●シーン11● 雪国のフレンズたち

「揃ったわね――というわけで、忙しいところ悪いけど、みんなに『事情聴取』をさせてもらうわ。カピバラの大事な温泉アイテム『風呂桶』を探し出すために」


 旅館の休憩所には、総勢七人のフレンズが集まっていた。


 キリンにダチョウの探偵コンビ。今回の「依頼人」であるカピバラに、温泉の管理人であるギンギツネとキタキツネ。そしてちょうど居合わせていた常連のフレンズである、オコジョとビントロングだ。


「えっ? カピバラ、あの桶なくしちゃったの? すぐに言ってくれれば一緒に探したのに」


 ギンギツネが身を乗り出して言う。キタキツネもうんうんとうなずく。


「いやぁ、昨日は午後から吹雪のせいでみんなばたばたしてたし、なんだか申し訳なくてねぇ」


 昨日の「ゆきやまちほー」では久しぶりの強い吹雪だったらしい。そう言えば、キタキツネもそんなことを言っていた。先ほど入ってきた温泉の周りにも、たくさんの雪が降り積もっていた。


「まあそういうことでしたら、もちろん協力いたしますわ。私はオコジョと申します。こちらは友人のビントロング。この温泉にはよく入りに訪れますのよ」


 オコジョは丸っこい耳の、全身真っ白なフレンズだった。髪も服も大きな尻尾も、まるで雪で化粧をしたみたいだ。唯一尻尾の先だけが黒色で、可愛いアクセントになっている。


 対してビントロングは薄い紫色の髪に黒い服を身につけている。もふりとした大きな尻尾も真っ黒だ。オコジョと種類の近いフレンズなのか、耳は丸くて小さい。だが耳の後ろに、オコジョにはない黒い小さな羽のような毛が付いていた。


「失礼ですが、あなたたちはどなたでしょうか?」


 ビントロングがていねいな口調で尋ねる。


「名乗るのが遅れたわね。私は未来の名探偵、キリン」


「私は見習い占い師兼、キリンさんの助手のダチョウです」


「なるほど、探偵ですか。あの『ホラー探偵ギロギロ』のような感じでしょうか?」


 ビントロングの発したこのワードに、キリンはもちろん食いついた。


「あなた『ギロギロ』を知ってるのね! ねぇ、最新話はもう読んだ?! 最高だった! あのオセロットが仕掛けたトリックが本当に予想外で――」


「キリンさん! 今はそれよりもカピバラさんの桶を――」


 休憩所にあったちゃぶ台をひっくり返しそうな勢いで前のめっていたキリンを、ダチョウが落ち着かせる。


「いけないいけない。私としたことが」


 気を取り直して、キリンはまずカピバラに状況を説明してもらうことにした。


「ええと――ここに到着したのはおとといの夕方だったねぇ。その日はすぐ温泉に入って、上がったあとに桶を陰干ししたんだ」


「かげぼし?」


 キリンが尋ねる。


「『風呂桶』は木でできてるからねぇ。水に濡れたまま放っておくとかびが生えちゃうんだよ。だからギンギツネに断って、裏庭の縁側に置いておいたんだ」


 結局、カピバラが『風呂桶』を見たのはそれが最後だという。


「そのあとはギンギツネたちとジャパリまんを食べて、あったかいお茶を飲んだねぇ。夜には二階の客間でぐっすり寝たよ。この床、『たたみ』っていうらしいんだけど、すごく寝心地がいいんだよねぇー」


「じゃあ、縁側を確認したのは次の日?」


「そうなんだよよ。その日の朝は……そうそう、キタキツネと一緒にそり遊びをしたんだよねぇ」


「うん。晴れてたから絶好のそり日和だったんだよ」


 キタキツネが説明を加えた。カピバラもそれを聞いてうんうんと同意する。


「ボク、寒いのはあんまり得意じゃないんだけど、『そり』で思いっきり遊んだあとに温泉入ったらさいこーだと思ってねぇ。いやぁ、楽しかったよよよ」


「カピバラはここにきたとき、いつもキタキツネと遊んでくれるから助かるわ」


「ボクも嬉しい。ありがとね」


 ギンギツネが両方の手のひらを合わせてにっこりと笑った。キタキツネもうなずいて、感謝を述べる。


「なんもだよよ。また遊ぼうねぇ」


 温泉愛好家のカピバラと管理人の二人は、とても仲がよさそうに笑いあった。


「なんだか、素敵な関係ですね」


 ダチョウがキリンにだけ聞こえるように、小さく呟いた。


「私とアリツさんとオオカミ先生みたいね! ――それでカピバラ? そり遊びのあとはどうしたの?」


「ああごめんごめん――ええと、そり遊びから戻ったのがお昼ごろだねぇ。温泉に入ろうと思って、縁側に桶を取りに行ったらもうなくなってたんだよよよ……」


「なるほど。つまり犯行時刻はおとといの夕方からきのうのお昼ごろまで、というわけね。じゃあこのあいだに、カピバラの風呂桶を見かけた子はいないかしら?」


「あの、ちょっといいかしら?」


「どうしたんですか? オコジョさん」


 そろそろと片手を上げたオコジョに、ダチョウが首をかしげた。


「そもそも先から言っている『ふろおけ』って……なんなのでしょうか?」


 休憩室に気の抜けた間が訪れた。

 カピバラが平和そうな表情のまま固まっている。


「その……実は、私もよく知らなくて」


 ビントロングもオコジョに続いて白状した。


「きいていると、どうやら温泉で使う道具のようですけど」


 キタキツネが呆れてように目を細めた。


「二人ともよく温泉入りに来てるのに――知らないの?」


「しかたないじゃない。温泉に道具が必要だなんて知らなかったんですよ……」


「この『ふく』が脱げるものっていうのも、最近知りましたしね」


 オコジョとビントロングは苦笑いをしながら弁解する。

 カピバラがぽりぽりと頬を掻いた。


「ごめんよぉ。温泉愛好家のボクがきちんと教えてあげるべきだったよよ……『風呂桶』っていうのは、お湯を汲んだり、身体にかけたりする道具のことだよ。丸くて、木で出来てて……」


「ああ! それって、温泉の湯船のわきにたくさん積み上げられてる、あれですね?」


 オコジョは合点がいったようで、両手をぱんと合わせる。


「そうそう。今度使い方を教えるよよよ」


「でも、それでしたら私たち……」


 ビントロングがとたんに申し訳なさそうな顔をして、オコジョと目を合わせる。

 オコジョが膝の上に手を乗せて、小さな声で言った。


「ごめんなさい。縁側に置かれていた『ふろおけ』でしたら、私たちが移動させたのよ……」

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