●シーン6● 木漏れ日のロッジ、出発の朝

 翌日の朝早く。


 ロッジにはまるでサンドスターのような、キラキラした木漏れ日が差し込んでいた。


「アリツさん」


「ああ、オオカミさん。おはようございます」


 受付カウンターで準備をしていたアリツカゲラのところへ、半開きの目をごしごしとこすりながら、タイリクオオカミが起き出してきた。


「キリンさんと話したんですね……眠そうですよ?」


「ああ。一晩中語ってしまったから、まぶたがとても重いよ」


 寝不足のせいでぐったりしているオオカミ。

 しかし、その表情はとてもすっきりとしていた。


「――その様子だと、大丈夫だったみたいですね」


 アリツカゲラは安心したように、小さく微笑んだ。


「ああ。アリツさんも、キリンのことで相談に乗ってもらってありがとう。感謝してるよ」


「いえいえ。実際、私はお話を聞いただけで、どうするか決めたのはオオカミさんですから――キリンさんはどんな様子でした?」


「そうだね。まったく心配いらなかったよ。むしろ私が反省すべきかもしれない。少しでもキリンの気持ちを疑ってしまったわけだからね。彼女の憧れは本物だった。ただカッコいいからとか、そんなんじゃない。『ギロギロ』への憧れは、本当にとてつもないものだったんだ」


 そして、憧れを掴むために、大きな決断をした。


「ふふ。その憧れを生んだのは、ほかならぬオオカミさんですよ? それにとてつもないのは、私から見たらやっぱりオオカミさんだと思います」


 オオカミは不思議そうに首を傾げる。


「だって、もしかしたらオオカミさん、嫌われてしまっていたかもしれないんですよ? それでも、キリンさんのために覚悟を決めて伝えた。それって、とてつもないことだと思いません?」


 嫌われる――か。たしかにそうなる可能性もあったのかもしれない。


 でも、不思議とその恐怖はなかった。

 きっと心のどこかでは、キリンは大丈夫だと確信していたのだろう。


「――私にとって、キリンはファン第一号であり、親友だからね。今の私があるのは、彼女のおかげなんだよ」


「それ、キリンさんに言ったら喜びますよ? まあオオカミさんのことですから、どうせ面と向かって言えないんでしょうけどねぇ」


 アリツカゲラはいたずらっぽく口角を上げる。

 オオカミは一瞬きょとんとして、声を上げて笑った。


「アリツさんには敵わないな」


「ふふ――それで、キリンさんはどうするか、決まったんですか?」


「ああ。昨晩のうちに、結論は出た。彼女から言い出して、彼女自身が決めたことだよ。まあ『ギロギロ』の新刊をいち早く見れなくなることについては、ずいぶん不本意みたいだったけどね」


「そうですか――しばらくのあいだ、寂しくなりますね。私も頑張って、もっとロッジを繁盛させないと」


「私もペースアップして、原稿を仕上げるとしようかな。キリンが帰って来たときに全然進んでいなかったら、それこそ申し訳が立たない」


 オオカミは軽く腕を回し、伸びをする。


「その前に、お二人のお見送りですね。さあ、行きましょうか」



 ●`の'●`の'●`の'●`の'●`の'●`の'●



 ロッジのすぐ外ではダチョウが出発の準備をしていた。


 バッグの中にはアリツカゲラからもらったジャパリまんが詰まっている。これで次のちほーを横断するまでは、じゅうぶんにもちそうだ。


 そこへ突然大きな声が響き渡る。

 

「ダチョウ……! 私の運勢を占ってみなさい!」


近くの枝にとまっていた小鳥たちが驚いて、けたたましくさえずりながら羽ばたいていった。


「えっ? どうしたんですかキリンさん?」


「いいから、早く! あなたは占い師なんでしょ?」


「で、でも……昨日お話ししたように今はうまく占えなくて」


 キリンはさらに一歩、前に進み出た。


「大丈夫よ! うまくいくわ。さあ、いいから」


 いったいどういうことなんだろう――戸惑いながらも、ダチョウはバッグの中から占いに使うタマゴを取り出す。


「それじゃあ……」


 金色に輝く、美しいタマゴだ。朝の木漏れ日に照らされて、それはとても神聖なもののように見えた。ダチョウはそれを小さなクッションの上にそっと置き、両手をかざし、静かに目を閉じる。


 タマゴが淡く、優しい光を帯び始める。

 その輝くは次第に強くなり、ダチョウの整った顔を明るく照らした。

 一瞬だけ、森の木々のざわめきが強くなったような気がした。


「むむっ? で、出ました……一応」


 彼女は小さく息を吐いて、目を開ける。


「本当? どうなの? 私の運勢は?」


「色とりどりの……ええとこれは……虹、だと思います。たぶん」

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