●シーン22● マーゲイとパークのアイドルたち

「オーケー! これで演出もシナリオも完璧ね。さすが私!」


 眼鏡をかけたネコ科のフレンズが、にんまりと笑ってステージを眺めている。


 彼女はマーゲイ。人気アイドルユニット「PPP(ペンギンズ・パフォーマンス・プロジェクト)」、通称「ペパプ」の、凄腕マネージャーだ。


 ここは「みずべちほー」の野外ライブステージ。

 アイドルたちが歌や踊りを披露するための施設である。


「皆さん! リハーサルもナイスでした。ちょっと休憩にしましょう」


 マーゲイはたった今ステージで踊り終えたペパプのメンバーへ声をかけた。

 これで各曲の立ち位置や動きもよし。スピーカーや照明などの機材もよし。背景や小道具もよし、だ。あとはお客さんが集まるのを願うだけ。


 メンバーが張り詰めた空気をほぐすように、ふうっと脱力する。


「ありがとうマーゲイ――あなたたち、本番も頑張りましょう!」


 ペパプの仕切り役、ロイヤルペンギンのプリンセスが言う。三代目ペパプを立ち上げ、パークにアイドルの概念を復活させたチームの支柱。根っからの努力家だ。


「そうだな。みんな、休憩もしっかり取っておこう」


 コウテイペンギンのリーダー、コウテイ。少々あがり症で魂が抜けがちだが、凛々しい声の持ち主で、「推し」も多い。肝心な時にチームをまとめてくれる。


「疲れたぜぇーっ! 本番までひと眠りしておくかぁー!」


 イワトビペンギンのイワビー。勢い任せでダンスは走りがち。でも彼女の前向きな言動に、いつもみんなは元気付けられている。


「イワビーさん、寝過ごして遅刻しないでくださいね」


 ジェンツーペンギンのジェーン。個性的なメンバーを常識的な視点で陰から支える、まめでしっかりしたフレンズだ。


「ジャパリまん、まだあったかナー?」


 そして天性のボケ担当、フンボルトペンギンのフルル。ワンテンポもツーテンポもずれた感性は、周りを笑わせるだけでなく、本番前の緊張したメンバーの気持ちをほぐしてくれる。ちなみに本人にその自覚はない。


「――マーゲイ、ちょっといいか?」


 リーダーのコウテイがステージから降りて、マーゲイのところへ来た。


「はい、なんでしょう?」


「ライブ後半の茶番のことなんだが」


 コウテイの予期せぬ否定的な言葉に、マーゲイはうろたえる。


「ちゃ、茶番?! そんな、コウテイさん……」


「――冗談だよ」


 マーゲイはほっとして、すぐににやけ顔になる。


「ああ、真顔で言ってるのが本気なのか冗談なのか全然わからないコウテイさんのキャラも、またいいですねぇ……うぇへへ……」


 あはは……と、コウテイは乾いた笑いで受け流した。


「――まあとにかく、後半のパートで、配役がひとつ割り当てられてないだろう? それでどうしてもセリフのタイミングが掴めないというか、難しくて」


「ああ、私が裏から声だけ当てているあの役ですね……うーん、たしかにステージに役者がいないと、イメージしにくいですよね……」


 マーゲイは腕を組んで首をひねる。

 今回の演出のうち、たしかに引っかかる箇所だった。


「マーゲイも、裏方で機材を操作しながら声を当てるのはかなり大変だろうし……本番直前なのはわかっているが、やっぱり配役がされていたほうが、みんなやりやすいと思うんだ」


「でも、この役に適任なのは――」


 コウテイはうーんと唸ってから、うなずいて言う。


「理想は、アミメキリンさんだね」


「探偵役ですからね! ぴったりです! ああ、もっと早くオファーを出しておけば……偶然、キリンさんが図書館に行く用事があって旅をしていて、この先の森がセルリアンのせいで通り抜けできず、ちょうど『みずべちほー』で足止めをくらっていたりしませんかね……」


 マーゲイが何気なく観客席を見渡す。

 そして視界に飛び込んできたアミメ柄に、目を疑う。


「まさか、こんなことって――」



 ●`の'●`の'●`の'●`の'●`の'●`の'●



 ペパプのリハーサルが終わるほんの少し前――


「……ねえダチョウ。どうしてそんなに不機嫌なのよ?」


 アミメキリンがおずおずと尋ねた。


「べつに、不機嫌なんかじゃないですっ」


 ダチョウはキリンより少し前を歩き、そっぽを向いたままぶっきらぼうに答える。


「絶対怒ってるじゃない。私がちゃんと道案内しなかったからね……本当にごめんなさい。『秘湯』につい夢中になっちゃって」


「……そのことじゃないです」


「じゃあなに? 教えてよ」


 ダチョウはキリンのほうを振り返って、ぷっくりと頬を膨らませて言う。


「だってキリンさんがペパプと知り合いだなんて――それどころか、前に一緒に遊園地でパーティーをしただなんて! いいえ、それだけならまだいいんです。キリンさんはそれなのに、『私はペパプにあんまり興味ないわ』って感じなのが……なんていうかこう、ファンとしてはとっても悔しいんですよっ!」


 もはやダチョウはうつむいて、涙目になっている。


「でもこれはわがまま。醜い嫉妬心です。ごめんなさい。いちファンとして、この気持ちはちゃんと消化すべきですね。キリンさんのおかげで私は今日、ペパプに直接エールを送ることができるんですから――」


「ああ、ええと……ダチョウ。よくわからないけど、あなた混乱してるのよ。それに私もペパプのライブはすごいと思うし……ちゃんとマーゲイに頼んでみるから。ね? ほらもうすぐステージが――」


 キリンの言葉に、ダチョウが勢いよく顔を上げる。


「あの敏腕マネージャー、マーゲイ氏にも顔が効くんですかっ?! ああキリンさん。う、う、羨ましいです……」


 これ以上ダチョウから羨望を向けられるのは、あまり得策ではないかもしれない。すでに「妬み」の感情が彼女からふつふつと吹き出している。まるで「サンドスターロウ」のような黒いオーラが見えてきそうだ。


「でもちょっとした知り合いってだけよ。そんな仲がいいってことじゃ――」


 ダチョウの気持ちを緩和させるために、キリンはフォローを入れようとする。


 だがそのとき、ライブ会場にフレンズが二人いるのが見えた。

 ネコ科の子とペンギンの子だ。あれは――


「アミメキリンー! 私よ、マーゲイ! 久しぶりね。会いたかったわ!」


 まるで親友との再会を喜ぶかのごとく、マーゲイ手を振っていた。

 彼女はにこにこと笑い、こちらへ駆けてくる。


 キリンはギクリとした。すぐとなりのダチョウのようすを直視できない。


「マ、マーゲイ……ええ、久しぶ――」


「キリン、こんなタイミングで出会ったのもなにかの運命ね! 実は頼みたいことがあって――」


 すぐとなりで、どさりという音とともにダチョウが倒れた。

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