5/第二章 復讐者と偽善者

 結局、俺の提案通り、ダンジョン内の袋小路にワザと進み、壁際で意識を失っているシネラリアが目を覚ますまで休む事になった。


 ダンジョン内で勇者一行が魔力切れを起こす事は、全滅の危機である、というのはジャスミンも知っていたようだし、俺が休む事を提案すると、あっさり了承してくれた。


 そうして、ダンジョンの袋小路にある床にシネラリアを寝かせ、傍らにジャスミンが座り、俺が通路を見張る事になったのだが、


「……先ほどは助かりました。貴方が魔物を食い止めてくれなければ、シネラリアを治療する事は出来ませんでしたわ」


 なんて事をジャスミンが呟く。


「……」


 俺は床に座り込み、冥府剣を近くに置いて、休んでいる二人に背中を向けたまま、無言になってしまう。


 傍らには、何時でも俺に憑依出来るように、ホリーも佇んでいる。


 何時もの事だけど、さっきの事はあんまり自慢にならないんだよなあ。


 ホリーに憑依してもらっている間の事は、俺の手柄じゃないんだ。


 身体能力の強化ばっかり目立っているけど、実際にホリーに憑依されている時の特筆すべき点は、運動神経とか、戦闘技能みたいな技術面の向上が甚だしい事だ。


 ホリーは歴代の勇者が魔王と雌雄を決した際に、悉く勇者の方を勝利させている。


 聖光剣による光の斬撃や、人体の限界を超えた身体能力だけじゃない。


 肉体や武器を動かす為の技能においても、ホリーは常軌を逸している。


 大した筋力を持っていない俺ですら、姉妹剣使い達に対抗出来るレベルにまで動かして見せるんだから。


 まあ、シオンに憑依している最中は、シオンに主導権を渡してるみたいだけど。


 そんなホリーの力を借りて戦っても、あんまり自慢する気にはならない。


 それ言いだすと、歴代の勇者全員が自慢にならない方法で世界を救った事になるんだけど、そこは神剣に選ばれた、という点を評価すれば良いわけだし。


「……クロウさん。シネラリアが先ほどまで無礼な態度をとった事は、私が代わりに謝りますわ」


 俺が返事もせずにいたからか、ジャスミンが俺に謝罪してきた。


「いや、別に何とも思ってませんので気にしないでください」


「ですが……」


「元々、敵対してるんですから、無理に友好的にならなくて良いじゃないですか」


 今は一時的に協力してるだけだし。


 今回共闘してみて良く解った事がある。


 カトレア教官や、アイリス、サフランの性格をキツイと思ってたけど、あんなの可愛い方だったんだ。


 シネラリアに比べれば天使だね。


「……クロウさん。ここだけの話ですが、シネラリアは男性全般が嫌いなんです」


「はあ」


「その原因は、彼女に父親にあるのです」


「はあ」


「彼女の父親は大きな領地を持つ貴族だったのですが……」


 おいおい……。


 当の本人が意識不明の状態なのに、勝手に身の上話とかするの……。


 これ、後でバレたら俺が勘繰った事にされて怒られるんじゃないのかなあ。


「彼女の母親は、その貴族の愛人でした。身分はごく普通の平民だったのです」


「……はあ」


 俺はもう、興味が無いから、別にこれ以上話さなくて良いんじゃないのかなあ、という雰囲気を出す為に、適当に返事をしたが、


「シネラリアは産まれた時から、妾腹の子として、実家の中で親族から迫害されていました。男子ではないので相続権もなく、平民の血を引いているので政略結婚にも使えないと考えられていましたから。家の中で、母娘共に、居場所が無かったようです。勝手な話ですね。平民の娘を孕ませたのは、その領地の領主なのに」


「……」


 止めない。ジャスミンは人の過去を話す事を。


 俺の傍らにいるホリーも、つまらなそうに無言を貫いている。


「そうして、シネラリアは母と共に捨てられ、家を追い出されました。後ろ立てを失った母娘は困窮し、何時しか母親の方が病で倒れ、あっさりと息を引き取ったそうです」


「……」


「その後、さすがに自分の血を引く娘を孤児として餓死させるのは忍びないと思ったのか、シネラリアだけは領主の住む屋敷に戻されました。今となっては、その親心は遅すぎたのでしょうね」


