4/第八章 史上最悪最低の危機

「ヤバいな……」


 無事にダンジョンのボスを討伐し、地上に戻った俺は頭を抱えた。


 アマランスが全身を痙攣させながら意識を失ってしまったのだ。


 地面に寝かせて様子を伺うと、どうやら魔力の枯渇と、体温の低下によって、疲労困憊の低体温症になってしまったらしい。


 いつまでも意識は戻らないし、痙攣も収まらない。


 このままだと、命に関わるかもしれない。


「ホリー。どうすれば良いと思う?」


 魔力の枯渇、なんてのは神剣を扱えない俺にはどう対処して良いか解らないし。


〈もうその女に用は有りませんから、鬼神剣と羅刹剣をパクって放置しましょう〉


「……」


 コイツに意見を求めた俺がバカだった。


 自分で助ける方法を考えよう。


「ええっと……」


 一応、俺は士官学校の卒業生だ。


 負傷兵の応急処置の仕方も習ってるし、低体温症の相手に何をするべきかも知ってる。


 とにかく、一刻も早く体温を上げてやらなくては。


 俺は意識の無いアマランスを抱えて、天馬剣に乗った。


 一番近くの村を発見し、すぐさまそこに向かう。


「……」


 村には、誰もいなかった。


 魔物に全滅させられたのか、プラタナスの避難誘導によって逃げたのか。


 まあ、血痕の類が無いから後者だと思っておこう。


 俺は、天馬剣から下りて、アマランスを背負いながら手近な民家に入ってみる。


 ごく普通の民家だが、とりあえず暖炉はある。


 この家を借りよう。


 アマランスをベッドの上に寝かせて、暖炉に火をつける。


 そして、室内にあるだけの薪をくべて、室温を上げていく。


 これだけじゃ駄目だ。


 薪が足りないし、何よりアマランスの服が濡れっぱなしというのが不味い。


 とりあえず、アマランスの着ている服を全部脱がせて、毛布に包まってもらう必要がある。


「……」


 ふふふのふ。


 ここで普通の野郎はこれ幸いとアマランスの服を脱がして、全裸を拝むんだろうさ。


 命に関わる事だし?


