第11話
ジガ捕縛作戦の要項が纏まり、ブリーフィングを終えた仲良しグループのメンバーはPAPAホテル周辺を包囲していた。
といっても、側から見れば普通の女子高生なので別段目立つわけではない。近くのカフェでたむろしていても通りすがる誰もが気にしていなかった。
目的のフロアからジガが動いていないことは働き蜂の偵察から分かっている。
同じ頃、退路を断つために外階段からも『針』持ちの生徒たちが駆け上がっている。
そして8階。
楓はエレベーターの扉が開いた瞬間、空気が変わったのを察する。
ホテルの廊下にはおおよそ似合わぬ血の臭いが混じっていた。
護衛に付いている『針』持ちの生徒たちも緊張感を高めていく。
ジガが滞在している部屋は再奥だ。しかし、このフロア全てがジガによって借りられているという情報も掴んでいる。
どの扉から敵が飛び出してきてもおかしくはない。
スマートフォンを取り出し、グループトークを確認した楓は己の『針』を呼び出す。
漆黒の刀身を持った武器が現れるとそれを正眼に構えた。
「筒抜けのようですね」
楓がポツリと漏らしたセリフに、取り巻きの女子生徒たちは困惑の表情を浮かべる。
「藤沢さん、吾妻さん、御岳さん、鈴原さん。現在連絡がとれないのは4名です。つまり、グループトークの既読数はメンバーよりも4人分少ないということですね。少なくとも学校を出るときまではそうでした」
忌々しそうに吐き捨てると、手近にあった部屋のドアを『針』の切っ先で撫でる。
斜め45度に切断されたペラペラの板は蝶番にぶら下がったまま軋んだ。
怪訝な顔で取り巻きの1人がスマートフォンを取り出し、アプリを立ち上げると「あっ」という声をあげる。
行方の分からなくなっていた吾妻静流がトークに参加してきたのだ。
ただし、書き込まれている内容は彼女から出たものとは思えない。
嘲るような豚のスタンプを押して「女王蜂は来ていないんだね」と。
続けてもう1文が付け加えられる。
『なら吹っ飛ばしちゃってもいいよね』
反射的に楓は駆け出していた。
エレベーターの隣にある階段へ滑り込み、頭を防御して7階の踊り場まで転げ落ちる。
刹那、8階のフロアに爆炎が伝搬していく。全ての部屋のドアが粉微塵に吹き飛んで、壁も天井も全て巡れ上がっていった。
猛る炎の渦はあっという間に仲良しグループのメンバーたちを呑み込んでしまう。
声にならない悲鳴が聞こえ、肉の焼ける臭いがする。
ヒトの形をした消し炭がヨロヨロと歩き、階段を踏み外して楓の前に転がり落ちてきた。
原型をギリギリ留めたそれが取り巻きの1人だったことに間違いはない。既に息は無かった。
「影夜叉」
愛刀の名を呼び、楓は階段の壁を丸く切り抜く。
分厚い鉄筋コンクリートすら物ともせず、瞬時に外界への出口が空いた。
飛び出した楓は眼下の混乱を尻目に、PAPAホテルの最上階へと外壁伝いに登っていく。
非常階段も崩れていて、待機していた仲良しグループのメンバー達が必死に手摺にしがみ付いて落下を免れているのが見えた。
(なんと無様な……)
楓に感情は沸かない。90度の垂直も意に介さず、地面と同じように両足で踏み締めて駆け上がった。
研ぎ澄ました神経で周囲を探ると隣接した百貨店の屋上から視線を感じる。
ホテルの方が背が高いため、ちょうど建物の縁から見下ろす形になった。
パーカーの少女がそこにいる。
(あれがジガ)
今度は壁を駆け下りて、ガラス窓を蹴って百貨店の屋上へと飛び移った。
そこはもともと封鎖されていたらしく、ジガと楓以外には誰もいない。
どういうわけか社と鳥居があって、その前でニヤニヤ笑いの少女がこちらを見ていた。
口元を引き締めて対峙し、影夜叉を正眼に構える。
「すごいね。それがあなたの『針』なんだ」
どこか嘲っているかのようなジガの足元には人間の腕と、型落ちのスマートフォンが転がっていた。
両方とも吾妻静流のものであることに疑う余地はない。
「吾妻さんの指で指紋認証をクリアして、彼女のスマートフォンを使っていたのですね」
「ダメだよ〜 誰が見てるかも分からないところで作戦会議なんてしちゃうのは」
「耳の痛い話です。以後は注意しましょう」
「仲間を助けに来たんじゃないの?」
「えぇ、そうです。しかし、この様子だと所在を聞くだけ無駄でしょうね」
「じゃあどうする?」
「貴女を捕らえます。ただし、四肢を斬り落としてから」
「おぉ、怖い」
戯けたジガは足元にあった静流の腕を、楓めがけて蹴り飛ばした。
手にした影夜叉で飛来物を一刀両断すると瞬時にジガが間合いを詰めてくる。
恐ろしいほど速い。下がった切っ先を元の位置に戻しているヒマは無かった。
しかし、迎撃は可能である。
影夜叉の刀背からハリネズミの如く、黒い線が伸びていく。
ジガは両足でブレーキをかけて踏みとどまり、剣山へ突っ込まないように回避行動をとった。
その代わり地面を蹴って高く飛ぶ。
(飛び道具……!)
