第19話
自分たちのリーダーがアホであることは重々承知していた。
高校入学から今日まで様々な逸話を残し続けているが、留年のかかった期末テストの前日に近くを流れるドブ川でザリガニ釣りをしていたというエピソードひとつで彼女の性格は説明できる。
その当時「どこの田舎の女子高生だ」とツッコミを入れたのはR崎高校の仲良しグループで参謀を務める葉山メイだった。
そもそも16か17の年頃の女の子が小学生男児が興味を持つような分野でウロウロしていること自体おかしい。
リーダーこと
生真面目すぎても駄目であり、派手でもいけない。ソックスとスカートの長さの黄金比を追求し、肌を丁寧にケアし、その上で睡眠を十分にとってクリアな思考回路を維持した。
その結果、どういうわけかボブカットの一房だけを綺麗な真紅で染めている。ファッョンに対してあまりに迂遠に考えていることをストレートに指摘したのは実里だけだった。
そんな2人のやり取りを残りの5人のメンバーは眺めている。
メイは形から入るタイプで、わざわざ学校の理科室を借りてブリーフィングを始めていた。加えて本人はセーラー服の上に白衣を重ねて着ている。
黒板の前には腕組みをして堂々と立つ実里と、それよりも頭ひとつ分だけ背が低くて華奢なメイが並ぶ。
「というわけで、このアホのせいでジガを討伐しなければなりません」
「メイっち、本人の前でアホ呼ばわりはどうかと思うっすよ?」
「実里は霧生先輩が『死ね』といったら喜んで死ぬんでしょうね」
「もしかしなくても怒っているっすね……」
「当たり前です! 厄介なことばかり安請け合いして!」
「で、でも……! 困った時はお互い様って言うじゃないっすか!」
「本家の連中が分家の私たちにしてきた仕打ちを忘れたのですか!?」
ここで指している本家とは、クイーンを擁する仲良しグループのことである(つまりは夜月や静流、楓の所属する集団のことだ)。
それ以外の学校の仲良しグループは『針』の力を与えられた生徒が集うとはいえ、分家という扱いに甘んじて一段低く見られている。
R崎高校は7人しかメンバーがいないため規模が小さく、その中でもさらに軽んじられていた。
少なくともメイはそう感じている。
(そのせいかは分からないけど、今までジガの被害に遭ったのは本家の生徒だけね)
リーダーがアホなので代わりに参謀である自分が自衛策を考えなければならず、積極的に他校から情報収集した。
そこで見えてきたのは、今回のジガとかいう化け物に狙われているのは明らかにクイーンを擁したグループだけなのである。
メイは忠義に厚いわけではないため、自分たちが脅かされないのであれば黙って見過ごすつもりでいた。
この先の人生で異能の『針』など無くても生きていける。大きな力を失ったことに対するショックはあるかもしれないが、少なくとも得体の知れない敵とコトを構えて殺されるよるは遥かにマシだ。
それと同時に、こうなる予感もしていたのである。
実里の性格を考えれば致し方ない。
(
決してメイの持ち物ではないが、少なくともリーダーを管理している自負はあった。
それは他のメンバーも同じで全員が実里の面倒を見ている。
この7人の中で……ドラゴン七人衆とかいう極めてダサいネーミングを実里が勝手に付けてしまった中で、戦闘能力はリーダーがブッチギリだった。
強靭なバネを備えた天性の身体能力に、普段の頭の悪さが演技ではないかと思えるほどの勘の良さ。それに人望もあった。
他校の仲良しグループが事実上、いじめの温床になっているのに対してR崎高校は嘘偽りなく『仲良し』の7人が集まっている。
それ故に結束が強く、いざ戦うとなれば連携もとれた。
「というわけでアホの尻拭いをします。今日集まってもらったのは、ジガという敵に対する推定を全員で行うためです。得られた情報は少ないかもしれませんが、事前に出来るだけの備えをしておきましょう」
黒板に白墨を走らせ、メイは『ジガ討伐作戦』と主題を書き出す。
その後に現在分かっているだけの情報を並べていった。
被害者の名前の後には括弧を付けて死亡と行方不明と付け加え、その際の状況まで示しておく。
「現時点でジガと戦って無事が確認されているのは、霧生先輩だけです。その霧生先輩ですらジガを取り逃がしています。これだけで油断ならない相手だということはつたわったと思います」
あらかじめ分割プリントしておいた地図を張り出し、これまで敵が出現した地点も示した。南北に渡って線路が走り、その西側には高速道路と国道バイパスが通っている。他は建物が密集していて、北側には広大な敷地の神社と鉄道博物館があった。
いずれも行動の中心となっているのは駅である。
「ジガが現れた場所についてですが……」
実里を含めた全員がメイの話に聞き入った。
一通りの説明が終わると、R崎高校の作戦概要に移る。
