5/第一章 孤立無援のポンコツ

「……え?」


 気がつくと、見覚えの無い場所にいた。


「……は?」


 いや、これは本当に困った。


 気がついた時に、見覚えの無い場所に放り出されてたら、もう「え?」とか「は?」しか言えなかった。


 おかしい。


 俺は、王都ペントラゴンの王城内にある私室で、昼寝をしていた筈だ。


 最近の、神剣の姉妹剣使い達との協力や敵対等によって、俺の精神と肉体は限界まで蝕まれていた。


 特に、俺の精神は非常に繊細で、ガラス細工のように脆いから、もうボロボロだった。


 だからシオンが訓練に励んで汗を流している間、私室で昼寝をしていたのだ。


 で、気がつけば、知らない場所で寝ていた。


 酷い話だ。


 あまりにも理不尽じゃないか。


 確かに、最近の俺は神剣を勇者の下に届けたり、他の神剣所有者と修羅場になったり、天馬に乗って大陸中を飛び回るという異常な経験を積んできた。 


 しかし、俺自身は相も変わらず無力なままだ。


 それがこんな知らない場所にいきなり放りだされて対処出来る筈が無いだろう。


 とりあえず、周囲の様子を伺って、状況を確認してみる。


 昼寝と言っても、椅子に座って転寝していた程度だったから、服装は何時も通りの黒装束で、外靴も履いている。


 前に、昼間から寝間着でベッドに寝転がっている事を、カトレア教官やアイリスに怒られた事が幸いした。


 なんでも、昼寝を超時間すると、夜間の睡眠が浅くなって、昼間に眠くなるので昼寝し、再び夜間の睡眠が浅くなるという悪循環に陥るから、昼間からガチで爆睡するのは止めておけという話を延々と二人にされたのだ。


 甘いなあ。


 俺はアンタ等と違って、昼寝しても夜間に爆睡出来るというのに。


 まあ、口答えしても鉄拳制裁されるだけだから、逆らったりしないけど。


 とにかく、寝間着で裸足のまま、というわけではない。


そして、今いる場所は屋外ではなく、屋内である。


 壁、床、天井が全て石造り。


 松明やランプの類が無いのに、妙に明るい。


 結論が出た。


 ここはダンジョンである。


「やべえええええええええええええええ!」


 理由は全く解らないが、俺は今、ダンジョン内で一人きりになっている。


 あまりにもヤバすぎる状況だ。


 ダンジョンとは、魔王が復活した瞬間、世界のあちこちに建設される魔物の巣窟である。


 そこでは魔物が内部で増殖し、一定数を超えると、外に飛び出し、人間を襲うようになる。


 つまり、ダンジョン内では魔物が徘徊しているのだ。


 そんな場所で一人きりになったらどうなるか。


 即、あの世行きだ。特に俺の場合は。


「……」


 よく考えれば、さっきみたいにやべえええええええええええええええ!とか叫んだりしたら、周囲にいるであろう魔物に発見される可能性が高い。


 つい、何時ものノリで絶叫してしまったが、今は仲間が一人もいない状況である。


 不用意な絶叫は控えて、クールにならなければ。


 まあ、大丈夫だ。


 俺はホリーという理不尽な毒舌聖霊と関わってから絶叫する羽目になる機会が大幅に増えてしまったが、基本的には冷静沈着な男。


 無言で佇み、気配を消し、暗闇の中を行動するのは朝飯前だ。


 どれだけ静かに過ごそうが、ダンジョン内で安全だとは思えないが、大丈夫だ。


 というか、大丈夫であってほしい。


〈クロウ!〉


「ぎゃああああああああああああああ!」


 足元からいきなり床を通り抜けて現れたホリーが原因で、俺は再び絶叫する。


 普通にビックリした。


 だって、床からホリーが生えてくるし。


〈突然いなくなるから驚きました。何故こんな場所に?〉


「いや、俺は君が突然現れるから驚いたよ……」


 なんて言いながら、俺は安堵していた。


 とりあえず、ホリーと合流出来たなら、後はどうにかなりそうだ。


 突然ダンジョンの内部に放り込まれた原因は解らないが、ホリーはダンジョンの構造を一瞬で把握し、最短ルートで最深部にまで案内出来る能力がある。


 その能力で、ここから出口に案内してもらえば良いのだ。


 俺は、首から下げている布袋に手を当てた。


 聖光剣の柄尻についていた宝玉を入れてあるのだが、これだけは肌身離さずに持つようにしていて正解だった。


 この宝玉が無いと、ホリーは俺と合流出来ないらしいし。


 とりあえず、現状を確認しておこう。


「ここはダンジョンの中だろ? 俺だって何でこんな場所にいるのか解らないよ。気が付いたらここにいたんだ」


〈ダンジョンの中も何も、最深部ですよ?〉


「え!?」


 俺は思わず周囲を見回す。


 確かに、通路ではなく、大きめの部屋に見える。


 壁には扉があるし、その反対方向には、


「……」


 何か、玉座のような椅子があるんだが、なんだアレ?


