4/第七章 空駆ける天馬と天穿つ鬼神
アマランスとの鉢合わせ、という想定外の事は起きたが、ブルードラゴンにおける調査は順調だった。
まあ、プラタナスとカトレア教官に丸投げして、俺は毎日ホリーとチェスやトランプで遊んでただけなんだが。
旅行中とかで遠出すると、宿屋でトランプして徹夜したくなるのってどういう心理なんだろ。
別にどうでも良いけど。
〈ぷぷぷ。貴方七並べ弱いですねえ〉
「こういう運が絡むゲームは駄目なんだよ。引きが異様に悪いから」
〈言い訳ですかあ? 運も実力のうちでしょ?〉
「……ていうかさあ、七並べとかババ抜きって二人でやるとクソつまらなくないか? 相手の手札全部解るんだし」
〈別に貴方の知り合いを参加させても良いですけど、私の姿が見えない人からしたら、トランプが宙に浮いているという不気味な現象に見えるんですけど〉
「そこは普通にシオンを誘えばいいだろ」
〈……っち!〉
「だから何でシオンの名前が出ただけで舌打ち?」
〈あのガキと私が仲良く遊ぶ絵ズラが想像出来ますか?〉
俺は持っていたトランプを置いて想像する。
和気あいあいと遊ぶホリーとシオン。
別に悪くないと思うけどね。
就寝前に、俺とホリーは必ず何らかのゲームをするが、今度シオンも誘ってみるか。
「クロウ様。よろしいでしょうか?」
俺が宿泊していた部屋の扉をノックする音と共に、プラタナスの声が聞こえる。
「どうした?」
部屋に入ってきたプラタナスは、カトレア教官と一緒だった。
「クロウ様。気になる情報が入ってきました。ブルードラゴンに隣接するグレードラゴンに置いて、異常気象が発生したようです」
「は?」
異常気象が発生した。
それを聞いた俺の端的な感想は、それがどうしたの? だった。
大雨、洪水、干ばつ、崖崩れの類が起きてでも、俺が出来る事は何もないしねえ。
「黒い水滴の雨が、止む事なく振り続けているそうです」
「……はい?」
「その雨を浴びた人間は体調を崩し、民家、森林などが腐食していく、という報告もあります。通常の雨ではないようです」
「クロウ。お前、前にブルードラゴンの水枯れ解決した時に、ダンジョンとかいうヤツを攻略したらしいな? 今回の異常気象もそのダンジョンが原因じゃねえの?」
プラタナスと、カトレア教官の予測を聞いている間に、俺は段々気分が悪くなってきた。
なんか、眠くて仕方ないのに、士官学校の課題や訓練に励む羽目になった時と似た気分だ。
〈クロウ。多分二人の想像通りだと思いますよ? 気候が変動したり、通常では起こらない災害が発生するのは、ダンジョンが発生した場合と相場が決まってます。早く攻略しないと、ダンジョンの魔物が周辺に放たれる事になりますが〉
「……」
またこのパターンかよ。
なんで俺って遠出する度に面倒事に巻き込まれるの?
「……ええっと……一回ペンドラゴンに戻ってシオンを連れてくる方が良いと思うんだけど……」
「ああ? 前にお前が入ったダンジョンは、アイリスとサフランの二人で攻略出来たんだろ? アタシがいれば楽勝だ」
「及ばずながら、私も加勢しましょう。一刻も早く、異常気象の原因を取り除くべきです」
「ですよね……」
それで、ホリーの姿が見える俺が、二人の道案内するんだろ?
もう慣れたよ。
いや、慣れてないけど。
「最悪……」
カトレア教官とプラタナスを乗せた馬車を引いた天馬剣を、俺は御者台で操作していたんだが、止む事のない雨が降り続けているグレードラゴンの上空を飛ぶのはキツかった。
一応、フード付きの外套を着てはいたけど、全身がずぶ濡れになった。
なんか、やたら黒い雨だし、気味が悪い。
確かに、こんな状況を放置する訳にはいかないだろう。
勇者なら、困った人、困難な状況を放置したりせずに解決させる筈だ。
今度から、絶対にシオンを連れて行こう。
二度ある事は三度あるだろうし、またダンジョンに入らされるなんて御免だ。
〈……クロウ。遅かったようです〉
「何が?」
〈既にダンジョンは最終段階に移行しているようです〉
ホリーが、地面を見下ろしながらそんな事を言うので、俺も見下ろす。
「な……!」
以前、ダンジョン内で遭遇した魔物が、普通に外を徘徊している。
ダンジョンは、発生した瞬間から内部で魔物が増殖し、その数が一定数を超えると外に飛び出し、人間を襲う。
つまり、既にダンジョンが発生してから時間が立ちすぎたという事だ。
「クソ!」
これは俺の責任かもしれない。
ダンジョンに関する詳細は、アイリスと一緒に国王に報告してはいたが、それっきりだった。
もし、この大陸のどこかでダンジョンが発生したような兆候が現れた時、即座に王都にいるシオンの下に連絡が来るように頼むべきだった。
一度ダンジョンを攻略したから、もうしばらくは、もしくは二度とダンジョンは発生しないと思っていた。
「ホリー! ダンジョンの最終段階ってのはなんだ? 何が起きる?」
〈ダンジョン内で魔物が増殖するのが第一段階。増殖した魔物が外に飛び出すのが第二段階。そして、ダンジョン内の主が飛び出し、ダンジョンが消滅するのが最終段階です〉
「ダンジョンが消滅? どういうことだ?」
〈第二段階までの状況なら、ダンジョンを攻略し、最深部にいる魔物の主を始末すれば、全ての魔物がダンジョンと共に消滅して終わりです。しかし、最終段階に移行してしまうと、ダンジョンそのものが既に消滅していますので、攻略は不可能のです〉
「何!? じゃ、じゃあ、もうあの魔物は一匹ずつ始末するしかないってのか?」
〈いえ、ダンジョンの奥にいた魔物の主……、シネラリアの言う所のボスですが、そいつを始末すれば全滅します〉
「え? じゃあ、そのボスを探せば……」
〈ダンジョンを飛び出したボスは、格段に強くなっています。おそらく、シオン抜きで倒すのは不可能です〉
「……!」
今現在、魔物が増殖、徘徊している場所を放置して、王都に帰還し、シオンを連れてくる。
その間、近隣住民は魔物に襲われ続ける。
俺は、雨に濡れているのとは別の理由で寒気が走った。
ふと地面に視線を戻すと、魔物に蹂躙された村が見えた。
「……」
民家が破壊され、原形を留めていない村々が、上空から見下ろしている俺。
魔物に襲われる事なく、安全な上空から眺めているだけの俺。
何をやっているんだ俺は!
「教官! プラタナス!」
俺は御者台から馬車の中に入り、ホリーから聞いた情報を全て中にいた二人に話した。
「じゃあ、もうシオンを連れてくるしか手はねえのか?」
「既に被害が出ている以上、後手に回ってしまったようですね……。クロウ様が提案した通り、ブルードラゴンから真っ直ぐ王都に戻るべきでした」
俺は意気消沈している二人の肩を掴んだ。
「いや、この場に来た事を無駄にはしない。カトレア教官。俺は天馬剣でシオンを連れてきます。その間、ここに残って魔物を倒して回ってください。出来るだけ、人口の多い町の近くに下ろしますから、そこで戦ってください。魔物は、人のいる場所に向かって行くんです」
「お? おう……」
無茶ブリにも程があるが、カトレア教官は魔物が百や二百相手にしても勝てるだろう。
「では、私も教官に加勢しますか」
