第8話

 仲良しグループのメンバーが立て続けに4人も行方不明となった。

 最初は藤沢夜月ふじさわよつき、次は吾妻静流あずましずる、その次は御岳涼子みたけりょうこ鈴原華絵すずはらかえ……



 このうち夜月以外は兵隊蜂であり、クイーンから『針』を授かっている。

 例え相手が拳銃を持っていたところで『針』持ちには敵わない。

 あれはただの女子高生に超常の力を与える代物である。クイーンの分泌するフェロモンが塗り込まれた逸品は人間の身体能力を飛躍的に向上させ、興奮作用が重なって精神力をも増強させた。



 しかも『針』は与えられた個人によって最適化されて性質や形状を大きく変える。

 静流の場合であれば強力な投擲武器となり、視界にさえ捉えられれば百発百中だった。その貫通力はコンクリートだろうが鋼板だろうか射抜く。

 それだけ大きな力を与えながらも自制心を両立させる。それがクイーンのプロデュース能力の高さだった。


「これは由々しき事態です」


 バレーボールを詰めたカゴや、畳まれたマットレスが重なる体育館倉庫に凛とした声が響く。埃の不快な臭いすら振り払う毅然とした口調だった。敢えて電気は付けておらず、小さな窓から射す陽光が床の一部分だけを照らしている。

 黒髪を結わえてポニーテールにした女子生徒は、すぐ隣で正座させられている守口架純を見下ろして睨む。



 架純は目隠しをされ、背後で両手の親指をタイラップで結び付けられていた。その上で轡を嵌められていて喋ることができない。恐怖で震えて鼻水を垂らす様は集まったメンバーの嘲笑をかっていた。


「今日、この場に『針』持ちの皆さんに集まっていただいた理由は分かりますね? そうです、我々の仲間が次々に姿を消しています。他校の仲良しグループから収集した情報によると『ジガ』という謎の人物が失踪に関わっているとのこと」


 1年生から3年生まで年齢もクラスも様々な女子生徒が三角座りをしている前で演説しているのは、グループの実質的なナンバー2である霧生楓だった。

 兵隊蜂でも実力は最上級で、剣道部に所属している。その『針』は漆黒の太刀であり、幾度となくクイーンを害する者を斬ったとの噂だ。

 楓は長身で引き締まった肉体を持ち、容姿端麗で所作も嫌味がなく優雅である。そういった意味では架純とは正反対の人物だった。生徒からの人気も高く、表の顔も広い。


「クイーンの命を受けて吾妻さんは、藤沢さんの捜索を行いました。そして消息を絶ちました。ここまでは致し方ありません。組織の頂点に立つ者の指示ですからね。何よりもクイーンは吾妻さんの高い戦闘能力を買っていました。ですが問題はその後です」


 正座させられている架純の肩がビクリと震える。

 楓は容赦ない殺気を彼女に向けていた。


「有ろう事か独自に『ジガ』の情報を仕入れた守口さんは、漁夫の利を得ようと御岳さんと鈴原さんを扇動しました。2人は敵が滞在していると思しきPAPAホテルへ向かい、同じように行方知れずとなっております。仲良しグループの末端でしかない者が勝手な判断で『針』持ちを動かし、その結果として貴重な戦力が失われました」


 ゆっくりと抜刀の動作をすると、楓の手の中には柄が現れる。

 その先では漆黒の刃が伸びていた。本人曰く、銘は影夜叉……楓が授かった『針』である。


「逐次、戦力を送り込む。これが愚かしいことだと解説するまでもありません。しかし、やられっぱなしではいられないのも事実です。今は『働き蜂』たちにジガの周辺を探らせています。情報が得られ次第、こちらの総力を持って敵を捕らえましょう」

「あの……あくまで捕縛が目的なんですか?」


 後ろの方に座っている女子生徒が手を上げて質問してくる。

 楓は少し間を置いてから返した。


「この作戦はクイーンによって承認されたものです。捕縛は彼女の意志です」

「も、申し訳ございません……!」


 口答えする形になってしまったことで、その生徒は顔面蒼白になる。

 しかし、追求はしなかった。ここで士気を挫くような真似はしたくなかったのである。


「客員は戦闘準備をしておくように。ブリーフィングの時間が決まったら再度の招集をかけます。それと、その前に……」


 楓が視線で合図を送ると、2人の女子生徒が立ち上がって架純を両脇から抱えた。

 そのまま体育館倉庫の外まで連れられて、バスケットコートの真ん中に放り出される。

 視界を塞がれている架純は状況を呑み込めておらず、轡のままフーフーと唸るだけだった。


「守口さんは浄化が必要です。内に溜めてしまった悪い氣を祓うため、みなさんで協力してあげましょう。さぁ、ボールを手に取ってください」


 呼びかけに応じて『針』持ちの生徒たちが次々に体育館倉庫から出てくる。各々は手にバスケットボールやバレーボールを手にしていた。表情は一様に仄暗い。

 これから何が起こるのか察した架純は芋虫のように這って壁際まで逃げる。


「私たちは仲間です。仲良しグループのメンバーです。間違っても『針』は使わないように。これは私刑ではありません。浄化です」

 口火を切ったのが誰かは分からない。

 あとは、延々とボールが飛び交った。

 架純はただ丸くなって耐えるしかできない。何も見えない状態で延々とボールをぶつけられ続け、顔も腕も脚も赤く腫れ上がっていく。



 メンバーは跳ね返ってきたボールを拾い、楓の顔色を伺いながら何度も何度も投げる。

 何十発、何百発もの緩慢な浄化の礫が架純を痛めつけていく。

 その度に身体を仰け反らせては呻いている。

 ここで庇ったりすれば、楓に刃を向けられかねない。誰もがそう考えていた。

 ヘマをした都合のいい生贄がいる。それだけで自分は助かる。仲良しグループの根底にある原理はまさにそれだった。



 やがて、楓が片手をあげて合図すると攻撃が止む。

 嗚咽を漏らしている架純の元まで歩んだ彼女は手にした太刀状の『針』を振るった。

 タイラップで縛られていた親指の戒めを切り裂いたのである。


「悪い氣は無事に祓われました。良かったですね」


 返事は無い。

 ただただ震えて頷くだけだった。


「ボールは片付けておいてくださいね、守口さん」


 静まり返った体育館に足音が響き、やがて誰もいなくなった。

 こっそりと居残っていた1人が架純の轡と目隠しを外し、足早に去っていく。

 結局、守口架純は2時間ほど横になったままだった。

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