●シーン14● 湯けむり大作戦!
「ど、ど、どうしましょう! こっちに来ます!」
「ちょっと! 斜面の上なら逃げ切れるんじゃなかったの?!」
ダチョウとアミメキリンは互いに両手を合わせて身体を震わせている。
「ごめん、ボクの攻略が甘かったせいで――がっくり」
セルリアンたちは、まさにキタキツネが作った「そり」のコースを耕しながら、雪中を掘り進んでこちらに向かっていた。
「このままじゃ温泉が……」
ギンギツネが眉根をぎゅっと寄せて、悲痛な表情を浮かべる。
五人の目と鼻の先には、ギンギツネたちが管理している温泉旅館があるのだ。
「ボク、もう温泉入れないのかななな……がっくりだよよ……」
「カピバラさん、諦めないで下さい! ああ、なにか方法は……」
ダチョウがわたわたと周囲を見渡した。
迫りくるセルリアン、巻き上がる雪、アミメキリンたちのうろたえた表情……。
そして彼女は山頂のほうを見やる。
「えっ?! な、な、なんですかあれっ?!」
ダチョウは異変に気が付いた。
山頂から伸びている「ぱいぷ」の様子がおかしい。
「えっ?! あの子たち、いったいなにを?!」
ギンギツネが驚愕して叫んだ。
本来温泉に向かってお湯が流れるように設置されているはずの「ぱいぷ」が、途中から外されていた。「ぱいぷ」の向きを変え両側で支えているのは、オコジョとビントロング。
そしてコースアウトしたお湯が、まっすぐこちらに流れてくるのだ。もくもくとたくさんの湯けむりを立てながら。
「おいカピバラ! もう温泉に入れないだって?! シケたこと言いやがってこの野郎! こいつでも浴びとけ!」
湯けむりにまみれて、トゲトゲしい乱暴な声が響いた。あれはたしかにオコジョ……間違いない。さっきのおしとやかな彼女からは想像もつかない変貌ぶりだった。
「なに言ってるんですかオコジョさん! ああ、こんないちかばちかの作戦、本意ではなかったのですが……とにかく皆さん、旅館の中へ逃げ込んでください! ここは私たちが!」
ビントロングが流れるお湯の重さに押されそうになりながらも、オコジョと共に「ぱいぷ」を支えている。
山の上からは大量のお湯。
ふもとからは大量のセルリアン。
たしかに逃げ込めるのは、旅館の中しかなかった。
「みんな早く! 『びーぼたん』連打でダッシュだよ!」
キタキツネが叫ぶと同時に、五人は旅館の中へと駆け込む。
「ねぇあの子たち、いったいなにをしようとしているの?!」
正面口から辛くも中へ滑り込んだキリンが、誰にでもなく疑問を投げかけた。
しかしその答えが誰かから返ってくる前に、外の景色を見て、あの二人の作戦が功を奏したのだとわかった。
「セルリアンが、どんどん固まっていく……」
セルリアンは、海水に触れると「溶岩」という黒い塊になる。
どういうわけか詳しいことはわかっていないが、セルリアンからサンドスターが溶け出して、もとの「無機物」に戻ってしまうらしい。
温泉も効果があったとは知らなかった。
外では、お湯を被ったセルリアンたちがみるみるうちに凝固して、もとの姿を失い、どす黒い溶岩に変質してゆく。
「すごい光景ですね……」
ダチョウがため息混じりに呟いた。
周囲には、セルリアンたちが蓄えていたと思われるサンドスターが大量に放出されている。それらは太陽の光を受けて、キラキラと輝いていた。
●`の'●`の'●`の'●`の'●`の'●`の'●
「本当に、いろんな意味で賭けだったんですよ……」
ビントロングがヘトヘトになりながら言った。
十数体いた紫色のセルリアンたちは、大量のお湯を被ってその身を失った。辺りには溶岩が散乱し、雪もいくらか溶けて、ところどころ土が覗いていた。
カピバラとギンギツネはふもとで見つけた「風呂桶」を拾いに行っている。キリンたちとキタキツネはオコジョ、ビントロングと一緒に「ぱいぷ」の向きを元に戻しているところだった。