「いや、プラタナスは千里剣を使って、近隣常民を避難させるんだ。千里剣の真の能力はテレパシーじゃない。自分の声を、千里先の人間に届ける事なんだ」
「は、はい……」
「いいかプラタナス。アンタはグレードラゴンの領主がいる町に下ろす。そこで、事情を説明して、住民の避難を受け入れる体制を整えろ。その後、千里剣を使って、周辺住民に避難誘導をしろ。カトレア教官の援護は、領主の手勢を指揮してやるんだ」
「……やる事が多すぎて武者ぶるいがしますね……」
「千里剣の使い方を手早く言う。地面とか、床に千里剣の切っ先をつき刺した状態で、柄尻に口を近づけて、大声で指示を出せ。千里剣を刺した場所から、周囲千里にお前の声が届く。この技術は敵にも声がダダ漏れだから戦争には使えないんだけどな。本来の千里剣は、人間を安全な場所に逃がす為に有るんだ。その力を使いこなせ。今すぐに」
「承知しました。おまかせください」
一番人口が多く、城壁に囲まれて安全なグレードラゴンの首都にプラタナスを下ろし、一番魔物が徘徊している場所にカトレア教官を置き去りにして、俺は天馬剣を飛ばす。
馬車は引いていない。
天馬剣に直接跨って、全身を雨に濡らしながらペントラゴンに向かって飛ぶ。
多分、小一時間も全力で飛べばペントラゴンに辿りつくだろうから、往復で二時間くらいで戻ってこれるような気がするけど、その間、プラタナスとカトレア教官に無茶ブリの丸投げをしっぱなし、というのは余りにも気が引けた。
特に、単独で魔物の群れの中心部に放り込んだカトレア教官が心配だ。
「……クソ! いっつもこうなるんだ俺は!」
それなりに修羅場を乗り越えて、それなりに警戒心を持って行動していたけど、想定外の事は起きる。
結果的に、シオンを連れていればすぐに解決した事なんだ。
いや、違うな。
天馬剣に乗って仲間を連れる、なんて役目は全部シオンのものだ。
俺が身の程知らずにしゃしゃり出てくるから話がややこしくなるんだ。
「……しかし、何で魔王が復活する前にダンジョンが発生してるんだろう?」
〈こればかりは解りません。今までになかった事ですから〉
俺は天馬剣に跨ったまま、空中を飛行し、並走しているホリーに話しかける。
「俺が行く先々でダンジョンが発生してるのは気の所為か?」
〈偶然だと思いますよ? 前回も今回も、何らかの異常が発生したと解ってから、貴方は行動を開始してるでしょ?〉
そう言えばそうか。
ブルードラゴンの水枯れも、グレードラゴンの止まない雨も、起きていると解ってから、俺は現地に向かっている。
やはり、的外れなのはシオンを連れずに行動している、という一点に集約する。
そもそも、シオンを王都から連れ出そうとすると、国王を始め、国の重鎮が難色を占めるからだが。
シネラリアやアマランスを筆頭に、神剣の姉妹剣を使った反乱や国王暗殺未遂が起きて以来、それはより顕著になった。
要するに、あの連中はシオンを近くに置いて守ってもらいたいらしい。
ホリー自身、シオンと行動を共にする事に対して前向きじゃないってのも問題だけど。
何より問題なのは、俺がそういうヤツらの意を、出来るだけ了承してるから、面倒な事に巻き込まれるわけだ。
「今度から、絶対にシオンを連れて行こう。面倒事は御免だ」
〈……! クロウ!〉
ホリーは俺の提案に答えず、何故か悲鳴じみた声を上げる。
「どうした?」
俺は首を傾げたが、ホリーの視線の先を目で追った時、
「げ!」
自分自身でも悲鳴を上げた。
天馬剣から見下ろすグレードラゴンの大地。
高速で空中を飛んでいる事で、目まぐるしく変化していく光景に、変わらず視界に映る者がいた。
天馬剣の飛行速度と、同等の速度で陸上を走る、全身を甲冑で覆った存在。
フルプレートアーマーを纏っているにも関わらず、人間離れした走力で陸上を走るのは、
「あ、アイツは……!」
鬼神剣と羅刹剣。
二つの神剣から同時に所有者と認められている規格外の姉妹剣使い、アマランスだった。
どうしてアイツが俺を追ってるんだ?