「……」


「実家に戻ったシネラリアは、その家にいた親族や使用人の類を皆殺しにしたそうです。当時十歳の頃でした」


「はあ!?」


 返事もせずに聞いていた俺は、その時初めて声を出した。


 きつい過去話だなあ、と思っていたが、いきなり急展開過ぎてついていけない。


「十歳の女の子が、どうやってそんな事を……」


「その時すでに、シネラリアの手元に冥府剣がありましたから」


「え? どうやって手に入れたんです?」


「母親と共に実家を追い出されてしばらくした後、シネラリアの下に冥府剣が届けられましたの」


「届けた? 誰が?」


「私達が主と呼ぶ方に」


「ええ……」


 それは先に説明しておいて欲しかったなあ。


 何の前触れもなく、実家に戻ってから親戚皆殺し、なんて説明されても、「え? どうやって?」としか思えない。


 話の順番が無茶苦茶だ。


「その……アンタ等が主って呼ぶ人は、どうやって冥府剣を手に入れたんです?」


「それは私も知りませんわ。主がどうやって神剣の姉妹剣を集めたのかは誰も知りません」


「……」


 一番重要な事が解らずじまいか。


 ここにいるシネラリアとジャスミン。


 そして、三本の姉妹剣を同時に扱うアマランス。


 その三人を使えさせているヤツは、未だに姿を現さない。


 しかも、どうやら彼女達三人が扱う姉妹剣を集めて、所有者の下に届けていたようだ。


 冥府剣と治癒剣。そしてアマランスが持つ鬼神剣、羅刹剣、魔級剣。


 都合六本の姉妹剣を集めて、所有者の下に届ける?


 俺みたいに、ホリーの協力も無しに?


 一体どうやってそんな事をしたんだろう。


「その時から、シネラリアにとって、世の男性とは女を欲しい時に奪い、用が無くなれば捨てるだけのクズとしか思っていませんわ。ですから、男性が大多数を占める権力者という存在に対して、特に敵愾心を見せます」


