●シーン16● かぴばら おこじょ びんとろんぐ
東の空から眩しい朝日が昇り、旅館を照らす。
雪は降っていないものの、明朝の『ゆきやまちほー』は凍りつくような寒さだ。
「それじゃあ、ボクは『うみ』のほうへ行くねぇ」
「私たちは『みずべちほー』ね。気をつけて、カピバラ」
温泉旅館の玄関口には、フレンズが集まっている。
それぞれの旅路につくキリンたち探偵コンビとカピバラ。見送るのはギンギツネ、キタキツネのペアに、オコジョ、ビントロング。
「お見送りの前に……カピバラ、渡したいものがあるのよ」
ギンギツネがそう切り出した。
「よよ?」
「カピバラはいっつも遊んでくれるし、ここの温泉を誰よりも好きでいてくれてるから、そのお礼だよ」
そう言って、キタキツネが差し出したもの。
それは木を加工して作られた、温泉には欠かせない道具――「風呂桶」だった。
「これ、もらっていいの?」
「うん。それに、ただの桶じゃないよ。『ひも』がついてるでしょ? ここを首に引っかければ、手を使わなくても持ち運べるんだ」
キタキツネが桶を一度受け取り、カピバラの首にひもを引っ掛けた。ちょうど首にあたる部分は布があてられていて、痛くならないようになっている。
「すごいねこれぇ! 使わないときも、これなら楽ちんだよよよ」
桶はちょうど蛇のフレンズのフードのように、首のうしろに固定された。
「オコジョとビントロングのもあるよ」
キタキツネはさらに二つ桶を持ってくる。
「わたくしたちにも、ですか?!」
「で、でもどうして――」
完全に意表を突かれた二人はお互いに顔を見合わせて、目をパチクリさせた。
「昨日、私たちとこの旅館をセルリアンから救ってくれたじゃない? それに二人はうちの大切な常連さんだから」
ギンギツネが眩しい笑顔を見せて、二人の恩人に言う。
オコジョたちは何度もお礼を言いながら、カピバラと同じように首に引っ掛けたり、取り付けられたひもをまじまじと見つめた。
「あれ? 桶の裏になにか――」
カピバラは桶をひっくり返して、そこに書かれているものに目を凝らしていた。
「ふふっ、気がついたわね」
キリンは誰かが見つけるのを待ってましたと言わんばかりに、口元をにんまりさせる。
「それは『文字』というものよ。ヒトが『ほん』や『てがみ』に使っていた、言葉を書き表したものなの。そこには『かぴばら』って書いてあるわ。もちろん二人の分にも書いてあるわよ」
「うわああ、ありがとうよよよ――」
カピバラは感激した様子で、キリンにお礼を言う。
オコジョとビントロングも桶の裏に書かれた「文字」を物珍しそうに見ている。
「これが、『文字』でわたくしの名前を表したものなんですね、なんだか不思議なかたち……ありがとうございます」
「私たちには読めませんが、自分の風呂桶って感じがして、すごく嬉しくなります! キリンさん、ありがとうございます!」
二人からも感謝の言葉を受けて、キリンは鼻高々に、そしてひどくだらしなく、笑っていた。
「ねぇギンギツネ、キタキツネ。思いついたんだけど、こんなふうに『名前入り風呂桶』を、常連さんにプレゼントするのはどうかな? もちろんたくさん作るのは大変だから、なにかルールを作って。お客さんも増えるかもしれないよよよ?」
「あっ、カピバラさんそれ素敵です!」
カピバラの提案にダチョウが熱を込めてうなずく。
「なるほど、名案ね。どう、キタキツネ?」
「それじゃあ例えば、温泉に十回入ったらプレゼントって言うのは?」
「いいわね。なら私は『文字』をかけるようにならなきゃ。ここからだと、オオカミに教えてもらうのがいちばん近いかしら?」
キツネコンビがカピバラの提案をどんどん具体的にしていく。きのう遅くまで話し合いと作業をしていたせいで、少々ハイになっているのかもしれない。
「そういえば、自分だけが使っている専用のものは『マイなんとか』って言うらしいわ。オオカミ先生がずっと使っているペンのこと『マイペン』って呼んでいたもの」
「それじゃあ『マイ風呂桶』だねねね」
七人のフレンズたちは、旅館の前でひとしきり笑いあった。
それ以来、「ゆきやまちほーの温泉旅館」といえば、マイ風呂桶、マイ浴衣、マイげーむ(は、キタキツネが全力で阻止した)などがもらえると大いに評判になり、温泉に入りに来る常連のフレンズも急増したのだとかなんとか。
もちろんそれは、もう少しだけ未来の話。
もしダチョウが旅館の運勢を占っていればきっと見えた、素敵な未来だ。
さて、探偵キリン、助手ダチョウ。
二人の次の行く先は「みずべちほー」。
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