 目を瞑ってるから許してね、とか何とか思いながら、結局目を瞑ったまま他人の服を脱がす事なんか絶対に出来ないから、裸身をガン見する事になる。


 そして、その最中に相手の意識が戻ってボコボコにされるのだ。


 俺はそんな馬鹿な真似はしない。


 さりとて、低体温症を起こしている女を、ずぶ濡れのまま放置して死なす程無能でもない。


「ホリー。このままだとアマランスの命が危ない。服が濡れたままじゃ体温は下がるばかりだ」


〈だから?〉


「君がアマランスを裸にして、毛布で包んでやってくれ」


〈……は?〉


「今の君ならそれくらい出来るんだろ? その間、俺は薪を探してくるから、戻ってくるまでに終わらせてくれよ?」


〈貴方は女に甘いですねえ。自分の命を奪おうとした相手なのに〉


「プラタナスの事だって許しただろ? 別に女相手だけじゃないよ」


〈……やっぱり両刀使い……〉


「良いから! 早くしてくれ!」


 俺が苛立ち交じりに怒鳴ると、ホリーは舌打ちしながら、ベッドの上で震えているアマランスに近付く。


〈クソ面倒臭え……何で私がこんな女の服を脱がさなきゃならないんだか〉


 なんて事を言いながら、ホリーがアマランスの服を脱がしていく。


 真っ先にミニスカートの中に手を突っ込んで、パンツを乱暴に脱がして放り投げたので、俺は慌てて目をそらしながら、民家を出て行った。




「……お、有った有った」


 村の中を歩いて周り、倉庫らしい小屋の中に、ロープで一括りにされている薪を大量に発見する。


 多分、冬支度を済ませて、割った薪を集めておき、雨でシメらせないように屋根のある場所に保管してあったんだ。


 悪いけど、使わせてもらおう。


 民家に戻ってみると、既にアマランスの服は全部脱がされた後だった。


 毛布に包まれているので、裸身も見えない。


 ふふふのふ。


 俺って本当に紳士的だね。


 意識不明の女の裸なんか絶対に見ないからね。


 俺は暖炉に薪を補充していき、室温を上げていく。


 ついでに、ずぶ濡れだった自分の服とアマランスの服を、民家の中でロープを張り、干していく。


 俺自身が裸になるのは、なんかアマランスの意識が戻った時の事が怖いので、止めておこう。


 即座に、民家の中に有った男物の服をパクって着る。


 黒じゃないから気に食わないけど。


〈……ふ~む……なるほどねえ。そういう事でしたか……〉


 ホリーが何やら、顎に手を当ててブツブツと呟いていた。


 アマランスの持っていた鬼神剣と羅刹剣をテーブルに置いて、ホリーは何やら考え込んでいた。


「ホリー? どうしたんだよ?」


〈ああ、クロウ。この女が鬼神剣と羅刹剣を併用出来た理由が解りましたよ〉


「え? 単に才能の問題じゃなかったのか?」


 なんて言いながら、俺はホリーに近づく。


〈確かに、紛れもなく天才だったのでしょう。鬼神剣と羅刹剣の双方から、持ち主だと認められる程の才能はある筈です。しかし、それだけでは納得しかねる事がありました〉


「と言うと?」


〈前にも言いましたけど、この二つは最大の破壊力と、最高の身体強化が行える代わりに、魔力の消耗が激しいんです。両方同時に使えば尚更です。いくら扱うだけの素養があっても、あんなに長時間羅刹剣を纏ったり、鬼神剣の雷撃を乱発するのは不可能ですよ〉


「じゃあ、どうして……」


 アマランスは、破れたとはいえ、シオンと五分に近い戦いをした。


 それは、鬼神剣の破壊力と、羅刹剣の強化力を長時間併用出来たからだ。


〈コレですよ〉


 ホリーは、黄金の腕輪を俺に差し出す。


 まさか、この腕輪も……


〈魔級剣カルンウェナン。持ち主の魔力を吸収してため込み、それを好きな時に他人に譲渡出来る神剣の姉妹剣〉


 やはり、この腕輪も神剣の姉妹剣だったのか。


 槍、斧、鎌に加えて、馬まで有ったんだ。


 今さら腕輪の形をした神剣があっても驚かないけど。


「じゃあ、アマランスは二つじゃなくて、三つの姉妹剣を同時に扱ってたのか?」


〈そこは驚くべき点ではありません。魔級剣はため込んでおいた魔力を、消耗した勇者や姉妹剣使いに補給する為の姉妹剣。他の姉妹剣使いでも使用出来る例外的な物です〉


 なるほど。


 この魔級剣は、姉妹剣使いなら誰でも使用出来るんだ。


 そうでなければ、消耗した時に、魔力を譲渡する事も、受け取る事も出来ないわけだし。


 例えば、カトレア教官やアイリスでも使用出来る姉妹剣、という事か。


「でもさあホリー。この魔級剣を持ってるからって、鬼神剣と羅刹剣を併用できる理由になるのか?」


〈はい。魔級剣による魔力の補充は、当の本人でも受けられます〉


「その魔力の出どころは、結局当の本人なんじゃ……」


〈ですから、戦い続けている間、魔級剣の中に有る魔力は減り続け、いずれ枯渇します。今まさに、アマランスがそうなってるでしょ?〉


 ホリーが指さすので、俺はベッドの上でぐったりしているアマランスを見つめた。


〈しかし、戦っていない間、使い道の無い魔力を貯めておくことが出来ます〉


「……! そうか。つまりアマランスは、日頃魔級剣に貯めておいた魔力を使って、鬼神剣と羅刹剣を扱ってたんだ」


〈そういう事です。そして、貯め込んでおいた魔力を使いきってしまったのですよ。要するに、あの女がシオンと互角に渡り合えるのは期間限定です。おそらくは、数ヵ月は一切戦わずに魔力を貯め込んでおかないと、シオンと一日五分に渡り合う事は出来ません〉