「ダンジョンの最深部って、ボスがいるんじゃないの?」


〈その筈ですけど、いませんね? 貴方が倒したんですか?〉


「そんな事出来るわけないだろ。ていうか、ボスを倒すとダンジョンは消えるんだろ?」


〈ですよね。でも、おかしいですよ。最深部にボスがいないなんて。ダンジョンが発生した時に、周辺の動物がいきなり空間転移させられてしまうのは、よくある事ですが〉


「は? 動物?」


〈ええ。野生動物や昆虫の類は、ダンジョンが発生した際に吸収されて、魔物化する事はあります〉


「……」


 なんか、ヤバい情報を聞いてしまった気がする。


 まあ、これまでアイリスやサフラン、カトレア教官が倒しまくっていた魔物が、実は人間の成れの果てでした、という悪趣味なフアンタジー小説みたいな話じゃなくてよかったけど。


「……ちょっと待て。ダンジョンが発生した時に、周辺の動物が吸収される事はよくあるって? 人間は?」


〈人間がダンジョンに吸収されるなんて事は無いと思いますけど。あったとしても、内部の魔物に襲われて即死してるでしょうし〉


「……何で俺は吸収されたんだ……サルとかゴリラと間違えられたってオチじゃないだろうな」


〈ああ! なるほど! そうかもしれません!〉


「否定しろ! ていうか否定して!」


 酷過ぎるだろ。


 度重なるストレスで疲労困憊だったから毎日昼寝してたけど、それだけでサル扱いってどうなんだ。


 まあ、サルも俺なんかと同じ扱い受けるのは業腹だろうけど。


「って事は、ここは王都ペンドラゴンの近くに発生したダンジョンって事か?」


〈……そうとも言えますし、違うとも言えます〉


「え?」


〈後で説明しますから、今はここから脱出する方法を考えましょう〉


 ホリーは腕を組みながら俺を見つめていた。


「脱出方法? 君が俺を出口まで案内すれば良いんじゃないの?」


〈別に構いませんけど、魔物が徘徊してるダンジョンを一人で進むんですか? 私が貴方に憑依したとしても、徒手空拳で魔物を倒すのは不可能ですけど〉


 それは無理そうだな。


「じゃあ、天馬剣使って、シオンをこのダンジョンに案内して、俺を迎えに来れば」


〈それだと、貴方はシオンが最深部に到達するまで、ここに一人で待ってる事になりますけど。シオンを案内している間、私は貴方の様子を確認する事でが出来ませんよ〉


 それもヤバい。


 今は大丈夫でも、何時魔物に襲われるか解らないのだ。


 ホリーと行動している間なら、少なくとも、一度は憑依によって身体能力を大幅に強化して、逃げだすくらいは出来る。


 つまり、シオンが最深部に到着するのを一人で待つか、自分で脱出するかの二択という事か。


「……」


 これ、どっち選んでも死ぬんじゃないのか。


「え~。ちょっと待って。かなりヤバいんじゃないのか……」


〈このダンジョン。かなり高位ですよ。徘徊してる魔物は最上級ですし、広さも複雑さも最高峰です。私が案内しても、攻略に丸一日かかるかも〉


「丸一日もこんな所にいたら絶対に死ぬって……」


〈シオンに迎えに来てもらう、という選択肢を選んだ場合、更に日数がかかります〉


「え!? 何で!?」


〈まず、王都からダンジョンの出口に到着するまでの時間。そして、平常時には十二歳のシオンでは、基本的な移動速度が貴方以下という事。常時私が憑依しては、限界時間を迎えて戦えなくなるので、シオンはダンジョン内を休みながら移動する必要があるという事を考慮して、最低二日か三日かかると思います〉


