第29話
クイーンの説明通りであれば残っているのは『言わざるボウガ』だという。本来とは違う肉体に人格を移し、活動していると推測される。
(死んでいったものを悼むのは、全てが終わってからです)
例えクイーンが敵の情報を知っていて、それを仲良しグループのメンバーに周知しなかったとしても反発する気も起きなかった。
それは忠義ではなく狂信であり、思考の放棄でもある。
どのように周囲が捉えているかなど知ったことではない。
何があってもクイーンを守るというのが楓の芯にあった。そう決意させるだけのものを女王蜂は持っている。
(あのとき、百貨店の屋上で対峙したとき……あれはボウガという名前を口にしていましたね)
思い出すだけでも苦々しい。
必殺の《死突》を使いながら、敵を生かして捉えようなどとぬるいことを考えたせいで後々の災厄を招いた。
あのときの楓には武勲を立ててクイーンに褒めてもらうという、他人には話したことのない欲求でいっぱいだったのである。
戦闘行為を一任されていた楓は、クイーンの望みだと仲間に命令を偽って生け捕りに拘ってしまった。
それは仲良しグループ内部に知られてはいけない失態である。
(私だけが知る私の汚名を、他ならぬ私の手で晴らします)
そうだ。澄ました顔で仲間をいびっても満たされることなんてない。
より高次の存在に認められてこそ、えもしれぬ愉悦に浸ることができる。
超常の『針』を分け与えてくれる母は明らかに人間よりも上に位置していた。
楓はゆっくりと瞼を開く。
一文字に紡いだ唇を微かに開き、肺に空気を取り入れる。
見据える先は夜の闇だ。外は照明だらけなのに、部屋の中は電気を消していて対照的に暗い。
(殺気……それも微かな……)
クイーンの住む邸宅は広大で、防犯目的で周囲を高い壁で囲んだ庭と本邸と離れと使用人用の建物がそれぞれある。
ガレージには送迎用の高級車が何台も詰め込まれ、池や温室まで備えられていた。
立地も適度に国道や高速道路・鉄道から離れていて夜ともなれば静かなものである。
静流はクイーンの休んでいる離れの一室で待機していた。本来は客間のようだが、並ぶ調度品には興味を示さずただ正座している。
他の『針』持ちたちは周囲を警戒していた。
彼女たちが鳴子程度にしか役に立たないと考えていた楓だったがそれすら過大評価だったことに落胆する。
(鬼門からわざわざ来るとは……)
襲撃の予感から、確信へと変わっていく。
未だに『針』持ちたちは気付いていないようだ。
ボウガが使う爆遁を1度味わっている楓だったが、あのときと同じ臭いを嗅ぎ取る。
(間違いありません。ボウガですね)
窓から部屋を飛び出し、芝生に着地して周囲を探る。
手には『針』を展開した太刀を既に握っていた。
研ぎ澄まされた神経は敵が最初の位置から動いてないことを感じ取る。
すなわち、鬼門の方角……つまりは北東の壁の辺りから動いていない。
目を凝らすと高い塀の上に人影があった。
シルエットはこちらを確認した後ですぐに敷地の外へと飛び降りてしまう。
(襲ってこない? 私に察知されたから? あるいは……)
先日のジガとヒガのパターンを思い出す。
後から聞かされた話だが、敵は楓とクイーンを引き離すために命を捨てる陽動作戦をとっていた。
そこまでする相手なのだから今回も同じケースが考えられる。
しかし、残ったボウガには協力者がいるのだろうか?
(考えても詮無いことです。私の目的はクイーンをお守りすること。この場を離れるのはあり得ません)
誘い出されるわけにはいかない。
そう結論を出した楓は人影の後を追わなかった。
しかし……
「!!」
その物体は、音よりも速く飛翔してくる。
直撃しなかったのは楓の持ち前の直感があったからだ。
タチの悪いことに真横から側頭部を狙っている。
辛うじて視界の端に引っかかり、辛うじて身体のバネを使うのが間に合った。
(狙撃!?)
発砲音も何もしていない。
それも『針』持ちである楓ですら回避が紙一重だった。
(敵は2人います!)
陽動として人影を見せ、そちらに注意が向いたところを真横から撃つ。
ボウガに協力者がいることは間違いなさそうだ。
同じ場所にいたのでは追撃を受けると判断し、すぐさま狙撃手から隠れられるように離れの中へと戻る。
勿論、建物の壁なんて簡単に貫通してくる可能性もあった。
すぐさまスマートフォンを取り出し、クイーンの邸宅を警邏している面子にメッセージを送る。
敵襲……と。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます