●シーン24● ステージ上の推理 前編

 キリンはステージの袖に見えるダチョウに、必死になってアイコンタクトを送っていた。


(その暗号がないと推理が先に進まないじゃない! 早く持ってきて!)


 ダチョウは顔をしかめて、ぶんぶんと頭を横に振る。


(無理です! 無理です! ペパプのステージに上がるなんて! こんな大勢の前に立つなんて!)


 観客は次の展開を心待ちにして、目を輝かせている。


「えー、皆さんちょっと失礼。ペパプが残した暗号が見つかったようですが、諸事情により到着が遅れてるわ……」


 キリンは弁解を口にしながら、ダチョウに目配せをして必死に訴えた。


(勇気を出して! ダチョウ!)


(で、でもなんて言って登場すればいいんですか!)


(「あんごうだーあんごうだー」みたいな感じでいいわよ! さあ!)


 ダチョウはまるで崖から飛び降りるように助走をつけて、ステージの照明の前まで躍り出た。暗号の紙を振りかざして、キリンの元へ駆け寄る。


 そして大声で叫んだ。


「……あ! えーと……こ、ここにぺっ、ぺぱぷのー、あ、あんごうがありますです! これは、あんごうで……あの、すごくあんごうです――」


 セリフはみるみる尻すぼみになって会場はなんとも言えない空気に包まれた。

 ダチョウはりんごのように顔を真っ赤にして、紙をキリンに押し付ける。


「よくやったわ、ダチョウ」


「ふぇえええ……」


 言葉にならない声を出して、ダチョウは再び舞台袖へと駆けて行った。


 こほん、と咳払いをひとつして、キリンはセリフを言う。


「こ、これは『怪盗ペパプ』が残した秘密の暗号! でかしたわ。これを読み解けば、ペパプの居場所が判明するわね!」


 そこには「ひらがな」の文章が、全部で三つに分かれて書かれていた。

 キリンは順に読み上げていく。


〈にしとひがし。きたとみなみ。みずべちほーにはよっつのめいしょ。わたしたちは、そのどこかにみをひそめている。てがかりはふたつ〉


〈ひとつめはいろ。いっしゅんをのこすために、そのめはいつも、きれいなけしきをみつめている〉


〈ふたつめはいきもの。あたたかくおだやかなとちにたどりついたならば、さいしょのにほがかんじん。しっかりとぶんをふみしめたものに、こたえはすがたをあらわす〉


 観客たちはキリンの言葉を聞き漏らさないよう、静かに耳をすませた。


「――これが、ペパプからの挑戦状よ」


 会場はため息にあふれた。


「さっぱりだよー」

「『みずべちほー』の名所のどこかっていうのはわかったけど――」

「色と生き物が鍵になるのか。でも、全然わかんないな」


 キリンは続けた。


「ちなみに――私もこの暗号の答えは知らされていないわ。私たちは本気で、彼女たちを見つけなければならない。さて、まずはみんなにも『推理の心得』のひとつを教えるわ」


 ロッジを出発する前夜、オオカミ先生とまとめた推理の心得。

 そのうちのひとつ。「問題は分解して、ひとつひとつ考える」が使えるかも。

 ええと、これは――ヒントがたくさんあってごちゃごちゃしているときは、ひとつひとつ取り出して、個別に考えることによってなにか得られるかもしれない……なるほど。これを実践してみましょう!


 キリンは観客たちにも心得を伝える。


「ひとつひとつ、かぁ」

「ひとつ目と二つ目をわけるってこと?」

「もっと細かくわけてもいいじゃないか?」


 そう。分けられる限界まで分解して、ひとつずつ考えていくのがいいかもしれない。


「ではまず一文目。まあでもこれは大丈夫ね。そのままの意味で捉えましょう。彼女がいる可能性があるのは、全部で四箇所。ええと……」


 このちほーに詳しくないキリンの代わりに、観客のフレンズたちが口々に助け舟を出した。


「北はたぶん、図書館に続く『知恵の森』だよ。りんごがたくさんなってて、ジャパリまんに飽きたらよく行くんだー」


 大きな黒い尻尾が特徴的な、ハクビシンが言った。


「東は『大桟橋』だねー。日向ぼっこにちょうどいいんだよー」


 白と黒の人気者、ジャイアントパンダだ。


「西は『きらきら丘』だ。もっとも本当の名前はみんな知らないんだけど、その丘からはサンドスターの山のてっぺんがよく見えるから、そう呼ばれてる。もちろん、特に危険な場所ではない」


 どことなく哀愁の漂う鳥系のフレンズ、ヒクイドリが西を指し示す。


「南は名所らしい名所はないけど……強いて言うなら『ゆきみず街道』かな? 『みずべちほー』と『ゆきやまちほー』を繋いでいる道だから、そう名前が付いたよ」


 前髪に髪飾りをしたフレンズ――ヨーロッパビーバーが教えてくれた。


「みんな、助かるわ。今言ってくれた四箇所のどこかに、ペパプいると考えてよさそうね。それじゃあ本題の、『ひとつめ』だけど――」


〈ひとつめはいろ。いっしゅんをのこすために、そのめはいつも、きれいなけしきをみつめている〉


「まずは色。赤とか青とか黄色とか、とにかくこの文が何色を示しているのかを解き明かす必要があるわね。『一瞬を残す』、そして『きれいな景色を見つめている』……」


 キリンはステージ上を右から左へと大股で歩きながら考えた。


 一瞬を残す――残すって言うのは、記憶に残すって意味かしら? ずっと覚えていられるほど、印象的なもののこと?


 きれいな景色――このジャパリパークにはたくさんのきれいな景色があるけど、どこか一箇所を示しているとなると、少しヒントに欠けるわね……。


 それにしても、『残す』や『景色』という言葉から、なんかイメージが湧きそうで湧かないのよね。なにか、忘れているような――


 一方観客席でも、様々な推理が飛び交っていた。


「きれいな景色と言ったら『きらきら丘』だよ! ペパプはそこにいるんじゃない?」

「でも『一瞬を残す』のほうは、どう説明するんだ?」

「『知恵の森』のりんごはいつも真っ赤できれいだよー」

「ええ、オレはりんごのあの赤色、苦手なんだよなぁ……」


 キリンはその中でひとつ、興味深い言葉を耳にする。


「ペパプのライブもほんの一瞬に感じるよね。だからいつも絵で残しておきたいって思うんだ――」


 絵に残す――それよ!


「誰? 今『絵で残しておきたい』って言ったの!」


 発言した本人はキリンに呼びかけられて、ビクリと体を震わせた。


「ひぇっ?! ええと、その……わたしです」


 真っ白な姿の彼女は、震えながら両手を広げている。


「ミ、ミナミコアリクイです……」

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