第32話
敵の踏み込みが鋭い。
敵の切っ先が見えない。
泣き言は命を縮めるだけだ。静流は集中力を維持して息がかかるほど接近していく。
仲良しグループの武闘派『針』持ちの中でも、静流と楓は実力の面で微妙な関係である。
影夜叉と銘打った太刀を振るい、距離が空けば必殺の《死突》を繰り出す楓。
もともと『針』を飛び道具とし、『針』と融合して体術が強化された静流。
初手のような超遠距離からであれば狙撃可能な静流が有利だが、接敵してしまえば近距離から中距離を制する楓に分がある。
しかし、刃を振り下ろすこともできぬ超接近戦であれば手数を稼げる静流にも勝機が生まれた。
楓が剣を手に下がれば、その分だけ距離を詰める。
側から見れば静流が押しているように思えた。
実情は真逆で楓は余裕を崩していない。触れることすら許さず体捌きをし、漆黒の右腕から放たれた小さな『針』は的確に払い落とす。
敢えて迎撃に徹している。
(あたしの気力が尽きるまで待つつもりか!)
まるで千日手だ。
ひたすら同じことを繰り返し、どちらかが根を上げるまで待つ。
吹き抜けとなった玄関ホールでは『針』同士がぶつかる高音が響くも、それは間断なく続いている。
仮に、静流と楓の体力が全く同じだったとしても……攻めあぐねている分だけ静流のほうが精神的な負担を受けていた。
(これが経験の差か……)
もともと楓は剣道で全国レベルの腕を持っている。スポーツと殺し合いの差はあれど、戦いに対して慣れているのだ。
このままでは削り取られる。
そうは分かっていても、距離を空ければ《死突》の餌食となってしまう。
懐に潜り込んだまま新たな一手を考えなければ、いずれ殺されるだろう。
かといって急いて悪手を打てば、それもまた同じだ。
(今は……耐えろ!)
思い浮かぶのは、唯一の友達と呼べる人間の顔だった。
全知ゆえに想像力を欠いてしまった呑気なヤツだ。
自分の心象風景に閉じ篭って、呼びかけなければ決して外へ出てこない。
その世界はいつも雨が降っている。永劫の孤独の中を彷徨っている。
特大のボケをかましてくれて、あろうことか中学校のときは静流に愛の告白をしてきた。
決して嫌いな相手ではなかったが、そのときの静流には受け止められなかったのである。
(我ながら面倒くさい!!)
あの娘を助けよう。
自分のことを好きだと言ってくれた、あの娘を。
例え悪魔に頭を垂れようとも、魂を売ろうとも、どんな手を使ってでも……静流は密かな誓いを立てていた。
その執念が変化を引き寄せ、やがて均衡は破れる。
「霧生先輩!」
音に気付いた仲良しグループのメンバーら数名が、正面玄関から入ってきたのだ。
いずれも静流が見知った顔である。
そのせいか、彼女たちは硬直したようだ。
余計な殺しなどしたくないが、ハッキリとした優先順位が頭に浮かぶ。
静流は左手に『針』を呼び出し、駆け付けた女子生徒に向けて投擲する。
しかし、殆ど隙を見せずに動いたにも関わらず楓の剣撃がその腕を捉えた。
「……ッ!!」
苦悶と悲鳴。続けて、切断された腕が玄関ホールの絨毯へと落ちる。
やられたのは同化している右腕ではなく生身の左腕だ。
切断面からは脂と血が垂れ、額からは汗が滲み出てくる。
「余所見している場合ですか?」
膝をつき、右手で傷口を押さえた。指の隙間からはゆっくりと黒い液体が流れ出ていく。
目の前に立つ楓は影夜叉の切っ先を突き付けて、表情を正す。
その両脇へ取り巻きのごとく仲良しグループのメンバーが集まってきた。
誰もが軽蔑の目で静流を睨んでいる。
それもそうだろう。楓と敵対している時点で彼女たちがどちらに靡くかなど考えるまでもない。
「勝負ありましたね。なんと呆気ない」
「……」
荒い息で静流はうつむき、震える。
全身から力が抜けて漆黒の右腕は垂れ下がった。
「みなさんで吾妻さんを浄化して差し上げましょう。手加減は必要ありません。悪い氣を追い出すのです」
「……はいっ!」
躊躇いすら許されない。
機敏に空気を読み取った取り巻きたちは構えを作る。
「それにしても惜しかったですね。ヒガを倒した武勲を鼻にかけていればよかったものを、私にまで牙を突き立てるとは……」
幾つもの『針』が抜かれる音がした。
仲良しグループのメンバーそれぞれの得物が殺意と共に向けられる。
静流は膝をついたまま笑っていた。丸まった背中は奇妙に上下し、得体の知れぬ不気味さが伝播していく。
動じなかったのは楓ただ1人である。
そして、異変に気付いたのも楓ただ1人だ。
全ては注意を逸らすため。最初の狙撃が失敗したのは角度と距離のせいだ。そもそも、あまりに遠過ぎたのである。
わざと腕を切り落とさせた静流は、血に見せかけて切断面から伸ばした『針』に念じた。もっとも優先順位が高い霧生楓の殺害のために、犠牲を払ったのである。
「あたしの……『針』ならば……」
細くうねった線で繋いだ先には、刎ねられた左腕が転がっていた。
本来なら2度と動くことはない。そんな指先がピクリと反応し、指の間には投擲用の『針』が現れる。
有線で信号を送って遠隔操作しているが誰もそちらを見ていない。追い詰められているのに嘲笑う静流に視線が集まっている。
しかも、両脇を取り巻きで固めたせいで楓からは見え難い角度だ。漂う空気に違和感を覚えてもその正体は掴めないだろう。
「あの女の脳みそを貫け」
切断されて床に落ちた静流の左腕は、手首のスナップを効かせて『針』を放った。
地面から突き上げるように斜め上に向かって飛んだそれは、楓の下顎から頭頂部にかけて貫通する。
「あっ……?」
楓は訳がわからないと言わんばかりに声を上げる。
よろけて隣の女子生徒にぶつかってなお、状況を掴めていないらしい。
次の瞬間にはピンク色の液体が頭蓋から吹き出し、楓は仰向けに倒れて2度と動くことはなかった。
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