とにかく逃げきらなければ。
一刻も早くシオンを連れて来なければ、カトレア教官とプラタナスが危ない。
何より、俺自身が一番危ない。
「ホリー! これ以上早く飛べないのか!?」
〈無理です!〉
「じゃあ高度を上げろ!」
〈……クロウ!〉
ホリーが俺の提案に答えず、悲鳴を上げた。
その理由に気付く前に、俺は血の気が引いていた。
地面から跳躍したアマランスが、眼前に迫っている。
なんという、非常識な跳躍力だ。
天馬剣の飛行速度に匹敵する走力に、山をも飛び越える跳躍力。
コレが、最高の身体能力強化が行える羅刹剣の力か。
本当に、シオンに匹敵している身体能力だ。
跳躍したアマランスは、天馬剣に乗った俺にしがみついてくる。
「クロウとか言ったな! この天馬を私に貸せ!」
「はあ!?」
「今、貴公に危害を加えるつもりはない! この天馬を貸せ!」
「……」
俺は思わずホリーに視線を向けた。
アマランスの戦闘能力はシオンに拮抗する。
抵抗しても勝ち目は無い。
まあ、他の姉妹剣使いに襲われても勝ち目は無いけど、とにかく抵抗は無意味だ。
だから、ホリーの様子を伺った。
天馬剣を他人に貸す事が可能なのかどうかを。
〈無理です。天馬剣は勇者専用ですので、本来シオン以外に騎乗を許しません。貴方が乗れるのは例外的なケースです〉
「む、無理だ……俺でないとこの馬は操作出来ない……」
「では、私を上空に連れていけ! この雲の上に用がある!」
「……?」
本当に危害を加えるつもりが無いようなので、俺は一端天馬剣を地面に下ろす。
何時までもしがみつくのも疲れるだろうし。
その瞬間、アマランスは片膝をついてしゃがみ込んでしまった。
〈あ! チャンスですクロウ! この女、何故かは解りませんが疲労困憊ですよ! 逃げましょう!〉
なんて事をホリーが言う。
最もな話だけど、
「アマランス……だったよな? 雲の上に何の用があるんだ? ていうか、大丈夫か?」
俺はとりあえず、アマランスの目的を聞いてみる事にした。
「……!」
すると片膝をついていたアマランスの着ていた鎧、つまり羅刹剣が、いきなり外套の形に変わった。
驚いている俺に、
〈羅刹剣は憑依中は鎧の形になって、平常時は外套なんですよ。コイツ、憑依状態を維持するのも苦しいようです〉
鎧姿から外套姿に変わった事で、俺はアマランスの素顔を初めて見た。
茶店で後ろ姿だけ確認したから、髪が白髪なのは知っていたが、顔は見ていなかったからだ。
アマランスの顔は、何と言うか、美人と言えば美人だったが、どちらかと言うと、美男子みたいな印象だった。
端的に言うと、男前なのだ。
ヒースやプラタナス程ではないにしても、身長は女としてはかなり高いし。
「……この黒雲から振る黒い雨……コレを止ませたいのだ」
「え?」
俺は思わず耳を疑った。
目的が俺達と同じだったからだ。
「この黒い雨を浴びた人間は弱体化し、動植物は凶暴化して魔物化する。このまま放置しておけば、大地の岩や砂で形成されたゴーレムまで誕生するぞ」
「お、俺達もこの雨を止めたいんだ。だから勇者を呼びに行ってたんだよ」
「そうか。では利害は一致するな? 私を雲の上に連れていけ」
「アンタを雲の上に連れて行けば、この雨は止むのか?」
「やってみなければ解らん。しかし……」
アマランスは、背中に背負っている鬼神剣の柄を握る。
「この剣が届きさえすれば、上空にいるダンジョンのボスを倒す事は可能だ」
「……! ダンジョンのボスは上空にいるのか?」
「知らなかったのか? この黒雲自体が、ダンジョンのボスだ」
「え!?」
俺は思わず、空を見上げる。
グレードラゴンの上空を覆う、黒雲。
黒い雨を降らせる、異常な黒雲。
これ自体が、迷宮から出てきた魔物の主、ダンジョンのボスらしい。
「……こうなった責任は我々にある……」
「……どういう事?」
「我々は、研鑽を兼ねて、シネラリアの冥府剣を使って、ダンジョンのボスを支配下におこうとしていた。そして、それに手間取っている間に、ダンジョンからボスが逃げ出してしまった。そいつが、徐々に巨大化していき、こんなありさまになってしまった」
悲壮な顔でアマランスは話す。
なんて言うか、意外だ。
国王暗殺未遂事件の新犯人であり、冥府剣を持つシネラリアや、治癒剣を持つジャスミンと協力関係にあるのがアマランスだ。
だから、この女は神剣の姉妹剣を私的に悪用する類の人間だと思っていた。
それが、ダンジョンのボスによる人的被害に責任を感じるなんて。
「……」
だったら何故、勇者であるシオンの下にはせ参じないんだ?
