第22話
ターゲットは見事に喰いついている。
葉山メイ含め6人のR崎高校仲良しグループは、敵に勘付かれない一定の距離を保ったまま駅の北に広がる氷見神社の境内へと侵入した。
立地の割に広大な敷地を持ち、県内で初詣客がもっとも多い場所である。
日中は散歩に訪れた老人や走り回って遊ぶ子供で人が絶えないし、常緑樹もバラエティ豊かで緑も多い。
さらに、池に沿った道を進めば競輪場と球技場が隣接している。週末ともなればちょっとしたお祭りでもやっているかのように賑やかだった。
それが夜となった今では嘘のように静まり返っている。ほんの1kmほど西で新幹線と大東鉄道新都心線とJR各線が通っているのが嘘のようだ。
(神社って、神さまが降りてくる舞台だっけ)
息を潜めて、メイは下宮から中宮を伺う。朱塗りの門の向こうへ気配が消えたのを確認して後に続く。
神聖な場所を血で穢すのは忍びないが、逃さず確実に仕留めるためだ。
(ちゃんと掃除してから帰るから、許してください)
大して信心深くもない。けれどバチが当たりそうな気がする。
お賽銭に500円玉を使えば大丈夫だろうか。
(余計なことを)
頭から余所事を締め出し、暗い中を目で状況確認した。
いくつか立てておいたプランのうちのひとつ通りに事は進んでいる。
リーダーの天音実里は、大雑把そうに見えて演技派だった。
見事に「ジガの影に怯え、常に『針』を出して警戒している女子生徒」という役回りを演じきっている。
大方の予想通り、そんな状態で駅近くを徘徊していたらジガに発見された。追跡されることまで織り込み済みである。
セーラー服を着た実里は足早に上宮の前に達すると背後を振り返った。
その後を、音もなく砂利を踏み付けながらジガが続く。
メイは気配を読み、全ての準備が整ったことを悟る。他のメンバーも同じように気付いている筈だ。
(あとは実里を信じるだけ。絶対に負けたりなんかしない)
決行前のブリーフィングでは「手出し無用」と念押しされている。
実里の実力を疑うわけではない。あの霧生楓とやり合える『針』持ちは彼女を置いて他にいないのだ。
実里はスーッと息を吸い込み、ゆっくりと吐いてみせる。
これまでの怯えて逃げていた状態からスイッチを切り替えたのだ。
パーカーにヘッドフォンをしたジガは少し驚いたように見える。
「もしかして、釣られた?」
声が反射してよく聴こえた。
アニメの声優さんみたいな声をしている。
それも自分が推している声優さんと似ていて、メイは苦々しい顔になった。
「そういうことっすね」
「追いかけっこが楽しくて気付かなかった〜」
ガックリと項垂れるジガを尻目に、実里は『構え』を作る。
漆黒のリングを嵌めた両腕を胸の前で交差させ、肩幅まで足を開いて地を踏む。
「戦う前に、少し話をしてもいいっすか?」
「いいよ。退屈な平和議論じゃなければね〜」
「今日の夕飯は何を食べたんっすか?」
「……それって関係あることかなぁ」
「人肉をハンバーグにしてミディアムで焼きました、とか言って貰えると戦いやすいんっすよね。ほら、邪悪っぽくて」
「残念。ハンバーグは正解に近いね。K塚公園の向かいにあるハンバーガー屋さんで夕餉にしたからなぁ……」
「そうっすか。そこ、あんたが殺した娘がバイトしてたとこっすよ」
「知ってるよ」
「助かったっす。すごく殺り易い」
交差した両腕を降ろして腰の高さへ。そして身体と平行に円を描くように大きく、ゆっくりと振る。
「あなたの『針』って、どうして腕輪の形をしているの? 普通は尖っているものだよ」
「和を以て貴しとなす……ということっすよ」
「その輪と、あの和は違うと思うけどなぁ」
「浅学で申し訳ないっすね。テキトーなこと言っただけっすから」
只ならぬ気配が伝わったのだろう。ジガは突っ立った姿勢から腰を落とした。
手首を軽く振ると、彼女の手の中には手品のように柄が現れる。
闇に閃いたかと思うと次の瞬間には刃渡り90センチほどの刀身が伸びていった。
「変身」
短く、実里は告げる。
両腕の黒い輪は瞬く間に糸のように解けて全身を覆った。
関節部は身体のラインに添い、大腿や両腕や胸部は分厚く線を重ね、実里のシルエットはひとまわり大きくなる。
頭部をフルフェイスのヘルメットで完全に多い、一切の肌を露出しない姿となった。
「すごい、すごい。あなたの『針』は特撮ヒーローなんだね」
『この姿になったら手加減はできないっすよ』
くぐもった実里の声にジガはニンマリと笑ったようだ。
あれを見る度、メイは頭痛を覚える。
日曜日の朝や家電量販店のおもちゃコーナーでよく見かける格好そのものだ。
もっとも実里の『針』は全身をブラックに塗り、差し色として稲妻のような赤いラインを入れているため悪役っぽいのだが……
リーダーの男子児童っぽい趣味を矯正しようと試みたこともあったが、結局は無駄に終わっている。
(そもそも『針』は目立たず力を振るうことに向いているのに……)
表現は悪いが『針』は暗殺向きの力だ。
金属探知機に引っかからず、コントロールさえしておけばコンパクトで(実里の場合は制御してなおあの姿である)、銃やナイフのような証拠を残さずに殺すことができる。
それらを全てスポイルしたのが天音実里だ。
わざわざ夜の神社の境内まで誘導したのは、そんな力を存分に振るうためである。
(本当なら採石場にでも連れて行けばいいんだろうけど……)
本物の特撮ヒーローのようにはいかない。望むべくもない。
メイが諦めていると、戦いの火蓋が切って落とされる。
フルアーマーモードの実里の動きは俊敏で、硬く、鋭い。
ジガの日本刀の太刀筋でさえ籠手で弾いてあっという間に身体と身体がぶつかるほどの接近戦に持ち込んだ。
密着して肩を押し込み、吹っ飛ばしたらそれを空中で追って蹴り上げる。
もともと『針』持ちの身体能力など常人が遥かに及ばないほど高い。
実里はそれすら超えて、あまりに物理法則を無視するので傍目にはマンガかアニメでも見ているような気分になる。
(ま、流石は私たちのリーダーってことか……)
結局、メイを含む6人に出番はない。
実里に殴打されたジガが生き絶えるまで、そう時間はかからなかった。
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