 なるほど。


 つまり、今から数カ月、アマランスは戦闘を行えない。


 いや、戦えない事はないけど、制限時間が短いんだ。


 長時間戦うには、長期間休む必要がある。


 まるで、魔力を貯金して、緊急時に切り崩して戦ってるみたいだ。


 対して、シオンの方も、長時間戦えば魔力は消耗する。


 それどころか、全力で戦えるのは一日数時間が限度だ。


 しかし、消耗した魔力は一日休めば全快する。


 節約しながら戦えば、もっと早く回復するだろうし。


 前にシオンとアマランスが戦った時は、まるで互角に見えたけど、実際にはシオンが圧倒的に格上だったんだ。


 シオンは年がら年中、何時戦っても最強。


 アマランスは、数か月に一日きりの最強。


まあ、勇者と互角の存在なんかいないって事か。


〈やはり、今の内に殺しておくべきではありませんか? 回復されると厄介な相手ですよ〉


「……」


 確かに、今なら千載一遇のチャンスなんだろうけど。


 でもなあ。


 一回でも一緒に修羅場を乗り越えちゃうとなあ。


 あの上空での戦闘では、瞬間的に一心同体に近い感じで連携したし。


 もうこの流れで仲間に出来ないかな。


 頼りになる仲間になると思うけど。


〈……貴方はもう! 毎回毎回!〉


 俺がそんな事を考えていると、ホリーが怒りだした。


〈そんなにあの女の胸が気に入りましたか! 確かに私より大きかったですけど!〉


「いや、胸とか関係無いし……見てないから大きさも知らないし」


〈嘘をつくな! 天馬剣に乗ってる時に後ろから抱きつかれて感じてたでしょ! 背中越しに感じてたんでしょ! あの巨乳を!〉


「そんな余裕無かったよ」


 またコイツは訳の解らない事を言いだすなあ。


 ホリーはおもむろに自分の胸を腕で強調しだす。


〈胸だったら私が毎日見せてるでしょ! 他の胸に目移りしないでください!〉


「いや、目移りしてないし、そもそも君の胸だって見たくて見てるんじゃないし……」


〈何ですって!?〉


 ホリーは驚愕したように俺を見つめる。


「いや、だって君が勝手にそんな格好してるんだろ? 最初に見た時から思ったけど、そこまで露出度高いと、返ってありがたみが無くなるんだよ。むしろ怖いよ」


〈怖い!?〉


「そんな格好、正気の沙汰じゃないよ。普通はそんな格好しようと思わないよ。最初に見た時は、相当ヤバいヤツだと思ったけど」


 まあ、神剣を作ったのが神様なら、神様がヤバいヤツだったって事だ。


「君の鎧さあ、エロいを通り越してるよ。エロさって、ある程度想像の余地が無いと。パンツだってたまにチラッと見えるから良いんであって、四六時中見えてると返って興奮しなくなるし」


〈このド変態野郎が!〉


「君にだけは言われたくないけど……」


 まあ、この話はもういいや。


 俺達の性癖なんか披露しあっても、お互いに得る物はないだろうし。


「……よっと」


 とりあえず、暖炉の傍に干しておいた俺の黒装束が乾いたので、着替える。


 なんか、更に体つきがヤバくなったような気がする。


 別に筋肉が肥大化したんじゃない。


 脂肪が無くなって、筋肉の割れ目が深くなっている。


 異様に体が戦闘向きになったという事か。


 ホリーに憑依されてない間は、筋力はともかく技量がからっきしだから弱いままだけど。


 しかし、シオンとかアイリス達の胸はデカイままなんだよなあ。


 俺と同じ理屈なら、脂肪の塊である胸なんか、戦闘に特化すると真っ先に無くなる筈だけど。


「なあ、ホリー」


〈なんですか?〉


「何で俺は憑依される度に脂肪が無くなってるのに、シオン達の胸は無くならないの?」


〈はあ? 貴方胸にしか関心無いんですか?〉


「別に否定はしないよ。胸に関心無くなるのって、男として色々終わってるし」


〈……憑依って、身体の強化ですよ? 筋力、敏捷性、耐久力、回復力の全てが向上します〉


「解るよ? 力強くなって足も速くなって、体も頑丈だし、怪我の治りも早いんだろ?」 


 そうでないと、ヒースとかとっくに死んでるし。


〈ついでに言うと、美しくもなります〉


「……は?」


〈だから、男は体がひたすらバッキバキになって、女はグラマラスになっていきます〉


「何でそうなる……それは強化なのか……」


 それなら、カトレア教官は美人でスタイルも良い方だと思うけど、何で何時までも童顔なんだろ?


