4/第六章 干拓作業開始

 王城内にある食堂の中で、遅めの朝食をのそのそと食っていると、とっくに食事を終えていたカトレア教官が、俺の目の前に座った。


「お前、本当にプラタナスを信用するのか?」


 朝っぱらから、カトレア教官は深刻そうな事を言ってくる。


 まあ、ほぼ昼ごろだけど。


「教官はプラタナスが信用できませんか?」


「出来る訳ねえだろバカ。結局サフランのヤツもスパイだったわけだ。お前、自分の命狙ってたヤツらをまとめて仲間にするって、どういう神経してんだ?」


「別に俺だって、あの二人が絶対に裏切らないなんて、楽観視はしてませんよ? 俺達の旗色が悪くなったり、俺があの二人を失望させる程の失敗をしたら、すぐに手の平返して裏切ると思いますけど」


「だったら何で……」


「別に裏切られても良いかな、と思ってるだけですよ」


「ああ?」


 カトレア教官は怪訝そうに呟く。


「俺なんか、忠誠を誓うに値するわけないでしょう? 恥ずかしくて言えませんよ。『俺に忠誠を誓って絶対に裏切るな。負ける時は一緒に心中しろ』なんて。何様ですか?」


「……お前はトコトン自分を下に見るんだな。卑屈過ぎるんじゃねえ?」


「こればっかりは教官達には解らないと思いますよ? やっぱり、どうしても強くないってのは、自分で自分が嫌になりますよ。だからって、努力して限界まで強くなろうと思うほど根気もありませんし」


「……冗談抜きで、アタシはお前が強いヤツだと思ってるけどな」


「またまた~。褒め殺しするつもりですか」


 なんて会話をカトレア教官としている最中、プラタナスが食堂に入ってきて、俺達を一瞥すると近づいてきた。


「おや、クロウ様にカトレア教官。お揃いですか? アイリス嬢に聞いた所、お二人は士官学校に所属していた頃から頻繁に食事を共にしていたそうですね? 羨ましい限りです」


 プラタナスがそんな事を言いながら、カトレア教官の隣に座ると、


 その背中には、槍の形をした神剣の姉妹剣、千里剣ロンゴミニアトがある。


 多分、常時展開という技能を使って、背中に張り付けてるんだろうけど、シネラリアが持ってる冥府剣みたいにかさばる姉妹剣の持ち運び型としてはピッタリだな。


「うるせえな。用が無いなら向こうに行けよ」


 カトレア教官は目に見えて不機嫌になった。


「つれないですねえ教官。私も貴方にとっては教え子でしょう。特定の教え子に対して贔屓するというのは、士官学校の教官としてどうなのでしょう?」


「うるせえっつってんだろ! お前がアタシをバカにしやがるのが悪いんだろうが!」


「やれやれ。私は随分と教官に嫌われてしまったようだ」


「……自業自得だろプラタナス」


 俺は、思わず二人の会話に口を挟んだ。


「前に、カトレア教官から学ぶ事なんか何もないとか、爆炎剣を所有してる以外は平凡だとか言うからだよ。そりゃあ怒るだろ」


「返す言葉もありませんな。しかし、今となっては学生時代、もう少しカトレア教官と深く関わっておくべきだと後悔しております。大勢の生徒の中から、クロウ様に一目置く程の眼力、是非学んでおくべきでした」


 プラタナスがそう言っても、カトレア教官は不機嫌そうに顔を背けたままだった。


 あんまり良くないなあ。こういう関係。


 一応仲間なんだから、仲良くしてもらいたいもんだ。


「カトレア教官。プラタナスだって本当はカトレア教官を尊敬してると思いますよ」


「んな訳ねえだろ。コイツは心底アタシを見下してたんだ」


「でもね、教官。前に教官が国王暗殺未遂事件の容疑者になった時、死刑が執行される前に俺達が戻ってこれたのはプラタナスのおかげなんですよ」


 その時、カトレア教官とプラタナスが同時に目を丸くして、俺を凝視した。


「ああ? お前何言ってんだ?」


「教官が無実の罪で処刑されそうになってた時、俺とアイリスとサフランは三人でブルードラゴンにいましたから、王都で教官が幽閉されてた事なんか気付かなかったんです。下手すると、帰ってくる前に教官が処刑されるところでした」