「はあ」


「最終的には、今の王家を転覆させて、自分が女王に君臨しようとしていますわ。男より、女が最高権力者になった方が正しい政治が出来るとか」


「……」


 そういう話をされてもリアクションに困る。


 性格がもの凄くキツイ女の過去はロクでも無かった、とか聞かされても、俺には何も言えない。


 サフランが暗殺者になるしか、生計を立てる方法が無かった、とか聞いても何も言えなかったし。


 それより、気になるのはシネラリアに冥府剣を渡した主とかいうヤツだ。


「ジャスミンさん。アンタ等が主って呼ぶヤツは、時流剣の使い手なんですね?」


「……主の事は何も言えませんわ。一応、私にも忠誠心はあります」


 まあ、別に答えられなくても良いけどね。


 実は、もう答えは出ている。


 神剣は聖光剣を含めて十三本。


 シオンの聖光剣。


 カトレア教官の爆炎剣。


 アイリスの氷結剣。


 ヒース王子の雷鳴剣。


 サフランの真空剣。


 プラタナスの千里剣。


 シネラリアの冥府剣。


 ジャスミンの治癒剣。


 アマランスの鬼神剣、羅刹剣、魔級剣。


 そして俺が扱ってる天馬剣。


 十二本が、既に俺の前に現れている。


 残っているのは、時流剣だけなんだ。


 自分や、他人の時を操るという時流剣。


 その所有者だけが姿を現さない。


 多分、今ジャスミンが話した主ってヤツが、その所有者なんだろう。


〈時流剣の使い手が……姉妹剣を集めていた……〉


その時、俺の傍らで無言を貫いていたホリーが独り言を呟く。


〈……まさかね……〉


 何か、意味ありげに呟いていたが、俺は何も言えなかった。


 今話しかけると、ジャスミンに独り言をしているように聞こえるだろうし。


 ジャスミンやアマランスにどう思われても構わないけど、この連中にホリーの事を示唆させるのは不味い。


 仮に会話する必要に迫られても、独り言をいう変な男だ、という事にしておくのだ。


「う……」


 その時、袋小路の床で眠っていたシネラリアが目を覚ました。


 眠る、というより、殆ど失神に近かったが、とりあえず休息は出来たのか、ムクリと起き上がる。 


 そして何故か、周囲をキョロキョロと見回している。


「……? あ! コイツ!」


 シネラリアは、俺の顔を見ていきなり怒りだした。


 立ち上がり、ズカズカと近付いてきて、俺の近くに置いてあった冥府剣を乱暴に拾う。


「返せ! 寝てる間に横取りしたんだろう!」


「……」


 なんだかもう、俺は反論するのも面倒だから、返事もしなかったし、リアクションも出来なかった。


 何時もの俺なら、別に横取りしてませんよ、とか、アンタが気絶している間に守ってあげたし、ここまで運んであげたのにそんな言い草ないでしょ、とか言いそうだけど。


 シネラリアに何を言っても無意味だ。


 この人は会う度に俺の首筋に冥府剣を付きつけてくるし。


 何を話しても聞く耳持たないし。


 誤解が原因でアイリス、カトレア教官、ヒース王子にボコられたり、理由も特に無いけどサフランとプラタナスにガチで殺されそうになっても許すくらい心の広い俺でも、この女の相手をするのは若干疲れた。


 というか、姉妹剣使いは例外無く、一回は俺を殺しかけてるんだよなあ。


 こんな善意の塊みたいな俺を。


 世の中どうかしてるよ。


 なんて俺が現実逃避ぎみな事を考えていると、癇癪を起しているシネラリアに、ジャスミンが怒鳴りかけていた。


「貴方が動けなくなった時に私の下に運んだのも、眠っている貴方を守ったのもクロウさんですよ! いい加減に無礼な態度は止めなさい!」


「はあ? こんな雑魚が私を守れるわけないだろ?」


「……殺しますよ?……」


 瞬間、ジャスミンから殺気が噴き出し、俺とシネラリアが同時に肩をビクンと振わせた。


 ジャスミンは、何時も通りニコニコと柔和な笑みを浮かべているが、


「貴方の男性に対する嫌悪感を、無関係なクロウさんにぶつけるのは止めていただけますかね? あと、はっきり言って私にとっても迷惑です」


「……!? わ、解った。悪かったよ……」


 あの凶悪極まりない冥府剣を自在に扱うシネラリアを、恫喝していた。


「では、私にではなく、クロウさんに謝ってください。それからお礼も」


「あ、うん……」


 完全にジャスミンに対してビビっていたシネラリアは、俺に頭を下げようとしたが、


「あ~。良いです。俺は何も気にしてませんし、お礼を言われるような事もしてませんので」


 俺は両手の平を二人に向けながら、謝罪や感謝の類を拒否しておいた。


「とりあえずシネラリアさん。動けるくらいには回復しましたか?」


「あ、ああ。もう歩けるよ」


「じゃあ、出口まで案内しますので、道中の護衛をお願いします」


 そう言った俺は、二人に背を向けて、再びダンジョンの出口に向かって歩き始めた。




 怖い! 怖いよう!


 シネラリアが怖い女だという想定はしていたけど、ジャスミンはもっと怖い女だった。


 ヤバい! 二人ともヤバい女だ!


 マジで俺が常日頃接している恐ろしい女共が天使に思えてくるくらいに怖い!