「じゃあ、俺って君に憑依されまくるとイケメンになるの?」


〈無理です。顔面は変わりません〉


「……」


〈姉妹剣使いの美形率って高いでしょ? 神剣って、容姿も才能の一種だと判断してるんじゃないですかね? 勇者も美形揃いだし〉


「え~」


 それはタダの差別じゃないのか。


 まあ、別にそれで問題無く魔王を討伐して、世界を平和に出来るならいんだけど、今現在、姉妹剣使いの一部が、姉妹剣を私利私欲で使いまくってるし。


 後、どうでも良いけど、俺は殆どの姉妹剣による攻撃を一発は食らってるし。


 顔で適合者を選ぶのが間違いだったんじゃないのか。


 なんか、美形でないと物語の主要人物になりませんよねえ、というご都合主義に、明確な理由とかつけられると、萎えるなあ。


「ま、今さら勇者とか姉妹剣使いになりたいとも思わないけどな」


〈貴方、実質姉妹剣使いみたいに振る舞ってますけどね〉


 俺はホリーの言葉を無視して、とりあえずアマランスの持っていた荷物を確認してみる。


 アマランスを仲間に加えたいとも思うけど、敵同士のまま別れる可能性も大いにあるし。


 何か情報を得ておいた方が良いかもしれない。


 大剣形の鬼神剣。


 外套形の羅刹剣。


 腕輪形の魔級剣。


 それ以外には、殆ど何も持ってないようだけど。


「……」


 しかし、よく考えると、そろそろここから離れた方が良いかもしれないな。


 早くカトレア教官とプラタナスと合流して、無事にダンジョンのボスを倒した事を報告したい。


 多分、あの二人なら黒雲と魔物が一斉に消滅した事で、状況を把握してるだろうけど、俺が何時までも戻らないと心配するだろう。


 後、アマランスの仲間であるシネラリアとジャスミンが、この場に現れるかもしれない。


 どうやってアマランスの居場所を見つけるんだ? という疑問は残るけど。


 特にジャスミンとかいう修道服着た女は要注意だ。


 アマランスとシネラリアがピンチになると、颯爽と駆けつけてくるし。


 例えば、魔物を使役出来るシネラリアが、鼻の効く魔物を大量に使役して、アマランスの居場所を把握した後、空を飛べる魔物に乗ってここにやってくるとかありそうだ。


 そうなる前に、ここから離れるか。


「ホリー。そろそろカトレア教官達と合流しよう」


〈この女はどうするんです?〉


「もう命に別状は無いだろうし、ほっとけば勝手に帰るか、仲間と合流するだろ」


〈え~? 生かしとくんですか? だったらせめて魔級剣はパクっときましょうよ。鬼神剣と羅刹剣は展開で回収されるでしょうけど、魔級剣なら無理だし、私達が持ってても役に立ちます。おまけに、コイツがかなり弱体化します〉


「……」


 確かに。


 一時的に共闘したとはいえ、敵同士に戻るなら、相手の戦力を大幅に削ぐ、というのは正しい。


 寝込みを襲って殺す訳ではないし。


 魔級剣を失ったアマランスは、鬼神剣と羅刹剣を併用して戦う事が出来なるくなる。


 そうなれば、俺達はかなり安全だ。


 やはり、今の内に奪っておくべきか。


 なんて考え込んでいると、民家の扉が唐突に開いた。


 その時、俺は自分の目を疑った。


 目の前に、魔女と修道女がいたから。


 シネラリアと、ジャスミンが唐突に現れたから。


(遅かったああああああああああああ! 気付くのが遅かったああああああああああ!)


〈クロウ! 逃げますよ!〉


 ホリーが即座に俺に憑依してくるが、


〈……駄目です! 貴方の身体を強化出来ません!〉


 なんて言いながら、俺の身体から出てくる。


 一日に二度、憑依された事はなかったけど、やっぱり一日一回の強化が限界だったか。


 まあ、シオンですら、数時間憑依されてると、半日は疲れ切ってるし、俺じゃあ、この程度が限界という事か。


「……」


 とにかく、今の俺の力で逃げるしかないようだ。


 幸い、ホリーに何度か憑依されている俺は、平常時の身体能力、特に動体視力が強化されている。


 何とかなるかもしれない。


 しかし、俺って察しが良い方なのに何で何時も遅いんだろう、気付くのが!