「三日もこんな所にいたら絶対に死ぬ!」


〈では、自分で出口に向かいますか? 最短ルートで案内出来ますけど〉


「……」


 俺は腕を組んでいるホリーを見つめながら、自分も腕を組んで考え込む。


 くそう。


 神剣を勇者に届けたらのんびりスローライフが始まるとか思ってたのに、日に日に修羅場に巻き込まれる率が上がってるじゃないか。


 しかも、今回は仲間がいない。


 これは、シオンを探しに行った時を除いては初めての経験だ。


 数多の危機を乗り越えた果てに習得した、必殺技「丸投げ」が使えないではないか。


 まさか俺の最終奥義にこんな致命的な欠点があるとは。


 まあ、「丸投げ」なんだから、孤立すると使えなくなるのは当然だけど。


「カトレア教官達に来てもらうのは……」


〈貴方とシオン以外に私の姿は見えませんから案内出来ません〉


「やり方次第だろ? 見えなくても、君が旗か何かを持って、皆を案内すれば……」


〈貴方が持ってる宝玉か、シオンの持ってる聖光剣の近くにしか、私は存在出来ません〉


「……この宝玉を君自身が持ち運べば……」


〈壁を透過出来ない宝玉を、どうやってダンジョンの外に運ぶんです?〉


「聖光剣をカトレア教官が持てば……」


〈シオンの手元から聖光剣を放すと、私が弱体化して、ダンジョンを案内する能力が劣化します〉


 終わった。


 俺のつたない悪知恵の限界が来てしまった。


「……」


 こうなったら、やるしかない。


 いつもの「丸投げ」が出来ない以上、俺自身の力でここから脱出する以外に、生き残る方法をない。


「ホリー。俺が自力でここから脱出する」


〈やはり、それしかありませんか……〉


 俺とホリーは、ダンジョンの最深部にある扉を二人で見つめる。


 まさかこの扉を、内側から開く時が来るとは。


「なあに。これまでだって、俺は絶望的な状況から生き残ってきたんだ」


〈そうですね〉


「今まで通り、どうにかこうにか生き残って見せるさ」


〈ふふ。私がついてますしね〉


 なんて会話を交わして、俺達はダンジョン最深部の扉を開ける。




 扉の外で、目茶苦者強そうな魔物が徘徊していた。




 俺は即座に扉を閉めると、扉の内側に戻って床に座り込む。


「ホリー。シオンに伝えてくれ。お兄ちゃんは何時までも君を見守っていると」


〈諦めが良すぎるでしょうが! バカな事は言わないでください!〉


「絶対に無理だ! あんな化物の群れを突破してここから脱出なんて絶対に無理!」


 だって外にいた魔物が半端無く強そうだったし。


 なんか、アマランスの鬼神剣にも似たフルプレートアーマー来たヤツとか、龍人みたいな小型ドラゴンとか、悪魔みたいに翼の生えた黒い人型の魔物がいたけど、全部超強そう。


 勇者一行が終盤に戦う強敵っぽいのが大挙してた。


〈解りましたよ。魔物は何故かこの部屋には入ろうとしてませんし、私が今からシオンをここに連れてきますから……〉


 なんて言いながらホリーがダンジョンの壁を通り抜けようとするので、


「待ってくれホリー!」


〈はあ?〉


 俺は半泣きでホリーを止める。


「こんなヤバい所に一人きりでいるなんて無理だよ! 傍にいてくれ!」


〈っう! 何時もなら言ってくれないようなセリフをこんな時に……〉


 ホリーは床を通り抜ける事を中断し、目の前で赤面していた。


〈じゃあどうするんです。自力で脱出するか、ここでシオンを待つ以外に選択肢はありませんよ〉


「……どうせ助からないなら一人で死にたくない……」


〈ちょっと! 何でもう死ぬ気満々なんですか! 何時ものしぶとさは何処に行ったんです!〉


「……俺が死ぬまで一緒にいてくれないか……」


〈うぐ! こんな時でなければ超嬉しいセリフを真顔で……!〉


 赤面していたホリーは、何度か顔を叩くと、何時もの表情に戻る。


〈良いですかクロウ。貴方の命は、貴方一人のものではありません〉


「……あのさあホリー。何の取り柄も才能もないのに、命まで他人のモノなんて言われたらテンション下がるよ……」


〈黙って聞け! 今から私良い事言うから!〉


 ホリーは俺に怒鳴り声を浴びせるが、すぐに両肩を掴んで真剣な表情で見つめてくる。


〈クロウ。貴方の事を誰よりも案じているシオンの事を考えなさい。貴方が死んだ後の世界で、シオンが魔王と戦うと思いますか? 彼女が守りたいのは世界でも、人類でもなく、貴方という、たった一人の人間です。貴方が死ぬ事は、この世界の終わりを意味します。だから、何があっても最後まであきらめちゃ駄目です〉


