第15話

 クイーンの配下となっている女子生徒……つまり全ての蜂は例外なく『針』を持っている。『針』とは本来、刺すための武器だ。その性質は様々で、手にした者に合わせて最適化されたり、成長したりする。



 だから攻撃に向いた者は兵隊蜂として重宝された。霧生楓きりゅうかえで然り、吾妻静流あずましずる然り……彼女たちは『針』持ちと呼ばれる。ただし、静流に限っていえば生意気な態度のせいで、グループ内の地位は例外的にワーストに位置していた。



 その一方で、とてもではないが戦闘に使えないような『針』の所持者は働き蜂に分類されて雑用を押し付けられ、見下される。

 ややこしいが戦闘向きでない人員=非兵隊蜂は『針』持ちと呼ばれない。

 異能の力であっても当たり外れがあるのは何とも皮肉な話である。


(あ~、サイアク)


 所謂、ハズレの能力を引いてしまった立花蕾夢たちばならいむもその1人だ。

 K塚公園の暴行事件に始まって、PAPAホテルの原因不明の爆発が続いているせいか駅の西口には人気がない。そこかしこに立っているのは警官ばかりである。

 十字路を挟んで向かい側がK塚公園、斜向かいの百貨店の奥にあるのがPAPAホテルだ。

 そんな立地のハンバーガーチェーン店が影響をモロに受けているのは仕方がないことだろう。



 平日の正午に暇を持て余した蕾夢は、派手なストライプのユニフォームにエプロンをあてがった姿で惚けながらレジカウンターに待機している。

 バイトマネージャーが見たら激怒するだろうが、幸いなことに今は店の奥に引っ込んでいるからだらけ放題だ。

 蕾夢は不登校児だが仲良しグループに属しているし、代え難い能力の『針』を持っているおかげで重宝されている。

 男のモノをしゃぶるしか能のない最底辺の藤沢夜月と比べてしまえば、働き蜂の中でも格別に待遇が良かった。



 PAPAホテルに滞在しているジガを見張っていられたのも、蕾夢がいたからこそである。

 クイーンが緊急で開いた会合に「今日はバイトがあるから」と不参加を表明できるのもその特権故だった。でなければ楓に斬り捨てられている。

 だが今は自身の『針』の存在を呪っていた。


(近付いてくるなっつーの)


 緊張感は決して表面に出さない。あくまでダラけているフリだけでよかった。

 いざとなったらバイトのユニフォームを脱ぎ捨ててでも逃げ出す覚悟である。

 相手は静流を倒した上に、楓の剣からも逃げ延びたほどの凄腕だ。

 逆立ちしたって勝てるわけがない。


(ダメだ。完全に圏内。おまけに会合とやらでみんな一箇所に集まってて、近くにいない。詰んだわコレ)


 蕾夢の持つ『針』はアンテナだった。

 攻撃能力こそないものの、特定の生体波長を持った人物の接近を感知できる。

 駅の西側には等間隔にアンテナを配置してあった。

 そして拾う周波数は……ジガのものである。1度でも姿を見た相手であれば、その生体周波数を記録できた。

 仲良しグループのメンバーが4人も失踪した後、彼女を追っていた蕾夢は直に姿を確認している。それ以来、ずっとマーキングしてきた。

 つまり、蕾夢はクイーンからの厳命で駅の西側を見張っているのである。


(逃げると逆に不自然か。でも気配で働き蜂だってバレそうだし)


 どうせ客など来ない。

 意を決した蕾夢は急な腹痛を装い、裏口へと続く通路の椅子でスマートフォンをいじっていたバイトマネージャーに「具合が悪いので早退します」と告げてロッカーで着替える。

 引き止められても無視して荷物を纏めると、従業員用の出入り口から細い路地へと飛び出した。



 目を瞑れば周囲の地形が浮かぶ。それとアンテナの反応を照らし合わせ、おおよそのジガの位置を確認した。

 どうやら大栄橋方面から近付いているらしい。銀河劇場の横を通ってK塚公園の方へ向かっている。その途中には蕾夢のバイト先であるハンバーガーチェーン店があった。


(遊歩道から駅の構内を抜けて東口に出る。流石に人混みの中じゃ仕掛けてこないでしょ)