 嫌な予感は結構当たるのに、何で何時も手遅れなんだろ。


 ホリーと胸の話なんかしてる場合じゃなかった。


 なんという無駄な時間を過ごしてたんだ俺は。


 何時もそうしてるけど。


「……何でアンタがこんな所にいるんだい?」


 シネラリアが首を傾げながら俺を見つめている。


 ジャスミンは、ベッドで眠っているアマランスの様子を伺うと、


「帰りが遅いと思って来てみれば……魔力欠乏を起こしていますわ」


 なんて事を言いながら、毛布をめくる。


「あらまあ……お楽しみの最中にお邪魔してしまったようですわね……」


「ああ、そういう事かい……」


 シネラリアとジャスミンが、ゆらりと視線を全裸のアマランスから俺に移す。


 まったく俺の想定通りに勘違いしている。


 俺の嫌な予感は、もはや未来予知の領域に到達したようだ。


 想定内だけど、対処は出来ない。


 ここで全力ダッシュして、天馬剣に乗って逃げだすような事すれば、コイツらの疑いを肯定する事になる。


 そもそも、魔女と修道女って見た目の割に、異常に身体能力の高いこの二人から逃げるのなんか不可能だ。


「勘違いするなよ。俺は何もしていない」


 だから、あえて堂々と振る舞おう。


「アマランスが魔力欠乏で動けなくなって、ずぶ濡れのまま震えてるから、わざわざ温かい部屋に入れて助けたんだ。やましい事なんか何も……!」


 してない、と言う前に、俺の脳天に巨大な斧が叩きつけられていた。


 ジャスミンが、治癒剣で俺の頭をカチ割ろうとしている。


「ちょっと待てい!」


 今の俺は、筋力とか動体視力が並はずれて強化されているから、回避は出来たけど、なんて気の短いヤツだろう。


 さっきまで俺が立っていた床に、治癒剣がめり込んている。


「いきなり何するんだ!」


「……驚きましたわ……私の攻撃を回避されたのは初めてです……」


 しかし、当のジャスミンは、自分の攻撃を回避された事に驚愕している。


「俺は何もしてないって言ってるだろ! よく見ろよ! アマランスに暴行を受けた形跡はないだろ!」


 俺はアマランスを指さしながら熱弁する。


「そんなの当てにならないねえ。魔力欠乏を起こしたヤツは、しばらく強制的な睡魔に襲われて身動き出来ないのさ。その時なら、体に傷がつかないように、優しく楽しめただろうさ。アマランスの身体をね」


 シネラリアの発言に、俺は目まいを起こしそうになった。


「俺が意識不明の女に如何わしい事するように見えるのか!」


「見えるよ」


「見えますわ」


「……!」


 俺は、あまりにも腹が立ったので、血管が切れそうになった。


 どうして何にも悪い事してないのに非難されてるんだ俺は。


 勇者を捜索する為に聖光剣を盗んでから、こんな目にあってばかりだ。


 世の中どうかしてる。


「お前らなあ! 裸にしたからなんだって言うんだ! 見てないけど! 別に見たって良いだろうが!」


「「……」」


 ブチ切れた俺の剣幕に、シネラリアとジャスミンが無言になった。


「大体なあ、裸を見られたから殺そうとする女はどうかしてるよ! 何で自分の裸を見られたら相手を殺そうとする訳? 自分達の裸にどれだけ価値があると思ってんの? お前ら女が自分の裸を見られた時の代価が相手を殺したりボコボコにするだけのもんだとでも思ってんの? そもそも! 俺は見てないんだよ! 命かけてまで見たいもんでもないけど! 俺は今回アマランスの裸を見てないの! 解る!? 見てもいないのに非難されてんだよ俺は!」