「……」


 俺が死ねば、シオンが魔王と戦う気を失う。


 そして、野放しになった魔王が世界を滅ぼすかもしれない。


 だから、俺が死ぬわけにはいかない。


 その理屈は解るけど、


「……別に俺が死んだ後の事なんか、どうでも良いけどな」


〈どぅええええええええええ!?〉


 嘘偽りの無い正直な感想を口にすると、ホリーが変な声を出しながらのけ反っていた。


〈何で貴方はクズでゴミである点は何時まで経っても改めないの!? 全然ブレませんね! 悪い意味で!〉


「何で自分が死んだ後の行く末まで心配しなきゃいけないの? 生きてる間に嫌でも心配事は次から次に襲ってくるのに、死んだ後の事まで考えるとか面倒臭くね?」


〈そういうセリフは労働とか勉強に励んでるヤツしか言っちゃいけないの!〉


「はあ……。こういう土壇場に自覚せざる負えない事ってあるよな。弱いと生き方も死に方も自分で決められないって」


〈しっかりしなさい! 卑屈さが何時にも増して酷いですよ!〉


 俺の両肩を掴んでいたホリーは、部屋の扉を見つめる。


〈魔物は、何故かこの部屋に入る様子はありませんね?〉


「今の所はね」


〈やはり、シオンを呼んできます。この部屋に魔物が入ってこない事に全てを賭けて、シオンがここに来るまで待ちなさい〉


「う~ん……。絶対にその扉をブチ破った魔物に殺されると思うけど……」


〈出来るだけ急ぎますから。シオンは貴方を助ける為なら、私の想定を超えた力を……〉


 その時、扉の向こうから魔物の雄たけびと、何やら衝撃音が聞こえてくる。


 なんか、扉の向こうで魔物が暴れているようだ。


 その音は、刻一刻と酷くなっていく。


「……ホリー。シオンに伝えてくれ。君にお兄ちゃんって呼ばれるの、結構嬉しかったって」


〈ちょっと待て! テメエ何でシオンにしか遺言残さねえんだよ! 私に言い残す言葉は無いのか!〉


「え? 何時も話してるのに、特に言い残す事なんかあるわけないだろ」


〈何で熟年夫婦の「言わなくても解るだろ」みたいなノリで話を終わらせてんだ!〉


「……」


 何時扉が開いて、魔物に斬殺されるか解らないのに、俺は妙に落ち着いていた。


 多分、ホリーと一緒にいるからだろうな。


 何時も通り、バカな言い合いをしてるからだ。


 別に死にたくはないけど、良かったよ。


 どうしてこんな場所にいるのかは解らないし、助かる方法があるなら助かりたい。


 何の悔いもなく死ねる、なんて、それこそ死んでも言えないけど。


 それでも、死ぬ前にホリーと話せて良かった。


 死ぬまで、傍に入れて良かった。


 短いつきあいだったけど、ホリーと出会えたおかげで「村人A」とか「城兵B」ではなくなった気がする。


 本当は「勇者」になりたかったけど、仕方ないよな。




 成りたいものと、成れるものが同じとは限らない。




 なんて事を考えながら、俺は凄まじい衝撃音と共に、ブチ破られる扉を見つめた。


 俺が隠れていた部屋の扉が、外側から破壊される。


 ホリーは咄嗟に身構えて、何時でも俺に憑依出来るようにしていたが、無駄だろう。


 神剣どころか、何の武器も持ってない俺の身体能力を強化した所で、魔物の群れから助かる手段はない。


 そう考えながら、俺は部屋の扉をブチ破った魔物の姿を確認する。




 三角帽子とマントを着た、魔女みたいな女。


 修道服を来て、首に十字架を下げた女。


 巨大な鎌と、巨大な斧を手に持つ魔女と修道女。


〈……!〉


「……シネラリアと、ジャスミン……」


 扉を破って室内に侵入したのは魔物ではなかった。


 入ったのは、冥府剣と治癒剣を持つ、姉妹剣使いだったのだ。


「……そう来たか……」


 俺は、部屋に入って俺の姿を確認し、目を丸くしている二人を見て苦笑した。


 コレで、問答無用の即死は免れた。


 しかし、この二人の戦闘力は、先ほどの魔物達を凌駕している。


 襲われればアウトなのは変わらない。


いや、むしろ状況が悪化したかもしれない。


 それでも、俺は何となく理解した。


 ここからが、俺の戦いなんだろうな、と。




「……何でアンタが……」


「……クロウさん?」


 シネラリアとジャスミンは、侵入したダンジョンの最深部に、俺がいた事に目を丸くして固まっている。


 多分、状況が良く解ってないんだろう。


「……」


 さあ、どう出る?


 この二人の目的は解っている。


 以前から、何度か顔を会わせただけの間柄だが、この二人に加えて、アマランスの三人は、定期的に出現しているダンジョンを攻略し、内部の魔物をシネラリアの冥府剣で卷族化している。


