第35話
目を開いたら晴れ渡った空が飛び込んできた。
すぐ近くに見覚えのある建物が光を反射し、高く聳えている。眩しさで瞼を1度下ろした
(あっ……)
生きている。静流は、そのことに驚いた。
記憶を辿っていけば『針』に頭蓋を貫かれた
驚いた表情のまま脳漿をぶち撒けた彼女は自分が死んだことに気付いただろうか。
(どうでもいいか……)
殺人の生々しさが、あるはずの無い手に蘇る。
右腕はジガに斬り落とされた。
左腕は楓に斬り落とされた。
異能の『針』はクイーンに取り上げられてしまい、漆黒の義手は消失している。
寝た状態から起き上がるために腹筋から首筋まで筋肉をめいいっぱい使う。両腕
無いというのも不便なものだ。
傷口が痛まないのがせめてもの救いだろうか。
「起きたね、しずちゃん」
どうやらベンチに寝かされていたらしい。しかも膝枕されていたようだ。
身体を起こすと隣には癖っ毛で小柄な女の子が座っている。
目を合わせると思わず首を捻ってしまう。
「どうしてここに?」
「う〜ん、ここがK塚公園だっていうのは分かる?」
「分かるけど、なんであたしがここにいるのかが分からない」
「えっと……順を追って説明するね」
夜月を招いたこと、彼女に全宇宙記録を見せる代わりに静流の救出をお願いしたこと……
ぼんやりとではあるが静流自身も記憶が蘇ってくる。
「雨が降っていないということは、ここは現実世界?」
「違うよ。ここは私の心象世界」
「あの屑女、約束を破ったのか……」
苛立ちが込み上げ、眉間にシワが寄る。
皮肉にも静流が探し求めていた『因果を断つ剣』を手にしたのは夜月だった。
その彼女から霧生楓殺害を請け負い、見返りとして無双の持つ異能を斬ってほしいと取り交わした筈なのに。
(ここが心象世界ということは、無双の力はまだ消えていない……)
あるいは、切断に失敗したということだろうか?
とにかくもう1度、夜月に会わなければならない。
そのためには現実世界に戻る必要がある。
「行っちゃダメだよ、しずちゃん」
見透かしたように釘を刺され、静流の息が止まる。無双の表情は真剣そのものだった。それこそ反論は許さないと主張しているかのように。
「ボウガは、クイーンから『女王蜂の針』を取り返した後でしずちゃんを殺すつもりだよ。ヒガの仇を討つために」
「そんなこと、想像しないと考えつかない」
無双に想像力が欠如しているのは知っていた。
だからこそ違和感がある。ここまで先を考えて喋ることなんて、彼女には不可能なのだ。
誰かに吹き込まれたに違いない。
そして該当人物はただ1人。おそらくは
(あの屑女、約束を破ったばかりか余計なことまで吹き込みやがって)
毒付いても当人はここにいない。
助けてくれた恩義はあっても、相手が筋を通さなかったことが腹立たしい。
「ボウガだろうが何だろうが返り討ちにする」
「どうやって? もう『針』の力は無いんだよ? それに両腕だって……」
「それは……」
今の自分は戦うどころか満足に逃げられもしない。
そんな現実が突き付けられて目眩がした。
不甲斐ない。どうしていつもこうなんだろう?
静流は悔しさで唇に歯を食い込ませる。滴る血が苦かった。
「大丈夫。しずちゃんは、私が守る」
「えっ?」
向かい合った無双は明るく笑ってくれる。
言葉には強い力が込められていた。
「この心象世界は、私が招かない限り誰も入って来られない。だからボウガでも、神尾エリでも、藤沢夜月でも、ここにいる限りは絶対に手出しが出来ないの」
「でも、それは……」
「しずちゃんは、私がこの力を捨てられるように頑張ってくれたんだよね。ごめんね、私はこれがないとしずちゃんを助けてあげられないの」
「……」
ここは現実のK塚公園をトレースし、その上に無双の心の中身をレイヤーとして重ねた世界である。
出入り可能なのは本人と、その許可を得た者だけだ。
いわば絶対の安全が保証されている。同時に、もう現実と交わることは無いのだと予想できる。
出て行けば仇討ちでボウガに殺されるか、あるいは裏切り者としてクイーンの残党に殺されるのかのどちらかだろう。
逃げ道は他に無い。
静流は自然と涙を流していた。両手が無いので拭うこともない。
「あたし、役に立たなかったね……」
異能の力から友人を救おうと躍起になった結果がこれだ。
無双は決して自分の能力を手放すことはないだろう。静流を守るために。
「両腕を失って、人殺しして、それなのに……こんな……こんな……」
背を丸めて嗚咽を漏らす静流を、無双は優しく抱き締めた。
子供をあやす母親のようにゆっくりと背中を撫でてやる。
「私がしずちゃんの両手になるから、ずっと
「ごめん……本当に、ごめんなさい……」
結局、吾妻静流は失うだけで何も得なかった。
それでも死なずに済み、友人と共にいられるだけで幸福だったのかもしれない。知らないままでいれば、この先もずっと幸福だろう。
さめざめと泣く静流には見えていなかった。山田無双は口角を持ち上げて笑っていたことに。
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