「以上より、こちらからジガの潜伏場所を見つけて攻撃を仕掛けるのは難しいと思われます。人数が足らないのも勿論ですが、敵は自分の借りていたホテルを爆破して逃げるような輩です。迂闊に敵陣に踏み込むことは可能な限り避けたいところですね」
一同、顔を見合わせて互いに頷く。
意見は一致しているように見えたが、実里だけが眉間にしわを寄せて唸っていた。
「リーダー、何か問題でも?」
敢えてリーダーと呼んでやると実里の顔が少し明るくなる。
ちょっとアホ呼ばわりし過ぎたかなとメイが反省した矢先……
「でもジガってあんまり強くないっすよね? どっちかっつーと、弱いというか」
これである。
実里を除く6人から深い溜息が漏れた。
これまで10人以上もの蜂を殺してきた相手を言うに事欠いて「弱い」である。
「本当に弱いなら、クイーン直轄の本家の連中が苦戦しないでしょう?」
「いやいや、そういう意味じゃないっす」
「じゃあどういう意味だか説明しなさいよ、リーダー」
「ジガは基本的に自分より格下の相手にタイマンでしか戦っていないんっすよ。悪く言うつもりはないんすけど、最初の犠牲者の藤沢さんってのは働き蜂っすよね。その次の吾妻さんは兵隊蜂だけど霧生先輩よりは弱いっす。例外として、吾妻さん失踪の翌日に守口さんに吹聴された2人が行方不明になっているっすけど、この人たちは辛うじて『針』持ちといったレベルっす」
「PAPAホテルのときは、兵隊蜂が集合していたという話ですよ?」
「それっすよ。ジガはアジトという地の利を活かしてフロアごと爆破して一網打尽にする作戦に出ているっす。その結果、屋上に脱出した霧生先輩に見つかって戦う羽目になったっす。ジガはタイマンにも関わらず、このときだけは逃げ出しているっす」
「……」
「しかも霧生先輩はジガを生け捕りにしようとして手足を狙った《死突》しか使っていないっす。もし最初から殺すつもりで心臓を狙っていたら……」
「そこでジガは倒れていた……と?」
「あくまで想像っすけどね」
一理あった。これまでの状況を照らし合わせると、ジガは絶対に勝てる戦いしか挑んでいない。
クイーンのことを女王蜂と呼んで着け狙っている癖に、周囲を護衛で固めている彼女へは手を出してはいなかった。
当たり前と言えば当たり前である。命がかかっているのだから勝ち戦しかしないつもりだろう。
裏を返せば、正面切って戦うことさえできれば……
(実里なら勝てる、か)
だから「弱い」というわけか。
意識したのかしないのかは不明だが、データを分析した実里なりの答えなのだろう。
こういう直感的な部分で劣ることをメイは自覚している。
「もうひとつあるっす。ジガはある時期を境にして、殺しの手口を変えているっす。霧生先
輩と戦ったときまでは間違いなく刃物と爆弾だったんすけど、つい先日に襲われた立花さんのときは無傷のまま死なせているっす」
「たまたま違う方法を選んだだけじゃないですか?」
「メイっちは、何枚かカードを持っていたら全部の絵柄と番号を相手に見せないっすよね」
「それは……」
対処できるのであれば、同じ手段を使う。そうでない場面に遭遇したときは隠し札を切る。少なくともメイならそうした。
これだけ大胆そうで、実は慎重に動いているジガも同じだろう。
立花蕾夢の『針』はアンテナだったと聞いている。戦闘員でない相手を、わざわざ普段と違う方法で殺す理由も無い。
「殺し方が変わった理由は分からないっすけど、少なくとも直線的な相手ではないことは肝に命じた方がいいと思うっす」
「分かりました。では、今のリーダーの指摘に反論のある方はいますか?」
会議の音頭をとると、皆から意見が飛び出す。
それらを丁寧に拾い上げ、検証し、もっとも正確と思われる答えに導く。
回り回った議論はどうにも実里の直感が正しいことを示していた。
(これもまたいつものパターンか……)
本当に優れていると感心した。
天然だが
神様は迂闊にも、鋭い牙とよく効く鼻を持つ肉食獣の身体に、飼い犬のような丸っこい精神を入れてしまったらしい。
こうしてドラゴン七人衆のジガ討伐方針が決まった。
実里を囮として使い、他は2人組になって駅の繁華街を中心に捜索をする。
食い付いてきたジガの退路を6人で塞いでリーダーとのタイマンに持ち込む。
楓とほぼ同等の実力を持つ彼女であればジガを打ち破ることができるだろう。
もしも窮地に陥ったのなら、例えジガを取り逃がすことになっても助けに入る。
(実里を死なせたりはしない。絶対に)
メイの決意は硬い。それは他のメンバーも同じだ。
マイペースで五月蝿くて、けどお人好しで、分け隔てなく皆に優しく接してくれる……そんな天音実里は心から愛されている。
当の本人は気付いているかも不明で、会議で疲れたと言い出して放課後の買い食いプランを提案してきた。
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