 そして、そのついでに魔物との戦闘を繰り返す事で、姉妹剣使いとしての錬度を高めているんだ。


 俺の目から見て、天才にしか見えないアイリス、サフラン、ヒース。


 実戦経験を豊富に積んでいるカトレア教官とプラタナス。


 その連中と比べても尚、今目の前にいる二人の方が、強そうに見える。


 素養の差、というより、魔物との戦闘回数が段違いなんだ。


 つまり、襲われれば即死。


 その代わり、魔物と違って話が通じる。


 一度限りだけど、ホリーの憑依によって身体能力を強化すれば、出し抜く事も出来る。


 だから俺は、ホリーと一緒に、二人の出方を伺う。


 目の前にいる、魔女と修道女がどういう行動に出るのか、身構えて観察する。


「何でアンタがここにいる? どうやってここまで来たんだい?」


 シネラリアが、鎌の形をした冥府剣を肩に担ぎながら、俺に近づいてくる。


「正直に答えな。それなりに鍛えた成りしちゃいるが、その程度でこのダンジョンの魔物を始末する事は出来ないだろ? アンタをここまで守った連中は何処にいるんだい?」


「……俺は一人です。他に誰もいません」


 そう答えた瞬間、シネラリアは俺に冥府剣の切っ先を突きつけた。


「……!」


 冥府剣は、鎌だけじゃなく、穂先に槍もある。


 その先端を、俺の首筋に当てがっていた。


「嘘をつくな! こんな場所まで一人でこれるわけないだろ!」


「……」


 首筋に冥府剣を当てがわれた俺は、無言になるしかない。


 しかし、何時でも物騒な印象しか残さないシネラリアが、何時にも増して危ない女に見える。


 というか、何故か不機嫌そうだ。


「八つ当たりはよしなさいシネラリア。そんな事をしても状況は好転しませんわ」


「っち! やっとこさ最深部に到達したと思ったのに……こんなクズがいてもどうにもならないじゃないか」


「今はそのクズを一人殺す労力すら惜しいでしょ? 冥府剣を引きなさい」


 酷い言われようだけど、二人の会話を聞いている内に、シネラリアの機嫌が悪い理由が解った。


 多分、この二人はダンジョンに入ったは良いが、中々最深部に到達出来無くて、イライラしていたんだろう。


 そして、やっと最深部に到達したかと思えば、ダンジョンのボスではなく、俺がいたので、ダンジョンを消滅させる手段が無いと解り、途方にくれたのだ。


 冥府剣を引いたシネラリアは、俺を無視してジャスミンと話し合いを始めた。


「さて。ここからどうするべきか。このままダンジョンのボスを探すかい?」


「撤退すべきだと思いますわ。既に私達は二人とも魔力が枯渇する寸前。この状態でダンジョンのボスと対峙しても、勝利出来るとは思えませんわ」


「撤退するったって、どうやって戻るんだよ。携帯食も水も尽きただろ? ここに来るまでに三日はかかったんだよ?」


「飢え死に覚悟で戻るか、この近くにダンジョンのボスがいる事に懸けるか、ですわね」


「戻るって選択したとして、アンタここまで来るまでの道順覚えてるのかい?」


「覚えてませんわ」


「じゃあ、戻ろうとしても、途中で迷って、そのまま野垂れ死ぬじゃないか」


「ですが、ダンジョンのボスがこの近くにいるとも限りませんし、下手をすれば、これまで歩いた道以上に長く、複雑な場所に最深部があるのかもしれませんわよ」


「っち! こんなダンジョン攻略出来るわけないだろ!」


 俺は、二人の会話を無言で聞いていたが、質問してもいないのに、自分達の状況を丁寧に説明してもらってるみたいだから、苦笑してしまった。


 これは、ひょっとすると渡りに船かもしれないぞ。


 俺にとっても、二人にとってもだ。


 だって、ホリーに道案内させれば、ここから出口まで最短ルートで移動できるし。


 その間、護衛を二人に頼めば、三人共ダンジョンを脱出出来る。


「……ホリー。ここから出口までどれくらいかかるんだっけ?」


〈……最短ルートなら、歩いて一日程かと〉


 よし。


 交渉してみよう。


 二人にとっても、一日で脱出出来るというのは、悪い話じゃないだろうし。


「あのう、ちょっと良いですかね……」


「うるさい! アンタは黙ってろ!」


 話しかけた俺に対するシネラリアの第一声がそれだった。


 なんか、栄養失調と睡眠不足が原因なんだろうけど、何時にも増して顔色と機嫌が悪い。


「俺、出口まで案内出来ますよ。案内しましょうか?」


「……そう言えば、アンタはダンジョンを最短ルートで移動できる手段があったんだね……」


 よしよし。


 やっと食い付いてきたぞ。


 これで交渉が出来る。


 と思っていたら、シネラリアは再び俺の首筋に冥府剣を当てがってくる。


「ダンジョン内を最短ルートで移動する方法を言いな……。さもなきゃ殺す」


「ええ!?」


 駄目だった。


 単に状況が悪化しただけだった。


「早く言え! 早く早く早く!」


「……」


 やべえ。


 今まで接した女の中で一番ヤバい女だ。


 まさか、こんなヒステリックなヤツだったなんて。


「いい加減にしなさいシネラリア!」


 俺が戦々恐々としていると、ジャスミンがシネラリアの肩を掴んで怒鳴り声を上げる。


「そんな頼み方で教えてもらえるわけがありませんわ! 嘘の情報を掴まされたらどうしますの?」


「私はコイツって存在がイラつくんだよ……! 何にも出来ない無能野郎の癖に他人を利用する気満々って所がさあ! 見ろよ! こんなヒョロガリの癖に、一丁前に女をはべらしてるんだよ? ブチ殺したくなるだろ!」


「貴方の個人的な感情に私を撒きこまないでくださる? とりあえず出口まで案内してもらうべきですわ。大人になりなさいシネラリア」


「クソ……! 出口に着くまでは我慢するか……」


 ちょっと待て。


 なんか二人で話をまとめてるけど、コレって案内した後に殺されるって事?