「私たち『ぶんりき』を見に行ってたんですけど、湯の花の量が予想以上にヒドくて、もしかしたらセルリアン発生の危険もあると思い、早めに戻ろうと思っていたんです」
ビントロングの話では、湯の花を取り除いているとき、山のふもとでキリンたちがセルリアンに追いかけられているのを見つけたらしい。
「私がどうしようか迷ってるうちに、オコジョさんが『おこモード』になっちゃって――」
「『おこモード』とはなんですか! わたくしはこういうときこそ、直感を信じて行動するべきだと思ったのですよ!」
オコジョは切羽詰まったり、感情が昂ぶったりすると、言葉遣いが豹変するらしい。口調だけでなく性格も攻撃的になって、まるでセルリアンハンターのように、大きな相手にも立ち向かおうとしてしまう。
「いつもは必死で止めるんですよ? 周りの子たちが迷惑しちゃうので」
「なんだとこの野郎?!」
とたんにオコジョの顔が猛獣のように変貌する。歯をむき出しにして、今にもビントロングに食らいつきそうだった。
「これは、初めて見るとびっくりしますね……」
ダチョウが苦笑いを浮かべる。
「『げーむ』で負けるとすぐ『りせっとぼたん』押しそうな子だよね」
キタキツネがオコジョに聞こえないように囁いた。
「まあとにかく、オコジョさんが『ぱいぷ』を外してお湯をかける案を思いついて、すぐに実行したんです」
ビントロングが続ける。
「キタキツネさんたちの大事な温泉のお湯を使っていいかどうかという問題もありました。それに誤って『源泉』をかけてしまうと、逆にセルリアンにサンドスターを供給してしまうことになるかもしれない――『ぶんりき』にかける前のお湯は、サンドスター含有量が高いですからね。あとは、セルリアンに対して効果が確認されているのはあくまで『海の水』で、果たして温泉が効くのかどうかも……」
あの「黒セルリアン事件」では最後、セルリアンを海水に沈めることによって溶岩へと変質させ、倒すことができた。
今回新たに「温泉」が有効だとわかった。
「とにかく、いろいろ懸念がありました。私、つい慎重になりすぎてしまう性格なので、きっと私だけでしたら間に合わなかったと思います」
でも……と、ビントロングはホッとしたような笑顔を見せる。
「今回は、オコジョさんの決断力のおかげで、皆さんを助けることができました。私たち、なにか力になりたいと話していたんです。間接的にでも、カピバラさんの桶をなくした原因になってしまったわけですし……」
ビントロングの話を聞き、オコジョも表情を元に戻してうなずいた。
「この辺り、それなりにセルリアンが発生するんですけど、この温泉だけは今まで一度も襲われたことがないんですよね。もしかして、セルリアンは『温泉』を避けてるのかと、とっさに思ったんです――でも、ビントロングがリスクを洗い出してくれたおかげで、わたくしも自信を持って行動できたのですよ?」
二人はちらりと目を合わせて、照れくさそうに目をそらし、作業に戻る。
「なんだかんだ、とってもいいコンビなんですね」
「ええ。二人のおかげで、本当に助かったわ」
ダチョウとキリンがそんな二人を眺め、囁いた。
「あとはここをはめれば……よし、できました! 復旧完了ですわ!」
オコジョが最後の部品を取り付け、「ぱいぷ」がもとの位置に繋ぎ直される。温泉にはまた、熱々のお湯が流れ込む。
しばらく見守っていると、湯船からは気持ちのよさそうな白い湯けむりが立ち込めてきた。
●`の'●`の'●`の'●`の'●`の'●`の'●
「あったわよカピバラ! これじゃないかしら?」
カピバラとともに、再び山のふもとに戻って「風呂桶」を回収しにきたギンギツネは、目的のものを見つけて声を上げた。
「わああ、ありがとう! 本当に助かったよよよ……」
二人は半分雪に埋もれた「風呂桶」を掘り出す。
しかし、現れたその桶のすがたに、二人は落胆した。
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