから、魔法部隊を一から作ろうと思えば、まず、そのどうしようもない個人差を前提として組織しなければならない。


 それが数人程度ならばともかくとして、数百人・数千人にまでなると、組織化できるだけの魔法能力の平準化は極めて困難だ。それでは、昔の魔法使いはどうやって戦争を戦ったのかと言えば、それは集団戦法というよりも個人芸で戦っていたのだ。


 魔法技術の発展によって、そうした平準化の作業は、昔よりもぐっとやりやすくはなったものの、魔法教育や魔法技術を導入するぐらいならば、科学技術の兵器を使用した方が明らかに安上がりだった。


 魔法能力が高い士官だけで構成する魔法部隊の創設も検討はされていたが、それをするぐらいならば、士官を本来の用途である部隊の指揮官として用いた方が、遥かに効果的だろう。


 少数精鋭の魔法部隊を新編しても、一つの戦場に於ける優位性を確保するに過ぎないのだから、それよりは、多数の戦場で士官を活用した方が良い。要するに、費用対効果の問題である。


 二列横隊の横には、儀礼用の長杖を持った魔法学の教官が直立していて、学生に対して、射撃の号令を掛けていた。


「無手、構え!!的、前方の対象を絞れ!!光線、用意!!射撃、開始ぃー!!」


 学生隊は、提げた短杖を戻すと、再び無手で光線を的に集中させた。交互に、無手と短杖での一斉射撃を繰り返す様子は、壮観ではあったが、どこか虚しさも混じっている。


 何せ、この圧倒的な風景は、戦場では見る事を叶わないからだ。これは飽くまでも、士官学校で行われる魔法教育に過ぎず、その域を出る事はない。


 ウルリッヒとイェーリングの二人は、この光景をかじり付く様に凝視していたが、同時に困惑していた。


「なぁ、ウルリッヒ。これなら、マスケットではなくて、光線魔法を使った方が良いよな?」


「それは難しいだろうね。これを可能にする為には、相当の時間と労力を割いているはずだよ?」


「でも、全ての兵士に魔法能力を身に付けさせれば、マスケットも大砲も不要だろ?」


「それはそうだけれども、それを実現できるだけの国力を持った国家は存在しないよ?まぁ、原始時代とか、古代とかなら実現可能性は高いけれども」


「どういう事だ?」


「昔の方が今よりもずっと人口が少なかったから、魔法の使い方が部族集団や地域集団、都市国家に行き渡りやすかったのだけど、今は小国でも数百万人は抱えているからね。その人口の全てに魔法教育を提供するというのは、数世紀先の未来を待たなければいけないだろうね」


「つまり、今の時代は、人口が多過ぎて、魔法教育が行き渡っていないという事か?」


「有り体に言えば、その通りだね。文字文明は、魔法に関する情報を爆発的に伝播させたけれども、それが却って、一部のエリートに魔法教育が集中する様になったのかもしれない。それに、全国民に魔法教育を提供できる時代に到達した時には、科学技術だって更なる発展をしているはずでしょう?だから、魔法は廃れる運命にあるのかもね…」


「でも、ウルリッヒは魔法使いになるんだろ?時代遅れになると分かっていても、魔法を学ぶのか?」


「例え、時代遅れになったとしても、魔法使いになりたい。だって、僕の夢は、世界各地を放浪して、幻獣を研究する事だよ?幻獣と接近する為には、マスケットでは心許ないでしょ。なんだかんだ言って、魔法は幻獣に対しては、未だに優位性を維持しているというのも大きいかな」


「なるほどなぁ。でも、お前は確か、竜を研究するんだろう?竜に対して、さっきの光線が通用するのか?」


「昔の人々は、今よりもずっと劣悪な環境で、劣悪な魔法技術で戦った訳だから、多分、大丈夫じゃないかなぁ」


「…、それはかなり心配だな」


「僕の事よりもさ、この魔法を戦場で使えない方がずっと悲しい事だよね」


「そうだなぁ。でもお前が言う様に仕方がないんだろ?」


 二人は、そっと溜息を吐いた。魔法の重要性は低下し続けているが、貴族と士官は、魔法能力に誇りを抱いている。魔法能力は、社会のエリートとしての地位を示すものだ。


 だから、未だに士官学校で魔法学の講義と訓練が行われる。二人は、そのおかげで魔法が学べる事に、伝統や文化の不合理性を感じて、何とも言えない感傷に浸っていた。


※※


一般士官学校:講義室


 見学を終えた第1学年は、講義室に戻って、上級生の魔法実習について振り返っていた。女性教授は、目に付いた学生を指名すると、見学の感想を求めた。


「見学で気付いた事、分かった事、疑問に思った事はあるか?」


「はい。光線魔法による一斉射撃は、とても統制が取れていて、マスケット兵と見紛うばかりでした。ですが、魔法能力は教育で一定の水準にまで引き上げる事が可能とは言え、個人差もあります。

 それにも関わらず、全員が同じ射程、同じ時機で、互いの魔法に干渉する事なく、魔法効果を現出させた事です。これは、高度な魔法技術による産物なのか、それとも教育の賜物なのでしょうか」


