●シーン2● アミメキリンは名探偵? 推理のゆくえ
「オオカミ先生! 今日のぶんの採点をお願いします!」
突然勢いよく食堂の扉が開かれ、快活な声が響いた。
食堂で原稿を描いていたタイリクオオカミは軽く伸びをしてから、原稿を書いていたペンを止める。
「ああ、もちろんだよ。しかし、毎日欠かさず文字の練習を続けるなんて、キリンも努力家だね。感心するよ」
「ふふっ! 名探偵であるこのアミメキリンが文字も読めないなんてカッコ悪いですからね! それにいつか『ギロギロ』にセリフが付いたとき、読めないと困ります」
そう言って彼女は、握りしめていた一枚の紙をテーブルの上に置いた。その紙にはおぼつかない筆跡で何行か文字が綴られている。
ここは森の中にある宿泊施設「ロッジ・アリツカ」。
基本的には旅行者向けのロッジで、短い期間の滞在を想定した施設だ。
だがアミメキリンとタイリクオオカミの二人は、もうずいぶん長い期間、ここに滞在していた。
理由は単純。
オオカミにとっては創作活動に集中できる環境だったし、アミメキリンはオオカミの描く漫画の熱烈なファンなのだ。管理人のアリツカゲラも含めた三人は、もうすっかりこのロッジを「なわばり」にしていた。
オオカミはキリンの持ってきた用紙を手に取り、目を細めて添削を始める。
「フンレズのみんながもっと文字を読めるようになれば、『ギロギロ』もセリフ付きで書くことができるし、表現の幅も広がるんだけどね――おっとキリン。また『こんにちは』が『こんにさわ』になっているよ」
「ええっ?! ――ああ本当ですね。私としたことが……」
「でもそれ以外はよくできているね。もう少ししたら『漢字』にも挑戦してみようか」
「ああ、あのカクカクした文字ですよね……難しそうです」
「でも、漢字で『名探偵』と書けるようになれれば――」
「カッコいい! ですね! 私、頑張ります!」
作家であるタイリクオオカミは「ホラー探偵ギロギロ」という漫画を描いており、今やパーク中のフレンズが「新刊」を心待ちにしている、売れっ子作家だ。
その漫画には今のところ「文字」は使われていない。
昔に起こった「黒セルリアン事件」をきっかけに、「ヒト」の文明がフレンズたちのあいだでも興味が持たれ、かなり知られるようになった。「かばん」という、パークで唯一のヒトがいたおかげだ。そして文字についても、そのときからたくさんのフレンズが熱心に学んだ。
だが、まだまだ大多数のフレンズは文字を扱うことができない。
オオカミは以前から文字を扱えるフレンズだったが、より多くのフレンズたちに読んでもらうために、あえて漫画には使用していなかった。
「そういえば先生、今日の夕方、ロッジにお客さんが来たみたいですね! どんなフレンズか、私が推理してみせますよ!」
意気揚々と両手を握り、また勢いよく扉を開け、キリンは食堂をあとにした。
オオカミは優しく微笑み、ペンを握り直す。夕食までのあと数分、もうすこしだけ原稿を進めよう。
「推理、か――」
その表情は穏やかだったが、ほんの少しだけ、憂いが滲んでいた。
●`の'●`の'●`の'●`の'●`の'●`の'●
「ダチョウさん! お待ちしてました。食事はみんなで一緒に食べたほうが美味しいですからね。ぜひご一緒しましょう! さあどうぞ、こちらの席に」
夕食には四人のフレンズが集まっていた。
食堂まで降りてきたダチョウを、アリツカゲラが歓迎する。
「初めまして。ダチョウと申します。一応、見習いの占い師をしております」
勧めてもらった円卓には、すでに二人のフレンズがくつろいでいた。
「やあ。私は作家のタイリクオオカミだよ。よろしく」
「私は名探偵のアミメキリン。あなたがダチョウだというのは、私にはお見通しだったわよ!」
「えっ?! 本当ですか?」
驚き戸惑うダチョウだったが、オオカミが慣れた口ぶりで彼女に耳打ちした。
「ダチョウ、彼女の言うことはあまり気にしなくていいよ――それより、占い師だなんてすごいじゃないか」
アリツカゲラがそれに同調するように、しきりにうなずく。
「なんだかミステリアスなオーラがあって素敵ですよねぇ。このロッジの今後がどうなるか、ぜひ占ってほしいです!」
「そんな! 大したものじゃないんです。それと、占いは今ちょっとお休み中で……」
ダチョウは苦笑いをして、自分の膝に視線を落とした。
「わけありかな――まあ、占いはぜひそのうち。それより、ずいぶん遠くから来たみたいだね。なぜ旅を?」
オオカミがにっこりと笑い、話題を変える。
「ええと、実は図書館へ行こうと思っていて。ですが、恥ずかしながらこの森で迷ってしまっていたんです。この『ろっじ』があって、本当に助かりました」
「そうだったんですね。たしかこの辺りの地図があったと思いますので、後でご案内しましょう。ちなみに図書館というと、博士たちになにか用事ですか?」
アリツカゲラがかごに盛られたジャパリまんを勧めながら訪ねた。ダチョウはお礼を言いながら、ありがたくひとつ受け取る。
「それは……」
そのとき、アミメキリンが突然立ち上がった。
「待って! あなたがなぜ図書館に向かっているのか。その理由、私が推理してあげる!」
彼女はひたいに手を当てて、神妙な顔つきで唸り始めた。
「す、すいり?」
驚くダチョウに「いつものことだよ」と、オオカミが小声で言う。
「『推理』っていうのは、いくつかの手がかりから真実を言い当てることさ。でも大丈夫。当てられる心配はないよ。キリンは頑張り屋だけども、肝心の推理のほうはちょっと見当違いなことが多くてね。まあ、面白いからちょっと聞いてみよう」
「はぁ……」
ダチョウは手に取った鮮やかな薄ピンク色のジャパリまんをひと口食べる。
そして、かたわらで「推理」を進めているキリンを見守った。
「その黒と白のきれいな羽。ふさふさした長い髪。見習いの占い師。そしてわざわざ遠くのなわばりから来たということ。なるほど、これらの証拠からあなたは――」
キリンの目がパッと見開かれる。
「わかりました! ダチョウさん、あなたは博士たちに『パークの危機』を伝えるべく、図書館に向かっているのです!」
キリンの人差し指が、勢いよくダチョウへと向けられた。
「――キリンさん。そんなまさか『パークの危機』だなんて」
「また斜め上の推理だね」
アリツカゲラとオオカミは、呆れたように笑い、首をかしげた。
しかしそんな二人の様子には気づいていないのか、気づいているのに気にしていないのか、キリンは朗々と推理の内容を語る。
「ダチョウさん。あなたは占いによって、パークの悲惨な未来を見てしまった。そんな恐ろしい結果を、とてもひとりでは抱えきれずにいたのです! だからこうして旅をして、博士たちに相談しようとしていたのです!」
食堂にはなにかが置いてきぼりにされたような妙な沈黙が流れた。アリツカゲラが平和な微笑みを浮かべて、ジャパリまんをぱくぱくとかじっている。
「あー、キリン。いくらなんでも――」
タイリクオオカミが沈黙に耐えかねてなにか言いかけた、そのとき。
目をまん丸にして驚愕の顔をしているダチョウが、大きな声で叫んだ。
「どっ、どうしてわかったんですか?!」
皆一様に――なぜか、推理を的中させたキリンも含めて――ぽかんと口を開けた。
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