●シーン23● 女優アミメキリン
ダチョウが目覚めたのは、野外ステージの舞台袖だった。
「んん……」
倒れてしまう前の記憶をぼんやりと思い出す。たしかライブステージに到着して、マーゲイ氏に会って、それから――
ダチョウは何気なくステージに目をやる。よく知っている音楽が、大音量で耳に飛び込んでくる。
「ああっ……」
そこにいるのは、ずっと憧れのあの五人だった。
「嘘っ……」
もうすっかり日が暮れて、辺りはとっぷりと夜に包まれている。
その中で、目の前の世界だけは眩い光に包まれていた。
光と音のライブが、今まさに開催されていたのだ。
「夢みたい……すごい!」
あの憧れのアイドルと私が、地続きになっている。
彼女たちの細かな目配せや、弾ける汗の飛沫までが見える。
本当に、嘘みたいだ。
とてつもない臨場感。
熱気溢れる観客。
響く重低音。
全部全部、目の前で実際に起こっている、現実のことだった。
「やばっ……最高……!」
自然とダチョウの目から涙が溢れる。
「あらあなた、お目覚めね。大丈夫?」
びっくりして振り返ると、マーゲイがステージを見ながらなにか大きな機械をいじっていた。
「マ、マーゲイ……さん?」
マーゲイはニッコリと笑ってうなずく。
「ええ。あなたはキリンのお友達よね? 彼女から聞いているわ。ペパプの大ファンだってことも」
「は、はい。ダチョウです――」
曲がひとつ終わり、続けてペパプの代表曲の前奏が流れる。
観客がよりいっそう沸き立つ。
身体中が音に光に、彼女たちの歌声に包まれて、ダチョウは自分の胸が震え出すのを止められなくなる。いつの間にか立ち上がって、大きな声を出していた。
「ペパプーっ!」
ああ、きれい。
かわいい。
カッコいい。
アイドルって、すごい!
「どう? ライブは?」
マーゲイが尋ねた。
「もう最っ高です! 一生ファンやります! 応援し続けます! ――あ、もしかしてキリンさんがここに連れてきてくれたんですか?」
「ええ、大ファンだっていうあなたに喜んでほしいって言ってたわ」
ダチョウは胸が温かくなるのを感じた。
「あの、キリンさんはどこに?」
ダチョウの問いかけに、マーゲイは不敵な笑みを浮かべる。彼女はまっすぐにステージを見つめていた。まるでなにかを待ち構えているように。
「ふふっ、もうすぐよ。今回の目玉――」
ステージの上では曲が終わり、メンバーによるフリートークが始まっていた。
「みんな! 今日は集まってくれて、本当にありがとう!」
プリンセスが叫ぶと、観客席から大きな歓声が上がる。
「ぺパプー!」
「プリンセスカッコいいー!」
「最高ー!」
熱気を帯びる声に、ぺパプのメンバーは大きく手を振り返す。
「今日はかなり遠くから足を運んでくれたフレンズさんもいるみたいですよ」
「なわばりを離れるのは大変だったろ? お前ら最高にロックだぜ!」
ジェーンとイワビーがマイクを通して言うと、観客からはまたエールが飛び交う。
「最初の頃は、先代の噂を知っていたフレンズだけだった。でも少しずつ噂を聞いたフレンズが集まってくれて、今ではペパプのことを知らなかった子まで来てくれてる。本当にすごいことだよ」
コウテイがしみじみと語りかける。
観客たちはみな、ペパプが歩んできたこれまでの歴史に想いを馳せているようだった。会場はしんと静まり返る。
そのとき。
フルルがいつもの調子で、思わぬことを言った。
「まあそれも今日でおわりだネー」
会場がざわつく。
そのセリフをしおに、ほかのメンバーもどこか冷めたような、不敵な笑みを浮かべた。
「そうね。私たちペパプのアイドルとしての活動も、これまでかしら?」
「ああ。一年もやったんだ。もういいだろう」
プリンセスとコウテイがせせら笑いながら目を合わせる。
「さて、こんな茶番終わりにして、もっとロックなことしようぜ!」
「ええ、長居は無用です。行きましょうか」
イワビーとジェーンのセリフのあと、突然すべての照明が落ちた。
●`の'●`の'●`の'●`の'●`の'●`の'●
「えっ?!」
舞台袖で見ていたダチョウが思わず声を出す。
ステージはもちろん、舞台袖も、観客席もすべて真っ暗だ。
「マ、マーゲイさん?」
ダチョウは焦燥感を滲ませて振り返る。
「しーっ! これも演出よ」