 俺は、ダンジョンの構造を把握し、出口までの最短ルートを案内出来るホリーに付いていく事だけを考え、背後にいる二人の女の事は極力考えないようにした。


 もう魔物に遭遇するより、この二人と超時間一緒にいる事の方が恐ろしい気がしてきた。


 この二人に加えて、あの化け物じみたアマランスを含めた三人に主と呼ばれているヤツって、一体どんな存在なんだろう。


 俺には想像だに出来ないぜ。


 シオンに懐かれてる俺が言っても説得力ないような気もするけど。


 俺にはロリコンの気は一切無いけど、今の俺なら、目の前にシオンが現れた瞬間に抱きついて「怖かったよう!」とか言いそうだ。


 気持ち悪がられるだろうから絶対にしないけど。


 そんな事を考えつつ、俺達三人は、無言でダンジョンを歩き続けた。


 幸いな事に、魔物と遭遇して襲われる事は無かった。


 良く考えると、このダンジョンは既にシネラリアとジャスミンの二人に攻略されたに等しいのだ。


 出口から最深部にまで到達していたし、道中の魔物も倒しまくった筈だ。


 ダンジョン内では、時間が立てば魔物が増殖するらしいけど、この二人はダンジョン内で迷いまくった所為で、ダンジョン内の魔物を、殆ど殲滅したのかもしれない。


「そう言えばシネラリアさん」


「……何だよ」


 無言で歩くのもつまらないから、俺は未だに不機嫌そうなシネラリアに声をかけた。


「俺がいた部屋に辿りつくまでの間に、結構な数の魔物を倒したでしょ?」


「まあね」


「何でその魔物をゾンビ兵にしなかったんですか?」


「私はダンジョンのボス以外に興味が無いんだ。弱い魔物を無数に率いるより、強い魔物を数体率いた方が強いって解ったしね。特に、姉妹剣使い相手じゃ、雑魚モンスターなんか役に立たないんだよ」


「でも、ダンジョンのボスってデカイヤツばかりですよね?」


「ああ。デカイし強いヤツばかりだよ」


「じゃあ、ボスってダンジョンの中に入れないから、ダンジョン攻略には役に立たないでしょ」


「……」


 ダンジョンは、最深部のボスを倒した瞬間に消滅する。


 だから、ダンジョンのボスがどれだけ巨大だろうが、シネラリアがゾンビ化させた際に、外に運び出せない、なんて事にはならないんだろうけど。


「大きい魔物ばっかり狙ってると、室内戦とか、洞窟とか森林では戦いにくいでしょ? 小型のモンスターもゾンビ兵にした方が良いんじゃないですかね?」


「……うるさいな」


「ていうか、人間はもうゾンビ兵にしないんですか?」


「ああ? 人間なんか弱いだろ」


「でも、人間は魔物と違って直接殺さなくても操れるんでしょ? その冥府剣は」


 ホリーが言うには、魔物は通常、死んだ瞬間に消滅してしまうので、ゾンビ兵にするには、直接冥府剣で殺さなければならないらしい。


 だから、例えば別の神剣の姉妹剣を持つ仲間が倒してしまった魔物は、ゾンビ兵に出来なくなる。


 しかし、人間の死体であれば、骨として残るので、骸骨兵士として使役できるらしい。


「……まあ、そうだけど、人間なんか役に立たないし」


「それこそ数の暴力でしょ? 墓場とか戦場後にある死体を片っ端から操って、町を襲って住民を皆殺しにして、その住民も操って、ゾンビの数を増やし続ければ、すぐに世界征服出来るんじゃないんですか?」


「そんな事したら死体だらけになるだろうが! そんな世界を征服してどうするんだよ!」


「ああ、そりゃそうですよね。一度に操れる死体の数も限られてるし、他の姉妹剣使いに見つかっても邪魔されるだろうし、その方法じゃ無理ですか」


 俺が冥府剣の機能を知ってから、「なんで試さないんだろう?」と思ってた世界征服の方法だったけど、穴が有りすぎたか。


 冥府剣は、全ての姉妹剣の中で、唯一単独で世界征服出来るかも、とか思わせてくれる面白い神剣だったけど、操れるゾンビ兵の数に限度があるんじゃ、無理だもんなあ。


 なんて考えていると、ホリーが俺の方を振り向いて、何やらあきれ返っていた。


 気がつくと、背後を歩くシネラリアも、俺に対して何やら引いている。


 なんか、ヤバいヤツを見るみたいな、警戒心を帯びた目だ。


 なんでそんな目で見るんだろ?


