5/第五章 完全決着

 後悔は後からしか出来ない。


 俺は、聖光剣を盗み出した罪で幽閉された時と同じ地下牢に放り込まれていた。


 以前もそうだったように、やる事も無い牢の中では、考え事しかやる事がない。


 だから俺は、今回の事の顛末を頭の中で整理していた。


 それは、単なる後悔でしかないけど、他に出来る事は何もなかった。


 今考えると、シオンという最大戦力を失った段階で、俺達の敗北は確定していた。


 シオン以外に、アマランスに対応出来るヤツはいなかった。


 アマランスに襲撃されれば、たとえ仲間が全員健在でそろっていたと仮定しても、返り討ちにあう可能性が高かった。


 それに加えて、シネラリアとジャスミンの二人も十分に脅威的だった。


 そして、シオンの戦闘不能は、ホリーの助勢を失う事も意味していた。


 ホリーを失った俺は、全ての情報源を断たれたに等しい。


 というよりも、俺はホリーに出会った時から、彼女の指示や命令に従っていただけだ。


 今回の事で痛感する。


「……」


 シオンを戦闘不能に追い込まれた最大の原因は、ゼラニウムだった。


 まさか、あそこまで実力があるのに、陰でこそこそと黒幕をやっていたなんて。


 下手をすると、シオンやアマランスみたいな最強の存在を凌ぐんじゃないのか。


 それに加えて、俺以上の卑怯者ときた。


「……負けた……コレが……負けなんだ……」


 俺は、勝ち目の無い勝負はしない。


 勝ち目が無い勝負からは逃げ出していたから、実は敗北の味を知らなかった。


 チェスみたいな遊びはともかく、敗北によって実害を被る喧嘩や戦闘の類からは、どんな手段を使ってでも逃げてきた。


 その結果、やることなす事他人に任せる丸投げ、という戦法で、俺は事実上無敗だった。


 俺が無敗なのは当然だ。


 シオンを筆頭に、最強の英雄が味方だったんだから。


 にも拘らず、ゼラニウムには通用しなかった。


 俺の、出来ない事は他人に全部任せる、という唯一の選択肢が、全く通用しない。


 勝ち目はあったんだ。


 偶然に過ぎないけど、俺には勝ち目があった。


 アマランス、シネラリア、ジャスミンという三人の女。


 俺の目の前で、あの三人は一度ずつ意識不明になった事がある。


 アマランスは、ダンジョンのボスを仕留めた際の魔力欠乏。


 シネラリアとジャスミンは、ダンジョンの攻略失敗による魔力欠乏。


 今考えると、あれだけ強い連中が、全員俺の前で意識不明になる、なんて事は、信じられないほどの幸運だった。


 卑怯極まり無いけど、あの時なら寝首をかけた。


 最悪の手段だと思うけど、三人共殺すチャンスはあった。 


 実際、ホリーも今の内に殺せと忠告していた。


 俺は、目の前で動けなくなった女と殺す、という目覚めの悪い事が出来なかった。


 敵対者に情をかける事で、サフラン、プラタナスを仲間に加えるという幸運にも恵まれていた所為で、調子に乗ってしまった。


 カトレア教官からも、常々、敵は殺せる時に殺せと習ったなのに。


「……」


 しかし、仮にあの三人を全員殺したとして、果たしてゼラニウムに勝てただろうか?


 アイツは、シオンすら戦闘不能にした男。


 プラタナスとサフランを一蹴する戦闘力もあった。


 アイツだったら、シオンを石のようにした後、他の姉妹剣使いを順番に殺す、なんて事は簡単に出来た筈だ。


 何故、わざわざこんな回りくどい事をしたんだろう?


 いや、そもそもアイツは何故勇者一行の妨害をした?


