●シーン21● 初めての後輩
こういうとき、ヒグマさんだったらきっと的確な言葉で、ターパンを指導するんだろうな。
――リカオンはセルリアンのいる森へ戻りながら、そう思った。
スカウトするフレンズを決める話し合いのとき、ハンター三人の前で博士が言った。
「ターパンは、すでに絶滅してしまった動物の『ひょうほん』からフレンズ化したタイプなのです。一般に、そうしたタイプは潜在的な能力が高いと言われているのです」
ジャイアントペンギンやオーロックスも、そのタイプに分類されるらしい。
「聞いた話ですが、ターパンはサンドスターの扱いが上手く、『ふで』という絵を描く道具で、何度かセルリアンを撃退しているとのことなのです。どういう能力かは、わかりかねますが――」
そしてリカオンはヒグマと共に、ターパン本人に会いに行った。
彼女は『へいげんちほー』の木陰で、無心になって絵を描いていた。最初はヒグマが声をかけても、まるで聞こえていないみたいに、反応を示さなかった。やっと喋ったと思ったら、一言二言。しかもどこか話し方がおかしい。
本当にこの子、ハンターとして戦力になるのか――リカオンは不信感を抱く。
半ば無理やりにヒグマが話を進めるが、彼女は無表情で、何を考えているかわからない。ヒグマも呆れ始めて、勧誘を諦めかけたとき、彼女は言った。
「実力行使、必要。ときには」
突然ターパンはヒグマに対し、手に持っていた筆をまっすぐに向けた。
「……やるのか」
ヒグマも持っていた熊手を構え、腰を低くし、彼女を見据える。
ターパンの両目が淡いブルーに光った。
軽やかに筆を振って、ヒグマに肉薄する。
リカオンがあわあわとしているうちに、二人の戦闘が始まってしまった。
もちろん本気で戦う気のないヒグマは、熊手を器用にあてがって攻撃を防ぐ。サンドスターの破片が空気中に霧散する。
なんだよまったく。こちらはただ、一緒にセルリアンと戦ってほしいとお願いしにきただけなのに、どうしてこんなこと――リカオンはふつふつとした苛立ちを感じた。
――そういえば。博士は彼女について、もうひとつ話していた。
「絶滅種の中にはまれに、絶滅に至った歴史的経緯そのものが『想い』となって、心に残ってしまっている場合があるというのです。その『想い』を溶かすには、かなり時間がかかるのです」
正直なところ、その話はあまりピンと来なかった。でもそれを聞いて、ヒグマさんはずいぶん深刻な顔をしていたっけ。
――「想い」とは、いったいなんだろう?
ターパンは踊るような筆使いで、いっさい攻撃の手を緩めない。
「くっ! 一撃一撃が重いな!」
本気ではないとはいえ、ヒグマが押されてる。しかしリカオンはヒグマの表情を見て、ハッとした。
なんだか嬉しそうだ。
ヒグマさん、この戦いを楽しんでいる? いや、そうじゃなくてもっと――悟ったような、なにかに納得がいったような感じの、柔らかい微笑み。
でも、なにがわかったというのだろう?
戦いで武器を交わしたからこそ、気がつくことができるなにかがあるのだろうか?
いずれにせよ、ボクにはよくわからない。
――「想い」とは、いったいなんだろう?
不意に二人の距離が離れる。
肩で息をしながら、ヒグマとターパンは互いに睨み合う。
そしてヒグマは腰に手を当てて、予想もしなかったことを言った。
「……お前、もっといろんなちほーの絵を描きたくないか?」
いったいなにを言っているんだろう、ヒグマさんは。
彼女はさらに続ける。
「もっとたくさんのフレンズの絵を描きたくないか? ハンターになれば、いろいろなちほーへ行き、これまで見たこともない景色を見ることができる。それに、報酬がもらえる。絵を描くには道具も必要だろう? 私たちと一緒に来れば、手に入る」
ターパンは無表情のまま、ただヒグマを見ていた。いつの間にか、筆を下ろしている。
「それに、セルリアンを倒すことは、仲間を守るということだ。絵を描いて思い出に残すのもいいが――これ以上大切なものを失わないように行動を起こすのも悪くないぞ、ターパン」
そのときのヒグマさんの表情はいつになく真剣で、いっそ悲しそうでもあった。
――「想い」とは、いったいなんだろう?
その後ボクは、ヒグマさんからターパンの教育係を任された。
後輩ができるなんて初めてだったから、言い渡されたときはとても驚いた。
でも、ヒグマさんに頼りにされた――そのことが、心の底から嬉しかった。
「オ、オーダー了解です!」
意気揚々と答えて引き受けたものの――
予想通り――いや、予想以上にターパンの扱いは難しく、未だに彼女のよいところを引き出せないでいる。
ターパンは強い。でも、チームワークがてんでダメだ。
それぞれ単独行動では成果を残しているが、タッグを組んで大きなセルリアンと対峙するような場面では、まだ勝ち星はない。結局ヒグマさんやキンシコウさんの力を借りなければならなかった。
そんなとき、いつも叱咤されるのはボクだ。
「リカオン。ターパンのことをもっと理解するんだ」
ヒグマさんはいつもそう言う。
理解。それは博士の言っていた「想い」のことだろうか。
――「想い」とは、いったいなんだろう?
「オーダー、きついですよ……」
――リカオンはセルリアンのいる森を進みながら、ため息をついた。
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