 瞬間、シネラリアが持っていた冥府剣で俺の首を刎ねようとした。


「すいませんすいません! 調子こきましたすいません! 裸は見てないけどすいません!」


 俺はしゃがみ込んで回避しながら、半泣きで謝る。


 それから、俺はシネラリアの冥府剣とジャスミンの治癒剣による猛攻を避け続けた。


 以前にアマランスの攻撃をしばらく回避した時と同じだ。


 我ながら、尋常じゃない程の回避能力だけど、これは長時間持たないんだ。


 このままだと俺は死ぬ。


 疑いを晴らす事を諦めた俺は、民家の出入口に向かって全力疾走する。


 しかし、進行方向にジャスミンが先回りして、思い切り治癒剣で頭をカチ割ろうとしてくる。


 それをバク転で回避するが、シネラリアに背後から蹴りを入れられてしまう。


「相変わらず強いのか弱いのかよく解んない男だねえ」


 なんて言いながら、シネラリアは倒れ込んだ俺に馬乗りになり、鎌槍の形状をした冥府剣の切っ先を俺の喉元に突きつける。


 万事休すか、と諦めかけたその時、馬乗りになっているシネラリアの動きが止まる。


 ホリーは俺の周囲で〈あわわ〉なんて言いながらウロウロしてるだけだ。


 しかし、


「……何をやっている……シネラリア。ジャスミン」


 ゆらりと、意識を取り戻したアマランスが二人の背後で威圧感を出していた。




 とりあえず、乾いた服を着たアマランスは、シネラリアとジャスミンの二人に、俺達が共闘してダンジョンのボスを倒した事と、その後意識不明になった自分を俺が看病していたらしいという諸々の事情を説明してくれた。


 その間、俺が逃げ出さないようにシネラリアが俺の肩を抱いてくるのが地味に怖かったが。


「なるほどねえ。話は解ったよ。でも勝手な事してくれたねアマランス。元々あのボスは私の冥府剣で始末して、卷族化する予定だったろ? 私と合流してから動くべきだったんじゃないのかい?」


「勝手な事を言っているのは貴公の方だろうシネラリア。元々貴公とジャスミンがダンジョンの攻略に手間取ったからこんな事になったのだ。危うく大量の死傷者を出す所だったぞ」


「っち!」


 アマランスの言葉に、シネラリアは舌打ちした。


「機嫌を直しなさいなシネラリア。私達二人の力で倒せるとは限りませんでしたし、今回はコレで良しとしましょう。それより、この男はどうしますの?」


「天馬剣使えるってんなら仲間に加えてやっても良いけど、アンタ、私らの仲間に加わる気はある?」


 なんて事をシネラリアが言った瞬間、アマランスとジャスミンも俺を凝視してくる。


「……」


 俺は、どう答えるべきなんだろ。


 場合によっては、この恐ろしい女が三人も仲間に加わるわけか。


 しかし、


「アンタ等は勇者に敵対する気なんだろ」


「そうだ。我ら三人の主は、いずれ勇者を打倒する事を目的にしている」


 この三人の目的を、俺はどうしても許容出来ない。


 アマランスは、魔王の打倒を自分でも行えると思いこんでいるし、前に説得しようとした時は効く耳を持たなかった。


「何でだよ……! 仮にアンタらにだって魔王を倒せるとしても、勇者を殺す必要なんかないじゃないか!」


「っは! 勇者だの魔王だのどうでも良い与太話を……。単に強いってだけの存在じゃないか。アンタ、これからも魔王の復活に怯えて、勇者の誕生を当てにするって世界が永遠に続くとでも思ってるのかい?」


「私達は、永遠に復活する魔王と、それに合わせて誕生する勇者という、この世界の法則を変える為に行動していますわ。それはつまり、人が自分の運命を自分で決める事が出来る世界ですの」


「我々が主と共に目指すは、魔王の復活に怯える事の無い新世界。その世界を作りだす為には、勇者という存在が邪魔なのだ」


 シネラリア、ジャスミン、アマランスの言葉に、俺は目を見開く。


 何を言ってんだこの連中は。


 何を、自分達は正しい事をしてますよ、みたいな顔をしている?


「クロウ。勇者と魔王は、表裏一体で、対の存在なのだ。おかしいと思わなかったのか? 歴代の魔王が悉く勇者に敗北し、例外が一切ない事を」


 アマランスの言葉に、俺は息を飲んだ。


 確かに、おかしいとは思った。


 どうして、魔王は何度倒しても復活するんだろう。


 それに、魔王が勇者に勝利した事が一度もなかったのは何故だろうと。


 実際に勇者が魔王に敗北したら、世界が滅ぶわけだから、毎回勇者には勝ってもらわないとなあ、と単純に思っていたが、よく考えればおかしい。


 始めから、魔王が勇者に敗北する事が決まっているみたいだ。


 そんな事が頭に浮かんでも、実際には考えないようにしていた。 


 だって、勇者が魔王に負けたら困るだろ?


 ただそれだけの話じゃなかったのか?