 まあ、カトレア教官の処刑はヒースが必死に止めてたけどな。


「俺達がブルードラゴンから王都に戻ろうと思ったきっかけは、サフランが帰ろうって言いだしたからなんですよ。なあプラタナス。あの時、サフランに王都の様子を教えてたのはアンタだろ?」


「……仰るとおりです。千里剣の本来の使い道は、遠く離れた相手に己の声を届け、相手の声を受け取る事。俗にいうテレパシーです」


「便利だなあ」


「使いこなすのに苦労しました。任意の対象の姿形を強くイメージする必要があるので、顔馴染みにしか使用できませんし、相手が拒絶すれば容易く音は遮断されます。ついでに言えば、離れれば離れる程、体力の消耗が激しい。正直、王都からブルードラゴンにいるサフランに声を届けた時は、数分会話しただけで失神してしまいました」


「へえ、そこまでして、教官が危ないって事をサフランに伝えてくれたのか?」


「サフラン自身が貴方達に伝えるかどうかは解りませんでしたがね」


 俺は、何やら複雑な顔をしているカトレア教官を見つめた。


「ね? サフランもプラタナスも教官が処刑されそうになったら心配してたんです。二人とも教官の事が好きなんですよ」


「う、うるせえ! コイツらにどう思われようが知った事じゃねえ!」


 カトレア教官は机に頬杖をつきながら、プラタナスから顔を逸らしていたが、もう機嫌は直ったらしい。


 目に見えて赤面して照れてるし。


「クロウ様。お伺いしたいと思っていたのですが、私とサフランが裏で繋がっている事を何時から知っていたのです?」


「ん? 中庭でアンタとサフランが共闘するまで確証はなかったよ」


「その割には、あまり驚いていなかったようですが?」


「サフランが誰かに命令されて俺を監視してたのは知ってたよ。でもその誰かは解らなかった。ただ、そいつが遠距離の相手と会話出来る千里剣の使い手じゃないかって思ってたから。アンタが千里剣を取り出した段階で予想は出来た」


「な、なるほど」


「もっと致命的なのは、シオンに家庭教師をつけた方が良いって提案したのがサフランで、家庭教師に任命されたのがアンタだった事だけどな。いくらなんでも裏で繋がってるのがバレバレ。まあ、アンタ自身が千里剣を持ってたのは驚いたよ。ホリーなら気付けると思ってたから」


「……あの土壇場で、サフランが私を裏切って貴方側に付いた時は、事前に打ち合わせを?」


「そんな事してないのは知ってる癖に。アンタの千里剣は地獄耳を得られるんだろ? 遠距離の相手に連絡するだけじゃなく、周辺の索敵も出来るのが千里剣だし」


「……」


「サフランはアンタが思ってるよりリアリストだよ。勝ち目の無い戦いなんか絶対にしない。だからシオンが俺を守ろうとしている間、俺を殺そうとする筈ない。だから打ち合わせなんかしなくても、アンタを裏切る気なのは解ってたよ」


「ふ……ふふ……。段々と、自分が本当に敗北したという事を実感しますよクロウ様。私は貴方の手の内をほぼ知らなかったのに、貴方は私の手に内をほぼ看破していたわけだ。敗北して当然ですね」


「前にも言ったけど、俺がアンタに勝ってる部分なんか無いからさ、負けたとか思わなくて良いよ。アンタの手の内だって解ってないし。千里剣であんな戦い方出来るなんて知らなかったし」


 プラタナスは、背中に張り付けている千里剣を一瞥すると、


「忠誠の証、というわけではありませんが、私の技を教えましょう」


 なんて事を言いだす。


「千里剣の能力は音を操る事です。テレパシーは最早、音を操るという領域ではないと思いますが、本来、剣そのものから音波を出し、周辺の地形や人影を探し出すソナーという名の魔術しか使えないのです」


「そんな魔術を攻撃に使えるのか?」


「音とは、空気の振動。音を操る事は、空気を操る事に等しい気付いた私は、若干の衝撃波を打ち込む手段を模索し、成功しました。それ以前に、音は大きくなればなるほど、威力が増しますからね。爆音で窓ガラスや人間の鼓膜を破る事が出来るように、過ぎた音は物体を破壊するのに十分な威力を発揮します」