 俺が首を傾げると、シネラリアの隣を歩いていたジャスミンが、いきなり前のめりに倒れてしまった。


「ジャスミン!」


 シネラリアは慌てて倒れたジャスミンを抱き起こすが、ジャスミンはピクリとも動かない。


 完全に失神している。


〈……こりゃ駄目だ。やっぱり、さっきの回復魔術を使った時に、残ってた魔力を殆ど使いきっていたんですよ。残ってた魔力も、歩いている間に無くなったんでしょうね〉


 ホリーが倒れたまま動かなくなっているジャスミンを、つまらなそうに見下ろしている。


 そうなんだ。


 俺の勝手なイメージで、体力と魔力は別物だと思っていたけど、実は双方は同じものらしい。


 神剣の能力を使う度に魔力は失われ、徐々に減っていき、枯渇すれば疲れて倒れてしまう。


 当然、飲まず食わずで休まず歩き続けても、魔力は枯渇する。


 つまり、ジャスミンはシネラリアの傷を回復させた時には、既に限界まで疲労困憊だったのに、その後、意識を失うまで無言で歩き続けていたという事だ。


 なんて精神力だろ。


 俺なら絶対に意識失う前に「疲れた」とか「死んじゃうよう」とか言いだすだろう。


「シネラリアさん。俺がジャスミンさんを背負うんで、手伝ってください」


 実は、意識不明の相手をおんぶするのは結構難しい。


 おんぶって、される相手にも協力されないと出来ないんだよな。


「ああ!? アンタみないな男に任せる訳ないだろ! ジャスミンに触るな!」


 しかし、シネラリアは自分が運ぶ、と言いたげに、ジャスミンを抱えた。


「はあ、じゃあ、治癒剣の方は俺が運びますよ」


 ジャスミンの持っている治癒剣は、巨大な戦斧の形をしている。


 所有者のジャスミンは神剣を遠隔操作する展開という技能を使って、軽々と振り回したり持ち運んだりしてたけど、所有者じゃないヤツからしたら、只の重い斧だ。


「ふざけんな! 治癒剣を横取りするつもりだろ!」


 シネラリアは、治癒剣にまで触るなと言いだした。


 人を信じる心が無い人だなあ。


 なんで俺みたいに誠意しかない男を信用出来ないのかなあ。


 俺に対してジャスミンにも治癒剣にも触るなと怒鳴ったシネラリアは、一人で双方を運ぼうとしているが、元々冥府剣を背負っていたので、明らかにフラついている。


「シネラリアさん。一人でそんなに運ぶの無理でしょ。重量オーバーですよ。俺もどれか運びますって」


「うるさい!」


「ていうかシネラリアさん。そんな状態じゃ戦えなくなるでしょ? 俺も困るんですよ。ジャスミンさんは俺が運びますから、シネラリアさんは身軽でいてくださいよ」


 俺がそう言っても、シネラリアはジャスミンを抱えたまま、フラフラと歩き出そうとする。


 どう見でも無理そうだけど。


〈……ねえクロウ。まだ半分くらいしか進んでないんですよ? こんなお荷物抱えてたら無理ですよ。私達だけで行きましょうよ〉


 なんて事をホリーが言う。


 確かに、その方が合理的なんだろう。


 ホリーに憑依してもらえれば、俺は結構戦える。


 問題は、素手で魔物を倒す事が難しい事だけど、それだって、今目の前にある冥府剣か治癒剣を奪えば解決する。


 現状、疲労困憊の二人は、護衛としては全く役に立たない。


 それでも、


「シネラリアさん。俺がジャスミンさんに妙な事してるように見えたら、後ろから殺してくれて良いですから、俺に運ばせてください」


「……置いていけば良いだろ……」


「は?」


「私達はもう戦えない……。アンタが本当に最短ルートが解ってるなら、一人で進みなよ。もう、護衛なんか無理だよ……」


 なんか、急にシネラリアが弱気になって、へたり込んでしまった。


 面倒臭い女だなあ、この人。


 怒ってるか弱ってるかだし。


 情緒不安定なのかな。まだ若いのに。


「元気出してくださいよシネラリアさん。出口はもうすぐですから。三人で脱出しましょう。ここまで辿りつければ、もう充分に護衛は果たしてくれましたよ」


 嘘だけど。


 出口はまだまだ先だし、コイツら全然俺の事守ってないけど。


「二人が俺の事を守るって約束してくれたんですから、俺だって出口まで案内するって約束は守ります。三人で脱出しましょう。死ぬ時だって、三人一緒です」


「……」


 弱気になって座り込んでいたシネラリアは、俺を黙って見上げると、フラフラと立ち上がり、そのまま俺にジャスミンを背負わせた。


 治癒剣は、自分が運ぶつもりらしい。


 さて。とりあえず進むとしよう。




「……」


 辛い!


 思ってたより辛い!


 ジャスミンは着やせする方なのか、かなりグラマラスだった。


 修道服の下は、ムチムチだった。


 胸の尻も太股も全部大きい。


 しかも、太っている訳ではなく、脂肪の内側には鍛え上げた筋肉が有るのが解る。


 ウエストが目茶苦茶絞られているし、太股だって触っていると筋肉質だった。


 普通、豊満な女の身体に触れてると、男は喜ぶものだと思うけど、俺は全然嬉しくない。


 重い! 目茶苦茶重い!


 背負った瞬間はデカイ胸にちょっと焦ったけど、超時間背負って歩くには重すぎる!