「……」


 俺は、考える事を止めた。


 何にしても、今回の事は全て俺の所為だ。


 俺があの三人に情をかけた事もそうだけど、聖光剣の宝玉を持っていた事も不味かった。


 宝玉を分離させた聖光剣の性能は、半減する。


 シオンの実力なら、半分で十分だとも思ったけど、もし、シオンの力が半減していなかったら、ゼラニウムに負けなかった筈だ。


 つまり、シオンの敗北すら、俺の責任なんだ。


 シオンの敗北の所為で、プラタナスもカトレア教官もアイリスも死んだ。


 どれもこれも俺の所為だ。


 俺に死んでほしくないという、シオンやホリーの好意に甘えた結果がコレだ。


 俺なんか、死んでれば良かったんだ。


 俺が死んでれば、シオンは誰にも負ける事なく、勇者として魔王を倒した後に、幸せに成れた筈だ。


 俺が、全ての元凶だ。


 俺が……諸悪の根元だ。


「……っふ……くく……」


 考えてみると、俺のおかげで勇者を発見出来たのに、俺のおかげで世界が滅ぶ訳だ。


 俺が世界を救い、世界を滅ぼした事になるのか。


「世界を……滅ぼす……人類を……殺す……」


 魔王が復活すれば、あのゼラニウムも死ぬだろう。


 それならそれで、俺の復讐も果たされる。


「世界を……滅ぼす……魔王が……滅ぼす……」


 ゼラニウムも死ぬ。


 ゼラニウムを信じたあの三人も死ぬ。


 ゼラニウムに騙された国王も、国民も、誰も彼も死ぬ。


「愚かな……人類を……魔王が……」


「……アンタ……さっきから何を言ってるんだい? 頭大丈夫か?」


「え?」


 その時、地下牢の中で蹲っていた俺は顔を上げた。


 鉄格子の向こう側に、何時も通りの三角帽子をかぶったシネラリアがいる。


「まだ地下牢に入れられて一日も経ってないだろ? もう発狂したのかい?」


 シネラリアは、何故か親しげに話しかけてくるが、


「……」


 はっきり言って、何を今さらという気分だった。


 話す事は何も無い。


「……そう睨むなよ。さっきは悪かったよ。別に良いだろ? 王子は生き返ったんだし」


「……」


「アンタの仲間だってさ、全員生きてるし」


「え!?」


 俺は牢の中で慌てて立ち上がると、鉄格子を両手で掴み、シネラリアと向かい合う。


「どういう事です? プラタナスや、カトレア教官達は……」


「皆生きてるよ」


「サフラン以外は皆死んだ筈じゃ……」


「プラタナスって野郎は、あの後すぐにジャスミンが治癒剣で治療したよ。危なかったけど、何とか治療が間に合った」


「本当ですか!」


「デカイ声出すな」


 シネラリアは、俺の口に指を当ててくる。


「カトレアとアイリスも死んでないよ。アマランスのヤツ、姉妹剣だけ持ってきて、死体なんか見せてないだろ?」


「はい」


「アレは、武器を取り上げただけだよ。説得しても無視されたからボコったらしいけど、殺してはいないよ」


「……何でそんな事したんです?」


「え? 何でって、そりゃあ……」


 シネラリアは、俺から目を逸らし、三角帽子を深くかぶって顔を隠す。


「い、一応、アンタは命の恩人だろ……。一回は借りを返してやるってだけの話だよ」


「そう思うなら、敵対を止めてくださいよ」


「無茶言うなよ。表だってゼラニウムに逆らえるもんか」


「……」


 良かった。


 まだ信じられないけど、皆が生きている。


 なら、希望はまたあるんだ。


 仲間が全員生きていて、シネラリア、ジャスミン、アマランスの全員が、裏で口裏を合わせてゼラニウムを騙したらしい。


 もし、これが本当なら、ゼラニウム以外の全姉妹剣使いを仲間に出来る可能性が出てきた。


「うん?」


 しかし、冷静になって考えると、ちょっとおかしいぞ。


 いくらなんでも、俺に都合が良すぎる。


 死んだと思った味方が全員に生きていて、敵が全員味方になりそう。


 おかしいだろこんな展開。


 こんなご都合主義を許す程、ゼラニウムは甘くない。


 という事は、この状況すらアイツの手の平の上という事に……、


「クロウ。早く出なよ」


「え?」


 気がつけば、シネラリアは鉄格子の鍵を開けて、俺の手を掴んでいた。


「え? え? 俺をどうする気ですか?」


「はあ? 城外に出すんだよ。外に出て仲間と合流しな」


「いや、そんな……」


 どういう事? 


 俺はマジで助かるの?


 今回の俺は、マジで何もしてないのにトントン拍子に事が進むぞ?


「い、言っとくけど、これで借りは返したからな。もう私達に関わるんじゃないよ?」


 助ける事が出来るのはこれっきりだ、と言いたいようだけど、シネラリアの行動はちょっと甘すぎるんじゃないのか?