「アンタはやっぱり天才だな」


「勿体ないお言葉。さらなる精進を重ね、貴方の覇道に貢献できるようにします」


「……」


 覇道って、何を言ってんのコイツ。


 ヤダなあ。


 バカにして見下してくる連中にも困るけど、過大評価してくれても困る。


「ところでクロウ様。ブルードラゴンにある湖を干拓した場合、水田が増える事を考慮しても、水源を失う損害の方が大きい、という趣旨のレポートをそろそろ纏めたいのですが、私は実際にブルードラゴンを訪れた事はありません。出来れば、この目で確認してからレポートを作成し、代案も用意したいのですが」


「代案?」


「水源を失う訳にはいかない、というのは事実ですが、昨今の食糧事情はあまり芳しくありません。各領地を治める領主が素人考えで土地を開墾した事が原因ではありますが、やはり早急に大規模な農業改革は必要だと思います」


「はあ」


 コイツは話が長くて回りくどいなあ。


 俺に一から十まで説明しても、半分も理解出来ないって何で解らないんだろ。


「ですから、湖を干拓する以外の方法で農地を増やす方法を提案したいのです。ですから、是非天馬剣という名の空飛ぶ馬に乗せていただきたいと」


「ああ、なんだ。要するにブルードラゴンまで連れて行って、ついでに空から農地になりそうな土地を探したいんだな?」


「仰る通りです」


「良いよ。さっそく行こうか?」


「よろしいのですか? 早急に出発したいとは考えていましたが」


「うん。まあ俺暇だし。一緒に行って手伝える事は何にもないだろうけど」


「では、今すぐ出発するとしますか」


 プラタナスがそう言うので、俺は腰を上げようとしたのだが、


「ちょっと待て! クロウ。お前プラタナスと二人だけで行くつもりか?」


「そうですけど」


「そうですけどじゃねえよバカ! 危ねえだろうが!」


 まあ、確かに、出かけた先で俺に敵対している連中と鉢合わせしたら、いくらプラタナスが強くても危険だろう。


 最低でも、二人の姉妹剣使いは連れていた方が良いような気がする。


 俺が勇者を連れてどこかに出かけると騒ぎになるから、シオンはあんまり王都から連れて行かない方が良いだろうけど。


「ふむ……カトレア教官。私一人ではクロウ様の護衛として役不足だと仰るのですか? では、サフランを連れて行きますか? 彼女とは何度か共闘していますので、連携が取りやすいのですが」


 前にその連携中に裏切られたのに、よくそんな事が言えるな。


「じゃ、俺とプラタナスとサフランの三人で……」


「待て待て待て! 余計危ねえだろうが!」


「余計?」


 カトレア教官の言っている言葉の意味が解らない。


 何で護衛役が一人増えて余計危険なんだろ?


