5/終章 クロウ
「お兄ちゃん……」
王城内にあるシオンの私室で、俺は久しぶりにシオンの声を聞いた。
ゼラニウムを殺した事に、思う所は色々合ったけど、シオンが無事に意識を取り戻した、という事実は、自分がやってきた事が間違っていない事を雄弁に語っていた。
そうだ。俺は正しい。
俺は正しい事をしたんだ。
偶然だけど、全人類の命綱である勇者を助けたんだ。
これで良かったんだ。
「お兄ちゃん……なんか……すごく眠いよ……何でかな?」
「疲れてるんだよ。寝れば良い」
「寝るのが……怖いよ……」
「どうして?」
「二度と……目が覚めないって……夢を見たの……」
「寝てもまた覚めるよ。安心しろ」
「……一緒に居て……お兄ちゃん……」
「……」
ベッドの上で、異常な眠気に逆らっているように見えるシオンは、俺を見つめながらそんな事を言った。
「私ね……お兄ちゃんが居れば何もいらないの……」
「……」
「だから……ずっと一緒にいて……もう居なくならないで……」
「ああ。一緒にいるよ。君が一緒に居たいって言うなら、俺はずっと一緒にいるよ」
「うん……」
シオンは、そのまま目を閉じて、スヤスヤと眠ってしまった。
呼吸が止まっている様子はない。
どうも、ゼラニウムに時間を止めている最中、体力を消耗し続けていたらしい。
シオンが眠ってしまったのを確認した俺は、無言で佇んでいたホリーを見つめた。
「……何が有ったのか解ってるか?」
〈……大体は……シオンの時を止められる瞬間、ゼラニウムの顔を見ました〉
「その時には、既に手遅れだったんだな?」
〈はい。シオンが意識を完全に失うと、私も存在を維持出来ません。強制的に聖光剣の中に戻されて、眠りに落ちてしまいました……〉
ホリーは珍しい事に、顔を真っ青にしていた。
〈二度と目覚める事が出来なくなる、と思いました……ゼラニウムがどうしてあんな事をしてのか全く解りませんでしたが……シオンの時が止まったまま、魔王が復活したらどうしようかと……〉
「ゼラニウムは時流剣の能力を使って、自分の肉体年齢を持続させ続けていたらしい。五百年間ずっと」
〈何故そんな事を……ゼラニウムは今何処に居るのです?〉
「死んだよ」
〈え!?〉
「アマランスとシネラリアとジャスミンを味方にして、裏切らせて殺させた」
〈……〉
ホリーは、何やら警戒心を帯びた目で、俺を見つめていた。
気持ちは解るよ。
まさか、あのゼラニウムを……とか思ってるんだろうけど。
あんなのは戦いにすらなっていなかった。
ゼラニウムは自分の手駒が全て指示と違う動きをして、俺は敵味方の駒全てを思い通りに動かしたんだ。
何の達成感も無い勝利だった。
あの男が、全て自分一人でケリをつけるつもりで動いていただけで、簡単に覆っていた勝利だ。
単に、巡り合わせの問題だった。
仲間に恵まれて良かった。
運に恵まれて良かった。
それだけの話だ。
「ホリーって、ゼラニウムとチェスした事あるの?」
〈え? あ、はい……数回だけですけど……〉
「強かった?」
〈……貴方程ではありませんでしたが〉
「そう」
俺は、肌身離さず持っていた聖光剣の柄尻についていた宝玉を、ホリーに差し出した。
ホリーは、意味が解らないのか首を傾げる。
「返すよ」
〈ど、どうしてですか?〉
「今回の事だけど、君がシオンと常に一緒に居れば防げたんじゃないのか?」
〈それは……〉
「俺がこの宝玉を持って、君が俺の傍に居る間、シオンの力は半分くらいになってるんだろ? もし、シオンの力が半減してなかったら、こんな事にならなかったんだろ?」
〈……はい〉
ホリーは、本当に意気消沈しながら、俺の言葉を肯定した。
自分の判断ミスを気にしているらしい。