 背中で押しつぶされてる巨乳の感触にはもう飽きた。


 今すぐ下ろしたいぐらいに飽きた。


 クソが。


 コレがサフランみたいに小柄で細身だったら楽だったのに。


 カトレア教官は小柄だけど結構グラマラスだから駄目だ。


 アイリスだって問題外だ。アイツは背も高い。


 こういう時は、サフランみたいな体格のヤツに限る。


 こんな背が高くて豊満な女の身体なんか絶対に背負いたくない。


 面倒臭いし、疲れるだけだ。


「……アンタ、今ジャスミンの身体に興奮してるんじゃないのかい? そいつ結構良い身体してるだろ?」


 隣を歩いているシネラリアがそんな事を言うので、俺は鬼の形相で睨んだ。


「今そんな事考える余裕ねえっす……!」


「わ、悪かったよ。冗談だよ……」


 シネラリアは本当に軽い冗談のつもりだったようだが、俺は一歩でも立ち止まると、そのまま倒れ込んでしまいそうになるくらいに疲れていたから、顔に余裕が無かったらしい。


 珍しく、謝られてしまった。


 ああ、しかしもう駄目だ。


 諦めたい。


 諦めてジャスミンを下ろして自分一人で歩きたい。


 なんか紳士的で格好良い好青年的な対応しちゃったけど、なんで俺がこんな面倒臭い事しなきゃいけないんだろ。


 勇者のシオンに敵対してる訳の解らない連中だし。


 ここで俺が頑張って、この二人が俺の優しさに絆されるなんて事は絶対に無いだろうし。


 ちょっと優しくしただけで惚れるチョロイ女じゃないから、絶対に後で恩を仇で返すだろうな、コイツら。


 それでも、死なせたくない。俺の悪癖なんだろうけど。


 俺にはこの二人を見殺しにする事は出来ないんだ。


 なんだか勿体ない。


 才能に恵まれたヤツが、不注意とか、失敗で死ぬのが勿体ない。


 俺みたいな凡人は、吐いて捨てるほどいるだろうけど、この二人は貴重な才能の持ち主だ。


 俺は、勇者を筆頭に、才能に恵まれたヤツに対して、漠然とした憧れがある。


 だから、憧れている連中に死なれるのは、嫌なんだ。


 姉妹剣使いは、死ぬのが勿体ない。


 ヒース王子は、まあ、例外だけど。


 アイツは、なんか才能はあるけど駄目だ。


 勿体ないって感じさせるものがない。


 バカ王子だから。


「アンタさあ、ジャスミンが良い女だと思ってるのかい?」


「……はあ?」


 暇なのか、隣で息を切らせながら歩いていたシネラリアが、俺に話しかけてくる。


 人間、どんなに嫌いな相手でも、超時間一緒にいて、無言でいると、話しかけたくなるのかな。


「その女はね。結構ヤバい女だよ。私からすれば」


 また身の上話かな。


 この二人は、相手が意識不明の時に、勝手に相手の身の上話するのね。


 あんまり聞きたくないけど。


「この治癒剣はね、元々別人が持ってる姉妹剣だったんだ。私らの主が治癒剣の使い手に選んだヤツは、元々男だった」


「……治癒剣も、アンタ等の主が持ってたんですか」