 そう思って首を傾げていると、


「お前は本当にバカなのか! プラタナスもサフランもお前を殺そうとしてただろうが! その二人だけ連れて遠出してどうする!」


 カトレア教官が怒りだす。


「ああ、そういう意味ですか。別に俺は二人を疑ってませんので」


 俺がそう言った時、カトレア教官は口を半開きにして絶句し、プラタナスは何やら感動したかのような面持ちになる。


 別に全幅の信頼を寄せてるわけじゃないけど、俺の場合、仲間の裏切りを想定しても意味が無いんだよなあ。


 俺自身に出来る事が何も無いからこそ、必死になって考え付いた必殺技「丸投げ」を使い続けると決めた以上、誰かが裏切った段階で終わりなのだ。


 まあ、別に必死に考えてないけど。


「一度敵対した相手をそこまで信頼する器……。まさしく貴方は私が見込んだ大王の素質を持っています……。貴方の信頼の答えられるだけの働きをして見せます」


「待て待て! アタシはまだお前を信用してねえからな! 一緒に行くのはアタシだ!」


「やれやれ……。カトレア教官はクロウ様に対して、少々過保護ですね」


「うるせえ! クロウに妙な真似をしやがったら焼き殺してやるからな!」


「ふふふ……。おまけに身の程知らずでいらっしゃる。一対一で戦った場合、どちらが勝つのか、まだお分かりにならないのですか?」


「ああ? テメエ舐めてんじゃねえぞ? アタシはまだ本気で戦ってねえからな」


「……」


 嬉しくないなあ。


 自分の教官と先輩が喧嘩してる様子を見るってのが。


 原因が、俺の弱さってのが情けないよ。




「素晴らしい! これほどの高度、速度で世界を巡る手段があったとは! この光景はまさに世界の支配者が見るに相応しい!」


「危ねえから身を乗り出すんじゃねえよ!」


「信じがたい光景だ! 驚愕すべき体験だ! 私は今、お伽噺の登場人物になっている!」


「だから身を乗り出すんじゃねえって言ってんだろうが! 落っこちるぞ!」


「カトレア教官!」


「ああ?」


「私達は今、何処に向かっているのでしょう?」


「ブルードラゴンだよ! 知ってんだろうが!」


「そういう意味ではありません。クロウ様の下にはせ参じた我々は、一体どこまで世界の影響を与える存在になるのでしょうか?」


「知るか! さっきから訳解んねえ事ばっかり言ってんじゃねえぞ!」


御者台の受けから天馬剣の操作をしていた俺は、半眼になりながら、馬車の中でハイになっているプラタナスとカトレア教官の会話を聞いていた。


 傍らにいたホリーが、俺を見つめながら、


〈貴方の周りって、変人しかいませんね。どうして普通の人間が近寄らないんでしょうか〉


 なんて失礼な事を言う。


 その変人の筆頭は君じゃないか、と思ったけど、俺は黙っておいた。


 ちなみに、ブルードラゴンに向かう道すがら、人口が全くいない森林地帯や湿地帯を発見する度に、


「すごい! 手つかずの土地がここまであるとは!」


「だから危ねえっての!」


「クロウ様! お任せください! まだまだこの世界には水田に出来る土地がありますよ! それが解るのも空を飛べるおかげだ! はははは!」


「落ち着けってのプラタナス!」


 なんて会話をプラタナスとカトレア教官は繰り返していた。




 ブルードラゴンに辿りついた俺達は、まず真っ先にアイリスの実家に向かい、湖の干拓作業に反対して、反乱勢力を築きつつあった動きを止めてもらう事にいした。


 そもそも干拓作業を進める気満々だったカトレア教官と、勝手にボートを使って湖調査を始めたプラタナスが全く役に立たなかったので、俺が干拓作業の中止を国王に認めさせる為の調査に来たとか、湖を干拓する為の調査じゃないから邪魔をしないでほしいとか、これ以上騒ぎを起こすと印象が悪くなるから、大人しくしてほしい、みたいな説明を丁寧にする羽目になった。


