第31話

 優秀ではあったが、天才ではなかった。

 努力家ではあったが、成功者ではなかった。

 目の前で自分の『針』と静流の『針』がぶつかり、ガラスとも金属とも異なる澄んだ音が響く。


(超常の者同士が本気で殺し合う……これはクイーンの承認にも劣らない愉悦ですね……)


 露わになったサガに身を委ね、霧生楓きりゅうかえでは狂おしく口角を持ち上げる。

 踊るようにステップを踏んでは敵を斬り捨てるために漆黒の太刀を滑らせていく。


(膣口が開いてしまいそうなくらいに熱い……)


 楓は戦いの刹那、これまでの人生を振り返った。

 昂りが最高潮に達したとき、瞬きすら許されない時間の中で記憶が溢れ出して瞬時に再生される。

 古流剣術を現代に継承することを大願とする父は、本当にロクでもなかった。

 生きている時間すべてを白刃に費やして家族を顧みない彼は早々に母親に見捨てられ、楓だけが霧生家に残される。

 現代に居てはならぬ狂気の剣客は、幼い娘を一子相伝のと見なして己の持つ技術を叩き込んでいった。



 剣術とは人を斬るための技術である。

 楓は表向きでは剣道を習い、裏では剣術の研鑽を積んだ。

 ただ父に認められたくて、その想いに応えたくて、全力を尽くしていたのである。

 しかし、楓は以上の存在として見られたことはない。

 そんな現実に気付いたのは小学校のときである。



 既に膨大な練習をした楓は剣道でも敵無しの強さであった。

 当然のように県大会で優勝したが、父から褒められなかったのである。

 続く全国大会では体調を崩して欠場してしまい、父からひどく叱られた。

 そこから世の中の歪みに気付き、何とか正そうとして修行へさらに打ち込む。

 残念ながら父の態度が変わることはなかった。

 親から愛されない環境は既に楓の性格を大きく歪めており、ただひたすら剣を極めようとする彼女を誰も理解できなかったのである。


『あなたは、とても頑張っているわね』


 忘れもしない。中学1年生のときだった。

 蒸した剣道場の中、汗まみれで竹刀を振る楓は声をかけられる。

 反射的に睨んでしまったのだが相手は怯んだ様子もない。

 このとき楓は既に身長が170センチを越えており、学内の女子で1番背が高かった。

 大人びいた容姿と厳しい雰囲気を纏うため、呼び捨てにされたことなどないし、そもそも友人と呼べるような存在もいなかったのである。


『少し話でもしましょう。あなたに興味があるの』


 話しかけてきたのは人形のように綺麗な車椅子の少女だった。

 態度や立ち振る舞いのせいで普段から目立つ。

 裕福な家の生まれらしく、可憐な顔立ちもあいまって女子生徒からは僻まれていた。

 最初は無視していたが、彼女は何度も何度も剣道場に来ては勝手に喋っていったのである。

 そのうち観念して言葉をかわすようになってしまい、休憩中だけ話し相手になってしまった。


『あなたは頑張っているのに、辛そうね。どうして?』


 率直な疑問に楓は答えられない。ひどく混乱してしまい、あらためて自分が努力している理由を考える。

 全ては父親に認めてもらうためだった。

 そう結論付けて回答すると、車椅子の少女は首を傾げる。


『そうなの。じゃあ、あなたは父親に死ねと言われたら死ねる?』


 とんでもないことを切り出してくる。

 楓は……首を横に振ることが出来なかった。

 もしそれで認めてもらえるなら本望かもしれない。褒めてもらえるなら満足できるかもしれない。

 そう考えてしまうくらい心が歪んでいた。


『あなたは頑張っている。けれどそれを認めてくれる人がいない。それは不幸なことだわ』


 不幸? 自分が?

 違う、そんなはずはない。

 こんなにも毎日、努力している。幸せだ。そうに違いない。


『頑張ったわね、楓』


 甘い声が耳の中で蕩けた。

 初めて他人に認めてもらった気がする。

 心無い大人や学友は表面上では楓を褒めても、裏では気味悪がったり怖がったりして距離をとっていた。

 いつしか……楓は、車椅子の少女に泣き縋るようになってしまう。

 弱い自分を晒け出せる相手にようやく巡り会えたのだ。

 霧生楓は、そのおかげで強くなる。ただし内面に抱えた歪みはそのままだ。


『楓は、いつも頑張っている。私はそれを知っている。だからそろそろ、解放されてもいいでしょう』


 中学生最後の夏休み。

 父から秘奥義である《死突》を伝授された楓は、早速その技を試した。

 熱心な剣術家が実の娘が振るう竹刀で喉を貫かれて死亡した事件は、として処理されたのである。

 新聞記事にもならなかったその出来事に、殺人を教唆した者がいたことは当人たち以外には誰も知らなかった。

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