 ダンジョンの中にいた時とは別人みたいだ。


「……」


 しかし、このまま地下牢にいても事態が好転する事は無いだろうし、ここはこのまま脱獄してみるか。俺、何もしてないけど。




 シネラリアの案内で地下牢から脱出した俺は、深夜の城内をコソコソと歩き、とある部屋に入った。


 そこには、


「プラタナス! サフラン!」


 ゼラニウムにやられた二人がいた。


 傍らには、ジャスミンもいる。


「クロウさん。安心してください。お二人とも、完全に治療しておきましたわ」


「ジャスミンさんが治癒剣で治してくれたんですか?」


「はい。サフランさんは肋骨が砕けているだけでしたが、プラタナスさんの方は鎖骨と肺が完全に両断されていましたので、危ない所でしたわ。本人の治癒力が並はずれていたのでしょうね」


「そうですか……」


 どうやら、俺が思っていた以上に二人とも重体だったみたいだ。


 肋骨が折れたり、肺まで刀で切られるとか、想像もしたくない。


「ジャスミンさん。ありがとうございます。二人は大切な仲間なんです。本当に感謝します」


「いえいえ。礼には及びませんわ。それよりクロウさんに怪我はありませんの? 服に血が付いていますが……」


「ああ、これはプラタナスの血なんで……」


 なんて会話を俺がジャスミンとしていると、それを半眼で眺めていたサフランが俺の近くによってきて、腕を組んでグイと引っ張ってくる。


「……ねえ? コレ、どういう事?」


「何が?」


「何がって、何でこの二人がクロウに協力的なの? アンタ何したの?」


「いや、別に何もしてないけど……」


 ダンジョンの奥で偶然鉢合わせして、そこから協力して脱出しただけだしなあ。


 脱出出来た原因も、ホリーが案内してくれたからだし。


 今回の件では、俺はマジで何もしてない。


「アンタって、マジですごいね。女相手には見境無いんだ? シオンとかカトレアにチクったら面白い事になるね?」


「何が面白いんだよ?」


「……引くわあ。それが素だとしたら、ウチでも本気で引くわ」


 サフランが俺と腕を組んだまま、意味の解らない事を言っていると、プラタナスが何やらニヤニヤと俺に笑いかけてくる。


「私は全く驚きませんな。優れた将は、敵軍の将兵をも味方にとり込むカリスマ性があります。クロウ様のカリスマ性は、全人類に対して遍く発揮されるのです」


「いや、二人は別に味方になった訳じゃないし……俺達を逃がしてくれるだけらしいよ?」


「そもそも、私とサフランも敵対していた状態から味方になったではありませんか。クロウ様に何が起きても、何を今さら、という程度の驚きしかありませんな」


 聞いちゃいねえ。


 プラタナスは俺を絶賛し、サフランの方は、何だかドン引きしてるし。


「アンタ等、お喋りはそこまでにしておきな」


 シネラリアは、手の平をパンパンと叩きながら、俺達三人を見つめる。


「今からアンタ等を城外に出してやる。姉妹剣も持って行って良い。ただし、勇者の事は諦めな」


「「「……」」」


 俺達が、三人揃って黙りこむと、ジャスミンが首を横にふる。


「気持ちは解りますが、ここは折れてください。ゼラニウムさんは、勇者の時を止める事は出来ても、殺害は出来ません。命を奪う訳ではありませんわ」


「この先も殺さない、という保証は出来ないけどねえ。アンタ等に勝ち目なんか無いのは解ってるんだろ? 仮にアンタ等三人にカトレアとアイリスが加わっても、ゼラニウム一人にも敵わないよ。それに加えてこっちにはアマランスもいるしね」


「アマランスのゼラニウムさんに対する忠誠心は私達の比ではありませんわ。裏切りはあり得ません」


「じゃあ……」


 俺が口を開いた時、シネラリアが手の平を俺に向けて、


「言っとくが、私達もコレが限度だよ。息を吹き返したサフランとプラタナスの二人が姉妹剣を盗んで、地下牢にいたクロウを助けて、一緒に王都を脱出した、ってシナリオで私達はアンタ等を助けてやったんだ。コレだって、バレたらどうなるか解らないんだよ。これ以上は無理だね」


「王都を脱出した後は、アマランスに敗北したカトレアさんとアイリスさんと合流すればよろしいかと。その後は、全員で雲隠れする事をお勧めしますわ。もう私達には関わらないでくださいな」


