アンムーアド・エゴ

恵満

第1話

 JR大宮駅から徒歩15分。今回の事件現場は新都心と呼ばれる開発地区に位置するNヶ丘高等学校だった。

 背の高いビルとせいぜい二階建ての住宅地が混在する中にあるその学校には「祝・○○部県大会出場」と書かれた幕が何本も降ろされている。

 運動部が強いのには理由があって、立地を無視したかのように広く立派な校庭を持っているからだ。すぐ横を首都高5号線が走っているのが嘘のようである。

 それだけでなくチェス部や囲碁部が県大会を制することも珍しくない。文化系の部活の待遇もよかった。



 全体的に活気に満ちていて県内でも人気の高い学校である。ただし、校舎は少し古臭い。

 象牙色の4階建の校舎には橙色の柵が備え付けられたベランダが校庭の方に向いて無数に並び、そのひとつひとつが教室となっていた。

 反対の中庭側は廊下になっていて、窓越しに見遣れば中央には池がある。そこには20年も生き長らえているミドリガメの「シジマ」が棲んでいた。

 しかし今年の冬を境に行方が分からなくなっていて、世話をしていた一部の生徒は肩をガックリと落としている。

 後に残ったのは座面が腐って使用禁止と張り紙されたベンチと、卒業生の有名な芸術家が寄贈したという三本腕で項垂れる奇怪な猿の像だけ(なお、作品名は「若き苦悩」であり猿ではなく人間がモチーフである)である。



 さて、ここで言う事件とは夏休み期間に中庭で見つかった不可解な死体のことだ。

 このせいで何の落ち度もない野球部やサッカー部の練習が2週間にもわたって練習をできなかったのは、Nヶ丘高等学校にとって大きな損失となったことだろう。

 生徒たちをケアするためのカウンセラーまで設けられたがあまり活用されていなかったことも付け加えておく。



 警察は「自殺と他殺」の両面で捜査をしていたが結論には至っていない。

 正確に表現するならば「」のだ。念のため、ここでは敢えて被害者と表記する。

 被害者は若い女性で、Nヶ丘高等学校の女子用の制服を着用していた。死体の状況から全身に強い衝撃を受けたことが明らかで手足があらぬ方向に曲がって発見されている。

 身体は中庭側の校舎壁面すれすれの位置に横たわっており、状況から判断できる通りに校舎から飛び降りたのだ。



 ここまでであれば自殺なのだろう。

 問題なのは、中庭に落ちた彼女には首が無かったことだ。

 屋上には血痕が残っておらず、死体周辺にも飛び散った様子は無かった。じんわりと首の切断面を中心に赤い染みができていたのである。

 生きた状態で切り落とされたのであれば動いている心臓がポンプの如く血を押し出し、噴出していた筈だ。

 つまり飛び降りて死んだ後、彼女の頭部を何者かが切断して持ち去ったのである。

 死体の周辺の足跡も調べられたものの、発見時の混乱のせいで複数人が踏み荒らしていて犯人に結びつくものは見つけられなかった。



 なお、死亡推定時刻の校舎にはセキュリティが張り巡らされていた。人感センサが設置されているので、内部へ侵入すればたちまち警報がなって警備会社へ連絡がいくシステムである。

 それが全く作動しなかったということは、被害者は校舎の中を通らなかったということだ。極めて不自然で高難易度ではあるが壁を伝って屋上まで登り、飛び降りたことになる。

 あるいは解除方法を知る教員の仕業かもしれないが、問題の時間帯でもシステムが作動中だったというログが残っていた。

 加えて防犯カメラの映像には被害者と思しき人物が東門から入っていく様子が残っている。

 残念ながら顔は不鮮明にしか写っておらず、個人を特定するに至っていない。その晩に学校を訪れた全ての人間(これには肝試しに侵入した同校の生徒も含まれる)が取り調べを受けたものの、いずれもシロだった。



 この猟奇的で難解な事件はトドメとして被害者の身元が分かっていない。Nヶ丘高校で起こり、Nヶ丘高校の制服を着た女性が死んでいるのに、Nヶ丘高校の生徒ではなかった。

 持ち去られたと思しき頭部も未発見のままである。

 夏休み明けの校長の挨拶でも僅かに触れられただけで、どういうわけかマスコミも騒ぎ立てず、二学期になって生徒の間では尾ヒレのついた噂が流れた。勿論、事件とは関係ない滑稽無糖な内容である。



 それは「トイレの花子さん」や「動き出す人体模型」といった昭和の時代から語り尽くされた学校の怪談に取って代わり、「首刈り魔」として語り継がれることになった。

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