「ホリー。別に責めてるんじゃない。原因は俺だよ。君とホリーの好意に俺が漬け込んだからこんな事になったんだ」
〈違います! わ、私は……! 私とシオンは……貴方を……〉
「君はシオンと常に一緒に居るんだ。シオンの力を半減させるような事は、もう二度とするな」
〈……はい〉
ホリーは、俯きながら宝玉を受け取ると、それを聖光剣の柄尻に戻した。
「心配するなよホリー。俺だって死にたくないし。これからはずっとシオンの近くにいるさ」
〈クロウ……〉
俺は、ヘラヘラとホリーの前で笑って見せる。
「君らが近くに居なかったら、俺みたいな雑魚はすぐに死ぬからな。これからも守ってくれよ」
〈……はい!〉
ホリーは、俺にピタリと抱きついてくる。
〈本当に、ありがとう。貴方は私にとっては、本物の勇者です〉
「はは。それは嬉しいな。夢が叶ったよ」
〈また、チェスの相手をしてくれますか?〉
「死ぬまでするよ」
〈……ありがとう……〉
「……」
シオンの私室から出た俺は、自分の部屋に入ると、着ていた服を脱ぎ捨てる。
返り血や泥で汚れ、戦闘でボロボロになっていた私服を脱ぎ捨て、タンスの中にしまっておいた服を着こむ。
黒いシャツ、黒いズボン、黒いブーツ。
そして、その上に、黒いコートを羽織る。
アイリスや、カトレア教官が来ている、姉妹剣使いにしか着用を許されない、燕尾服を。
着替え終えた俺は、円卓の間に向かう。
円卓の間には、姉妹剣使いが全員揃って、俺を待っていた。
シオンの意識が戻った瞬間、気を使った皆は俺とシオンを二人きりにしてくれようとしたんだが、その際に、この部屋に待つように頼んでおいたのだ。
もう、夜明けも近いというのに、全員が文句も言わずに待っていてくれた。
カトレア教官は、黒い燕尾服を着た俺を見て、一瞬驚いていたが、すぐにニヤリと笑いかけた。
俺は、開いている席に座ると、その場にいた姉妹剣使い達を見つめる。
アイリス、カトレア教官、ヒース王子。
サフラン、プラタナス。
そしてアマランス、シネラリア、ジャスミン。
八人の姉妹剣使いを。
「クロウ様。お話があるとのお言葉でしたが」
隣の席にいたプラタナスが、話しかけてくる。
「これから先、どうするかって話をしておきたい。休むのはそれからだ」
プラタナスは、ゼラニウムを裏切って俺達に加勢してくれた三人を見つめる。
「まず、早急に決めておくべきは、この三人の処遇でしょうな」
三人は、無表情にプラタナスを睨んだ。
「今回協力してくれたとは言え、彼女達は明らかに国家反逆者です。ゼラニウムという男に騙された事を考慮しても、弁護出来ない。それに、彼女達の思想はあまりに危険です」
「仲間にする」
「は?」
「この三人も仲間にする」
「……差し出がましいようですが、危険すぎるかと思われます」
「お前が仲間なのも危険だ」
「……御冗談を……」
「本当はゼラニウムも仲間にしたかったんだ」
俺は、円卓の上に両肘を乗せ、両手を握りながら呟いた。
「死なせるのは勿体無かった。あの男は人類の滅亡じゃなく、救済を目指すべきだったよ。五百年以上の人生経験を持ったまま、シオンの仲間になってくれればそれが出来た。あの男なら、それが出来るくらいの才能は有ったよ」
俺の言葉を、アマランスは目を閉じながら聞いている。
ゼラニウムの目的を知って、嫌悪感を抱いていたであろうシネラリアとジャスミンは、複雑な表情になったが。
「今回の事は、良い教訓になったよ。俺は甘かった。何が合ってもシオンが居れば何とかなる。何が合ってもシオンが居れば大丈夫だ、なんて考えていたらこの様だ。危うく人類が滅亡する所だった。まさかシオンに手を出すヤツがいるとは思えなかった」