 プラタナスが何か言いたげな顔をしていたが、俺は、


「今はカトレア教官とアイリスが無事か確かめるのが先だ」


「そうですな。全員で合流してからの方が、何をするにも好都合です」


「この二人も、脈ありっぽいしねえ……クロウがオトしたから」


 なんて事を言いながら、サフランもプラタナスも納得したようだ。


 王都を脱出してから、雲隠れか。


 今はそれしか手はないのか。


「……」


 シオンとホリーを置いて俺だけ助かっても、本当に意味は無いんだけどな。




 そして、俺達は五人で深夜の城内を歩き、城門に向かったのだが、


「やれやれ。本当に最近の若い子は何を考えてるか解らないよ」


 城門に、ゼラニウムとアマランスが立っていた。


 サフラン、プラタナス、シネラリア、ジャスミンの全員が驚愕し、それぞれの所有する姉妹剣を咄嗟に構えていたが、俺はもう一々驚かないぜ。


 最近は予想外の事が置き過ぎて、もう何が起きても驚くに値しないんだ。


 俺達は、月明かりの下、ゼラニウムと対峙した。


 城と城門の間には、広い中庭がある。


 乱戦には好都合な場所な訳だ。


 まあ、勝ち目なんか微塵も無いけどね。


 戦力的に、五人全員合わせても、ゼラニウム、アマランスの一人分以下なんだ。


 それが二人揃って立ちふさがってるんだから、絶対に勝ち目は無い。


 仮に、無事だというカトレア教官とアイリスが颯爽と駆けつけても、事態は好転しない。


 この状況は、シオンとホリーが復活する以外に逆転の目は無いんだ。


「シネラリアにジャスミン。何で君ら二人揃って裏切るような真似をしたんだい? 別に良いんだけどさ」


 別に良いのかよ。


「わ、私達は、この男に命を助けてもらった事があるんだ……」


 シネラリアが、ガタガタと震えながらゼラニウムに事情を説明する。


 それを、ふんふんと頷きながら聞いていたゼラニウムは、本当に二人の裏切りをどうでも良いと思っているように見えた。


 俺以外の全員が、姉妹剣を握って、乱戦に備えていたが、丸腰の俺はそれを他人事のように観察する。


 さてさて。何も出来ない俺に、出来る事があるかな?


「ふうん。ダンジョンの奥で死ぬかけてた時にねえ」


「だ、だから、コイツを殺すのは目覚めが悪いって言うか……命だけは助けてやろうと」


「それは別に構わないよ。僕だって彼を殺すのはヤバい気がするから」


「じゃ、じゃあ逃がしてもいいのかい?」


「それは駄目だよ。殺すのはヤバいけど、逃がすのはもっとヤバい。仲間全員と合流されても大した事無いけど、それに君ら三人まで加わったら、さすがに僕の手に余る」


 ゼラニウムが、「君ら三人」と口にした瞬間、アマランス、シネラリア、ジャスミンの全員がピクリと肩を震わせた。


「君らさ、カトレアとアイリスも殺してないんだろ? それは別に構わないよ。君達の才能は、君達自身の物だ。それをどう使うのかは、君達自身が決めれば良い。助けたいと思う相手を助けて、殺したいと思う相手を殺せば良いよ。でも、クロウを逃がすのは駄目」


「「「……」」」


「んん? 僕にこれ以上譲歩しろって言うのかい? 命を助けるだけで満足してくれないかなあ。ええっと……そこのイケメン君と、メイドちゃんは逃がしても良いや。でもクロウは駄目。これで良い?」


「それで良い。俺は地下牢に戻るよ」


 俺がそう言った時、その場にいた全員が驚いていた。


「アンタねえ! ここまでしてやったのに何言ってんだい!」


「シネラリアさん。これ以上ゼラニウムを刺激したらヤバいですって。殺されたくないんで地下牢に戻ります」


「アンタにはプライドが無いのかい!」


 シネラリアが、何やら俺の胸倉を掴みがら、ギャーギャーと喚き始める。 


 その様子を、ゼラニウムは興味深そうに観察していた。


「ふうん。シネラリアって、母親似だったんだね?」


「え?」


「ちょっと弱ってる時に優しくされただけで、相手に好感を持つんだから。君もそうだけど、ジャスミンとアマランスもチョロすぎやしないかい? 風邪引いてる時に看病してくれただけで恋に落ちるバカ女みたいだよ?」


「べ、べ、別に恋に落ちた訳じゅないよ!」


「まあ、君達の機嫌をとりながら主をやってる僕が言っても説得力無いけどね。酷いなあ。五年から十年くらいの付き合いのある僕より、そんなポッと出の男に乗り換えるなんて」