「勇者と魔王は、始めから役割を定められた存在なのだ。だからこそ、魔王によって勇者が敗れる事は有り得ないし、勇者によって魔王が完全に滅する事もないのだ。何故なら、対の存在である勇者と魔王は、必ず同じ結末になるように仕向けられているのだから」


「……は?」


「つまり、魔王の復活を阻止し、永遠の平和を得るには、魔王と勇者の両方を何らかの方法で滅するのだ」


「はあ!?」


 それはつまり、魔王を倒して、シオンも殺してしまえという事か。


「対の存在で、表裏一体である以上、双方を同時に滅すれば、完全に消滅するのは当然だろう。魔王が復活するから勇者が誕生するのではない。勇者が誕生するから、魔王が復活するのだ」


「何の根拠があるんだよ。勇者と魔王を殺して、二度とどっちも誕生しないって、どうして解る? もし、魔王だけ復活したらどうするんだよ」


「根拠の話は出来ん。お前が我々の仲間になるまでな」


「……」


「貴方、勇者の力を背景に権力を握ろうとしているそうですわね? でしたら、私達と利害は一致していますわ。今すぐ行動を共にしよう、とは言いませんが、協力関係になりませんか?」


「ダンジョンを最短ルートで攻略出来た理由も説明してほしいねえ。今考えると、勇者を最初に発見したアンタが、何らかの方法で攻略方を見つけたりしたんじゃないのかい?」


 アマランス、ジャスミン、シネラリアが、口々に俺を仲間にしようと勧誘してくる。


 それは、この連中を、あわよくば仲間にしようとした俺と利害が一致しているようにも思えるが、


「無理だ」


 俺は即断即決で断った。


「何故だ。貴公なら、良い仲間になると思ったがな」


「勇者を殺すって段階で無理だ。殺した後、どうやって魔王を倒すのか、とか、そもそもどうやって勇者を殺すのかって説明が無い。あったとしても賛同できない」


「ふむ……」


「これまで勇者以外のヤツが魔王を倒した事はない。魔王の復活を阻止できた事もない。勇者が魔王に敗北した事が一度もない。それは確かにおかしいと思うよ。アンタ等が、かつて前例のない事をしようとしてるのも解った。ただ、アンタ等は自分達の思惑通りに事が運ばなかった場合の想定が甘い」


 俺がそう言った瞬間、首筋に冥府剣が添えられた。


「協力しないってんなら、死んでもらう事になるよ」


 シネラリアが怒気を孕んだ声で脅してくるので、ホリーは再び〈あわあわ〉言いだすが、俺は黙らない。


「アンタ等にとって最悪の事態を想定しようか? それは、計画が失敗した時じゃない。上手く事が運んで、勇者と魔王を同時に始末出来た後、勇者だけ生まれなくなって、魔王がこれまで通り復活する世界になる事だ。仮に全てがアンタ等の言う通りだった場合、この世界は『勇者にしか倒せない魔王』と『魔王には負けない勇者』の八百長を半永久的に繰り返す世界って事だろう? 多分、その仕組みを作ったのは神に近いヤツだ。そいつの思惑を超えて、中途半端に前例のない事に挑戦して、勇者だけをこの世界から排除した場合、どんな事が起きると思う? 勇者が誕生せず、永遠不滅の魔王だけが復活を繰り返す世界。人間は絶対に助からないぞ」


 俺は、キョトンと黙りこむアマランスを指さした。


「今まで誰も挑戦しなかった事を実行に移すってのはそういう事だ。想像を絶するほど、取り返しのつかない事だってあるんだ。少なくとも、俺はアンタ等の話を一切信用できない。勇者を殺す事には賛同できない。それに賛同しない所為で殺されても構わない」


 それに、と俺は首筋に当てられた冥府剣に手を添える。


「神剣の姉妹剣は、聖光剣を補助する為の武器だぞ? それを当てにしているアンタが、聖光剣の持ち主に敵対する段階で的外れだ。はっきり言って、アンタ等騙されてるんじゃないのか? 勇者が死んだ方が得をする誰かに」


