第26話
葉山メイは一房だけ真っ赤に染めた髪を撫で、眉間にシワを寄せて怒りを露わにしていた。
もう丸2日はこんな様子である。
ストレス発散のため放課後のカラオケからファミレスのお決まりコースを終えてなお、思い出したかのように怒るのだから溜飲を下げてはいないのだろう。
ジガ討伐失敗の汚名を着せられ、霧生楓に呼び出されてネチネチと説教されたのである。
その後でクイーンからヒガ討伐と、ジガの持つ性質について教えられた。
楓の叱責は単なる誤解だったと判明しても謝罪は無い。
「メイっち、そろそろ機嫌なおしたらどうっすか?」
各駅停車の大東鉄道新都心線(川尻行き)に乗り、目の前で吊革を掴む
シャツの胸元を緩めた彼女は普段なら表情も弛緩していたが、流石に態度の悪いメイを嗜めてきた。
「実里は悔しくないの?」
「何がっすか?」
「本当にアホね……あの女に散々、いいように言われたじゃない」
「あぁ、霧生先輩のことっすね。気にしてないっす」
こうもあっけらかんと返されるとメイには立つ瀬が無い。
それくらい楓の悪罵は酷かった。半端に知性を振りかざして難しい言葉を使うせいで、聞いていて苦痛だったのである。
ジガが実は別の人間に人格をコンバートしていたことを知らなかったとはいえ、あれほど罵られる謂れはなかった。
そもそも、あの日の夜の時点でジガの顔を知っているのは楓のみである。そこから聞き出した断片的な「ヘッドフォン」「パーカー」「ニヤニヤ笑い」といった特徴と完全に合致していたのだから、文句を言うのは筋違いだ。
R崎高校仲良しグループの7人で、もっとも腹を立てているのは葉山メイである。
自分たちの仕事に勘違いでケチを付けられたのだからプライドの高いメイは看過できなかった。
「だいたい、メイっちの悪口なんて殆ど出てこなかったじゃないっすか」
車内が大きく揺れる。それに合わせて爪先を支点に実里の身体が傾いた。
まるで分かっていない彼女を前にメイは唇を噛んでしまう。
「私は、実里の力が疑われたのが悔しい」
「うーん……そうは言っても、メイっちだっていつも『そんな特撮ヒーローみたいな格好は恥ずかしいからやめろ!』って怒るじゃないっすか」
「……そうだけど、そうじゃない」
実里の持つ『針』は全身を覆うプロテクターである。
あれは霧生楓の太刀に並び立つほど強力な力だった。
「だいたい、あいつはジガを仕留め損なっているわ。それにヒガだって、吾妻とかいう『針』持ちが倒しているし。何もしてないじゃない」
「そんなことないっすよ。霧生先輩がずっとクイーンの側にいたから、ジガもヒガも迂闊に攻められなかったわけっす」
「それも分かってる!」
「じゃあ」
「実里は最強の『針』持ちでしょ! 誰にも負けない! ジガでも、霧生楓でも、正面から戦って打ち負かすことができる!」
「……」
目的の駅まではあとひとつ。
車内はサラリーマンが多い。皆が皆、寝るなりスマートフォンの画面を見るなり好きにやっていて実里とメイの口論など気にかけてはいない。
「……ちょっと我慢してほしいっす」
「何?」
「変身」
いつのまにか実里は両手首に漆黒の腕輪をしている。それを胸の前でクロスさせると瞬時に『針』を展開した。
いきなり人前で……それも電車の中で針を使うなんて!