 例によって例の如く、見た目は超おっかないけど、声が小さいアイリスのオヤジさんは、


「……解りました……水枯れ事件を解決してくれたクロウ君を信じましょう」


 なんて事を、聞き取りにくい声で言ってくれたし、宿泊先も用意してくれた。


 ま、後はプラタナスに丸投げすれば終わりだろうから楽だけど。




 湖の調査なんて、何をすれば良いのか見当もつかなかったけど、まるで何もせずに宿泊先でダラダラ過ごす訳にもいかない。


 だから俺とカトレア教官は、プラタナスが使っているボートとは別のモノを用意して、湖を漂っていた。


 その間、何故かカトレア教官は元気が無く、バツが悪そうな表情だった。


「……? 教官? どうかしましたか?」


「……実際に見るまで、どんな湖か解らねえもんだな」


「は?」


 そう言われてから、俺は湖をボートの上から眺めてみる。


 確か、アイリスやプラタナスが言うには、方角にも依るが、対岸から対岸まで五キロ以上ある広大な湖だ。


 周辺には、湿原が広がり、様々な植物が生い茂っている。


 その湿原には、鹿の群れや水鳥が生息しているのが見て取れる。


 いろんな水産物もあるし、野生動物も沢山いそうだ。


 興が乗ったのか、常に俺の傍らにいるホリーが、少しボートから離れて水面を飛び回っている。


 まあ、カトレア教官がいる間は会話しにくいしな。


「こんな所干拓したら、取り返しのつかねえ事になったかもな」


「だから中止させようとしてるんでしょ? 後はプラタナスに任せれば大丈夫ですよ」


「……」


 カトレア教官が俯き加減になってしょんぼりしているので、何時もより余計に小柄に見える。


「そりゃ、アイリスも怒るよな。アイツ、考え無しのアタシに呆れたんじゃねえかな」


「はあ」


 なるほど。


 カトレア教官はアイリスと口論になった事を気にしていた訳か。


 別に意見の相違なんかよくある事だろうに。


 すぐに怒るし、泣いて幼児退行するし。


 本当は繊細な人なんだな。


 まあ、基本的に怖い人だけど。


「カトレア教官は、後からウジウジ後悔して悩むタイプだったんですね?」


「うるせえ。アタシはお前みたいに達観してねえんだよ」


「俺も別に達観はしてませんけど……」


 俺はボートを漕ぎながら、カトレア教官を見つめる。


「教官は、アイリスに嫌われたかも、なんて気にしてるんですか? サフランとプラタナスからはどう思われても良いとか言ってたのに」


「ほっとけよ。これでもアタシはお前とアイリスの事は気に入ってたんだ」


「へえ……」


「これまでいろんな教え子を卒業させてきたから、特定の生徒だけ身びいきするべきじゃねえんだろうけどな。アイリスはアタシと性別が同じだし、神剣の姉妹剣も使うだろ? だから、ああ、なんだ……」


「シンパシー?」


「そう、それだ。シンパシーみたいなの感じてたんだよ。アタシと似た所あるなあって」


 身長もスタイルもアイリスの方が成長しちゃってるけどね、なんて事は絶対に言わないでおこう。


 マジで殺されちゃうよ。


「だから、アイツには特に人生の先輩っぽい態度取りたいんだけどな。駄目だアタシは。三十歳なんて、十五のガキを二回繰り返しただけの事だしな。まだまだアタシも青臭え」


「……」


 俺は何気にカトレア教官の実年齢を聞いて絶句したんだか、まあ気にしないでおこう。


 日常的に神剣の姉妹剣を使っていると、寿命が延びて全盛期を長く維持するらしいし。


「教官も、無駄な心配する人ですねえ。アイリスがカトレア教官の事を嫌う訳ないでしょうに」


「ああ?」


「覚えてないんですか? プラタナスが教官の事バカにするような態度とった時の事。アイリスは真っ先に怒って斬りかかったじゃないですか」


「あ……」


「あれは、自分が尊敬してる教官をバカにされたからですよ」


「……うん」


「自信持ってください教官。士官学校を卒業した生徒は、殆ど全員が教官を尊敬してます。もちろん、俺もアイリスも、ヒースの野郎もね? 自分が処刑されそうになった時、助けようと動いていた連中の事を忘れないでくださいよ」


「……本当によう……。お前は本当に……アタシを何回も……」


 相変わらず涙脆くて、すぐに泣くカトレア教官から、俺は目をそらした。


 でも、実際にすごい人ではあるんだよな。


 行方不明になってた爆炎剣を携えて王都に来て。


 反乱に使われた氷結剣と雷鳴剣を奪い取って。


 教え子二人がその所有者になった。


 意図していないとはいえ、後に千里剣を所有する男も指導してたし、その男が真空剣を扱う暗殺者を雇っていた訳だ。


 そして、勇者を発見した俺も、生徒の一人だ。


 この人の勲等を受けた連中が、なんだかんだ言って、魔王を倒す勇者集団の中核を担っている訳だ。


 俺は違うけど。


 本当に、何処までいっても主人公っぽい人だよ。カトレア教官は。


「クロウ様~」


 そんな事を考えていると、遠くからプラタナスの声が聞こえてくる。


 多分、湖を調査している最中に、俺とカトレア教官が乗ってるボートを見つけたんだ。


「ああ、プラタナスお疲れ~」


 なんて事を言いながら、俺は声が聞こえる方向に視線を移し、絶句した。


 


ボートを漕いて近づいてきたプラタナスが、全裸だったから。




 全裸でボートを漕いでいるプラタナスは、俺達が乗っているボートに接近すると、何の躊躇もなく立ち上がり、優雅に会釈して見せた。


 何の意味があるのか知らないけど、右手を胸にあて、左手を背中に当てながらする、あの会釈だ。


「クロウ様もカトレア教官も御一緒でしたか。丁度良かった。湖の調査はもうすぐ完了です」


「……いや、プラタナス、何で裸……」


「潜水で湖の水深を計っていたのです。想定より浅かったですね。おおよそ十六メートルといった所ですか。広さは東西で五キロ。南北で八キロ程といった所ですが、やはり水産物が多い。魚影が濃いです。良い湖ですね」


