●シーン15● やっぱり温泉さいこー!

「壊れてた?! そんな!」


 旅館へ戻ってきたカピバラとギンギツネの報告を聞いて、アミメキリンは悲痛な声を出した。叫び声を聞いて、玄関口に皆が集まってくる。


「も、もしかして、わたくしたちがあんなことしたから……」


 オコジョが恐るおそる尋ねた。


「ううん、そうじゃないよよ。たぶんセルリアンが出てきた衝撃で壊れちゃったんじゃないかな。だから二人のせいじゃないし、むしろオコジョとビントロングには感謝してるんだよ」


 カピバラは辛うじて回収できた「風呂桶」の破片を抱えて、優しく笑った。

 無残なすがたとなってしまったその木片を見て、皆がどんよりとした顔になる。


「み、みんな元気を出してね。セルリアンも退治できたし、温泉も戻ったわけだし、ボクは全然大丈夫だよよよ。せっかくだから、みんなで温泉に入ろうよよ……」


 逆にカピバラのほうがその状況に慌ててしまったようだった。


 そのときキリンは、あの夜オオカミの言っていた、「推理の心得」を思い起こしていた。


 ロッジを出発する前夜、オオカミ先生とまとめた推理の心得。

 そのうちのひとつに「常に明るく、当事者を励ますのが探偵」というのがあった。


(これは「ギロギロ」の長所でもあるんだよ。真実を見つける作業は、ときに当事者たちを困惑させたり、悲しませたりすることもある。そんなとき、「ギロギロ」は一緒に落ち込むのではなく、みんなに元気を与えるんだ)


 そうよ。私は「ギロギロ」のそんなところが好きで、ファンになったのよ!


「――うん。それもそうね!」


 キリンがうなずいて、すくっと立ち上がった。


「たしかに、『風呂桶』が壊れてしまったのは残念だわ。でも、暗い気持ちで過ごしていてももったいない。こんなときこそ、カピバラの大好きな温泉に、みんなで入りましょ!」


「おおキリン、さすがだよよ。温泉さいこー」


「そうですね。キリンさんの言うとおり、こんなときはとりあえずひとっ風呂ですよ!」


 ダチョウも立ち上がって、「温泉さいこー!」と片手を突き上げる。

 悲しみが滲んでいたみんなの顔も、小さな火を灯したように、ふわりと明るくなった。


 それからはみんなで温泉に浸かり、ゆっくりと疲れを癒した。

 ジャパリまんで腹ごしらえをし、キタキツネの得意な「げーむ」で盛り上がり、約束をしていた「雪合戦」で、みんな雪まみれになった。


 そしてまた温泉でひと息つく。

 みんなの口からは自然と言葉が漏れ、湯気と一緒に天井へと昇っていった。


「温泉さいこー!」



 ●`の'●`の'●`の'●`の'●`の'●`の'●



「これ……軽くて柔らかくてとっても着心地がいいわね!」


 キリンはギンギツネが貸してくれた「ゆかた」という服を羽織り、だらしなく「たたみ」の上に大の字になっている。彼女の髪色と同じ、明るい黄色の「ゆかた」だ。


「本当ですね。もうこのまま寝てしまいそうです――」


 アミメキリンとダチョウはみんなとひととおり遊び終えたあと、二階の客間で休憩をしていた。


 もうすっかり夕方だ。ギンギツネが今日は泊まっていくように勧めてくれたので、ありがたく一泊することにしていた。


「今さらだけど、ダチョウはよかったの? 一泊していっても」


 雪山での遭難以降いろいろあり、二人はすっかり忘れていた。ダチョウは「予言」をどう扱うべきか、できるだけ早く博士たちに相談しなければならないのだ。


「今日はセルリアン騒動もありましたし、焦って進むことはないと思います。だいいち『予言』と呼ぶのもちょっと名前負けするくらい、本当かどうかわからない代物ですから。それに――」


 ダチョウは浴衣をはためかせて、キリンのすぐとなりに寝転んだ。


「皆さんと知り合えて、今日は本当に楽しかったです。キリンさんの助手も――ちゃんと勤め上げられているかわかりませんが――とてもやりがいがありますし」


「なに言ってるの、あなたの占い、すごかったじゃない」


 えへへ――と、ダチョウは可愛らしい声で照れ笑いをした。


 結局は壊れてしまったものの、彼女の占いは見事に「風呂桶」のありかを的中させた。それもあってか、今のダチョウは少しずつ自信を取り戻しているのかもしれない。昨日ロッジで話したときと比べると、声の軽さがだいぶ違った。


「私、キリンさんとなら、この旅を楽しいものに出来そうな気がします」


 そう言ったダチョウの横顔を、キリンはちらりと盗み見た。

 色白の頬と長いまつげ。クリーム色をした髪は温泉から上がったばかりで、まだ少し濡れている。その髪の色によく似合う、薄い桃色の「ゆかた」だった。


「ええ、私も本当にいい助手を見つけたわ」


 ちょうどそのとき、部屋のふすまが軽くノックされた。


「だれかしら――」


「――ごめんなさいね、くつろいでるところ」


 客間を訪ねたのはギンギツネ。彼女も湯上りらしく、紺色の「ゆかた」姿だった。その後ろにちらりと顔を覗かせているのは。もちろんキタキツネ。


「いいえ、ぜんぜん構わないわ――ちょうどダチョウと、この『ゆかた』がとっても気持ちいいって話していたところよ」


「いいよねこれ。ずっとこの旅館にあったんだけど、『かばん』が来るまでこれが着るものだってわかんなかったんだ。今ではボク、毎日これで寝てる」


 キタキツネは羽織っている明るいオレンジ色の「ゆかた」をはためかせた。


「あなた寝相が悪いせいでいっつもはだけさせてるじゃない」


「ギンギツネだってこの前の朝よれよれだったもん」


 些細なことで、二人は言い合いを始める。


「まあまあ……それで、なにかご用でしたか?」


 ダチョウが二人をなだめ、軌道修正した。


「ごめんなさい、そうだったわ――実はさっき聞いたんだけど、カピバラが明日、また温泉巡りの旅に出るみたいなのよ」


 温泉愛好家の本業である。


「まあ、あの子はここがいちばんのお気に入りだから、そんなに長期間にはならないと思うんだけどね……それで、私とキタキツネでさっき話していたんだけど」


 それからキリンたちは、ギンギツネとキタキツネのとある「提案」を聞いた。


「それ、とってもいい考えです!」


 ダチョウが両手を合わせて感激する。


「ギンギツネが思いついたんだ。それで、ボクはこんなのがいいと思うんだけど」


「それ、あなたが『そり』に取り付けていたやつの応用? さすがねキタキツネ! 探偵の素質があるわ。あっ、そうだ。私もひとつアイディアが――」


「キリン! あなたすごいじゃない! 絶対喜ぶわ!」


「あの、それだったらいっそあの二人にも」


 大盛り上がりの四人の「くわだて」は、夜が更けるまで続いた。

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