楓の予想は的中する。
直ぐにバックステップでその場から退くと、金属光沢を持った紡錘形の物体が雨のように降り注ぐ。
そのうちの何本かは楓の舞い上がったスカートを射抜いた。
着地の隙を狙おうと影夜叉を構え直すも、ジガは空中で蹴り足を入れると予想していた落下位置と全く別の場所に着地してくる。
運動能力がまるでデタラメだ。クイーンから『針』を授けられた兵隊蜂でも、あんな風には跳躍できない。
「まるで忍者ですね」
「そうだよ。ジガはニンジャだよ」
皮肉を飛ばしてやると受け流される。
だが本人の口から忍者だと言われると素直に信じられた。
一体、どこにホットパンツを履いた忍者がいるというのだ。呆れながらも楓は笑ってしまう。
「貴女はクイーンを探しているのですか?」
「女王蜂だね。そうだよ」
「探し出して、どうするおつもりでしょう? お茶会に参加したいのであれば、こんな手荒な真似はしなくても誘って差し上げます」
「ジガは、止めに来たの」
距離は15メートルといったところか。相手の表情がよく見える。初見から変わらずニヤニヤした態度には腹が立つが、その程度のことで心乱す楓ではない。
しかし、「止めに来た」というジガに対して眉根を寄せてしまう。
「これ以上、哀れな蜂を増やしたくないの」
「……それは私たちのことを指しているのでしょうね」
「そう。哀れ」
足のスタンスを広げる。瞬時に影夜叉は消失し、上体を捻った楓は腰の辺りに両手を寄せた。
そこから抜刀の動作へ移る。全てがコマ落としのように見えるほど速い。
1度は消えた影夜叉が再び楓の手の中に出現し、切っ先が伸びて数十倍の長さに達した。
当然、ジガを狙っている。先ずは右腕だった。
どうにか回避したものの、パーカーの少女は初めて驚愕の表情を見せる。目を見開いたジガは肩口を深く斬られたことに気付き、反対の手で傷口を押さえた。
「私たちを、見下すな」
怒気を含んだ低い声を吐き、楓はまたも抜刀の動作に入る。その度に影夜叉は姿を消す。
体術に合わせて新たに『針』を生成することでリーチと速度を両立させた《死突》という必殺技だった。
これまで1発で仕留め損なったことはない。回避したジガはそれだけ超常的な敵だということが分かる。
「強い。すごく、強い」
素直な賞賛だった。今度の突きは右の大腿へと刺さる。肉だけでなく骨すら断つ感触が伝わってきた。
派手な出血でジガの顔色が一気に変わる。
それでも苦痛の色は滲んでいない。まだ動けるのかと、楓は警戒を強める。
(迂闊に近寄るよりも、この距離から《死突》で削り切る)
普段から剣道に励む彼女は油断しない上に強かだった。ここは道場ではないから、1本を取る必要なんて全くない。
動けなくなったところを連れて行けばいいのだ。
その真っ当で冷静な判断が裏目に出る。
「えっと、ボウガ」
ジガは虚空に語りかける。その間に3度目の《死突》が左肩へと突き刺さった。
崩れ落ちる身体が途中でピタリと静止し、奇妙な体勢で楓を見ている。
見えない棒で支えられているかのようだった。
「逃走だけ許可する。手は出しちゃダメ」
傾いた太陽が、影を引き延ばしている。
黒いシルエットはのっぺりとした平面から這い出てきて立体的な形を作った。
ジガは自らの影に包まれ、穴に落ちたかのように消えてしまう。
「なっ……」
流石の楓も絶句する。だが瞬時に感情を捨て、地を這う影めがけて『針』から《死突》を放つ。
影はドジョウみたいに全身をくねらせ、攻撃を避けたかと思うと壁伝いに百貨店の屋上から地上へと逃げ出した。
慌てて後を追って飛び降りた楓だったが、敵は既に人混みに紛れている。
空から降ってきた女子高生に大勢が奇異な目を向けた。PAPAホテルの爆発があったせいもあって、殆どが駅から遠ざかるように逃げている。
楓は舌打ちし、自分も人混みに紛れて現場を去った。
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