「偉そうにすんじゃないよクソガキが……!」


 シネラリアが本気で冥府剣を動かそうとした時、


「よせ!」


 アマランスがシネラリアの肩を掴んで止めてくれる。


「この男には借りがある。殺すのは止めろ」


「アンタは甘いんだよ。私の直感が、コイツを危険だって言ってる。生かしとくと、こっちの計画が破綻するかもしれないよ」


 すると、黙っていたジャスミンが笑い声を上げる。


「男性嫌いの貴方達が、そこまでして「殺す」「殺すな」と言い張る殿方は初めて見ましたわ。私も彼に興味が湧いてきました」


「うるさいんだよアンタは! 私は二回もコイツの所為で酷い目に有ったんだ! 警戒して当然だろ!」


「しかし、今は駄目ですわシネラリア」


 ジャスミンは、シネラリアに顔を近づける。


 つうか、俺の首筋に冥府剣を突きつけてるシネラリアの肩をアマランスが掴んで、ジャスミンが近付いている所為で、至近距離に女三人が集まって息苦しいんですけど。


 相談事は俺を解放してからやってほしいな。


「先ほどは、アマランスに性的暴行を行った疑いで殺そうとしましたが、よくよく考えてみると、勇者の信頼あつき殿方を殺害した場合、私達は勇者に命を狙われますわ。その場合、魔力欠乏を起こしているアマランスが、現状戦力外である事を考慮すると、確実にこちらの陣営が敗北しますわ」


「……向こうには、四人も姉妹剣使いがいるしね……」


 本当はプラタナスも加入したから五人だけど、黙っとこう。


 なんか命拾いしそうな雰囲気だし。


「っち! なんだってコイツの周りにばっかり姉妹剣使いが集まるんだい!」


「だからこそ、脅威なのでは?」


「こっちは何年もかけて計画練ってたってのに……」


 忌々しそうに冥府剣を引いたシネラリアは、無言で民家から出ていってしまう。


 殺す気は無くなった、という事らしい。


「クロウ」


 アマランスは、鬼神剣、羅刹剣、魔級剣を全て目の前で装備しながら、


「これで借りは返した。今度会う時にも、お前が勇者を守ろうとするなら、敵対せざる負えない。詳しくは言えないが、我々にも、主を信用できる根拠がある。我が主が過ちを犯さないという根拠がな」


 なんて言い残し、民家を出ていってしまった。


「……」


「……」


 あれ?


 ジャスミンだけ、民家から出て行かないで、俺を凝視してくる。


 おかしいな。


「根拠などありませんわ」


「え?」


「シネラリアは自分の復讐の為に、アマランスはかつての恩義に報いる為、主と呼ぶ対象に忠誠を誓っているだけ。私達の行動がどんな結果をもたらすのか、解っている者などいませんわ」


 なんて事を、ジャスミンは俺に言ってくる。


 ジャスミンは俺の肩に手を置き、顔を近づけてくる。


「時流剣、という神剣の姉妹剣をご存じ?」


「え? あ、ああ。知ってるよ。時を操る姉妹剣だろ?」


「……貴方は、神剣に関する造詣が深いご様子。では一つ質問いたしますが、時流剣に死者の蘇生は可能ですの?」


「出来るよ」


 念の為、ホリーの方に視線を移しながら呟く。


 ホリーは何度か頷きながら、俺の言葉を肯定する。


「本当に? 治癒剣や魔級剣でも不可能な死者の蘇生が?」


「うん。二十四時間以内なら……」


「……は?」


 その時、ジャスミンは目に見えて狼狽していた。


「二十四時間? 二十四時間とはどういう事ですの?」


「いや、だから、死んでから二十四時間以内じゃないと、生き返らない……」


「……死亡してから二十四時間以上が経過した死体は蘇生出来ないのですか?」


「個人差があるらしいけど、何日も立ったりしたら絶対に無理だよ。時流剣の「巻き戻し」って能力は、「加速」「減速」より扱いが難しいから、二十四時間以上、時間を戻すのは無理なんだ。なんだって限度はあるだろ?」


「……貴方は、何処からその情報を?」


「ええっと……」


 なんて言うべきかな。


 ホリーに聞いたなんて言うと、俺の数少ないアドバンテージである「勇者以外で唯一ホリーを視認して会話出来る」という情報が漏れてしまう。


 まあ、ダリア国王とかにはバレてるから、隠し通すもは無理だろうけど。


「勇者の居場所を見つけた方法と関係してるから……言いたくない」


「なるほど……」


 納得したのか、ジャスミンは俺を置いて民家から出て行った。


 俺は立ちあがって民家の窓から外の様子を伺った。 


 すると、魔女と修道女と、外套姿の女が、三人で去っていくのが見えた。


「……」


 助かったらしい。


 命拾いした。


 しかし、最後に会話したジャスミンの事が気になる。


 なんであんな質問をしたんだろ。


 まあ、何にせよ、


「何で俺の周りには怖い女しか近付いてこないんだろ……」


〈本当にねえ……〉


 俺とホリーは二人で溜息を吐いた。

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