 プラタナスは俺に背中を向け、ケツを丸だしのまま、湖を見まわす。


「ひょっとして、昔は海と繋がっていたのでしょうか? それとも、台風の類で魚介類が空に舞い、この湖に落ちて繁殖したとか……。まあ、何にせよ干すには惜しい。地元の漁師が干拓に反対するのも頷けますな」


 全裸のまま、湖の調査結果を報告しているプラタナスを、カトレア教官は絶句したまま、固まってしまっている。


 湖面に漂っていたホリーまで、口に手を当てて驚愕しているし。


 ていうかホリー。


 君の場合は常に全裸と大差無い格好だからな。


「……」


 しかしまあ、見事に鍛え上げられた肉体だ。


 長身痩躯だと思っていたが、着やせする性質なのか、全身の筋肉が見事に隆起している。


 はっきり言って、彫刻された男神像みたいだ。


 プラタナスは、絶句しているカトレア教官を見て、はっと、何かを察する様子を見せた。


 いや、気付くのが遅いよ。


 早く服着ろよ。


「これは私とした事が。頭髪の乱れが……」


「違えよ! 服を着ろ!」


 カトレア教官が顔を真っ赤にしてツッコミを入れる。


「しかし……もう少し体を乾かさないと、服が濡れてしまうのですが」


「……アタシが火であぶって乾かしてやろうか」


「ははは。また御冗談を。火あぶりは勘弁してくださいよ」


 俺は、プラタナスの様子を見て、確信した事がある。


 バカと天才って紙一重だったんだな。


 絶対にコイツの言う事を盲信するのは止めよう。


「……」


 ふと俺は、槍の形をした神剣の姉妹剣、千里剣をチラリと見つめた。


「そう言えばさ、プラタナス。この千里剣、どうやって手に入れたんだ?」


 サフランの真空剣は、暗殺ギルドに有ったという話だったが。


「ああ、私を殺そうとした刺客が持っていた槍ですよ。まさか、槍の形状をした神剣があるとは夢にも思わなかったので、その時は神剣だと気付きませんでしたが」


「……え? プラタナスって、神剣使いに襲われた事あるの?」


「いえ、その時の刺客は、それを単に頑丈な槍だと判断して使っていたようですね。私も妙な槍だと思いました。穂先だけでなく、柄まで金属で出来た槍……その所為か、少々短いですが、重量の事を考慮すれば、槍の柄を金属で作る事は合理的ではありませんしね」


 言いながら、プラタナスは手をかざすと、ボートに置いてある千里剣を展開で遠隔操作して見せる。


「私が触れた瞬間、緑色に発光しましたので、コレが神剣の姉妹剣である事は解りました。そして、意志の力で遠隔操作する事で、重量があるという問題点を解消出来るとも」


 プラタナスは、両手を使って千里剣をブンブンと振り回し、何回転もさせる。


「その日から、常に試行錯誤の毎日でしたね。あまり実戦的な能力では無かったようですが、用は使い方次第という事でしょう」


「……」


 コイツも、すげえ。


 カトレア教官に負けず劣らず、トンデモ無いヤツだ。


 まだ姉妹剣を所有していない時期に、姉妹剣を持ってるヤツに襲われて、それを奪うなんて。


 目茶苦茶カッコ良いヤツじゃないか。


 まあ、俺の身内は皆カッコいいヤツばかりだけどね。


 カッコ悪いのは俺だけだよ。




 湖から陸に上がった俺達は、


「腹減ったなあ。茶店で団子でも食おうぜ」


 というカトレア教官の提案で、近くに有った茶店で団子を食べる事になった。


 店の外にある長椅子に、三人並んで串団子をパクつく。


「そう言えばプラタナス。お前も姉妹剣使いなんだから、アタシらと同じ燕尾服作ってもらえよ」


「結構です。そんな服装で外をうろつきたくありません」


「ああ!? そりゃどういう意味だ? アタシらの服装がだせえってか?」


「別にそうは言っておりません。個人的に、女性はともかく男性が着るには少々厳しいのではないかと。ヒース王子が来ている金色の燕尾服を見て、私は常々引いておりました」


「そりゃ遠まわしにアタシらの服装が恥ずかしいって言ってんのか? ああ? この燕尾服はシャツもコートも特殊な生地を使ってるから、並の刃物とか弓矢くらい跳ね返せるんだぞ?」


