●シーン12● 切り札?
「わたくしたちは、昨日の午前中に、この温泉に到着しましたわ」
一行は休憩室を出て、温泉に向かった。
温泉へ続いている廊下を歩きながらオコジョが説明する。
「昨日の午前といえば、カピバラさんとキタキツネさんがそり遊びをしていたとき、ということになりますね」
ダチョウが先ほどのカピバラの話をもとに、確認を入れる。
「そうですね――それで時間もあったので、わたくしとビントロングは裏庭で『ゆきがっせん』をしていたのです。お天気もすごく良かったですし」
「わぁ、いいないいな! ゆきがっせん! ボクもしたかったー!」
「ゆきがっせん?」
キタキツネがオコジョに反応して飛び跳ねる。聞いたことのない言葉に、キリンは首をかしげた。
「手で雪をぎゅっと握ると、ジャパリまんみたいに丸く固まるのよ。それを投げ合って相手に当てる遊びが、『雪合戦』ね」
ギンギツネが「ゆきがっせん」というのがなにかを説明をしてくれた。
「『ゆきやまちほー』には、雪を活かした遊びがたくさんあるんですね! ぜひ今度やりましょう!」
ダチョウが楽しそうにそう言って、オコジョやキタキツネとアイコンタクトをとる。
「楽しそうだけど――コホン、まずは事件解決が先よ。それでオコジョ、あなたたちは裏庭の縁側にある『風呂桶』を見つけたというわけね?」
キリンが話を戻す。たしかに「雪合戦」は魅力的だが、今は我慢だ。
「はい。どういうものかは知らなかったのですが、温泉にある道具っていうことはわかっていたので……それで、湯船のわきの、それが積まれているところに戻したんです。申し訳ありません」
カピバラは片手をひらひらと振って、「いいんだよぉ」笑う。
「ボク以外が見ても、ほかの『風呂桶』と見分けがつかないからねぇ。仕方ないよ。一晩もほったらかしにしちゃったボクも悪いし。それに、道具を元の場所に戻すのはとってもえらいことだよよよ」
不意にカピバラに褒められて、オコジョとビントロングは照れくさそうに、ぎこちなく笑った。
「でもわたくしたちにも責任がありますわ。ね、ビントロング」
「そうですね、オコジョさん。見つかるまで一緒に探しましょう」
●`の'●`の'●`の'●`の'●`の'●`の'●
一行は温泉の脱衣所を抜け、露天風呂に到着した。
「さて、ここまでの証言をもとにすれば、この中にカピバラの『風呂桶』が紛れているはず――どう? カピバラ?」
たくさん積み上げられている桶を、カピバラはじっと見つめている。
「うーん……」
いくつか手にとってみたり、鼻を近づけてにおいをかいだり、カピバラはしばらく無言で自分の『風呂桶』を探した。だがどうやらどれも違うらしく、何度か首を横に振る。
そして、やがてすべての桶を調べ終えてしまった。
「よよ……どうやらなさそうだよよよ……」
「そんな! オコジョさんと私とで、たしかにここに置いたんですが……」
ビントロングが困惑した顔で言う。
「おかしいわね――」
キリンはあごに手を当てて考えた。
よし。ここは「推理の心得」の出番ね。
ロッジを出発する前夜、オオカミ先生とまとめた推理の心得。
そのうちのひとつ。「タイムスリップしたつもりで考えろ」が使えるかも。
ええと、これは――事件が起きたときの状況を整理して、まるでそこにいたかのように想像してみる、ということね。
オコジョとビントロングがここに「風呂桶」を置いたのは、昨日の午前中。
そして今その桶がないということは、昨日の午後以降が怪しいわね。
昨日の午後以降――この温泉は、どんな状況だったのかしら?