「そうだよ。私らの主は、変わったヤツでね。姉妹剣を寄こして、命令に従ってもらいたいけど、別に逆らっても良い。命令以外の事に関しては、姉妹剣を好きに使って良いとか言うんだよ」


「へえ、よくそんな事言えますね。姉妹剣って、使いこなせば性能は互角なのに。逆らわれると危ないでしょ? その主からしても」


「……はん。主に逆らう気が起きるヤツなんかいないさ」


 何故、とは聞く気になれなかった。


 多分、カリスマ性とか、そんな話じゃない。


 シネラリアは、誰かに仕えたがる性格じゃないし。


 強いんだ。


 単純に、相手に逆らう気を起させないだけの強さがある。


 それが、この連中の背後にいる黒幕か。


「元々治癒剣の使い手だった男は、結構なゲスでね。他人の怪我を治せる治癒剣を悪用してたよ」


「え? 怪我を治す能力って、悪用出来ますか?」


「怪我人とか病人を治す時に、治療費をふんだくってたんだよ」


「ああ……。ぼったくりですか」


「そうそう。辺境の話だから、王都にいたアンタは知らないと思うけど、結構、規模の大きい新興宗教みたいな集団を形成してたよ。どんな怪我でも治す教祖って感じのヤツだった」


 何か、忌々しそうにシネラリアがぼやいている。


「でも、実際に怪我人とか、病人は治してたんですよね?」


「だから信者も多かったし、治療費も高かったんだよ。治癒剣使えれば簡単に治せる癖に、嫌な野郎だったよ」


「そこまで嫌な人ですかね? 特殊な才能で金を稼ごうとするって普通でしょ?」


「あの野郎はね、治療費が払えない相手が女だった時、相手の身体を要求してたんだ」


「う~わ~。ゲスだ~」


「だろう?」


 俺が同意すると、何故かシネラリアは嬉しそうに相槌を打った。


「人の傷を治せる神剣の姉妹剣が、そんなゲスな男をなんで使い手に選んだんですかね?」


「知らないよ。それ言いだしたら、私が神剣の姉妹剣に選ばれた理由も解らなくなるだろう? 良いヤツにしか使えないなら、私が選ばれる訳がない」


「シネラリアさんと冥府剣って、なんか似合ってますよ」


「……」


 俺がそう言った時は、あんまり嬉しそうな顔にはならなかった。


 あれ? なんでかな?


 そんな事ないです~。シネラリアさんも根は良い人だと思います~。


 とか、心にもない事を言うべきだったのかな。


 良い人に、ゾンビを操る神剣なんか使えないだろうけど。


「それでさ、当時まだ十代だったジャスミンが、病気の両親を治癒剣の使い手に治してもらおうとしてたんだよ」


「……ひょっとして、お前の両親を治してやる代わりに、お前の身体で治療費を払え、とかゲスい事言ったんですか?」


「そうそう! さすがだねアンタも。ゲスな男の気持ちはよく解るんだろ?」


「いやいや。それだと俺までゲスって事になるじゃないですか」


「アンタよりゲスな男はいないだろ?」


「うわ! 酷え!」


「ははは!」


 シネラリアは爆笑してた。


 忘れそうになるけど、俺達は今、ダンジョンを攻略している真っ最中。


 疲労困憊で、全滅寸前の大ピンチである。


 何で俺達、その状況で談笑してんの?


