第6話


 藤沢夜月は監禁3日目の朝を迎えていた。元の服は取り上げられ、貞操帯はL字に曲げたクリップで解錠されて脱がされている。与えられたのはChronicleという聞いたことのないマレーシア・ブランドのTシャツと短パンだった。サイズが大きすぎるために肩が出そうである。ちなみに下着は無い。

 座るにしろ歩くにしろポーズを気を付けなければ女性の部分が見えてしまう。そのため常に内股気味だった。



 アメニティのロゴから自分が閉じ込められているのは駅前のPAPAホテルだということが分かる。ただし、カーテンを開けることは禁じられているので外の様子は不明である。

 当然のように外部との連絡手段は絶たれていた。

 夜月は大きな溜息を漏らしてベッドの上を転がる。

 後ろ手に縛られているせいで何も出来ない。トイレは自力で何とかなるものの、食事は犬のように摂るしかなかった。



 床には水の入った皿と、砕いた機能性栄養食品が盛られた皿が並んでいる。

 死ぬよりは遥かにマシだ。しかし、いつ終わるとも知れぬ監禁状態は確実に精神を蝕んでいる。


(ジガは……大声を出したり暴れたりすれば「殺す」ってハッキリ言った)


 あのパーカーの少女は恐ろしい。

 おおよそ人間だとは思えなかった。

 ここへ連れて来られた後も『女王蜂』とやらについてしつこく聞かれている。

 しかし、夜月にはまるで心当たりがない。

 何度も「知らない」と答えている。それでも同じことを質問してきた。

 多分、今日も……


「おはよう」


 トーンの高いアニメ声に夜月の肩が震える。

 2人用の部屋に入ってきたのはジガだった。


「お、おはようございます……」


 怯えながら挨拶をするとジガは首を傾げて微笑む。表情の下に隠れているものが何なのか全く分からない。

 猫の機嫌をうかがう方がまだ簡単だった。

 ジガは餌のように置かれた夜月の食事の量を確認し、特に喋るわけでもなくベッドに腰掛ける。



 夜月は居心地悪くその隣で固まっていた。

 嫌でも思い出してしまうのはK塚公園での暴れっぷりである。

 あの暴力の矛先が自分に向くかもしれないと考えただけで背筋が寒くなった。

 しかし、ジガは脅しはしても夜月を殴るような真似はしてこない。

 そこが不思議だった。


「女王蜂の居場所、教えてくれる?」


「あの……本当に分からないんです。そもそも女王蜂が何かということも理解できてなくて……」


 弱々しく答えると、ジガは暫く考え込んだような仕草を見せる。

 昨日も似たような問答をしたが、今日は少し様子が違っていた。

 小さな変化だったが痺れを切らしているようにも思える。

 夜月は自分自身の忍耐がそう遠くないうちに尽きると考えていた。

 ジワジワと迫る恐怖と、目の前の具体的な恐怖に挟まれてついには踏み出す以外に選択肢が無くなっている。


「ジガさんが探しているのが女王蜂で、私は働き蜂なんですよね? 他にも蜂っているんですか?」


 積極的な質問である。

 出過ぎた真似が危険と分かっていながら、夜月は踏み込んでしまう。


「いるよ。兵隊蜂」


「兵隊蜂?」


 オウム返しするとジガが頷く。

 初めてコミュニケーションらしいものをとったかもしれない。

 相手が理解不能なだけでないことを察し、夜月は続ける。


「兵隊蜂ってどういうことをするんですか?」


「ん〜、いなくなった働き蜂を探していたみたい。一昨日と昨日」


「……探していた?」


 働き蜂とは、夜月のことである。その夜月を探していたのが兵隊蜂だという。

 咄嗟に思い浮かんだのは……仲良しグループのことだった。夜月のことを探すとしたら、まず彼女たちである。

 カーストの最下位が姿を消せば、いじめの矛先はどちらを向くか分かったものではない。そのことに戦々恐々としている様が浮かぶ。

 では自分が働き蜂だとするなら、女王蜂にあたる存在は何なのか?

 具体的なイメージがすぐに頭の中で組み上がった。


(もしかして、ジガの言っている女王蜂って……)


 自らの鈍さに呆れてしまう。

 いや、鈍いというよりはそれまで記憶に蓋をされていた感じだ。

 社会性昆虫に揶揄するのであれば、仲良しグループはまさにそのものである。


(ジガはクイーンを探している?)


 しかし、何のために?

 こんな恐ろしい暴力を振るう少女が追っている理由は?

 流石にそこまで踏み込んだことは聞けない。

 それと同時に、女王蜂に心当たりができてしまった。

 恐怖で鼓動が早くなる。次にジガに『女王蜂』のことを聞かれたら、分からないとシラを切れる自信が無い。


(会話が成立するなら、少しでも情報を持っておかないと)


 もしかしたらジガと交渉できるかもしれない。

 クイーンの元に案内すると告げれば、アッサリと解放してもらえるかもしれない。

 だが今はそのタイミングではない気がする。


「兵隊蜂はね、毒針を持っているんだ」


 唐突にジガは人差し指で宙を刺していた。

 言葉通り針を模しているつもりなのだろう。


「放っておくと危ないんだ。だから針は折らないとね」


「働き蜂に針は無いんですか?」


「あるよ。でも折らない。働き蜂は、女王蜂のために蜜を集めているから」


「……」


「女王蜂のこと、知らないならもういいや。帰っていいよ」

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