それどころか、アマランスはいずれシオンを殺すとまで言い切っていた。
一体どういう事なんだろう。
「発生した魔物から、近隣住民を守る為に戦っていたんだが、そろそろ私の体力も限界だ。これ以上は戦えない」
「……!」
俺は息を飲んで、アマランスを見つめた。
もう良いじゃないか。
アマランスがシオンを殺そうとしてる理由とか。
シネラリア、ジャスミンと一緒に何をやろうとしているのとか。
コイツが主と呼ぶ、黒幕の正体とか。
そんな事はどうでも良い。
今のコイツは、シオンを呼びに行く事しか出来ない俺なんかよりも、よっぽど高潔で立派なヤツなんだから。
「解ったよ。俺がアンタを上空にまで連れて行く」
「……恩に着る」
「その代わり、ダンジョンのボスを確実に倒してくれ。もしこれで失敗して、俺が死んだりしたら、この事をシオンに伝えるヤツがいなくなるんだ」
そうなったら、近隣住民の避難誘導と、魔物の殲滅を行っているプラタナスとカトレア教官が危ない。
「良いだろう。任せておけ」
〈……クロウ。本当に良いんですか? 私はシオンを呼びに行くのが得策だと思いますが〉
「……」
天馬剣に、アマランスと二人乗りしている俺に対して、ホリーは難色を示していた。
しかし、ホリーの提案は間違いだ。
シオンを呼びに行くべき、ではない。
始めから、シオンを連れてくるべきだったんだ。
シオンなら、一人で天馬剣に乗って上空にいるダンジョンのボスを始末出来た。
それも、確実にだ。
今、天馬剣に乗れる俺と、聖光剣に匹敵する破壊力を誇る鬼神剣持つアマランスの二人で協力し、ダンジョンのボスに挑むという行為は、成功するかどうか解らない賭けだ。
それでも、俺が賭けに出る事で、魔物に殺される人数が減るのなら。
今も危険な状況にあるカトレア教官とプラタナスの安全が確保されるなら。
俺は賭けに出る必要がある。
しかし、同じ失敗は繰り返さない。
今度から、絶対に遠出する時はシオンと一緒だ。
「……アマランス。この黒雲自体がダンジョンのボスって言ってたな? こんな大きい黒雲を全部消す事なんか出来るのか?」
「全て消す必要は無い。黒雲の核……中心部を切れば良いのだ」
「核?」
「魔物の心臓部……急所だ。そこを切れば、この黒雲は消滅する。地上にいる魔物も全滅するだろう」
「解った。とりあえず、雲の上まで行ってみよう」
俺は天馬剣の手綱を握り、ぐんぐんと高度を上げていく。
地上がどんどん遠ざかり、凄まじい速度で天馬剣の高度があがっていく。
「……!」
すると、背後にいたアマランスがガタガタと震え、歯をカチカチと鳴らし始めた。
「どうした? 高いのが怖いのか?」
「ち、違う……。寒いんだ」
「? 羅刹剣着れば? アレって熱気も冷気も電気も防ぐんだろ?」
「もう、私の魔力が残り少ないからな。鬼神剣の放出を一度使うのが精いっぱいだろう。これ以上魔力を消耗するわけにはいかん」
「ああ、そう。じゃあ我慢してくれ」
「き、貴公はよく平気だな……」
「……」
そう言えば、何で俺は平気なんだ?