マーゲイの姿も暗闇のせいで確認できなかったが、声だけは聞こえた。
ライブステージには今や、なんの気配もなかった。
「ねぇ、ペパプはどうしちゃったの?」
「もうライブは終わりってことなのかな。嫌だよ……」
「暗くてなんにも見えないぞー」
「だれか明かりつけてよー!」
観客たちが不安そうな声が聞こえる。
明かりといえば、夜空に広がっている星くずと、月の光をキラキラと反射している水面。
「これはいったい――」
舞台袖もほとんど真っ暗で、ダチョウは身動きがとれない。
そのとき突然、ステージにスポットライトが灯る。
ちょうどフレンズひとりが入り切るくらいの細い光。
そこにはベージュのロングコートに、同じくベージュのハンチングを被った、アミメ柄のフレンズが立っていた。
「――えっ、キリンさん?!」
舞台袖で見守っていたダチョウは目を疑った。
「ふふ。あの衣装、バッチリ似合ってるわね」
マーゲイが片手で小さくガッツポーズをつくる。
アミメキリンは観客席を見据えて、腕を組み、ゆっくりと声を出した。
「大変なことが起こってしまいました」
ふと、観客席が静まり返る。
「まさに今、ペンギンズ・パフォーマンス・プロジェクト――通称『ペパプ』が、あるものを盗んでいってしまったのです!」
「……ちょっとあの子、いい演技するじゃない!」
マーゲイは満足げに何度もうなずいている。
「なるほど……マーゲイさんの言っていた頼みたいことって、これだったんですね」
舞台袖からようすを見守りつつ、ダチョウが言う。
「ええ。最初は驚いていたけど、探偵役だと言ったら快く引き受けてくれたわ。それにしてもこれほどの名配役はないわね! シナリオを知っている私ですら、ワクワクしてきた!」
キリンは少々オーバーにステージを闊歩しながら続ける。
「彼女たちの置き手紙を発見しました。『文字』を読める私が内容を読み上げましょう――会場に集まったフレンズたちへ。アイドルグループ『PPP』とは、私たちの仮の姿。その正体は、狙ったものは逃さない、世紀の大泥棒『怪盗PPP』! 今回私たちが盗んだのは、あるフレンズの子よ。彼女はもともと私たちの大ファンだった。だから油断させて『盗む』のは、いとも簡単だったわ。あらゆる声真似をすることが可能な彼女は、今後の私たちの泥棒トリックに役立ちそう――ふふ、私たちを捕らえられるものなら、捕まえてご覧なさい! もし私たちの『居場所』までたどり着けたのなら、彼女は返してあげるわ!」
観客席はどっと湧いた。
「これって……」
ダチョウが目を細める。
「ふふ、そういうこと。私はさらわれたことになっているから、もうここからずらかるわね。ダチョウ、これをキリンに渡してちょうだい!」
そう行ってマーゲイは一枚の紙をダチョウに差し出した。
「これは?」
「ふふっ、怪盗は現場に暗号を残すものよ。これにペパプの居場所が記されているわ。それじゃ、あとよろしくー!」
「ちょ、ちょっとマーゲイさん!」
マーゲイはステージの裏のほうへ、ぴょんと跳ねるようにして、あっという間に消えてしまった。
ダチョウは「暗号」が書かれた紙を手に、呆然とする。
「これをキリンさんに――それって、ステージに上がれってこと、ですよね?」
ステージではノリノリのキリンが語気を強めている。
「私はこの事件を迷宮入りにはさせません! 探偵であるこのアミメキリンが、必ず解決します!」
その堂々とした演技に、すっかり観客は見入ってしまっていた。
戸惑っていたフレンズたちもそれを聞いて、キリンに拍手を贈った。
「探偵だってー! すごーい!」
「頑張れーキリンー!」
「あの子、こんなところでなにやってるのかしら?」
これ。これよ――キリンは拍手を浴びながら感慨に浸っていた。
パーク中のフレンズからの賞賛。拍手喝采。なんて気持ちがいいの。
みんな私の名演技ぶりに驚いているようね。ふふっ……「ギロギロ」を繰り返し読み込んできた私には、「探偵っぽいセリフ」なんて朝飯前よ。任せてちょうだい!
そして――いずれは本当の名探偵として、こうなってみせるわ。
「さあ皆さん。私と一緒に、犯人を推理していきましょう!」
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