「……クロウさん……」


 ジャスミンが、俺の右手を両手で掴みながら話しかけてくる。


「案内をお願いしますわ。もちろん、道中も、脱出後も安全は保証します。仮にシネラリアが貴方を殺そうとしても、私が貴方を守りますわ」


「……はあ」


 信用出来ないなあ。


 脱出したら用済みだし、死んでも良いという事で、見殺しにされるような気がする。


 まあ、そうなった時は、ホリーに憑依してもらってから、全力で逃げだそう。


 幸い、シネラリアはダンジョン内の魔物を卷族化してないし、ゾンビの類も連れていない。


 シネラリアの冥府剣は死体を操り、ジャスミンの治癒剣は傷を治す能力があるが、この二つの神剣は、爆炎剣や氷結剣と違って、遠距離攻撃できない。


 さっさと逃げれば助かるだろう。多分。




 俺は、ホリーに道案内をさせて、シネラリアとジャスミンを連れて、ダンジョン内を移動する事になった。


 いつも思う事だけど、まさかこんな事になるとは。


 色々と想定外の事ばかり起きるようになったけど、敵対してる女を二人連れて、こんな迷宮を脱出しなきゃいけないとはね。


 出口から最深部を目指すのではなく、最深部から出口を目指す、というのも変だけど、敵に護衛してもらって移動するなんてのは、どうしたって想定出来ないだろう。


〈クロウ……良いんですか? あんな女共を当てにして〉


「……一人で移動するよりマシだよ……」


 俺は、小声でホリーに返事をしたが、さすがに近くを歩いていたシネラリアとジャスミンに聞きとられたらしい。


 すぐさま、


「ああ? 何をブツブツ言ってんだい?」


 最高にイラついていらっしゃるシネラリアに背後から声をかけられた。


「いえ、別に。独り言です……」


「鬱陶しいから黙って案内しな」


「はい。気を付けます」


 理不尽極まりない態度だけど、逆らって良い事は何も無いので、盲目的に従う。


 しかし、俺の前方を移動し、案内をしていたホリーは、こちらを振り返りながら、激しい憎悪を抱いた表情でシネラリアを睨んでいる。


 シネラリアには見えてないんだろうけど、恐ろしい表情だった。


 怖いよう。


 前にも後ろにも怖い女しかいないよう。


 なんて考えていると、シネラリアの隣を歩いていたジャスミンが、少し歩くペースを速めて、俺の隣に歩み寄ってくる。


「クロウさん。気を悪くしないでくださいね? シネラリアはお腹がすくとイライラするんですの」


「はあ」


「それに、クロウさんに限った事ではありませんわ。あの人は男性相手には皆あんな態度のですの。おそらく父親との関係が尾を引いて……」


「ジャスミン! 余計な事言ってんじゃないよ!」


「はいはい。ですが、大事な道案内役に、目に余る態度を取る貴方にも問題が……」


 怒鳴り声を上げるシネラリアを宥めながら、ジャスミンは再び俺の背後に戻る。


「……」


 我ながら無茶な方法だとは思うけど、この二人を護衛にして、ダンジョンを移動するしかないだろう。


 実力は申し分ない。


 シネラリアはともかく、ジャスミンの方は好意的な態度をとってるし、何とかなるかもしれない。


〈……〉


 俺がそう考えているのが解ったのか、ホリーが更に酷い形相で、ジャスミンを睨んでいる。


 君って、俺に近づく女は酷い態度取っても、優しい態度取ってもキレるのね。


 マジで勘弁してくれ。


 俺は溜息を吐きながら、ダンジョン内を移動し続けた。


 ホリーが高位のダンジョンだと言っていたし、シネラリアとジャスミンが三日三晩迷っただけの事はある。


 分かれ道、回り道のオンパレードだった。


 というか、ぐるぐる歩き回っている間に方向感覚が狂って、どんな道筋で移動していたのかよく解らなくなってくる。


 もしホリーの案内がなければ、絶対に迷っていただろう。


 とにかく、ただひたすらホリーの案内に従って、俺は無言で歩き続ける。


 俺の案内が正しいかどうか判断しかねている筈のシネラリアとジャスミンも、何も口にしない。


〈……クロウ。ここからは足元に注意してください〉


「……」


 返事をすると、独り言をブツブツ言っているように見えるから、俺は黙って首を傾げた。


 ホリーは足元を指さす。


〈床に、色の違う石があるでしょ? これは罠です。色の違う石を踏むと、罠が作動しますよ〉


「……」


 そりゃまた古典的な罠だなあ。


 どうせなら同じ色の石を使えば、罠かどうかも解らないだろうに。


 まあ、そうすると味方まで罠にかかるだろうけど、罠を張っているであろう、魔王に味方なんかいないだろうし、これは一体どういう事だろう。


 ホリーさえいれば最短ルートが解ったり、慎重に観察すれば罠を回避出来たり、ダンジョンの構造は色々な意味でおかしい。


 まるで、勇者一行に攻略される為に作られてるみたいだ。


 まあ、そんな考察は後でゆっくりしよう。


「シネラリアさん。ジャスミンさん」


 俺は、一応年上なので、さんづけしながら背後を歩く二人に話しかける。


「足元に気をつけてください。色の違う石は罠です。踏まないようにしてください」


「ああ? 何でそんな事知ってんだよ?」


「というより、この暗さでどうやって色の違う石の判別を……」


 カチリ、と音を立てて、シネラリアの足元にある石が沈んだ。


 言った傍から、色の違う石を踏んでいた。


「うげ! 色の違う石は踏んじゃ駄目って言ったのに!」


「う、うるさいよ! アンタが言うのが遅いからじゃないか!」


 俺はてっきり、色の違う石を踏んだ瞬間に、落とし穴にでも落とされると思っていたが、そんな様子は無い。


 しかし、何やら背後からゴゴゴ……という不気味な音が聞こえる。


〈クロウ! 走って! 全力疾走で!〉


「……!」


 俺は、シネラリアとジャスミンの背後から聞える不気味な音の正体に気付いて絶句した。


「嘘だろ! 嘘だろう!」


 鉄球だった。


 巨大な鉄球が、通路の奥からゴロゴロと転がってくる。


 なんという、お約束な罠だろ。


 絵本の話みたいだ。


「二人とも走って!」


 泡を食って、俺は鉄球から逃げる。


 事態に気付いた二人も、俺と並走する。


 三人揃って、脱兎の如く鉄球から逃げ続ける。


 余裕が無いのか、二人とも何も言わずに走っている。


「はあ……はあ……はあ!」


 ヤバい!