 ゼラニウムは、泣き真似をしながらおどけて見える。


「……」


 コイツは、本当に周りの人間の事を、心底どうでも良いと思ってるんだな。


 発言が、全部冗談に聞こえる。 


 いや、冗談じゃない。


 コイツの言葉は、何もかもデタラメなんだ。


 本当に、何もかもどうでも良いと思っていなければ、こんな虚無を宿した雰囲気は出ない。


 何でこんなヤツに、シオンやアマランスを凌ぐ力があるのかは解らない。


 俺にどうこう出来る相手じゃないのも間違い無いみたいだ。


 だって、何を考えているのか全く理解出来ないけど、本当に何時でもこの場の全員を皆殺しに出来る力はあるみたいだし。


 それくらい、余裕綽々の態度に見える。


「……アマランス」


「ん?」


 俺は、ゼラニウムの隣に立っていた、アマランスに話しかけた。


 この後、俺だけ地下牢に戻るのは別に構わない。


 俺に、抵抗する力はないから。


 だけど、


「良いのかアマランス」


「何がだ?」


 石を一つ、投げてみよう。


「ゼラニウムが死ぬけど、良いのか?」


「!?」


 俺に出来る事は何も無い。


 だから俺は、常に別人に働いてもらう。


 自分に出来無い事は、他人にやってもらう。


 その為の石を投げよう。


 言葉という石を投げて、世界という湖面に波を起こすんだ。


「主が死ぬとはどういう意味だ!」


 アマランスは、俺に怒鳴りかける。


 俺の傍らにいた四人も、意味が解らない、という表情だ。


 そりゃそうだろ。


 俺だって、意味が解らないんだから。


「ん? いや、俺は別にゼラニウムが死んでも良いけど、アマランスは死なれたくないみたいだから、このままで良いのかなって思って」


「だからどういう意味だと聞いている!」


「だってさ。シオンの時をこのまま魔王が復活するまで止め続けてたら、ゼラニウムも魔王に殺されるよ?」


 この状況を打破出来る可能性があるのは、瞬間的にとはいえ、シオンと同等の力を発揮出来るアマランスだけだ。


 アマランスとゼラニウムの方針が一致している限り、俺に勝ち目は無いが、逆にアマランスに心変わりを起こさせれば、形勢は逆転する、かもしれない。


 何故なら、アマランスが裏切れば、俺達に好意的なシネラリアとジャスミンも裏切る。


 ゼラニウムを完全に孤立させる事が出来る。


「何度も言わせるなよクロウ。私は主を信じる。主の言葉を信じ、私が魔王を倒す」


「じゃあ、もういいや。二人で心中すれば良いよ」


「何?」


「俺は、シオンを傷付けたアンタ等に助かってほしいとは思ってないんだよ。だから本当は説得すべきなんだろうけど、もう何も言わない。魔王に殺されれば良い。その日が来るのを地下牢で待ってるよ」


 そう言い残した俺は、ゼラニウムとアマランスに背中を向けて、城に向かって歩き始める。


 押して駄目なら引いてみるという、アホみたいに安直な作戦だ。


 とりあえず、誰か呼びとめてくれないと、マジで地下牢に逆戻りする羽目になるけど、


「待ちな」


 シネラリアが、俺の首に冥府剣を突きつけてきた。


 アンタが止めるんかい。


 毎回毎回、何で冥府剣の鎌を俺の首に当てるのかなあ。


「アンタ、一体何を知っている? 何でそこまで魔王と勇者の力関係に確信を持てるんだい? 魔王を退治する勇者、なんて半分与太話みたいなもんだろ? アマランスじゃ魔王に勝てないって根拠は何だい?」


「……」


 根拠は無いんだけど、ホリーがそう言ってたからな。


 この連中にそれを言っても無意味だろうし、どう言えば良いんだか。


「シネラリアさん。俺ってダンジョンを最短ルートで移動できるでしょ?」


「ああ」


 俺が、ホリーの事を説明しようと振り返った時、


「……」


 ゼラニウムが、俺を凝視していた。


 なんだ?