「そうなのですか? 初耳です」


「特注品だからあんまり数はないけどな。おまけに好きな色選べるんだぜ?」


「……私は同一のデザインで、色違いの服装になる事が恥ずかしいのですが……」


「何言ってんだよお前は。タダで良い服貰えるんだから貰っとけよ。ていうか、天馬剣使えるクロウも、考えようによっては姉妹剣使いみたいなもんだろ。注文してみろよ」


 いきなり話を振られた俺は、串団子を食いながら、


「ええ? 俺は良いですよ。ああいうの、背が高いヒースとプラタナスはカッコ良いでしょうけど、俺はちょっと……」


 なんて返事をするが、何故かプラタナスの方が強い反応を見せた。


「クロウ様。一緒に注文してお揃いになりましょう。私が緑、貴方は黒でどうです」


「嫌だよ! 黒いコートとか絶対嫌だよ!」


 確かに俺は黒い私服ばっかり持ってるが、黒いコートになると話は別だ。


 黒いコート。


 それは超絶に強い美形にしか着る事の許されないコスチューム。


 選ばれた者にしか着用を許されない服。


 それが黒いコートなのだ。


 そんなもん着こなせるヤツは、作り話の主人公かラスボスと相場が決まってるんだ。


 勇者か魔王じゃなきゃ黒いコートなんか着れないね。


 つまり、黒装束に興味無いシオンが勇者である以上、魔王しか着ちゃいけない服だ。


 まあ、魔王が服を着てるのかどうかも知らんけど。


「……」


 そう言えば、俺は歴代の魔王を倒してきたホリーがずっと身近にいたのに、魔王がどんなヤツか聞いた事無かったな。


 聞く余裕はいくらでもあったのに。


 今度、二人きりになったら聞いてみるか。


 そんな事を考えている時に、


〈クロウ……クロウ……〉


 ホリーが、小さい声で俺に囁いてきた。


 おかしいな。


 ホリーの声は俺以外に聞こえないから、声を小さくする意味は殆どないのに。


 人前ではあんまり話しかけるな、とか言ったから、気を使わせたのかな。


〈クロウ……大変です〉


「何が?」


〈貴方達三人が座ってる長椅子に、もう一人座ってるでしょ?〉


 確かに、俺達三人が座っている長椅子には、もう一人客が座っていた。


 茶店の前に置いてある長椅子で、店内ではなく、店外で団子を食う為に置かれた長椅子だから、横幅だけでなく、立て幅もそれなりにある。


 だから、俺とカトレア教官とプラタナスの三人に、背中を向ける形で座っている客がいた。


「……?」


 あれ?


 なんか、ホリーに言われるまで気にしなかったけど、俺達に背中を向けてるその客、やたらデカイ剣らしきモノを布に包んで持ってるぞ?


 ちょうど、俺が聖光剣を盗んで持ち運んでいた時みたいに。


 おまけに、黒い外套を纏った長身で、白髪の女だ。


 ま、まさか……


〈コイツ、鬼神剣と羅刹剣持ってたヤツですよ〉


(何いいいいいいい!?)


 俺は心の中で悲鳴を上げると、視線を再び前に戻した。


 カトレア教官もプラタナスも気付いていない。


 鬼神剣と羅刹剣を持ってたヤツ。


 アマランスとか名乗ってた女。


 それが、俺達の背後にいる。


 ヤバい。


 アマランスはシオンでないと相手にならないくらい強いんだ。


 仮に、カトレア教官とプラタナスが共闘しても敵わないだろう。


 だって、前に戦った時、鬼神剣を一閃されただけで、カトレア教官、アイリス、サフランの三人が同時に失神したんだ。


 一人で向かっていったヒースに至っては秒殺されたたし。


 姉妹剣使い同士は、能力の優劣や相性はあっても、基本的に互角、というセオリーは通用しない。


 アマランスは、規格外の姉妹剣使いだ。


 大変な事になってしまった。


 こういう時、毎回思う事がある。


 シオンを連れてくれば良かった。


 というか、シオンがいれば天馬剣の操作も出来るし、俺が来る必要がないんだけど。


 まあ、今さらだけど、必要無いのは俺だけだよね。


「……」


 俺は冷や汗を流しながら、背後にいるアマランスの様子を伺う。


 背中を向けてる所為で顔は見えないが、普通に団子を食って、茶を飲んでいる。


 偶然居合わせただけで、俺達を襲いに来たわけではない? 