アマランスがこんなに震えるくらいの気温なのに、寒さを感じないなんて。
まあ、ホリーに憑依されまくった所為で、体がバッキバキになったからだろうけど。
とりあえず、さっさと終わらせよう。
なんて考えていると、アマランスが背後から思い切り俺の身体にしがみ付いてくる。
「……うぐ……」
まあ、天馬に二人乗りしてるから、手綱握ってる俺にしがみつく必要はあるけど、しがみつく力が強すぎて苦しいんだけど。
「どうしたんだよ? 寒いからか?」
「た、高いのが怖くなってきた……」
「は?」
「いくらなんでも高すぎる……」
「そりゃ、雲の上目指してるわけだし……」
「……ちょっと、本当に怖くなってきた……一端、下りてくれないか?」
「はあ!? 下りるわけねえだろうが!」
「こ、こんな高度で戦うなんてどうかしてる……」
「言いだしたのはアンタだろ!」
「言ってみるとの実際に見るのとは訳が違うな……私は今、後悔しているぞ」
「後悔するのは結構だけどな、ダンジョンのボスはきっちり倒してくれよな? 俺は無理だぞ?」
「……うむ……」
「……」
ヤバい。
全然頼りにならない。
ホリーの言う通りにして、シオン呼びに行くべきだったのかな。
そう思ってホリーの方を見ると、
〈……随分と仲がよろしい事で。貴方は本当に見境が無いんですねえ……〉
めっちゃ機嫌が悪くなっていた。
仲良くしてるんじゃなくて、しがみつかれてるだけなんだけど。
グラマラスな女に背中から抱きつかれたら、それなりに役得なんだろうけど、力強すぎて痛いんだよ。
〈大体ねえ、クロウ。貴方おかしくないですか? 前にシオンが連れていかれた貴族の屋敷に侵入した時、防壁に縄梯子かけて登っただけでビビってた癖に、何でこんな高度にいるのは平気なんですか?〉
「はあ? 天馬剣に跨るのと縄梯子登るのは別物だろ」
〈そんなものですかね?〉
「……核ってのは、何処だ?」
雲の上にまで到達した時、俺は周囲を見回してみる。
目で見ても、黒雲の核なんて何処にあるのか解るのかな?
〈……クロウ! あそこです!〉
ホリーが指さす方向を見ると、確かに有った。
周囲の黒雲と違って、球状の黒雲を産み出している空間が。
黒い黒雲、黒球は、周囲に黒雲を撒きちらしながらも、密度を落とすことなく漂っている。
雲とは思えない程、濃い黒色た。
あの黒色、ダンジョンにいた魔物や、主と似ている。
間違いなく、あの黒球が核だろう。
「アマランス! アレだ! あの黒い球を撃て!」
俺は背後で俺にしがみつき、ガタガタと震えているアマランスに指示を出した。
「あ、ああ。解った……」
アマランスは背中に背負っていた鬼神剣を手に取り、切っ先を黒球に向ける。
へえ、あんな長い両手大剣を背負って、どうやって取り出すのか疑問だったんだが、どうやらアマランスは鬼神剣を展開の応用で背中に張り付けて、使用する時だけ外してるらしい。
だから、鞘にも入れずに持ち運んでたのか。
そう言えば、鎌の形してる冥府剣や、斧の形をしている治癒剣を持ってるシネラリアやジャスミンも同じ方法で背中に張り付けてたな。
鞘に入る大きさの姉妹剣なら必要無いだろうけど、かさばる姉妹剣を使うヤツからすれば便利な機能だな。
「……ぬう……駄目だ。手が震えて狙いがつかん」
呑気な事を考えていると、アマランスがそんな事を言ってきた。
ここまで来て、狙いを外されたら最悪だ。
そう思った俺は、左手で手綱を握りながら、右手をアマランスの持つ鬼神剣に添える。
「切っ先を向ければ良いのか?」
「ああ、すまんな……。しばらくこのままで頼む……」
アマランスと俺の二人で握られた鬼神剣が、黒雲の中心部にある核に切っ先を向ける。
「では、撃つぞ」
その瞬間、凄まじい閃光と轟音が俺を襲った。
「……!」
もの凄い光と衝撃だ。
シオンやアマランスはこんな攻撃魔術をぶっ放せるのか。
落雷なんてレベルじゃない。
形容しがたい光の斬撃だ。
俺は閃光に目を眩ませながらも、狙いがそれないように、必死になって鬼神剣に添えた右手を握り締めた。
「……」
やがて、閃光が収まった。
〈……駄目ですクロウ……〉
「何?」
ホリーが、溜息まじりに呟く。
俺は、鬼神剣による電光をまともに命中させた黒球を見た。
黒球の中心部がごっそりと抉られているが、その抉られた部位が再生しつつある。
有効な打撃を受けて、これから消滅してしまうようには見えない。
「何でだ……! 命中した筈だぞ?」
〈その女が本調子じゃ無かったからですよ。威力が不十分だし、狙いも微妙にそれてました〉
狙いがそれた?