その場にいた全員が、俺の言葉を無言で聞いている。
俺の味方だった五人は、シオンを守れなかった不甲斐なさに。
俺の敵だった三人は、シオンに危害を加えてしまった迂闊さに。
全員が、自分の所為で危うく人類を滅亡させたかもしれないと思っている。
「俺が、殺される事は想定してた。姉妹剣使い同士の戦闘で、この場にいた誰かが死ぬ事も想定してた。けど、シオンに危害を加えられる事は全然想定してなった。まさか、勇者に危害を加えるなんて、有り得ないと思ったんだ。だってそうだろ? なあ皆? シオンが死ねば、ここに居る皆だって死ぬぜ? 誰も助からない。皆魔王に殺されるよ? だから俺はこう思ってたんだ。この世界にはいろんなヤツがいるけど、まさか勇者に他を出すバカはいないだろうなって。ずっとそう思ってた」
俺は、円卓の拳で軽く小突く。
「これからは、もう油断はしない。万が一にも、シオンに手は出させない。ゼラニウムが死んだから安心だ。全ての姉妹剣が集まったから、もう安心だ、なんて思わない。何が起きるのか解らないと想定して、動くべきだ」
「……と、仰いますと……」
プラタナスが、何やら凄絶な笑みを浮かべながら俺に声をかける。
「まず、ダリア国王を退位させて、ヒース王子を即位させる」
「何!?」
ヒースが腰を上げたが、俺は無視する。
「国王に即位したヒースは、プラタナスを宰相にする」
「え?」
「その後、カトレア教官を元帥にして、アイリスを大将にしよう」
「「はあ!?」」
俺の提案に、全員が難色を示していた。
「待て、待ってくれクロウ」
ヒースが、立ったまま俺に話けかける。
「僕が即位する事は可能だ。父上も大分体を弱くしてしまった。むしろ喜んで退位するだろう。しかし、プラタナスを宰相にするというのは無茶だ」
「なんで?」
「なんでって、プラタナスは二十三歳だぞ? 能力的には問題無いだろうが、プラタナスよりも年上の官僚や大臣は山ほど居るんだ。いきなりこんな若い男を宰相にしては、周囲の反感を買うぞ」
「能力的に問題無いなら、やれ」
「は?」
「国王の特権だ。お気に入りの部下を出世させろ。身びいきで若いヤツを側近にするのは良くある事だろ」
「だから、僕は不平がある訳じゃないんだクロウ。周りの人間が……」
「黙らせろ」
「え?」
「プラタナスが宰相になる事に不平があるヤツを全員黙らせろ。方法は何でも良い。死んでもらっても良いし、追放しても良い。国家反逆の罪で一族郎党根絶やしにしてでも、プラタナスを宰相にしろ」
「……」
ヒース王子が絶句していると、俺はプラタナスの方を見る。
なんか、気色の悪い笑みを浮かべていた。
「プラタナス。お前は国民全員を黙らせるんだ。全ての国民が納得するような国策をとれ。法を改正しろ。全ての国民が、お前が宰相で良かったと思うようにしろ。出来るな」
「……恐悦!」
「おいおいおい! クロウ! お前身内だけで国家権力の上層部を固めるつもりなのか!」
カトレア教官がプンプンと可愛らしく怒っている。
「この国の軍人は、ほぼ全員が士官学生時代、カトレア教官の勲等を受けています。貴方が軍の頂点に君臨する事を、全ての兵士は喜びますよ」
「今の元帥はどうするんだよ!」
「降格です」
「はあ!?」
「どうせカトレア教官より戦闘力も統率力も指揮能力も人望も劣ってる元帥でしょ。首にすれば良いんです。嫌がるなら殺しておいてください」
「お、お前……!」
「アイリス。お前は上官からの命令を遂行する能力は高いけど、部下に命令する能力は全く無い」
「……返す言葉も無いわね」
「だから、お前はずっとカトレア教官の副官だ。大将って称号は合っても、実際の指揮権は全部カトレア教官に預ける。お前はカトレア教官をずっと隣で支えるんだ」
