第17話

 その日、立花蕾夢たちばならいむはアルバイト先で体調不良を訴えて早退したらしい。

 何を思ったのか彼女は家があるのとは別の方向へ……つまり、駅の東側のアーケード街へ足を運んだ。

 そこで心臓発作を起こして亡くなったそうだ。



 遺体は傷一つなく綺麗なものだったが、死の間際に相当苦しんだようで凄惨な表情を浮かべていたという。

 霧生楓はそれが真実でないことを知っている。その上で働き蜂たちにジガの捜索を再開させた。



 しかし、クイーンに対する忠義で得た『針』とはいえ、死の臭いに接しすぎた仲良しグループの足並みは乱れている。

 中には脱退を試みたり、警察組織に相談を持ちかけようとしたり、不埒な考えを起こす者まで出てきた。



 そうやって堕落したメンバーは直々に『浄化』し、悪い氣を祓ってやる。

 勿論、それで全員が立ち直るわけではない。中には守口架純のように不登校になって顔を出さなくなる輩もいた。

 クイーンの呼びかけで行われた緊急の会合は蕾夢を襲撃したジガを討つために中断され、結局は何も決まっていないままである。


「センパイ、こんなトコに呼び出して何の用っすか?」

「相変わらず言葉遣いがなっていませんね、実里」

「そうっすか? 自分、礼を尽くして喋っているつもりっすけど」


 大東鉄道新都心線の高架線の下にある駐輪場で、楓は天音実里あまねみのりと待ち合わせをしていた。

 黒髪を結わえ、凛々しい面立ちの楓に対して実里は見るからにだらしない。

 制服のシャツがはみ出てネクタイも緩め、僅かだが胸の谷間も見えている。

 それでいて髪の毛は赤とも茶色とも云えぬ微妙な色で染めていて、釣り針の先端のように跳ね上がっていた。



 サドルは埃だらけ、タイヤはパンクしていて、ホイールもスポークが曲がっている。

 そんなガラクタ自転車が端に積み上げられている場所だ。2人の他には当然、誰もいない。

 遠目にはマンションが見えるものの、隣接した土地は草が生え放題になっていた。

 その頭上を電車が通る度にレールから規則正しい騒音が響く。


「もしかして、自分をシメるつもりっすか?」


 実里が困ったように眉を下げる。そこに怯えの色は全く無い。

 信用されていないことに苦笑いし、楓は首を振った。


「お願い事があって呼び出しました」

「あー……だいたい察しがつくっす」

「話が早くて助かります。どんな手を使っても構いません。ジガを討って下さい」

「やっぱそうですよねぇ。そりゃ世話になったセンパイに命令されれば、鉄道博物館に置いてある新幹線の生首だって盗んできますよ。でもいいんっすか? 自分は他校生っすよ?」


「苦しい実情を話してしまえば、私たちの仲良しグループは瓦解しつつあります。既に10人以上の仲間を殺されていますからね」

「センパイはそういうのにショックを受けないんっすね」

「衝撃的なのは確かですが、クイーンが狙われている以上は落ち込むのを後回しにすべきです」


 果たして、こんな持論で実里が動いてくれるだろうか。

 切れるだけのカードはもっとある。だが楓としては、統括しているのがクイーンとはいえ他校の仲良しグループに頼りたくはなかった。厳密に言えば命令系統が違う。



 それに自らの身に降りかかった火の粉を払えないのを認めるのは精神的にも厳しい。

 しかし、実里を頼ったのはクイーンの身を案じてのことだ。

 今は楓を含めた選りすぐりの『針』持ちで身辺警護をしている。

 守りは固いものの、いつ攻めてくるか分からない相手を待ち続けるのは焦れて仕方なかった。


「クイーンの警護と、ジガの討伐は並行して進めるべきです。そのために外の戦力に頼る決断をしました」

「確認なんっすけど、クイーンはセンパイの作戦にOK出してるんっすよね?」

「私はジガに関するトラブル解決を一任された身です」

「りょーかいっす。自分ら、R崎高校の仲良しグループはジガ討伐班ってことで動きますね」


 ビシっと敬礼してみせる実里だったが、手の角度が変で様になっていない。

 あとは伝えるべき情報を、きちんと伝えておく。

 敵の外見は勿論、これまでの行動や戦闘スタイル……恥を忍んで《死突》を3回打ち込んでも倒せなかったことも打ち明けた。

 特にメモをとるわけでもなく頷いていた実里は、額に指を当てて唸り出す。


「なんか、妙っすね」

「どのあたりがですか?」

「最初にセンパイが戦ったジガと、最後に立花って生徒を殺したジガってみたいに思えて」

「まさか……ジガが複数人いるなんてことはないでしょう」


「仮にっすよ。そいつが自己申告通りにニンジャだったとして、PAPAホテルにいたジガAは刃物と爆発物を使ったわけっす。でもアーケード街で見つかった遺体って外傷なしっすよね。ジガBは殺し方を変えた」

「人目につくのを避けるためでしょう」

「ホテルのフロアを丸ごと爆破して何人も殺しているやつっすよ?」

「……」

「まぁ、もしかしたらそれだけバリエーション豊富な忍術をマスターしているのかもしれないっすね」


 仮に、ジガが2人いたと仮定する。

 これまでの経緯を踏まえてもそれは有り得ない。

 何故なら、敵は人手があるというメリットを享受してないのだ。

 本当にクイーンを探すのなら二手に別れれば2倍の効果があった筈である。


「不確実なことを推測だけで進めても意味はありません。実里、まずはジガ討伐からお願いします」

「任せておいてくださいよ。センパイの期待に見事に答えるっす!」


 これで少しだけ安心材料が増える。

 実里は、楓に匹敵する『針』持ちだ。彼女の周りにも凄腕が集まっている。

 R崎高校の仲良しグループは武闘派として知られていた。


(長引かせると、夏休みになってしまいますね。なんとしても一学期中にケリをつけたいところです)

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