 二人はともかく、俺の体力が持たない。


 ホリーに憑依されて、身体能力が少しずつ高くなっている筈だが、どうも持久力の方はあんまり変わってないような気がする。


 力は強くなったし、足も速くなったけど、息切れするのは早い。


 どうする。


 どうすればいいだろう。


 こんな時に限って、通路は枝分かれせず、別れ道が無いから、鉄球を避ける方法が無い。


 まあ、あればこの鉄球による罠を回避されるからだろうけど。


 このまま一本道を全力疾走して、分かれ道、もしくは上り坂に到達しなければ、鉄球に潰されてしまう。


「……!」


 思いついた。


 我ながら名案だ。


「とう!」


 俺は走るのを止めて、床に倒れ込む。


〈クロウ!?〉


 突然床に寝そべった俺を見て、ホリーが悲鳴を上げる。


余裕が無いシネラリアとジャスミンは、俺を置いて全力疾走していくが。


 あの二人も意外とバカなんだな。


 俺と同じ事すれば助かるのに。


 そう考えながら、俺は床に寝そべったままゴロゴロと横に素早く転がり、通路の隅にまで移動する。


 そして、両手を万歳させて、全身を思い切り伸ばして、出来る限り体を細くした。


 すると、鉄球は俺を押し潰す事なく通り過ぎた。


「……」


 上手くいった。


 咄嗟に思いついた割には、すごい名案だったな。


〈……ク、クロウ……。どうして潰されなかったんです?〉


 霊体だから、普通に鉄球をスルーしていたホリーが驚愕している。


 あれ? 見ていて解らなかったのかな。


 俺が助かった理由が。


「まあ、通路の形が四角形で良かったって話だよ」


 立ち上がりながら、俺はホリーに解説を始めた。


「鉄球は球体で、通路は四角だろ? 四角い通路の中を鉄球が転がっても、床と天井にある四隅には鉄球が届かない」


〈……〉


「天井の隅になんかいけないけど、床の隅で体を横にすれば、鉄球を避けれるんだよ」


〈本当に……悪知恵だけは働きますねえ……〉


「……ていうか、あの二人はどうなったんだろ?」


 俺は、自分が回避した鉄球の向かった先を見つめた。


〈大丈夫だと思いますよ? 姉妹剣使いの身体能力なら、あんな鉄球から逃げきる事は簡単です〉


「じゃ、早く合流するか」


 幸い、今の所は魔物と遭遇してないけど、何時襲われるか解らないし。


 俺は、鉄球が転がって行った通路を、小走りで移動した。


「……んん? 別れ道も坂道も無いなあ。どうやって鉄球を避ければ良いんだ?」


〈この一本道をしばらく進めば、大きめの空間に辿りつきます。そこで鉄球を避ければ良いんですよ。その空間まで向かいましょう〉


「解った。多分二人もそこまで辿りついてるだろ」


 そうして、俺はしばらく一本道の通路を走る。


すると、床に何か落ちていた。


巨大な鎌の形をした、冥府剣だ。


 傍には何か、くろい三角帽子とマントがクシャリと潰れてるみたいな布が。


「ッゲ!」


 それは、倒れたシネラリアだった。


 明らかに、鉄球に潰された後のシネラリアだ。


「シネラリアさん!」


 ヤバいぞ。


 あんな鉄球に押し潰されたりしたら……


「……」


 普通なら、全身の骨が粉々。


 内臓が全部破裂。


 下手すれば、踏みつぶされたヒキガエルみたいに、体がグチャグチャになってる。


 俺は、恐る恐る倒れ込んでいるシネラリアの被っていた三角帽子を拾い、顔を確認してみる。


 すごい。


 床に全身がめり込んで、白眼を向いているけど、五体満足みたいだ。


 なんて頑丈な女だろ。


「う……あ……」


 シネラリアが、意識を取り戻したようだ。


「シネラリアさん。大丈夫ですか?」


「うが……あ……こ……こ……」


「こ?」


「殺してやる……」


「ええ!?」


 意識を取り戻したシネラリアが、四つん這いになりながら、俺に近づいてくる。


「殺してやる~殺してやる~」


 なんて事を言いながら。


 さすがに重傷なのか、立ちあがる事も出来ず、床をはいずり回りながら、冥府剣を持ち、俺に向かってくる。


「殺す~殺す~」


 なんて事を言いながら。


「いや、シネラリアさん。何で俺を殺すんですか?」


「アンタの所為だ~。よくも私をこんな目に~。殺す~殺してやる~」


「何で俺の所為なんだ……」


 罠を踏んだのは自分の癖に。


 まあ、弱ってる所為で移動速度は異常に遅いけど。


 なんか、ゾンビを操る冥府剣の使い手なのに、自分自身がゾンビみたいになってるし。


 俺が呆れながらシネラリアを見下ろしていると、


〈クロウ!〉


 傍らにいたホリーは悲鳴を上げた。


「どうした?」


 絶句しているホリーの指さす方向。


 さっき、鉄球が向かってきた方、つまり、俺がさっきまで歩いていた方向から。


「「「「ガアアアアアアアアアアア!」」」」


 無数の魔物が、大挙して向かってきていた。


「ひゃああああああああああ!」


 俺は悲鳴を上げた。


 こう言う時の為の護衛なのに、肝心のシネラリアは、


「殺してやる~」


 的外れな事を言いながら、床をはいずり回ってるだけだし。


「ちくしょう! コイツも微妙に使えねえ!」


 叫びながら、俺はシネラリアが持っていた冥府剣を奪い取り、それをホリーに手渡す。


〈クロウ?〉


「冥府剣はホリーが運んでくれ!」


 俺は、床をはいずり回っているシネラリアを抱き抱えると、魔物から全力で逃げだす。


 さっきから走りっぱなしだから、既に息切れしてる上に、お荷物を抱えている所為で移動速度が遅い。


 無数の魔物が、俺に追いすがってくる。


 どんどん追いついて来ている。


「ひいいいいいいい!」


〈クロウ! その女を置いて行きなさい!〉


 何時も通りの提案をするホリーに、返事やツッコミを言う気力も湧かない。


〈その女を置いて行きなさい!〉


「無理いいいいいいいいいい!」


 冥府剣を抱えるホリーと、シネラリアを抱き抱える俺は、全速力で一本道の通路を走り続けた。


 その間、


「殺す~」


「だからそれもう良いってのおおおおおおおおお!」


 シネラリアは、相変わらず俺を殺そうとしていた。


 なんか、弱弱しく俺に掴みかかってるし。


「早くジャスミンさんと合流しないと!」


 傷を癒す能力を持つ治癒剣を所有するジャスミンと合流して、鉄球に潰されてしまったシネラリアの身体を全快させる。


 そして、倒した魔物や、人間の死体を操る能力を持つシネラリアの冥府剣で、背後から追いすがる魔物達を倒してもらい、ついでにゾンビ兵として使役してもらう。


 これでダンジョンを移動する際の安全は確保される筈だ。


「……!」


 背後から唸り声を上げながら追いかけてくる魔物に戦々恐々としながら走っている内に、一本道から広い空間に出られた。


「クロウさん!」


 その広い空間で、鉄球から逃げきったらしいジャスミンが俺達を待っていた。


 一本道の途中にいなかったから、俺のようにナイスアイデアで回避した訳でも、シネラリアのようにベチャっと潰された訳でもないと思っていたが、無事に鉄球から逃げきっていたようだ。