「……良いわ……クロウ。凄く良い提案よ。私はカトレア教官が軍の頂点に君臨する日をずっと待ってたの……」
「うおい!? アイリス!?」
「ついに教官は能力に見合った待遇を受ける日が来ました。私がずっと支えますから」
「おいおいおい!」
カトレア教官は、俺だけでなく、アイリスに対してもドン引きしていた。
プラタナスは、俺の隣で何度も頷きながら、
「仰る通りです。御尤もな話ですな」
という発言を連呼しているだけだ。
「で? ウチは何すれば良いわけ? 相変わらずメイドのフリしてるの?」
サフランがつまらなそうに呟く。
「君、まだ暗殺ギルドに所属してる連中とつながりがあるんだろ?」
「まあね。良好な関係とは言い難いけど」
「全員雇おう。言い値で払うから、暗殺者全員に連絡をつけてくれ」
「は?」
「この国に居る全ての貴族や有力者の住んでいる屋敷や、統治する町に、暗殺ギルドに所属している暗殺者を潜伏させて、情報収集してもらう。俺達に対して敵対的だった場合には、報告、もしくは排除させる事を目的にした組織、諜報機関を作る。君はその構成員の勧誘と育成をするんだ。君の身分は表向きはメイド長になるけど、実体は諜報機関長官だ」
「面倒臭~い。やりたくないなあ」
「具体的な事はプラタナスと相談して決めれば良い。構成員の数がそろえば、君はプラタナスの命令を部下に伝えるだけの仕事しかしなくて良い筈だ」
「ん。じゃあ、やろっかな」
「シネラリアさん。アンタには……」
「待ちな」
俺の言葉を、シネラリアが遮ってきた。
「私らは魔王の討伐だけは手伝ってやるけど、それ以外ではアンタ等とつるむつもりは無いよ」
「……」
「そりゃあ、魔王に、人類皆仲良く皆殺しにされるなんてのはゴメンだけどね。アンタの命令を聞く筋合いは無いよ。それに、国王も宰相も野郎がやるってのが気に食わないね。カトレアさんが元帥やるって言っても、結局野郎どもが上から命令するって事だろ」
「この国の最高権力者は女になりますよ」
「は?」
「勇者シオンは、魔王を倒した暁には、王を超える権限と地位になる。つまり、女のシオンが頂点に立ちます。後、貴方には独立した組織の頂点に君臨してもらうつもりだったんですが、嫌なら結構です。元々、依頼はするつもりでしたけど、命令する気は全く有りませんでしたから」
俺は、シネラリアから視線を外す。
「じゃ、シネラリアさんは独自に動くという事なので、他の人の役職についてですが……」
「ま、待ちなよ! アンタは私に何をやらせるつもりだったんだい?」
俺から無視されたシネラリアが焦っている。
まあ、慌てるだろうな。
ゼラニウムに騙された前歴があるから、他人の命令を聞く事に難色を示したんだろうけど、雇い主を失って、途方に暮れているようでもあったし。
まあ、この人は適当に立てて、命令じゃないという建前で丸投げしまくろう。
「俺達の行動に逆らった連中には、全員死んでもらう事になるんですが、その連中の死体をゾンビ兵にして使役してもらいたいんです」
「何の為にそんな事を? 人間のゾンビは対して役に立たないんだよ?」
「見せしめですよ。逆らう者は死ぬまで許されない、ではなく、死後も永遠に戦場の最前線で、未来永劫苦しみ続けると吹聴します。貴方は躯師団団長として、内乱や反乱の類が起きた際に、ゾンビ兵で敵対者を殲滅してもらって、全滅した相手の兵士もゾンビ兵として使役してもらいます。そして、その様子を国中に見せつける。勇者一行に逆らったものの末路を、世界中に見せつけるんです」
「……」
「クロウさん……」
シネラリアがドン引きして、返事もしなくなっていると、ジャスミンが手を上げならが、おずおずと口を開く。