あんなバカでかい球の中にも、更に核があるという事か。
そう考えた俺は、目を凝らす。
再生を始めた黒球を凝視する。
「……アレか……」
見えた。
抉られた中心部付近。
既に再生し、修復しつつある部位に、闇そのものが具現化したかのように、黒い玉がある。
アレが、急所だったんだ。
「アマランス! もう一回撃てるか?」
「……む、無理だ……すまない……」
背後にいたアマランスは、体をだらりと俺に預けて、ぐったりとしている。
顔色も異常に悪い。
魔力の枯渇と、周囲の気温の所為だ。
〈使えない女ですよねえ。捨てれば良いんじゃないですか?〉
「……」
今さらだけど、コイツは基本的に女をナチュラルに物扱いするな。
俺は別にフェミニストじゃないし、紳士でもない。アマランスの体力が戻ると厄介な敵対者に戻る、というのは解るけど。
疲労困憊でフラフラの女をこの高度から捨てるとか絶対無理だろ。
人間性を疑うよ。
ホリーって人間じゃないけど。
「……」
なんて、何時も通りのやり取りをホリーとしてる暇はない。
折角ここまで来たんだ。
無駄骨だったからシオンを呼びにいく、なんてのは嫌だね。
幸い、急所の位置は、さっきの一撃のおかげで解ったんだ。
「アマランス。悪いけどもうすこしだけ付きあってくれるかな」
「何をするつもりだ?」
「アイツの急所が見えたんだ。そこまで突っ込むから、鬼神剣で直接ぶった切ってくれ」
「……! 良かろう。今この時に限り、私の剣を貴公に預けよう」
「ホリー! 力を貸せ! もう一段階俺の身体を強くしてくれ!」
〈……ふふふ! 似合わないセリフを言いますねえ! もちろん身心のままに!〉
ホリーが満面の笑みで、俺の身体に憑依する。
爆発的な力が全身を駆け巡る。
俺の身体が、更にもう一段階、上の領域に到達していくのが解る。
力が漲る。思考が冴えわたる。意志が振い立ってくる。
コレが、勇者の力の一端か!
「アマランス! キツいだろうけど羅刹剣を使え!」
「承知!」
俺の背後で、アマランスが羅刹剣を外套から甲冑の形に変化させ、身に纏っているのが解る。
瞬間、けたたましい爆音と共に、天馬剣が黒球に向かって飛ぶ。
これまでにない速度で、空気の壁を切り裂いていく。
ホリーに憑依されていなければ、耐えきれていないであろう速度。
その速度で、天馬剣は黒球に向かって飛ぶ。
その時、黒球は己の危機を察したのか、みるみる形状を変えていった。
一瞬で、黒球の周辺にあった黒雲が、その形を槍のように変化していく。
「……!」
無数の槍が、四方から俺達を襲う。
槍だけじゃない。
触手のようなものまで、俺達を捉えようと追いすがり、進行を妨げようとする。
「アマランス! もっと強くしがみ付け!」
「うむ!」
四方八方から俺達を襲う無数の槍、触手を、天馬剣は目まぐるしく回避していく。
その際、何度も周囲の景色が変わり、天地がひっくり返っていく。
しかし、おかげて俺達は黒球の急所に接近する事が出来た。
「ここだ! ぶった切れえええええええ!」
「だああああああああああ!」
黒球の中心部に向かって、絶叫と共に突っ込む。
視界が黒く覆われ、前が全く見えない。
何処を飛んでいるのかも解らない。
しかし、
「……! 手ごたえあり!」
アマランスの鬼神剣が、黒球の核を切りさいた瞬間、景色は一変した。
一瞬で、黒球と、周辺の黒雲が消えていく。
雲散霧消していく。
「……」
黒雲が消えて、周囲の景色を一望できた瞬間、俺は思った。
あれ? なんか今の俺、生涯で一番カッコ良くねえ?
一生分のカッコつけ要素を、今使いきったのかな?
カッコつけ要素ってなんだって話だけど。
まあ、天馬剣を扱ったのはホリーで、実際にダンジョンのボスである黒雲の核を切ったのはアマランスだから、何時も通りだけど。
何時も通りの必殺技「丸投げ」である。
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