 鉢合わせしたとアマランスが気付く前に、店を出よう。


 ていうか、早くペンドラゴンに戻ろう。


「クロウ様? 顔色が悪いですが、如何しました?」


「……!」


 如何しましたじゃねえよ!


 アマランスの前で俺の名前を呼ぶな!


「ああ? どうしたクロウ? ホリーさんに話しかけられたのか?」


 教官!


 俺の名前を言っちゃ駄目です!


 あと、ホリーという俺にしか視認できない聖霊を敵に示唆させちゃ駄目です!


 俺は、アマランスの様子を伺ってみる。


 まだ団子を食い続けてた。


 チャンスだ。


 前に会話した時に思ったが、アマランスも結構抜けてる。


 そもそも、神剣の姉妹剣使いにしか着用を許されてない燕尾服……しかもド派手な赤い服を着ているカトレア教官を見て、姉妹剣使いだと気付いていない段階で抜けてる。


 このまま、何食わぬ顔で店を出るのだ。


「い、いや。なんでもない。そろそろ店を出ようかなって……」


「待てよクロウ。まだアタシ三色団子しか食ってねえんだ。茶団子も食わせろよ」


「私はみたらし団子が食べたいです」


 何でこういう時に二人揃って食いしん坊キャラを発揮するんだよ!


 ていうか、そもそも背後にいる女が姉妹剣使いって事に気付いてほしいんですけど!


 俺以外に誰も状況把握してないってどういう事?


〈……姉妹剣使いは、互いに能力を発動している最中は、相手の魔力を感知出来ますが、何の能力も使用していない時は、何も感じませんからね。長期間、プラタナスが姉妹剣使いだと気付かなかったのもその所為でしょう。私も、この女がここまで近くに来るまで気付きませんでした〉


 くそ。全員俺より有能な筈なのに、微妙に使えねえ。


 とにかく、騒ぎになる前に速攻で逃げなくては。


「う……急に腹が……早く宿に戻りたいなあ」


「それは大変ですね。先に戻られますか?」


 テメエも一緒に来るんだよ!


「お前一人で先に戻れよ。アタシらまだ食い足りねえし」


 だからそれだと意味ないんですけど!


 アンタ等二人を残すのもヤバいんですけど!


「……」


 くそ。どうすれば良いんだ。


 事情を説明したらアマランス自身にもバレる。


「おい。何で残ってるんだよ。早くトイレ行って来いよ」


「我慢は体に毒ですよ? 生理現象は何時いかなる時に襲われても仕方ないかと」


「だよなあ。まだ町中で良かったぜ。野戦の最中に便意に襲われると最悪だしな」


「そうですね。数千、数万規模の兵士が行う糞尿の処理……。戦争に参加した事の無い者には理解出来ない世界です」


「ていうか、前から思ってたけど、王城とか、貴族が住んでる城にある水洗トイレってすげえよな? 一回アレ使うと、他のトイレとか不潔過ぎて使えねえよ」


「過去に勇者の仲間が発明したそうですよ? 水道と下水道と一緒に。風呂も含めて、衛生管理という概念を覆した天才ですね」


「町中にもいくつか置いてあるけど、あんな便利なヤツが家の中にあるとか、贅沢な話だぜ」


「いずれ量産出来るようになれば良いのですが、今の技術では既にある物の修理と維持が精いっぱいだとか」


「勇者の仲間って事は、五百年くらい前の人間だろ? そんな昔にどうやって作ったんだろうな?」


うるせえな!


 アンタ等の為に悩んでるんだよ!


 トイレの考察とかどうでも良いよ!


 なんて事を考えている間に、当のアマランスが代金を長椅子に置いて立ち上がり、その場を去ってしまった。


 俺達に見向きもせずに。


 あ、あぶねえ。助かった。


 俺が緊張から解放されて長椅子にへたり込むと、


「おいクロウ、まさかお前……」


「クロウ様……」


 俺の様子がおかしい事に、カトレア教官とプラタナスがようやく気付いたようだ。


「漏れたのか?」


「漏れたんですか?」


 違った。


 誰も俺の事なんか解ってくれないみたいだ。

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