 俺は慌てて抱えていたシネラリアを床に下ろし、


「シネラリアさんは鉄球の下敷きになっていました! 早く治療を!」


「……!」


 俺の言葉を聞いて、ジャスミンはすぐに床に横たわるシネラリアに対して、巨大な戦斧の形をした治癒剣をあてがい、治療を始めるが、


「「「ウガアアアアアアアアアア」」」


 俺を追いかけていた魔物達は、黙って回復を待ってはくれないようだ。


「ホリー! 憑依だ! 力を貸してくれ!」


〈御心のままに!〉


 ホリーは持っていた冥府剣を俺に手渡しながら憑依してくる。


 瞬間、俺の身体に爆発的な力が駆け巡る。


 俺に憑依したホリーは、俺の身体を使って冥府剣を器用に振り回し、魔物を次から次に薙ぎ払っていく。


 冥府剣は、巨大な鎌槍のような形をしており、俺から見れば扱いにくそうだったが、ホリーは文字通り、草を刈るように近づく魔物を切り刻んでいく。


 さすがに、本来の使い手であるシネラリアのように、魔物を卷族化する事は出来ないようだが、ほんの数分で俺達を追いかけてきた魔物を殲滅してしまう。


「……ふう……」


 戦闘が終わり、ホリーが俺の身体から出た瞬間、一気に疲労が襲ってくる。


 憑依される前から全力疾走し続けていた所為で息が切れていたが、それ以上に憑依された事の負担が大きい。


 本来は勇者以外に許されない行為をしている所為なんだろうけど、全身に痛みが走り、焼けつくような暑さと発汗を覚えた。


「うわ……」


 俺は自分の身体を見て、少し驚く。


 俺の体温で汗が蒸発して、湯気が出ている。


 やはり、相当無理な事をしているらしい。


「ジャスミンさん。シネラリアさんの傷は治りましたか?」


 俺は、現状を確認しようとジャスミンに声をかけたが、何故かジャスミンは俺を見てポカンとしている。


「……ジャスミンさん?」


「え? ああ、シネラリアの傷なら回復しましたわ。ですが……」


 ジャスミンは、倒れたまま、ピクリとも動かなくたったジャスミンを抱き抱えている。


「傷は治りましたが、魔力欠乏で昏倒していますわ。丸一日、飲まず食わずで戦っていましてので」


「そうですか……」


 俺は少し二人から離れて、ホリーに小声で話しかけた。


「どうすれば良いと思う?」


〈置いていけば良いでしょ。冥府剣は今、こちらの手にありますし〉


「そんなの駄目に決まってるだろ……。ジャスミンさんが承知しないだろうし」


〈弱っている今がチャンスです。冥府剣で二人にトドメを刺して、治癒剣も纏めてゲットしましょう〉


「出来るか!」


〈だってダンジョン内で魔力切れとか最悪じゃないですか~〉


 ホリーはとことん面倒そうにぼやく。


〈ちゃんと日頃から鍛錬に励んで、レベルを十分に上げてからダンジョンに挑むべきでしょ? 基本的に魔力が半分にまで減ったら引き返す。最深部に辿りつくまでがダンジョン攻略じゃないんです。安全な場所に戻れてこそ、攻略したと言えるんです〉


「ゴメン、何を言ってるのか解らない……」


〈勇者一行がダンジョン内で魔力切れなんか起こしたら、マジで全滅しますよ? 私はそんなヘマした事ありませんけど〉


「魔力を回復される方法は?」


〈食事と睡眠〉


「……そこは普通の回復法なのね……」


〈ですからダンジョン内で魔力を回復させるなんて無理無理。そんな事出来たら攻略難易度とか、バランスが崩壊しますし〉


「だから何を言ってるのか解らないって……」


〈魔力が切れた姉妹剣使いなんて、マジでタダの足手まといですよ? シネラリアだけではありません。ジャスミンの方も、今の回復魔術で魔力を殆ど使いきってしまったようです〉


「……悪いけどさあ。俺はあの二人よりさらに足手まといだから、ここから一人でダンジョンを進むとか、絶対に無理だよ」


〈じゃあどうします? 私としては、足手まといを捨てて身軽になった貴方が、徘徊する魔物を避けて、最短ルートを通って脱出、というのが最も生存確率が高いと思いますが〉


「……最短ルートじゃなくてさ、行き止まりとか、袋小路みたいな所に案内してくれないか? この近くに無い?」


〈……? ありますけど……〉


「そこまで三人で行って、壁を背にして休憩するってのはどうだろう? 一人が通路側で見張ってれば、壁の近くにいる二人は休めると思うけど」


〈ううん……まあ、出来なくは無いでしょうけど、上手くいきますかねえ〉


「やるだけやってみよう。駄目だったら別の手を考えるだけだ」

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