「お気持ちは解りますが、恐怖による支配には、反発が返ってきます。貴方が弱りきった私達に手を差し伸べた時の優しさを思い出してください。いくらなんても今の貴方の行動は性急すぎますわ」
「恐怖を与えるのはシネラリアさんの役目ですが、慈悲はジャスミンさんが与えてください」
「え?」
「ジャスミンさんは、俺達が作る、勇者を称える教会の聖母になってもらいます。国中の怪我人や、病人を治癒剣で治してあげてください。貴方自身が巡業で移動しても構いませんが、出来れば王都に留まり、勇者に敵対行動を取らない者は、手厚い加護を受けられる、という事をアピールしてもらいます。もちろん、全面降伏した敵対者の看病もしてもらう事になりますね」
「せ、聖母……」
「逆らう人間には、永遠の苦痛。協力する者には、安らぎと繁栄を。全ての国民が勇者をあがめて、敵対者が一人も居なくなるのも、遠い日ではありません。具体的には、勇者の地位に嫉妬する権力亡者と、その私兵を殲滅するまでの話です。三年以内には終わるでしょ」
「三年!?」
ヒースが再び変な声を上げた。
「とりあえず、ヒースが即位しないと話は始まらないけどな。ヒース。お前、明日か明後日までに即位しとけ」
「明日!?」
「戴冠式なんかしねえぞ。金と時間の無駄だから。お前の即位に文句言いだすヤツが居ればすぐに消せ。グズグズするなら、勇者が暴れるぞって脅せ」
「……」
「言っとくが、今から三日立ってまだ即位してなかったら、俺はシオンに王都を破壊してくれって頼むからな。早くしろよ」
「……」
その瞬間から、ヒースはもう何も言わなくなった。
「クロウ。私は何をすれば良いのかな? シネラリアはあんな言い草だったが、私はお前の命令を聞く事に文句は無いぞ。今日から私はお前に使えるつもりだったのだ」
なんて事を、アマランスが言ってくる。
「じゃあ、シオンの護衛役を。勇者の相棒をやってもらおうかな」
「勇者の? しかし、私より強い勇者に護衛が必要なのか?」
「今の所、一日一時間しか戦えないんだよ、シオンは。だから相棒は必要だよ」
「ふむ。しかし、私は長時間戦うと、魔力の回復に数カ月かかるのだが。具体的に言うと、主……ゼラニウムとの戦闘で魔力を使いきってしまったから、今から少なくとも二か月の間、私は戦力外なのだ。魔級剣に魔力を貯めこまねば、鬼神剣も羅刹剣も使えん」
アマランスは、左手につけている腕輪型の魔級剣を見せながら呟く。
「知ってるよ。だからシオンに魔力を分けてもらえよ。シオンって一日一時間しか戦えないけど、魔力は一時間じゃ使いきれないくらい有るらしいから。消耗する度に分けてもらえれば、毎日戦えるようになるよ」
「……!」
一日戦えば、数か月のインターバルが必要な状態から、毎日戦えるようになる。
もはや、別次元の強さを手にしたと言って良い。
まあ、姉妹剣使いは元々勇者の仲間になる為に居るんだから、勇者に協力した方が上手く戦えるのは当然だけど。
「……クロウ様。全員の方針を決めて頂いたようでうすが、クロウ様ご自身は如何なさるおつもりですか?」
プラタナスの言葉に、その場にいた全姉妹剣使いが無言になる。
全員揃って、俺を凝視してきた。
何でだろ? 俺が何をするか、なんてのは解りきった事なのに。
「私の本心を言わせてもらえれば、貴方こそ、この国の王に相応しいかと。私は国王になった貴方を、宰相として支えたいと考えておりました」
なんて事をいうプラタナスに対して、黙りこんでいたヒースも口を開く。
「それを言うなら、僕は国王になってクロウを宰相にしたい! お前を宰相にするのは嫌だ!」
「気が合いますな殿下。私は貴方が国王になった世界で宰相になるのは御免です」