 駅の西口から、さらに西へ向かうのは愚策だ。首都高と国道バイパスが通ってはいたが車もバイクも持っていないから逃走には不向きである。

 しかし東口側にも懸念があった。あちらはノーマークで、蕾夢の『針』は展開していない。

 この場合は自分自身が『針』を持つことで周囲100メートル程度であれば接近を感知できるのだが、延々と追い回される展開も考えられた。


(ほんと、サイアク)


 遊歩道から駅の南側の西口へ。

 北改札・南改札の間を通り抜けて北側の東口へ。

 ここから先は飲屋街のアーケードがある。この時間ならば店は空いていないので人が少ない。勿論、追跡される身としてはありがたくなかった。


(さぁ、どう出る?)


 そもそもジガが蕾夢を狙ってやって来たとは限らない。

 何らかの理由で通りかかっただけということも考えられる。

 そうであればどれだけ幸せだったことか。

 アンテナはジガの気配を捉えて離さない。敵は遊歩道を渡り、駅の南側の西口を通った。


(ジガのやつ……大栄橋方面から来たのに、同じ方角へ戻っている。ダメだ。狙われている)


 早足で歩きながらスマホを取り出し、グループトークを開いた。

 楓からの厳命により使用が禁止され、通話か口頭かのどちらかしか連絡はしないことになっている。

 しかし、細かいことを気にしている場合ではない。仲良しグループ全員に、一斉に知らせる方法はこれしかないのだ。


『ジガに追われています』


 文面は短く。その後にGPSの位置情報を送った。

 すぐにレスポンスをしたのは楓である。


『直ちに向かいます。それまで持ち堪えてください』


 随分と無茶な注文だった。

 何度も言うが『針』は持っていても、戦える『針』でなければ『針』持ちとは呼ばれない。

 蕾夢は非戦闘員だった。

 けれどクイーンへの忠義はある。

 ただの不登校児だった自分に声をかけてもらえた。彼女は親や教師のように、学校へ行くことを強要してこない。

 ギスギスしたいじめが横行する仲良しグループだったが、一定の距離を置いたはぐれものの蕾夢にとっては居心地が悪くはなかった。


「あぁ、やっぱサイアク」


 果たして、どれくらいの時間を稼げるだろうか。

 閑散とした飲屋街のアーケードの先に、そいつは無慈悲に突っ立っていた。

 前を閉じたパーカーに、やたらと太い脚をチラつかせるホットパンツの少女。

 最大の特徴といっても過言ではないヘッドフォンは何故か外している。


(雰囲気そのものが前と違う)


 緊張で喉が渇いた。

 心中を見透かしたそいつは眼を閉じたまま、にこやかに笑う。


「あなた、働き蜂ですね?」


 品のある静かな声が動揺を誘う。

 呑まれて腰を抜かすようなことはしたくない。

 最大の抵抗をする。その間に、楓たちが到着してくれる筈だ。

 そう信じて蕾夢は『針』を呼び出し、ナイフのように手で握って構える。


「そういうお前は誰?」

「申し遅れましたね。私はヒガ」

「……ジガじゃない?」

「些細な違いですよ。薬指と小指くらいの差です。程度問題ですね」

「サイアク。意味分かんない」

「それで結構です。知ることに意味なんてありません。ここで終わりなのですから」


 ヒガと名乗った少女は薄く目を開いた。

 その不気味さに震えながらも立ち向かう。

 ここで自分は殺される。そんな絶望的な予感に、立花蕾夢は最期の最期まで抵抗した。

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