第4話
地味と引っ込み思案を極めたような夜月が突然の高校デビューを果たしてから何かと苦労が降りかかってくるのだ。
クイーンの苛立ちの捌け口として。
(藤沢め……あの屑女……)
仲良しグループの中でもカーストの最下位に位置する夜月は、他のメンバーにとって玩具に過ぎない。付き合っているわけでもない男の逸物を咥えて、端金を貰って喜んでいる。その滑稽さはいつでも笑い草になっていた。
驚くべきはクイーンのプロデュースの手腕だが、静流にとってはセーフティーのひとつでしかなかった。
すなわち、いじめられる者が消えれば次に誰かが新たなターゲットとなる。
下から数えて2番目にいる静流が仲良しグループのメンバーから攻撃されるのは摂理ですらあった。
それでも今日は比較的ソフトな方で、四つん這いになって犬の真似をしただけで事なきを得ている。
しかも雄犬であることをリクエストされた。電柱に見立てた教室の柱に放尿する格好をさせられたのがどれほど屈辱的な行為だったかは語るまでもない。
どこから持ってきたのか、縄跳びを首に巻かれてリードのように引っ張られもした。
締め上げられた首には跡が残っている。酸欠で1度、失神させられもした。本当に漏らさなかったのが不幸中の幸いである。
本来であればそういう惨めな目に遭うのは夜月なのだ。
嘲って脇腹を蹴飛ばし、他のメンバーの顔色を伺うのが静流の役目である。
面倒なことにクイーンは夜月を探してこいと命じてきた。
昨日の晩、K塚公園のアルバイトに出してから連絡が無いという。
男子トイレの個室に設置した隠しカメラで、4人目の男の相手をしたまでは確認できていた。相変わらずの媚びた面にムカムカしたが、その後の行方は分かっていないらしい。
静流は先ず、別の学校にある仲良しグループに連絡をつける。スマートフォンのアプリには近隣のR崎高校や、E浜学園の名前が並ぶ。各グループにはだいたい10人程度のメンバーがいた。
これらを含めて全てがクイーンの配下にある。その中で面識のあって上下関係がややこしくない人物を選び、個別にメッセージを送ってみた。「おしゃぶり女がどこにいるか知らないか?」と。
返ってきたのは一様に「知らない」という内容と巫山戯ているスタンプだけ。中には、ヤクザに引っ張られてマワされていると答える者もいた。有り得ない話ではないものの、そこまでいってしまうと静流ひとりではどうにもならない。
幸いなことに、1人だけ真面目にトークを続けてくる者がいた。昨晩のK塚公園で暴行事件があったこと。
その事件では3人の男が重傷を負わされ、加害者の女2人が逃げ出したそうだ。
時間帯から鑑みても夜月が現場か、もしくはその近くにいた可能性が高い。
(2人?)
静流は電車を乗り継いで現場のK塚公園まで来ていた。
隅にある男子トイレの付近にはロープが張られて「立ち入り禁止」の札が掲げられている。警官も何人か立っていた。
気のせいか、平日の夕方としては人も少ない。
それとなく近くの個人経営のカフェに入り、奥の席に座ってカフェラテを注文して「公園で何かあったんですか?」と尋ねてみる。
店主の老人は暗澹とした様子で昨晩の暴力事件のことを教えてくれた。
幾分かの主観は混じっていたものの、有力な情報を得る。
又聞きになってしまうが男3人に暴力を振るわれていた学生を、通りすがった女が助けたらしい。ただし明らかに過剰防衛で相手を半殺しにしてしまったそうだ。
学生とその女はすぐに現場から逃げ出し姿を消している。警察はどうにも、その2人を探しているようだ。
静流はクイーンに連絡するべきか迷う。もしかしたら、夜月は今もその女と一緒にいるのかもしれない。
だがあまりにも不確定で曖昧な情報だ。下手をするとクイーンを怒らせてしまう。
(手ぶらで帰るほうが下策か……)
父親に強請ってどうにか買ってもらった2年型落ちスマートフォンに、メッセージを入力していく。
送り先は仲良しグループ宛だ。他のメンバーにも自分がちゃんと動いていることを示さなければならない。
しかし、開いたグループトークを目にして血の気が引いていく。
そこには静流の写真が張られていた。首に縄跳びを巻き付けられ、白目を剥いて失神している姿である。スカートが捲られて、飾り気のない下着が露わになっていた。
あの屈辱を写真に残された上、侮辱のコメントで彩られている。
夜月がいなくなっただけでこれだ。ストレス発散の玩具にされてしまう。
メンバーの中には馬鹿も大勢いるが、クイーンの下であれば不特定多数が閲覧するSNSへアップロードされることも無いだろう。
ただしそれは、静流が有用な存在であることを示していられればこそ。
仲良しグループから見限られた瞬間に恥辱は世間へ知れ渡るに違いなかった。
(ダメ……確実に手柄を立ててからじゃないと)
過剰防衛の女。そいつを探し出す。
ここで変なヒントをメンバーに与えてしまうと出し抜かれる恐れもあった。
クイーンのご機嫌を取りたい奴はごまんといる。誰だって、いじめられたくなどない。
店内の軽快なジャズを重々しく聞き流しながら、静流は新たなメッセージを送った。
相手は……胡乱な他校生である。
今はNヶ丘高等学校に通っていて、名誉ある飼育係とやらになったらしい。だが冬の間に池の亀が居なくなったとかで喚いていたので、与えられた仕事をうまくこなしていないのだろう。
コネクションがあるのは中学校が同じだからだ。
そいつは静流に告白してフラれている。
出来れば頼りたくは無かったが仕方あるまい。
『昨晩、K塚公園で暴れた女を探しているから情報よこせ』
きっかり2分後、読むのがうんざりするほどの長文が返ってくる。
半分以上は静流へのラブコールだったので読み飛ばした。
必要なのは最後の方だけである。
『ジガの仕業。駅の西口にあるPAPAビジネスホテルに泊まっている。部屋番号は……』
相変わらずだ。ゾッとするほどの情報通である。これがまた正確なのだから、輪をかけて恐ろしい。
過去には通っていた中学校の養護教諭の生理周期を見事に言い当てたこともあるくらいだ。
静流は辟易して喫茶店の外を見遣った。
30階建のビルから左へ視線をスライドさせていくと『PAPA』のロゴが見える。
探している相手はすぐ近くにいる。
だが、引っかかることがあった。
「ジガ……って何?」
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