 目を見開いて、俺を凝視している。


「アレって、聖霊の道案内を受けてるからなんですけど、その聖霊が勇者以外に魔王は倒せないって説明してました。ちなみに、俺が勇者のシオンを発見出来たのも、その聖霊に案内されたからです」


「聖霊? 何を……」


「ホリーの事を言ってるのかい?」


「!?」


 シネラリアが、俺の話に首を傾げていると、俺の眼前にゼラニウムが立っていた。


 いきなり、俺の目の前に現れたんだ。


 俺と話していたシネラリアや、俺を守るように傍らに立っていたサフランやプラタナスも気付かないほど、目にも止まらない速度で、いきなり俺の真正面に立っていた。


「ねえ。君が言ってる聖霊って、ホリーの事言ってる? 聖光剣に宿る聖霊のホリー」


「……!」


「何でホリーの事知ってるんだい? 勇者以外が視認できないホリーの事を。勇者から聞いたとしても、ダンジョン内を案内させるのは無理だよね? どういう事?」


 どういう事だ?


 何でコイツはホリーの事を知っている?


 いや、そもそもコイツは、どうやってあれだけの数の姉妹剣を集めたんだ。


「君には、ホリーの姿が見えていたのかい?」


「……」


 話すか? これまでの事を何もかも。


 それで、この状況を打破出来るか?


 ゼラニウムを孤立させて、アマランス、シネラリア、ジャスミンの三人を味方に加えらるのか?


 それとも、ゼラニウム自身を味方に出来る可能性は?


 俺の説得を受け入れて、魔王討伐を手伝ってもらえるのか?


 ホリーの存在すら認知しても尚、勇者を妨害したコイツが?


「……」


 考えろ。コイツの正体と目的を。


 俺はホリーと常に行動を共にしていた。


 俺が知らない間に、ホリーが誰かと知り合うなんて有り得るのか?


 シオンと、俺以外に姿の見えないホリーを、他の誰かが知るなんて。


「……!」


 まさか、俺と出会う前のホリーと?


 この瞬間、俺が何を選択するのかで全てが決まる。


「……何故ですか?」


「?」


 そして、俺は選択する。


「何故、貴方はこんな事をするのですか? いえ、そもそも、何故貴方がここに?」


「……」


 ここに、いないホリーに憑依されたフリをするという選択を。


 掛るか?


 この選択は、ゼラニウムに引っ掛かるか?


「……勇者の意識が完全に失われれば消えると思ってたんだけどね」


 掛った。


「それに、勇者以外に憑依するなんて、酷い事をするね? 彼死んじゃうよ?」


「当の本人の意思ですから、私の知った事ではありません。知っているでしょう。私は勇者以外に興味がありませんので」


「……くく。変わらないねえホリー」


「……!」


 コイツ……マジでホリーと面識があるヤツだったのか。


 それも、シオンが誕生してから目覚めたホリーの知人じゃない。


 信じられないけど、コイツは、


「前回の魔王討伐の時代から、どうやってこの時代に?」


 先代勇者が生きていた頃、その勇者に憑依していたホリーと話した男なんだ。


「何故、現代の勇者の邪魔を? 貴方は先代の勇者を随分手伝ってくれたのに」


 どうだ?


 これであっているのか?


 俺の想像通りなのか、ゼラニウムの正体は。


 ホリーの口調はちゃんと真似出来ているのか?


「く……くく。嬉しい……」


 ゼラニウムは、両目から涙を流し始めた。


「知り合いに会えたのは、五百年ぶりだよ、ホリー。まだ、僕に嬉しいって感情が残ってなんて……」


 そのまま、ゼラニウムは嗚咽を漏らす。


 周りの皆は目を丸くしている。


 さて、この後は……、


「二人で……二人きりで話そうホリー……」


「!?」


 瞬間、俺の周囲の景色が目まぐるしく動く。


 いきなりゼラニウムに抱きしめられた。


 その後、ゼラニウムは俺を抱きしめたまま、常軌を逸した跳躍力で飛び、空に浮かびあがる。


「プラタナス!」


 俺は、この場にいた他の誰でもなく、プラタナスの名を呼んだ。


 伝わるか? 俺の意図が。


 ゼラニウムは、俺を抱えたまま、目に見えない床を踏み、再び跳躍する。


 そのまま、何度も何度も真上に跳躍し、王都全てを見下ろせるほどの高度に達した時、俺を目に見えない、透明な床に立たせ、俺と向かい合う。


「高い所は好きかい? ホリー」


 ゼラニウムは、俺を見えない床に立たせると、そのまま背中を向けて、空の上をツカツカと音を立てながら歩く。


「僕は好きさ。人が小さく見える」


「……」


 始めるか。


 ここが俺の正念場だ。


 まあ、実は既にチビりそうなくらいビビってますけどね。


 家に帰りたよマジで。


 帰る家無いけど。

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