第2話

 クイーンの命令は絶対だ。逆らえば惨めで痛い目に遭う。学校の仲良しグループという閉塞的で逃げ場のない(と基本的に大多数の人間が錯覚している)コミュニティで生き残るため、従うのは仕方ないことだった。



 下僕のひとりとなった藤沢夜月ふじさわよつきは成績平凡、運動神経それなりの女子高生だったが、そばかすの目立つ顔と野暮ったい眼鏡のせいで「かわいい」と褒められたことがない。性格も引っ込み思案でいつも自信が無さそうに振る舞い、生まれてからの15年間で目立ったことは何一つ成していなかった。



 そんな彼女に目を付けたクイーンがプロデュースを始めたのは5月の連休に入る前のこと。一向に友人が出来ず孤立していた夜月に声をかけたのである。話術に長けた相手に対して夜月は拒絶できず、あっという間に仲良しグループに引き込まれてしまう。

 その後は目まぐるしい変化を強いられ、こびり付いた汚れを落とすかの如く自分磨きをさせられる。



 まずは、ただ習慣的に伸ばしていただけの自分の黒髪を毎日手入れさせられた。食事に関してもクチを挟まれ、栄養のバランスを考えさせられる。運動も同様で体型維持が求められた。睡眠時間まで指定されたときには絶句してしまう。

 化粧することも厳しく言いつけらた上で指導され、制服のスカートの丈の長さから靴下の色まで指定された。眼鏡は敢えてコンタクトレンズにせず軽めな印象のフレームのものへと買い替えをさせられる。これらにかかったお金は全てクイーンが払った。



 こうして入学から1ヶ月足らずで夜月は見違えるように綺麗になる。もともと小顔で脚が長く、プロポーションが良かったのを髪型と表情と態度で台無しにしていたのだ。容姿の変化は自信にも繋がり、友人も出来たし他のクラスの男子生徒から告白されるようにもなる。

 ここまではクイーンに対する感謝しかなかったのだが、7月に入って事態は一変した。



 仲良しグループのリーダーであるクイーンは月夜に出来高払いのアルバイトをさせるようになったのである。彼女は仲介者としてマージンを受け取るのだ。仕事が早ければ3分足らずで1,000円の稼ぎになるが、時間がかかれば30分を要しても1,000円である。それでも近隣のハンバーガーチェーン店のバイト代と比較すれば高額だった。



 内容を聞いた月夜は当然のように拒絶したのだが、すでに逆らうことが出来ない。加えて母子家庭で育った身なので、そのバイト収入は代え難いものだった。月々のスマートフォンにかかるお金に頭を痛めていたのが馬鹿らしくなる。

 月夜はクイーンから渡された紙袋を手に駅前の家電量販店に入る。そこのトイレを利用して袋の中に用意されていたNヶ丘高等学校の制服に着替えた。

 眼鏡は外してコンタクトレンズを入れ、髪を下ろしてストレートにする。そして、特徴的なそばかすが隠れるようにメイクした。



 その後は何食わぬ顔で日用品売り場へ戻る。にんにく料理の後の口臭も一発で撃退できると歌っている粒状の清涼剤とミネラルウォーターを買い、エスカレーターで降りて店を出ようとした。



 そのときである。

 1階の出入り口のすぐ横にある携帯電話のコーナーで鼻歌交じりに頭を揺らす背の高い女の子を見かける。手にとっているのは最新機種のスマートフォンで、物珍しそうにペタペタと触っていた。

 前を閉じたパーカーの上からでも分かるほど胸が大きく、ホットパンツから伸びる見事な健脚が太ましい。スニーカーは泥で汚れて靴下は履いておらず、短い黒髪はヘッドフォンで押さえ付けられているせいかやや乱れている。



 同い年くらいではあるものの、夜月には彼女のファションセンスがよく理解できなかった。

 妙な仕草と鼻歌のせいで目立っており、買い物客は遠巻きにその女の子を見ているが本人はまるで意に介していない。

 自分と対極に位置している。あれくらい世の中を無視して自由になりたい。



 しかし、そんな度胸は夜月になくアルバイト先へ急ぐのだった。

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