第5話

 155センチの身長に対して体重は70キロに近い。守口架純もりぐちかすみが体型をからかわれるのは茶飯事だったし、いちいち反応することにも疲れていた。年頃の女の子にありがちな繊細さを棄てることで乗り切ろうと考えていたのである。



 間食を減らすつもりもなければ、運動するつもりもない。生来の無精が架純らしさでもあった。

 しかし、狡猾な面もあって仲良しグループの中では最も攻撃的である。

 とある集団の中で自分よりも弱い者を攻撃しているうちは、自分自身に嘲笑を向けられなくて済むと経験的に知っているからだ。



 昨日は「おしゃぶり女」こと藤沢夜月が姿を消して誰に矛先が向くのか腹の探り合いをしているところで、うまく先導して吾妻静流をいじめている。縄跳びで首絞めしたのも架純の仕業であり、その後の撮影も他のメンバーに命じた。

 グループトークにあられもない静流の姿をアップロードしたのは架純自身ではない。写真撮影を命じられた他の生徒である。これは静流から一方的な恨みを買わないためのちょっとした自衛であった。



 大丈夫、うまく立ち回っている。その自負が架純にはあった。

 万が一のことを考えて気絶した静流の下着をずらして秘部を露わにした写真も押さえてある。

 無毛だったことは今後のからかいのネタにもなるだろうし、脅しのネタにもなる。それを発信するのは自分でなくてよい。



 そういえば、今日は静流も学校へ来ていなかった。

 グループトークに参加させられているメンバーの人数に対して、最新メッセージの既読が2件少ない。

 それが夜月と静流であることは間違いないだろう。何かの事件に巻き込まれたのか、あるいはクイーンのことが怖くなって逃げ出したのか。夜月あたりはヤクザに攫われた可能性もある。



 架純にとってはどちらでも構わない。自分が被害に遭わなければそれでいいのだ。

 しかし、静流がいないということは、次の生贄を探す必要がある。

 攻撃の手を止めれば容姿で劣る自分に矛先が向く。それだけは避けたい。

 駅の東口側にある金券ショップに隣接したハンバーガーチェーン店で、架純は次のプランを立てながら夕方5時の間食を楽しんでいた。チョリソードッグとLサイズコーラとLサイズポテトのセットのカロリーを気にすることもない。



 2階席からはバスのロータリーと、帰り道と思しきサラリーマンや学生がよく見える。

 ふと、その中で妙な女の子に目が留まった。前を閉じたパーカー姿で、付け根まで見えそうなほど短いホットパンツを履いている。架純ほどではないが脚が太い。

 彼女はヘッドフォンをしているせいで周りの音が聞こえていないのか、独自のリズムに合わせて頭を振っている。



 あぁいう馬鹿そうなヤツならば生贄にし易い。惜しむらくはクイーンと何の接点も無いし、たまたま見かけただけの相手を仲良しグループへ引きずり込むのは難しいということ。

 夢想は止めて具体的なプランを立てなければなるまい。

 そう考えて視線を外そうとした矢先、ヘッドフォンの少女がこちらを向いた。架純は思わず目を合わせてしまう。



 一瞬、背筋が凍る。その女の子は、こちらの心中を見透かしたかのように笑っていた。

 架純は顔を逸らし、もう1度ロータリーを見回したときにはヘッドフォンの少女が消えている。

 気味が悪かった。


(何なのよ、あれ)


 妙な苛立ちのせいで、せっかくの間食を一気に平らげてしまう。もう少し味わえばよかったと後悔しても遅かった。また明日にでも食べに来よう。

 架純は手をよく拭いてからスマートフォンを取り出す。するとメッセージが入っていた。

 それとなく他校の仲良しグループに訊いておいた静流の行方について回答が来ている。


『ジガに会いに行くと言っていた』


 全く意味不明の内容に首を捻ってしまう。

 もう1度、聞き返すと今度はスクリーンショットが送られてきた。

 静流から発信された内容には確かにそう書いてある。

 時刻は昨日の17時過ぎ。場所はPAPA ホテル……つまりは、駅を挟んで反対側の西口にある建物だった。



 月夜がいなくなったのも駅の西口側である。PAPAホテルとK塚公園は目と鼻の先だ。

 念の為、ネットで『ジガ』を検索してみると雑多な情報がヒットするだけで「会いに行く」に該当しそうなものは見つからない。

 おそらくは誰かの渾名だろう。本名だったら腹を抱えて笑ってしまいそうだ。



 しかし、どうにもキナ臭かった。東口側はアーケードと飲み屋街になっていて賑わっている。

 対して西口側はビジネス街が中心で、雰囲気がまるで違う。線路はまるで境界線である。

 そんな場所で年頃の女の子が2人も姿を消しているのだ。

 架純の勘が西口側に何かあると訴えている。


(自分で首を突っ込むのは危険だよね)


 頭の悪い人間を使ってまずは探りを入れる。もしも何がしかの手掛かりが掴めれば、手柄は情報を提供した自分のものにしよう。

 そう思ってこの時間に遊び歩いていそうなメンバーを焚き付ける。

 ジガがヤクザだろうが人殺しだろうが、直接会わなければ危険は及ばない。



 もし静流が見つかれば、また生贄にする。夜月が見つかっても同じことだ。

 自分でない誰かが暴力を振るわれていることに同情しない。

 加害という蛮勇を見せつければ周囲は黙る。架純が欲しいのは賞賛ではなく、その沈黙だ。



 考え事ばかりしていたら腹が減ってきた。もう1個、チョリソードッグを食べたくなる。

 今月の小遣いは厳しいが、静流あたりから巻き上げればいいだろう。

 架純はカウンターのある1Fへ急いだ。

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