「良い着眼点だ。私が以前言った様に、魔法とは、個人の認識世界とそれ以外の認識世界との相互作用の結果に過ぎないが、その結果として、本人が意図しない結果や干渉を生み出す原因にもなっている。

 魔法の干渉を防止する為には、行為者の認識世界とそれ以外の世界を調和させるか、それとも強固な精神防御を構築する方法がある。その何れも、教育によってある程度は身に付けられるし、魔法技術によって、修正する事も可能だ。

 それでも、実際に戦争で魔法を使用する壁は高いが。では何故、戦争で魔法が使われなくなったのだろうか?」


 彼女は、続いて後列の学生を指名した。


「魔法部隊の育成には、極めて高額の財政負担が掛かるからではないでしょうか。それよりは、安価に速成できるマスケット兵の方が経済性に優れているからです」


「まぁ、そうだな。とにかく金が嵩むというのは、理由の一つではある。では、他には?」


「マスケットであれば、数百発の弾薬を携帯できますが、光線魔法では、数十発の射撃が限界です。そうした射撃回数の制限も戦争で魔法が廃れた原因ではないかと」


「なるほど、射撃回数に注目したのはとても良い。確かに、魔法の行使は無限ではなくて、有限だ。それも、マスケットや大砲よりも使用できる頻度は低くなってしまうな。でも、それならば何故、この士官学校で魔法を訓練するのだろう?戦争で役に立たないとなれば、将来の指揮官である君達には、無用の長物だろう?」


「魔法能力がある事が、貴族が存在する根拠だからです。かつて、貴族が士官を独占していた時代の名残でもあります」


「そうだ。魔法と貴族制・貴族文化は、密接に結びついている。原始時代から中世までは、高い魔法能力が民衆を支配・統治する根拠でもあった。特に、国家未満の部族集団や、いわゆる伝統社会では、高い魔法能力が神官や巫女を生み出した。神権君主制の根拠は、高度な魔法能力だった。

 だから、貴族や貴族文化を継承する国家・社会では、魔法能力のあるなしというのは、そのまま己の存在意義にも関わってくる。しかし、それ以外にも貴族が子息に魔法能力を修得させる理由がある。

 それは、狩猟だ。狩猟権を持つ貴族にとって、魔法能力は欠かす事のできない技術でもあったのだ。ここで、話は戻るが、狩猟と魔法の関係性には、魔法が戦争で使われなくなった理由をもう一つ発見する事ができる。それは何かな?」


「狩猟と戦争が分離したからではないでしょうか」


「その通りだ。古来より、狩猟と戦争は極めて近い関係にあった。原始時代の人間は、狩猟用の武器で、同じ人間を殺していたのだ。それが軍事技術の発展で、狩猟用の武器と、戦争用の武器が分離し始めた。

 君達の中には、貴族が多いから、狩猟を嗜む学生も多い事だろう。ならば理解できるはずだ。わざわざ、狩猟でマスケットを使うか?わざわざ、大砲を使うか?使わないだろう?

 人間が魔法能力を獲得した一番の理由は、この世界に実在する幻獣に対処する為だ。過酷な生存競争を生き残る為だ。魔法能力というものは、幻獣や他種族への対処に特化している嫌いがある。

 しかし、我々人間の戦争相手は、同族が中心なのだ。同族に向かって、わざわざ魔法を使う必要性はない。逆にいえば、人間が戦う相手が竜や一角獣とかならば、魔法は依然として有効な手段だ。

 つまり、魔法というのは狩猟や害獣駆除には向いているのだが、人間同士の戦争では用途と効果が限られてしまうのだ。だからこそ、戦争ではめっきり魔法が減ってしまった。

 一部の議員や学者の中には、魔法不要論や魔法教育の廃止も主張されているが、魔法学者としてはつらい所だな。

 だが、この国の将来を担う君達には一つだけ言っておきたい。今の時代は魔法の重要性が著しく低下しているが、この先の未来では、再び魔法が脚光を浴びる時が必ず来るだろう。私はそれを信じて、研究に励んでいる。

 諸君の中には、魔法学者や幻獣学者の道を進む者もいる事だろう。そうした夢を持つ者は、魔法の将来を悲観しないで欲しい。確かに、我々人間が、幻獣や他種族の脅威に晒される危険性は限りなく低い。

 しかし、その幻獣や他種族の脅威が完全に取り除かれた訳でもない。もしかしたら、我々人間の科学技術を越える幻獣や他種族の脅威が登場する事だって有り得るからだ。その時になって、我々は魔法能力を獲得した理由を思い知るだろう。

 学生諸君、諸君の中には、魔法に興味のない者もいるに違いない。だが、人間にとって、最後に己の生命身体を守るのは魔法能力に他ならない。

 残念ながら、現在の人間はその事を忘れてしまっている。士官学校を卒業すれば、この講義で学んだ知識も忘れてしまうかもしれない。しかし、魔法能力がある事で、我々が生存競争で有利であるのを決して忘れてはならない」


 彼女は、学生に向けて喋る内に、段々と熱がこもって、演説めいた事を訴えた。ウルリッヒは、彼女の訴えを聞いて、魔法使いと幻獣の研究者としての道に自信を抱いた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

シルヴァニアの自由騎士 ばーちゃる少尉 @9thCSCG

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