(昨日はけっこう吹雪いたからね。雪が深くて転びやすくなってるから気をつけて)
(いやぁ、昨日は午後から吹雪のせいでみんなばたばたしてたし、なんだか申し訳なくてねぇ)
キタキツネやカピバラが証言していたわ。
たぶん……。
「わかったわ。みんなこれを見て」
キリンの呼びかけに、皆が彼女のほうへ注目した。
「温泉の周りや、この桶の山にたくさんの雪がついている。屋根があるのに不自然だと思わない?」
キリンは屋根の柱にこびりつく雪を指で撫でた。
ダチョウが唐突に声をあげる。
「あっ! そうかキリンさん! きのうは午後から吹雪でした!」
「そう。この温泉は屋根があって、脱衣所もすぐとなりにある構造よ。そうすると行き場を失った風が強く巻き起こる――吹雪の日ならなおさら。ちなみにきのうの午後、この温泉にはだれか入ったかしら?」
キリンの問いかけに、ギンギツネが手をあげる。
「ひとりもいないわ。きのうの午後だったら、すごく風が強くて危ないと思ったから、ここは一時的に閉鎖したのよ」
ギンギツネのその情報を聞いて、キリンは確信した。それならば、カピバラがここに来て見つけるという可能性も断たれたことになる。
「じゃあもしかして、カピバラの『風呂桶』は……」
キタキツネが震える声を絞り出す。どうやら想像がついたようだった。
「ええ。残念だけど、吹雪で飛ばされてしまったのだと思うわ……」
●`の'●`の'●`の'●`の'●`の'●`の'●
ダチョウとキリンの二人は客間で休憩をとっていた。
カピバラの大事にしていた「風呂桶」。
それはおそらく、吹雪でどこかに飛ばされてしまった。この広大な雪原だ。きのうから一晩中吹雪が吹き荒れたのなら、たったひとつの小さな桶を見つけ出すなんて、不可能に近い。
「キリンさん、残念でしたね……」
ダチョウが声を落とした。
もちろんあのあと、手分けをして旅館の周辺を探してみた。もともと温泉に備えつけられていたほかの桶ならばいくつか落ちているのを見つけたが、その中にカピバラの愛用していたものはなかった。かなり遠くまで飛ばされてしまったらしい。
ギンギツネとキタキツネは、また吹雪が来たときに飛ばされないよう、桶を脱衣所内にに置くことにすると言っていた。今ごろは雪をはらい終えて、脱衣所に積み直されているだろう。
一方オコジョたちは、山頂にある「ぶんりき」の調整に向かっている。
いつもならギンギツネたちがやっている作業だが、常連でもあるオコジョたちはときどきこの作業を請け負っていたようだ。
「でも……キリンさんはやっぱりすごいです!」
ダチョウは元気付けるように声のトーンを上げた。
「推理ももちろんですけど、なんていうか……みんなから情報を集めて、動かしていく感じがカッコよかったです。だから元気出してください。カピバラさんも『一生懸命探してくれてありがとう』って感謝してましたし」
キリンは「たたみ」の上に寝そべって天井を見ている。
そして、不意に言った。
「なにか方法はないかしら?」
「キリンさん?」
上半身だけ起こして、キリンは語気を強める。
「ダチョウも考えるのよ! まだ『風呂桶』はこの世界から消えてなくなってしまったわけじゃないわ。吹き飛ばされた先を推理する方法はなにかないか、考えないと!」
「キリンさん……でも、どうしてそこまで?」
「どうしてって……」
キリンは首をかしげて、うーんと唸る。
「なんでかしら――自分でもよくわからないけど、きっと『ギロギロ』なら、こんなところで諦めないって思うのよ」
それに尊敬するオオカミ先生だってそうだ。ここで諦める私を見たら、きっと失望するに違いない。
「キリンさんの目標である『ギロギロ』――なるほど」
ダチョウはしばらくのあいだ思案顔になる。そして目を上げ、真剣な顔でキリンに言った。
「わかりました。私も助手として考えます」
「ありがとう、ダチョウ……」
さっそくああでもない、こうでもないとぶつぶつ呟くダチョウを見て、キリンはとても嬉しくなる。
ロッジの前で彼女が占ってくれたことを思い出す。「虹」はいつ見れるだろう。そんなに遠くない未来だといいけど。
そしてなんとなく、そのときとなりにダチョウがいてくれればいいなと、キリンは思った。
「――あっ」
そのとき、すっかり忘れていたことがキリンの頭に舞い戻ってきた。
「キリンさん、なにか思いつきましたか?」
「そうよ! この手があったわ!」
「思いついたんですね! さすがです! それで、どんな手ですか?」
「手というより、『タマゴ』があった!」
目の前にいるのは、見習いとはいえ「占い師」なのだ。
やってみない手はないじゃない。
「えっ? それってまさか……」
「ダチョウ! あなたの占いで、カピバラの『風呂桶』がどこに飛ばされてしまったのか、占ってみてちょうだい!」
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