 俺達を最短ルートで案内し、魔物と鉢合わせしないように注意していたホリーは、一人で放置されてる所為か、どんどん不機嫌になって頬を膨らませてるし。


「それで? 結局ジャスミンさんはどうなったんです?」


「一応、貞操は守られたよ」


「そりゃ良かった。でもどうして何もされずに済んだんです?」


「ジャスミン本人は、身体で両親の治療代を払う気はあったんだ。で、いざ事におよぼうとした瞬間、壁に立てかけられていた治癒剣が勝手に動いて、持ち主だったはずの野郎の頭をカチ割ったのさ」


 治癒剣が勝手に動いて、持ち主を殺した?


 それはつまり、


「使い手の交代……ですか?」


「そう。今の持ち主に愛想を尽かした治癒剣が、次の持ち主にジャスミンを選んで、そのジャスミンの危機を守ったのさ。神剣を遠隔操作する展開って機能でね」


 という事らしい。


 そう言えば、サフランも危険な目にあった際に、俺が奪い取った真空剣を遠くから呼び寄せた事があったし、プラタナスも、自分を殺そうとした暗殺者の持っていた千里剣を奪い取って返り討ちにした事があるらしい。


 という事は、姉妹剣使いにはリスクが有るんだ。


 魔王の卷族である魔物との戦闘では全く問題は無いが、対人戦で使用した際、相手の素養が自分を上回っていた場合、その相手に自分の姉妹剣を奪われる危険性がある。


 まあ、使いこなせない武器を他人に向けても、奪われて返り討ちに遭う、なんて事は、どんな武器にでも有り得る事だけど。


 やっぱり、神剣の姉妹剣は人間を相手に使用するべき物じゃないんだろうな。


「私は、この世界に神がいるなんて思っちゃいないが、その話を聞いた時には、さすがに治癒剣の持ち主に天罰が下ったと思ったね」


「そりゃあ神の剣と書いて神剣ですから、持ち主はそれ相応の資格が必要なんでしょ」


「だから、それ言いだすと、私が神剣の姉妹剣を使える理由が解らなくなるだろ。自分でも言うのもなんだけど、私はかなり悪い人間だからね」


「本当に悪い人間は自分が悪いなんて全く思わないですけどね」


「……は」


 シネラリアはつまらなそうに鼻で俺を笑った。


「確信犯って言葉があるだろう? 自分で自分のやってる事が間違ってると解ってるのに止めようとしないヤツ。私はそれだよ」


「は? 確信犯って、自分が正しいと確信しながら間違った事してるヤツの事ですよ?」


「な、なんだって?」


「自分のやってる事を間違ってると思ってるヤツは確信犯じゃありませんよ。本当の確信犯は、正しい事をしてると思いこんでるヤツの事です。絶対に間違った事はしてないって自分では信じてるヤツの方が危ないんです。シネラリアさんは確信犯じゃないですよ?」


「うるさいねえ。屁理屈こくんじゃないよ」


 そう言いながら、シネラリアは俺を小突いてくる。


 前方を浮遊し、道案内をしていたホリーが、再び睨んでくるが、今は無視する。


「それで? ジャスミンさんはその後どうなったんです?」


「ああ……。いきなり目の前で人間の頭が斧でカチ割られてのが怖かったらしくてね。慌てて逃げ出したらしいよ。それで、結局両親の病気も治せずに死んだとさ」


「え? 治癒剣を使って治療しなかったんですか?」


「その時は自分が治癒剣に使い手として選ばれた事に気付いてなかったからね。私達の主が治癒剣の持ち主が死んだ事を知って、死因を調べている内にジャスミンの情報に行きついて、治癒剣を渡した時には手遅れだったのさ。後の祭りってヤツ」


 シネラリアは、俺に背負われているジャスミンの頭の上に手を置いた。


「この女は、その時の事をずっと後悔してるのさ。抵抗せずに身体を差し出してれば、両親は死なずに済んだ、とか思ってるらしい。ヤバい女だよ」


「はあ」


 とりあえず、シネラリアとジャスミンの経歴と、姉妹剣を入手した経緯は解った。


 どちらもロクでも無い境遇だ。


 俺と違って、実に劇的な人生を歩んでいるんだな。


 それに、やっぱり気になるのは二人に姉妹剣を渡した主の事だ。


 一体、どんなヤツなんだろう。

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