口げんかを始めた、未来の国王候補と首相候補。
その光景は、俺の立てた計画に暗雲が立ち込めた事を意味する。
瞬間、俺は円卓を思い切り叩いた。
「ふざけるな! 自分の感情を優先して喋るな!」
「「……!」」
俺の剣幕に、ヒースとプラタナスは黙りこむ。
「お前ら二人が一番国王と宰相に相応しいから頼んでるんだろうが! ヒースは特権階級なのに敗北と挫折を知って成長した! 死んだ経験まである! そんな王族が他に誰がいる! 敗北と失敗の味を知った王は、民草が苦しめるような暴君にはならない! コイツが一番国王に相応しいんだ! プラタナス! お前より優秀なヤツは居ない! 全力でヒースを補佐しろ! 宰相として、身分じゃなくて実力で人を判断する世界に変えろ! それがお前の夢なんだろうが!」
俺が、目茶苦茶な暴論を口にしていると、ヒースとプラタナスは、二人揃って、なんか目をキラキラと輝かせた。
なんか、気色悪いから放置しとこう。
「それで、俺のやる事だけど……」
腕を組み、目を閉じながら、俺は深く息を吸い込むと、
「俺は何もしねえ!」
と、全力で叫んだ。
「もう何をしねえぞ! 俺は十分に頑張りました! 本当なら聖光剣をシオンの所に運んだ段階で終わりで良かったの! その後姉妹剣を集める羽目になった事自体おかしいのに、何で俺が何回も死にそうな目に会わなきゃいけないわけ? 俺は勇者発見の最大綱領者だよ? もうそれだけで良いじゃん? 一生働かなくて良いくらい頑張ったじゃん? なのに何でこんな面倒臭い思いしなきゃいけないんだよ! おかしいだろ! しかも! もう姉妹剣は全種類集めました! 全部だよ!? 普通なら一本手に入れるのも大変なのに、全部集まったよ! 最初三本しかなかったのに、十二本全部集めました! もう良いだろ! 俺はもう何もしなくて良いだろ! 俺はもう何もしたくねえ! 働きたくねえ! 考えたくもねえ! 俺の目的は一生働かずにのんびりスローライフする事なの! もう何もしねえぞ! 絶対に何もしねえ! 全部お前らがやれ! 姉妹剣に選ばれた英雄さん達が何もかも全部解決させちゃえばいいだろ! 今さら俺みたいな凡人に何をさせようとしてるわけ? もうお役御免なんだよ! もう死にかけるのは御免なんだよ! じゃあな! 後はお前らだけでなんとかしろよ! 魔王倒した後に世界征服しろよ! 俺の手を煩わせるなよ! 報告も連絡も相談もいらねえかな! 全部お前らがやれ! 以上! 解散!」
俺はそう言い残し、円卓の間を後にした。
「ふう。疲れた疲れた」
俺は自室に戻ると、椅子に座って溜息を吐いた。
本当は今すぐベッドに飛び込んで爆睡したい気分だったんだが、円卓の間で長々と会話した所為で興奮している。
今は眠れそうになかった。
まあ、とりあえず俺の役目は全て終わった。
後の懸念は、常に行動を共にしていたホリーが、シオンにつきっきりになった所為で、不慮の事故に巻き込まれた時に対処出来ない、程度の事だが、そんな事はどうでも良い。
「俺の命はどうでも良いからなあ……」
勇者であるシオンさえ無事なら、後の事は全てどうでも良いんだ。
あれだけ強くて個性的な連中が味方になれば、何があっても大丈夫だろう。
見事に、頭脳派、肉体派が揃ってるし、清濁併せ持ってもいる。
「俺の出番はもう終わりっと……」
俺は、何故か消えようとしない胸の不安を消し去るように、独り言を呟く。
「……」
理由は解らないけど、胸騒ぎが収まらなかった。
あれだけ予想外の展開が立て続けに起きた所為で、もう何が起きても驚かない自信があるが、逆に何があっても安心できなくなってしまった。
こうやって油断している隙に、いきなり暗殺者に襲われる心配か?