怒りを通り越して青褪めたメイは言葉が出てこない。
口をパクパクさせたままの彼女を抱き上げ、黒いフルフェイスのヘルメットに赤いラインが走る特撮ヒーローへと姿を変えた実里は窓を突き破って車外へと飛び出した。
「!?」
声にならない悲鳴と抗議をした刹那、視界が真っ赤に染まる。
爆圧に吹っ飛ばされて宙を舞う中で目を瞑り、重力が出鱈目にのたうち回った。
状況が掴めない中で鈍い衝撃を受け、地面へ落下したのだと気付く。
メイはプロテクターに覆われた黒い腕を引き剥がし、飛び出した方向へと目を向ける。
いつも通学で利用している15両編成のシルバーの電車が……轟々と炎を上げていた。
屋根も窓も全て吹き飛び、中からは火だるまになった勤め人や学生が悲鳴を上げながら落ちてくる。何両かは脱線して、運動エネルギーを殺せずに線路沿いの民家へ突っ込んでいた。
焼かれた人々は言葉にならない喘ぎを上げて地面を転がるとやがて動かなくなった。
地獄だ。メイは素直な感想を抱き、呆然とする。
それからしばらくしてようやく大事なことに気付いた。
引き剥がした実里の腕には全く力が入っていない。
「実里?」
すぐ横に天音実里がうつ伏せに倒れている。
その背中を防護していた『針』は焼け落ち、爛れた皮膚が露わになっていた。
辛うじて息があるが、弱々しい。
「実里!」
抱き上げてやると『針』が解除され、フルフェイスのヘルメットが消えた。
いつものボーッとした顔ではない。苦痛に歪んで汗をかいている。
リーダーは……咄嗟にメイを庇って背中に爆風の直撃を受けていた。
「助けを……誰か! 救急車を!」
悲痛に叫ぶが爆発現場は大混乱で、誰も聞いていない。
逃げ惑い、泣き叫び、混乱が際限なく広がっていく。
これほどの規模の爆発事故ならばすぐに救急車が来る筈だ。その数分の間に、自分にできることをしなければならない。
「メイっち……」
「喋るな、アホ!」
先ずは実里の服を脱がせて火傷を負った箇所を確認する。
メイは『針』を指の間に呼び出し、刃物の代わりにして実里の着ている制服を裂いた。
そこで火傷は背中だけでないことを知る。肩に、腕に、尻に、大腿に……とにかく背面という背面に広がっている。
絶望が込み上げてくる中で泣き出しそうな自分を必死に抑え込む。
「大丈夫、助かるから! すぐに救急車が来るから!」
患部を冷やすことは可能だろうか?
周囲を見回すと、運送会社の建屋が見えた。その出入り口の近くには水道がある。
背の高い実里を背負い、メイは移動しようと一歩を踏み出す。
そして……進路を遮るように誰かが立っていることに気付いた。
「どいて下さい! 怪我人が通りますから!」
メイの声掛けに、そいつは全く反応しない。
年齢は高校生くらいだろうか。華奢な女である。
前を閉じたパーカーを着ていて、ホットパンツに長い脚を通していた。
顔は赤かったが、それは元が幽鬼のように白いのを炎が照らしているだけ。
しかも黒いマスクをして顔を半分隠している。
「まさか……」
クイーンから告げられた情報が頭の中で組み上がっていく。
敵はジガ、ヒガ、ボウガという3つの人格を宿した少女だ。これらの人格はある条件を満たすと他人に移植できるらしい。
このうちジガはR崎高校が仕留め、ヒガは吾妻静流が倒している。残るボウガはヒガと同じ肉体に居たため死んだ……と思われていた。
あの気紛れな暴君は、最後の怪物をこう呼んでいた。爆遁を扱う『言わざるボウガ』と。
(見ざる、言わざる、聞かざる……って馬鹿じゃないの!?)
頭の中で危険信号が点灯する。
推測の域を出ないまま、頭が回転していく。
もしもヒガがクイーンを襲う前に誰かにボウガの人格を移植していたとしたら?
(馬鹿が!)
考えている暇は無い。黒だろうが白だろうが、邪魔なものは邪魔だ。
メイは実里を下ろして『針』を抜き放つ。
スラリと刀身が伸び、瞬時に両刃の剣へと変わった。
ただし片側だけ規則正しく欠けてスリット状になっている。
所謂、
「……」
そいつは、マスク越しに溜息を吐いたようだ。
メイに向かって冷めた目を向けてくる。
しかし言葉はかけてこない。
「お前はボウガか?」
「……」
「電車を爆破した犯人もお前?」
「……」
「答えたくないならそれでもいい。けど、そこを退きなさい。でなければ斬る」
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