それとも、実はゼラニウムが生きて、いきなり登場してくる心配か?
何が起きても、仮に俺が死んだとしても、もう大丈夫の筈だ。
シオンに、都合八人の姉妹剣使い。
あれだけの人材が集まって、人間相手の権力闘争や、魔王相手の総力戦に敗北する事は想像出来ない。
「もう……俺は何もしなくて良い……何の心配も必要無い……」
〈本当にそう思う?〉
「……」
〈あれだけ波乱万丈な人生を歩んできた貴方が、これから安穏と安らかに生活出来ると、本気で思ってる?〉
「……思ってないよ」
〈でしょうね。いい加減懲りたでしょう。貴方の人生には、何が起きても不思議ではないけど、何も起きない、なんて事だけは有り得なんだから〉
「まあ、確かに俺はそういう星の下に生まれちゃったらしいな」
〈そうね。可哀そうだとは思うけど、仕方が無いわね〉
「そうだな……ところでさ……」
〈何かしら?〉
「君は誰だ?」
俺は、背後から話しかけてきた女を見つめた。
そいつは、ホリーによく似た声で、俺に話しかけてきた。
しかし、ホリーじゃない。
姿もホリーと瓜二つだけど、髪の毛の色も、甲冑の色も違う。
銀髪で、銀色の鎧を着ていたホリーとは違った。
黒髪で、黒い鎧を着ている。
〈私は暗黒剣に宿る聖霊マリス〉
「……暗黒剣ってなんだよ」
〈黒の勇者が扱う神剣よ〉
「……神剣って、全部で十三本しかないだろ」
〈実は十四本目が有ったの。それが暗黒剣〉
「……」
〈私はね、暗黒剣の所有者に選ばれた者に、暗黒剣の使い方を教える為に存在するわ。私の姿が見えるのはね、暗黒剣の所有者だけなの〉
「……へえ。で、何で俺には君の姿が見えるの?」
それは、まるでホリーと出会った時の再現のような会話。
その時、ホリーは〈さあ?〉と答えた。
しかしマリスは、
〈貴方が暗黒剣の所有者だからよ?〉
そう答えた。
暗黒剣の所有者。
黒の勇者。
なんだそれ?
「……で? その暗黒剣ってのは何処にあるの? 黒の勇者って何?」
〈暗黒剣なら、貴方の体内にずっと有ったわ。聖光剣と違って、暗黒剣に決まった形は無いの。歴代の黒の勇者は、皆が違った形状、能力の暗黒剣を使ってたわ。まあ、固有能力と共通の基本能力は有るけど〉
「歴代の……黒の勇者?」
〈そうよ。そして、貴方が現代の黒の勇者〉
「そんな話聞いた事無いな……勇者が二人居るなんて……」
〈ああ、そうだったわね。人間は黒の勇者なんて呼ばないわね?〉
「……?」
〈人間は、黒の勇者の事を、魔王って呼んでるわね〉
「……」
〈だから、貴方は現代の魔王って事ね。とりあえず、これからよろしくね?〉
「……」
もう、何が起きても驚かない。
俺の人生は、どうせ想定外の事しか起きない。
そう思ってた。
〈じゃあ、一緒に人類滅亡させる方法を考えましょうか?〉
「……は」
しかし、これは無理だ。
これに驚かないのは、ちょっと無理そうだな。
これからシオンが戦う相手。
全ての人間にとっての敵。
世界を単独で滅ぼす、魔の王。
俺がその魔王だったらしい。
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